2012年5月13日 (日)

田園に佇む宿よヴィラ・マティルデ

95MSCファンタジア号の
地中海クルーズと
トリノ・アオスタ峡谷の旅(20)

丘に上がってトリノの宿

96ファンタジア号7日間の地中海クルーズを終え、ジェノヴァからトリノに入って2泊、丘の上で宿を取った。その名は「ルレ・ヴィラ・マティルデ」

97トリノ市の郊外、緑の田園の広がる中にある。海と空を見てきたクルーズと一転、目の安らぐ風景である。しかも二階建ての本館から分かれたヴィラ風の別棟ホテルで、すっかり寛いだ。

98窓から眺めると、近隣の農家、納屋、広がる畑、のんびりと時間が流れるようである。しかし、朝晩は冷え込み、集中暖房の調子が悪く、布団を一枚追加して一夜を過ごし、次の夜は結局電気ヒーターを持ち込む騒ぎもあった。

994月17日朝ホテルを発ち、ミラノ→ヘルシンキ→成田と、無事帰国した。変化に富んだいい旅であった。
(完)



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2012年5月12日 (土)

アオスタよ古きローマの縮図かな

90地中海クルーズと
トリノ・アオスタ峡谷の旅(19)

雪のチェルビニアからアオスタへ

91アオスタはスイス、フランスの三カ国の接点にあたる町、イタリア共和国ヴァッレ・ダオスタ特別自治州のコムーネの一つで、ヴァッレ・ダオスタ州の州都、人口3万5千ほどの町である。

92先史時代以前には巨石文明があり、ケルト人が支配していた。ローマ帝国初代アウグストゥス皇帝の率いる軍隊が、山岳地帯攻略の足掛かりとして紀元前20年に彼らを破り、アウグスタ・プラエトリアという町を建設したのが始まりのようだ。

93昼食の後、ローマ帝国時代の面影を残す町中を散策。途中、ローマ遺跡の採掘現場があり、立派なカテドラル(写真は正門)にものぞいてみた。どこからでもアルプスが望める素晴らしい町である。

94最後はローマ時代の劇場跡地。ここに新しい劇場を建てる計画と聞いて、二度驚いた。

再びバスで、トリノ郊外のホテルに帰る。これで地中海クルーズとアオスタ観光はすべて完了した。
つづく。(写真をクリックすると拡大)

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2012年5月11日 (金)

氷点下2度と聞かされ震え上がる

85クルーズ終えトリノから
アオスタ峡谷の旅(18)

トリノで一泊、4月16日朝アルプス峡谷・チェルビニアへ。

86専用バスでアルプスの峡谷深く進入する。チェルビニアはマッターホルン山頂を境にスイスのツェルマットと背中合わせに南北の斜面を分け合っているという。マッターホルンのイタリア名はモンテ・チェルビーノ、ここから名前を戴いてチェルビニア。

87したがって、お天気さえよければマッターホルンの南面が見られるものと張り切って登ってきたのだが、あいにくのお天気で雪山曇天、ガスまでかかっての歓迎となった。駐車場近くで氷点下2度と聞かされ、震え上がった。

88_2それでも何とかならんかと、時間稼ぎにシャーベット状の道を、町の中央部の教会まで登ってみたが雲は切れなかった。奥にはリフトがあり、それに乗って上まで行けばとは思ったが、時間切れ。避暑地には最高のところのように思えた。

89_2時間となり、やむなくスイス・フランスと国境を接する町アオスタまで峡谷沿いに下山する。車は幾重ものカーブの下り道で、殆どエンジンブレーキを掛けながらのゆっくり走行だった。

つづく。
(写真をクリックすると拡大)


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2012年5月10日 (木)

トリノさえ工業都市から観光へ

100msc_2101mscMSCファンタジア号の
地中海クルーズと
トリノ・アオスタ峡谷の旅(17)

ジェノヴァで下船、トリノへ。

79本船は4月15日8:00地中海一周3,000kmを走破してジェノヴァに入港。世話になったクルーに別れを告げて下船。今までお天気に恵まれていたが、今日は雨。物悲しい別れとなり、荷物を受け取り専用バスでトリノへ。

80トリノは自動車を中核とするイタリア国内最大の企業グループ・フィアットの企業城下町として発展して、航空機産業、自転車ジオスの本拠地と、ミラノに次ぐイタリア第2の工業都市である。

古代ローマ時代以前にはタウリニー人が居住し、フランス占領後、サヴォイア家に帰属,、当時の王宮跡が世界遺産に登録されている。(写真上2枚)

81_2王宮広場に続いてサンカルロ広場があり、この一角で昼食。華やかなバロック建築の続く市内を散策。2006年のトリノ・冬季オリンピック開催を機に観光産業にも力を入れつつあるという。

83_2トリノで象徴的な建築物「モーレ・アントネリアーナ」国立映画博物館の入ったビルで、1889年建造されたタワーはドーム屋根まで121m、塔上部まで168m。ユダヤ教の礼拝堂として建てられたようで、世界一高い博物館だそうである。まさにトリノのグランドマーク・タワーだ。
天気が悪く見晴らしはよくなさそうなので、展望台へはお断りした。

その後、大聖堂を見学、バスで郊外のホテルへ。

つづく。(写真をクリックすると拡大)

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2012年5月 9日 (水)

雄々しくも岩場に生える黒松よ

73MSCファンタジア号の地中海クルーズと
トリノ・アオスタ峡谷の旅(16)

カシスのカランク(入り江)クルーズ

75

入り江の中ではカヌー遊びをする若者が結構訪れている。そういえば今日は4月14日土曜日だった。

76_3

周囲は石灰石を切り出したママになっている岩肌が露出し、黒松が健気にも根を下ろしている風景が続く。

77小一時間ほど波に揺られて入り江を一周してマルセイユまで帰ることになる。
今日は午後自由時間。町に出るでもなく、明日の下船準備で、荷造りなど始める。
17:00本船は終着港ジェノヴァへ向け出港。翌4月15日8:00早くも下船となる。

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2012年5月 8日 (火)

小奇麗な街並みつづく港町

100mscMSCファンタジヤ号の地中海クルーズと
トリノ・アオスタ峡谷の旅(15)

マルセイユから漁港の町カシスへ

69_2マルセイユ港から専用バスで海岸に沿って東へ、カシスを目指す。漁港カシスは、その風光明媚な街並みから数々の画家や詩人に愛される街として、今ではヨーロッパ各地から観光客を惹きつけている人気のスポットという。

70たしかに町を歩けばマロニエの並木道がつづき、空気はいいし小奇麗なホテルも建ち並んでいる。町中は道路が狭く、大型バスが入れないので、町の入り口でミニトレインに乗り換えて港まで入ることになる。

72_3トコトコと町中を下り、海岸に出て、小型ボートをチャーターして小一時間ほど石灰岩のむき出しになったカランク(入り江)をクルーズすることになる。

つづく。(写真をクリックすると拡大)

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2012年5月 7日 (月)

フランスの地中海への玄関港

100msc_266MSCファンタジア号の
地中海クルーズと
トリノ・アオスタ峡谷の旅(14)

4月14日8:00本船は第5の寄港地、南フランスのマルセイユに到着。

67マルセイユは初めての訪問。街中を観光すると思いきや、港町カシスに直行するという。

マルセイユはフランス最大の港湾都市、プロヴァンス=アルプ=コートダジュール地域圏の首府で人口130万、ブーシュ=デュ=ローヌ県の県庁所在地である。

68マルセイユの歴史は古く、小アジアから来た古代ギリシャの一民族ポカイア人が紀元前600年に築いた植民市マッサリアにその端を発し、都市は交易で栄えたという。長い歴史の中で栄枯衰退を繰り返したが、第二次世界大戦後は港湾施設が充実し、商工業の発展に伴い高層ビルの立ち並ぶ現代都市に変わった。
現在はフランス南部の貿易、商業、工業の一大中心地、ヨーロッパ第3位の玄関港となっている。反面、観光面での魅力にはやや乏しいという。

つづく。








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2012年5月 6日 (日)

入場者教会周りに列をなし

100msc63MSCファンタジア号の
地中海クルーズと
トリノ・アオスタ峡谷の旅(13)

4月13日9:00本船は第4の寄港地バルセロナに到着。

バルセロナは首都マドリードに次ぐスペイン第二の都市、カタールニヤ地方の州都である。人口は160万、都市圏人口は400万を超える。1992年にはオリンピックが開催されるなど、欧州でも有数の都市である。

64バルセロナは二度目の訪問であり、この町には建築家アント二・ガウディーの残した建築物が多く、既に見たものばかりで、しいて言えばサグラダ・ファミリヤ教会の一階礼拝堂が完成したとのことで、見てみたいと思っていた。
今日は終日自由行動日なので、タクシーで行ってみると、入場者が教会の廻りに列をなしていたので、外部の写真を撮って、タクシーで
本船に帰った。
午後はまたゆったりと船内で、時を過ごした。

18:00本船は第5の寄港地フランスのマルセイユに向け出港。
つづく。


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2012年5月 5日 (土)

のんびりと寛ぐラウンジ3000㎞

100msc60_442MSCファンタジア号の
地中海クルーズと
トリノ・アオスタ峡谷に旅(12)

4月11日17:00本船はチュニス・ラグレッタ港を出港、一路スペインのバルセロナに向け走行中。

58夕食を終え部屋に帰ると左舷の空が燃えていた。地中海の夕焼けだ。今まで左舷キャビンは朝日専門だったが、これからは夕日専門になる。ナビ画面を(写真右上)見るとアフリカ北岸を離れ、地中海の真ん中に位置するサルデーニヤ島の南西を、北東に向け航海中。

594月12日今日は終日航海。狭い船内より、見晴らしの良い15回前方のトップセールラウンジ左(灰皿がある)が、一番寛げる場所だ。ここはヨットクラブ専用の場所で、一般の人は入らず、静寂が維持される。前方をぼんやり眺めるもよし、読書するもよし、まさにフリーな場所なのだ。

61船内の様子を紹介すると、左写真は15階ジョギングトラックから前方操舵室を含む、ヨットクラブ専用部分。雑踏から逃れられる場所ということになる。

62後方部分。この先に我々の専用レストラン「レトワール」がある。レストランまで約300mの距離があるのがちょっと不便。しかし、食前食後の運動と思えば、丁度いいかもしれない。いい空気を吸いながら…。

航海4日目ということで、本船の航跡をたどってみると、ジェノバ→ナポリ=347海里、ナポリ→パルレモ(シチリア島)=166海里、パルレモ→ラグレッタ(チュニス)=183海里の計696海里、約1,300km。これからラグレッタ→バルセロナ=486海里、バルセロナ→マルセイユ=187海里、マルセイユ→ジェノバ=187海里の計860海里、約1,600㎞、合計すると1,556海里、約3,000kmの大航海ということになる。
つづく。(写真をクリックすると拡大)

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2012年5月 4日 (金)

見事なり青と白との共演は

100msc_2MSCファンタジア号の
地中海クルーズと
トリノ・アオスタ峡谷の旅(11)

チュニジアの首都チェニスの近郊

54アントニウス
共同大浴場跡

ローマ時代に造られたという大浴場跡、200haもの広大な浴場で、中央を境に男女の施設が左右対称に造られていたという見事なもの。一種の社交場であったのだろう。

542この施設跡地に隣接して小高い丘があり、国旗が掲げられている。大統領官邸だそうで、今は写真撮影もフリーであるが、かっては大変だったという。この辺も民主化の表れか。ここの名産はナツメヤシの実、土産物屋が並んでいた。

55シディ・ブ・サイド

白い壁に青の窓枠の家が建ち並び、岩場のアップ・ダウンと海、それにお天気が見事に調和して、一層素晴らしい風景を醸し出していた。ここぞ観光のメッカであろう。ここでは揚げながら売っているドーナツ屋が人気という。

56シーサイド・レストラン

近くのレストランで昼食にシーフード料理をいただく。魚介類のスープ、イカのフライ、エビのソテーなど、いずれも新鮮・美味で、景色も料理もともに堪能できた。

57チェニスのスーク

最後にチェニスの市街地、旧市街を散策。アラブ情緒漂う細い雑踏のスークを引っかかりながら通り過ぎて、フランス門までやってきた。これでチェニスは終わりだ。
本船は17:00バルセロナまでの長旅、すなわち4月12日終日航海、13日9:00に到着の予定となる。
つづく。(写真をクリックすると拡大)

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