水彩展天気に恵まれ順調に
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今日から11月(霜月)天候不順と言われながら、そこは季節、朝晩は冷えてくるようになった。今年も二つ月を残すのみとなった。11月と云えば七五三、子供の成長を願いお宮参り、お寺詣りをする。神社によっては先月中ごろから、着飾った子供をつれてのお宮参りが散見されたが、これからが本格化する。写真はかなり古いが1991年に私が描いた絵で、場所は信州善光寺。この子も立派に成人したことだろう。
さて、今月も荒良寛先生のカレンダーを紹介する。われわれ、言葉使いに注意しないと相手の心に深い傷跡を残すことになるという戒め。気をつけないと・・・。この英訳は
Scar from the sharp knife will heal. But the scar from unkind words will not heal.
* * * * *
お知らせ
私の個展「第15回水彩画展」を次の通り開催します。ご来場・ご高覧のほど、お願いします。
☆会期 2009年11月9日(月)~11月14日(土)
☆時間 平日11:30~18:30
(初日は13:00から、最終日は16:00まで)
☆会場 銀座ふそうギャラリー
東京都中央区銀座1-7-16
TEL 03-3561-7908
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舞鶴市散策
ノスタルジーを覚えさせる舞鶴市。まづは赤レンガ博物館を訪ねる。建物は旧海軍の水雷庫として明治36年(1903年)に建てられたわが国最古の鉄骨レンガ造、現在は世界四大文明のレンガを中心に各国のレンガを紹介する博物館として利用されていた。隣接して市制記念館を含む赤レンガ倉庫群がある。旧海軍の兵器庫だったもので、平成6年に芸術・文化の交流の場として生まれ変わっている。
つぎに”母は来ました、今日も来た”「岸壁の母」で全国に知られる「舞鶴引揚記念館」。昭和20年10月7日に引揚第一船「雲仙丸」が入港して以来、13年間にわたり66万人もの引揚者と1万6千柱の遺骨を迎え入れた港である。抑留時代の多くの資料が展示され敗戦の惨めさが思い出された。港を見下ろす小高い丘は「引揚記念公園」になっており、引揚桟橋も復元されているという。
勧められて舞鶴が一望できるという五老岳(海抜325m)に登ってみた。その上にさらに50mの展望タワーが建っていた。確かに舞鶴湾は見渡せたが、何分カメラ不調で冴えない・・・。
(丹後・若狭の旅ー13)
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袖志からいよいよ丹後半島の最北端に到達した。国道178号線からちょっと入った所にパーキングがあり、しばし日本海を眺めた。お天気もよく気温も上がってきて軽快であった。
経ヶ岬
灯台は森の先にかろうじて見ることができた。
日本海に向かって凛々しく建っていた。海抜140mの断崖に立つそれは、映画「喜びも悲しみも幾歳月」の舞台になった歴史ある灯台。
また大昔、岬にいた龍が暴れて船を潰したり、転覆させたリしたので、通りかかった僧が、日夜、経を唱えてこれを鎮めたところから、経ヶ岬の名がついたという。
次は東海岸の難所、岩場の峠を越えて南下する。道路は狭く下りのカーブも多かったので慎重に通過した。
{丹後・若狭の旅ー6}
上野両大師境内には野路植えの草花が沢山ある。木々の間の根元を見ていくと、可憐なスズランを見つけた。
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久美浜を後にして国道178号線を北上する。左手あちこちに海水浴場が点在する西岸を行くと「鳴き砂」と指定された琴引浜があり、そこに一寸に立ち寄る。
駐車場からの眺めであるが日本海を吹く風は心地よかった。
更にしばらく北上すると、だんだん岩場が現れ、今夜の宿である 丹後町・間人(たいざ)に到着。
間人と書いて「たいざ」と読ませるという地名。そのいわれは、六世紀の末、聖徳太子の生母・穴穂部間人皇后(あなほべのはしうどこうごう)が乱を逃れてこの地にとどまられた。やがて乱も収まり大和に帰られる際、里人のもてなしに感謝して自らの名「はしうど」をこの地に与えられた。ところが皇后の名を口にするのは恐れ多いと、「退座された」ことに因んで「たいざ」と呼ぶようになったというのである。難しい地名ではある。
{丹後・若狭の旅ー2}
上野散歩
今年の桜は終わりと思いしや、どっこいひと際ピンクの花をどっさりつけた八重桜が残っていた。それは寛永寺第二墓地の正面通路。
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馬鹿陽気になったかと思えば、この一週間は真冬の寒さに戻り、体調管理の難しい、昨今である。
さて、上野・両大師の境内に古代ハスの植えられた小さな池があり、毎春、真っ黒なオタマジャクシが孵り賑やかに泳ぎ回る。そんな訳でお参りする度に覗き込んでみるのだが、今年は底の泥の中に卵が産みつけられているのを発見た。水の取り口からゴムホースのようにくねくねと繋がっている。反対の陽当りのいい方にも一群がいる。孵化は何時ごろになるのか、楽しみに見守っていこう。
さて、先日紹介した福寿草の続報。まだ弱々しかった茎はすっかり伸びて、花は小振りになったが、すくすく成長している。自然は春への息吹を続けている。
写真をクリックすると拡大。
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初詣 フォトギャラリーから
正月三が日は毎年のことながらスポーツ観戦が楽しみである。お目当ては元日の二ユーイヤー駅伝、それが終わるとサッカー天皇杯決勝、二日・三日は箱根駅伝だ。今年の3試合はいずれも稀に見る大接戦で、大いに楽しませてもらい元気をもらった。
ニューイヤー駅伝は富士通、日清食品G,それに旭化成が三つ巴の大接戦でアンカー勝負に持込まれ、ラスト200mのデッドヒートで、富士通が9年ぶり二回目の優勝。
天皇杯決勝はガンバ大阪が柏レイソルを延長後半のラスト5分で1-0として優勝。
二日の箱根駅伝は往路5区の山登りで東洋大が大逆転優勝。三日復路は二位早稲田に再三脅かさながら逃げ切り、東洋大が初優勝。昨年優勝校・駒沢大は13位のシード落ちになった。キビシーイ・・・・。
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上野散歩
今日から11月(霜月)入り。今年もあと2ケ月となったが、世の中いい話は少ない。上の写真は上野東照宮の今年の紅葉。梢の方は早々落ち始めているが下の方はまだ青い。
因みに中の写真は一昨年同時期に(ブログ06年10月31日号から)撮ったものだが、これだけ落葉が速いし、透けて見える。どうもアンバランスを感じてならない。異変だ。
異変とはいえないが、サブプライムの影響が我が身にも押し寄せた。特に株式市場は10月中旬大波乱、大暴落を演じた。28日には日経平均ザラバとはいえ、6,990円台までチラついた。昨年末の15,300円から、だらだら下げつづけ、10月27日の終値7,162円、実に47%、半値切りの状態。ドル円もしかり。90円そこそこまで買われた。輸出産業はたまったものではない。
2~3年はジタバタしても仕方がないな・・・と思いながら、ふと見ると駐車中の車の屋根にギンナンが散らばっている。(写真下)何か舞台に立っているような、気取った風情が漂い、面白かった。だが、今年のギンナンは心なしか小粒に見える、心境のせいかな。結局、今年はいいことなかったという結論か。せめて体に気をつけよう。
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上野散歩
今日から10月。今年もあと四分の一を残すのみとなった。
猛烈な暑さからやっと解放されたと思えば、今度は連続の雨模様、九州や四国は大雨が降っているとニュースが伝えている。
上野散歩はここ2~3日サボっているが、上野公園には群生ではなく、片隅にちらほらと弱々しく咲く曼珠沙華があり、盛りを過ぎたこれ等の花も雨に濡れているだろう。
曼珠沙華といえば色目の少ない時期に咲くので、その赤さにハッと驚くのだが、反面、有毒であったりして「彼岸花」「死人花」「捨て子花」「幽霊花」などの別名があるように、世の因果を強く感じさせる花ではある。
政界、経済界、そして社会面でも暗い話がいっぱいで気分は曇りがちの神無月入りではある。
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上野散歩
今日から九月、長月が始まる。一日は「防災の日」。心して「備えねば・・・」とは思うが、ここ十日ほど続いた集中ゲリラ豪雨をみて、無力を感じるのは私だけか??確かに地球は急変したようだ。被災された方々にはお見舞い申上げるのみ。
ところで8月1日に取り上げた上野・両大師の「古代ハス」、しばらくの間、人の背丈以上に繁茂していたが、さすがにボツボツ葉や茎が枯れ始めた。また花びらを落とした後には「如雨露」のような形をしているものがツンツン残っている。
さらに早咲きのものは、メロンパンのようにふっくらして、黒い種子がびっちり育っていた。この種子こそ、2千年もの歳月を引き継ぎ、環境に対応してきた原点であろうとつくづく思ったものである。
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上野散歩
今日から7月=文月入り。今年も後半になる。
今年の梅雨は陽性だったのか、やたらと続いたような気がするし、雨量も例年より多かったそうだ。特に九州・四国の太平洋岸はドシャ降りが何度も伝えられた。これでそろそろ明けてもらいたいものだ。天候とともに陰険な同族殺人事件と、通り魔事件が報じられる。つくずく滅入る事件が多すぎる。
今月はサミット月。せいぜい明るいニュースが欲しいところだが、期待するほうが無理というものだろうか。愚痴っても仕方ないので上野の山を今日も歩く。自然は関係なく移っている。木陰にひっそりと咲くアジサイはまだまだ清楚さを保っているが、そろそろ終わりになるだろう。つぎに咲くのは不忍池のハスの花。次は山を下りてみよう。
明日から元気をだして旅を続けよう。
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久しぶりの青空を見る感じだ。今日から六月・・・水無月?、これから梅雨本番と云うのに如何にも皮肉を感じる。というのも今年の五月は雨が異常に多かったようだ。
先月末で終わった「さつきフェスティバル」を紹介しよう。毎年この時期になると上野不忍池の畔で開かれていたが、今年は噴水広場で開かれた。第何回かの記念展だったせいか?
いずれにしろ去り行く春の名残りとして、受賞した三点ほどを写真紹介。いずれも古木の盆栽で、歳月と手塩にかけた見事なものばかり。
野に咲くサツキは燃えるような勢いがあるが、こうして限られた空間に、人工的に作られたサツキは芸術品の感が深い。
主催は(社)日本皐月協会TEL03-3821-8430
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今日から五月、皐月(さつき)である。世はまさにゴールデンウイークの真っ只中だが、こちらにとっては今年も四分の一が過ぎ去ったなという実感。早いものである。
昨日朝散歩で上野動物園前を通ったが、そのときパンダが30日早朝に死んだ旨の掲示が出たところだった。ご苦労さん。せめて公園内で撮ったツツジの写真でも手向けよう。
上野の山は桜のあとので、今やツツジが満開である。ツツジといっても種類が多く、また垣根に植えられたもの、綺麗に剪定されたもの、自然に生えたものなど、カメラで狙ってみるとイロイロあるものだ。
写真右上は寛永寺駐車場にこの春植えられたばかりの垣根。花芽の付いていたものだろう、ハチキレルばかりの満開だ。左上は奏楽堂の生垣。日陰のせいか弱々しいが、清楚だ。右下は東照寺境内のもの。おっとりしている。左下は精養軒前の野地植えのもの。野性的だ。表情まで違って見えるのも面白い。
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今日から新年度。上野のサクラは9日早い満開とあって昨日の雨、今日の風で散り始めるかと、お決まりのコースを歩く。
まだまだ耐えている。写真右は寛永寺・根本中堂に控えるサクラ。古木ながら今年も綺麗な花をつけている。
左は動物園前の交差点。週末の土・日は例年どおり大変な人出であった。
右は五条天神の早咲き。結構長く咲いているが、まだ8分がたピンクの花をつけている。すばらしい枝振りである。
左は国立博物館で、折りしも開かれている奈良の薬師寺展の看板を飾る花たち。先月11日に奈良を訪れ、薬師寺に寄って来たばかり。そのとき不在と聞いていた国宝の日光・月光両菩薩像それに聖観音菩薩像がここ上野に鎮座されている。早速28日に寄って平成館で、表から裏まで拝見してきた。立派なものだった。奈良の訪問記は次号紹介の予定。
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ここ10日ほどの陽気で上野公園の人出はグンと増えたようだ。桜の開花も間近にせまる。その前に、この時期の花を探した。
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都美術館の裏、動物園の柵に沿って植えられた椿。そろそろ花を落とすのか。
左は東照宮右奥のコブシ。1~2日に一斉に開花したような感じた。
左は五条天神の枝垂れ梅。天神さんつき物の早咲きの梅は、はや散ってしまった。ここのコブシはまだ上の部分だけ。
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一方、両大師の梅は今が盛り、満開の状況。同じ上野でも東面にあるものは南面のものと一週間以上、開花に差が出るようだ。
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それを現わすように、
並んでいる輪王殿の塀越しの椿は、時期をずらして満開を呈している。
以上のように、目にした花は結構多く、ソメイヨシノの開花を待っている。春はそこまで来ている感じ。そういえば今日は「彼岸の入り」である。
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明日から弥生3月入り。そろそろ春めいて来るのやら・・。寒さを逃れて赤道の反対側、温暖といわれるオーストラリヤ・タスマニヤ島を訪ねてきたが、こちらも天気が安定せず、場所によっては予想外の寒さに見舞われてきた。
オーストラリヤの南東部にリンゴの形をして、ぶら下がるように位置するタスマニヤ島は一つの州である。
面積にして北海道の80%ほどの大きさの島ではあるが、その人口は50万人に満たないというから、見方によってはまさに過疎の地。総面積の40%が国立公園と保護区に指定され、まさに「自然が一杯」「世界一空気のいい島」であるといえる。
世界遺産に登録されている「タスマニア原生林地区」(上の地図の南西斜線部分)は太古の昔から人知れず、その調和を保ち、数多くの樹木や倒木が山を覆っている。山あり、川あり、湖あり、また湾あり(上の写真はワイングラスベイ)美しい海岸線ありの変化に富み、何処に行っても広大な風景に圧倒される。また島の固有種の有袋動物達(タスマニアン・デビル、ワラビー、ハリモグラ、ウォンバットなど)が、いまなお生存し、突然出くわすことがある。夜行性である彼らの夜間の交通事故死もみられ痛ましい限りだった。
次回から紀行文を連載の予定。写真をクリックすると拡大。
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謹賀新年
今年もよろしくお願い申上げます。
2008年の元日は快晴で明けた。「並の年で充分」と思いながら雑煮を祝い、ニューイヤー駅伝のスタートから一区の中継までを横目で見ながら初詣へ。写真右は氏神様の元三島神社、ここでは毎年お神酒を頂戴する。
次に入谷鬼子母神から鷲神社(おおとりじんじゃ、写真左)へ。ここでは甘酒が出るのでそれを楽しみにしている。
最後は裏に廻って飛不動と呼ばれる正宝院へ。ここでは今年の「旅」の安全を祈願する。また例年求めている干支の小さな一刀彫が(今年は子年で、これで九個目になった)お目当てである。
三ノ輪まで足を伸ばして「江戸五色不動」の目黄不動尊の永久寺により、今年最初のご朱印を頂戴した。(後日寺社集印で紹介予定)
さて、ニューイヤー駅伝は昨年王者の中国電力を破り、コニカ・ミノルタが優勝した。また、現在行われているサッカー天皇杯は2-0で、どうやら鹿島アントラーズが広島に勝ちそうだ。明日からは箱根大学駅伝が始まる。テレビ観戦の三が日も例年並。
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今日から10月、やっと酷暑から開放された感じ。神無月(かんなずき)といえば、全国の神様が留守になり、出雲に集合される。集印には出雲まで行かねばならぬ???
写真右は上野輪王殿境内のススキ??聞いてみると「パンパス・グラス」という名の、外来種・イネ科の植物とか。もう2ヶ月近く見事な穂を見せている。
本殿入り口の大門(重要文化財)。昔は寛永寺寺院群の正面にあった物を移設したものだと聞いた。写真をクリックすると拡大。
ようこそ「明日も行こうぜ西東」へ
今日からこのBLOGは二年目に入りますので、蛇足ながら内容(操作方法)を列記してみます。
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以上よろしくお願いします。
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上野散歩
今日から6月、水無月である。今年の梅雨はどうなのか。そろそろ入りも間近いのか。アジサイが咲き始めている。(写真右上)
これに誘われるように、前から気にしていたパゴダ薬師如来にお参りした。東照宮入り口の小高い丘の上にある。(写真左)合掌。その右手に上野大仏があって、これには驚いた。といっても尊顔を飾ったもの。
写真右下がそれで、関東大地震で仏頭が落ち、寛永寺に保管中、仏体は昭和15年、第二次世界大戦に献納を余儀なくされたのだそうである。お顔の様子からかなりの大きさの大仏さんであったろう。
上野・精養軒の駐車場に子供たちのはしゃぎ声がして、バスから降り立った。これから動物園に行くのだろう。垣根のツツジも負けじと、満開ぶりで園児を迎えている。
写真をクリックすると拡大になります。
寛永寺の正面の門扉と塀が改装され、右手前に立派な石碑が建てられた。(写真右)正月2,3日は根本中堂の参観が許されるようだ。
例年のことながら、三が日はテレビのスポーツ観戦が楽しみだ。元日はAM9:00からの前橋ニュー・イヤー駅伝、7区100㌔を実業団37チームで競う。ここでの興味は何処のチームが出てくるか?空っ風・気温は如何かだ。中国電力の圧勝に終わった。午後は天皇杯サッカー。浦和レッズが、ガンバをかろうじて1-0で降した。リーグ優勝と2冠だった。
最大のイベントは2,3日の箱根大学対抗駅伝。往路5区108㌔、復路5区109㌔を20校で競う。醍醐味は優勝は勿論だが、シード権をかけた10位争い、それに繰り上げなしで如何に母校の襷を継ぐか?ことしは乱戦の末、順天堂が総合優勝、昨年優勝の亜細亜がかろうじて10位、2校が涙の繰り上げスタートとなった。キビシイものだ。
さて、駅伝の発祥をご存知か?上野不忍池弁天サンの入り口左脇に「駅伝の歴史ここに始まる」という石碑がある。左の写真をクリックして、とくとご覧あれ。
今日から19日まで3日間、浅草・浅草寺で羽子板市が立つというので出かけてみた。予想通り日曜日の初日とあって、写真のような大賑わいだった。
昔は物品の売買交換の場として定期的に市が立ち、なかでも12月の市が最も栄え、これを「浅草観音の歳の市」と称したのだそうだ。正月の飾りものなどを買い求めたのであろう。
羽根つきは室町時代から行われた遊びで、江戸時代にその羽子板に押絵細工を施すようになり、さらに江戸末期には流行の歌舞伎役者の図柄など華麗になり、浅草観音にずらりと並べて「羽子板市」になつたとのこと。
羽根は「生まれた子が邪気をはねのけ、すこやかに育つこと」に通じ、子供の成長を願って羽子板を贈り、羽根つきをして、新春を寿ぐのである。この羽子板市には3日間で30万人もの人出があるそうだ。
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公園内に野球場があり、その改修工事がこのほど終わり、写真トップの石碑が出来た。それで初めてこの球場が正岡子規に因んだものと知った。
さて野球と子規の関係は明治5年頃にベースボールが日本に渡来し、17年を経て、子規によってこれが出身地である松山に伝えられたとか。
11月26日松山市から「の・ボール」野球チームが台東区との親善試合のため、上京されたと聞き、早速観戦へ。
ルール、用具は当時のモノを再現したそうだ。松山「白」台東区「紅」で試合前の挨拶(写真上右)。写真下左キャッチャーは剣道の面のようなプロテクターをつけ、バッターからかなり離れて投球を待つ。なぜなら打球はすべてワンバウンド・キャッチでアウト(これは野手すべて同じ)。バッターは打席に立ち、まず審判(羽織袴のオッツアン)に自分好みのストライクゾーン(上・中・下)を申告、審判はホームベースをはさんでバッターの正面に立ち、それをピッチヤーにつげてプレイボール。ピッチャーは写真右下の四角い枠のなかからバッターに正対して下手投げで投球するというアンバイ。以上「の・ボール」野球の解説終わり。
歩いていて一番、道を聞かれるのが 国際こども図書館。公園の北の端。JR上野駅公園口を起点にすれば、中央に出て噴水池を右に見て、斜め右に進むと東京都美術館、それを迂回して奏楽堂のさきに信号のある交差点に出る。交差点をまっすぐ渡ると黒田記念館、その並びにある。早い話が国立博物館と芸大のあいだに当たる。
建物はがっちりしたもので時代を感じさせる。写真右が正面玄関。よく写真を撮ったり、スケッチをする人を見かける。
玄関前の広場に、写真左の噴水のある小さな池がある。噴水の胴の部分に小泉八雲の肖像がはめ込まれ、上の球にハダカの子供がジャレている。チョロチョロ出てくる噴水があたかも子供たちのオシッコを連想させ、微笑ましい。
まだ図書館に入っていないし、小泉八雲と子供たちの関係も私は分からない。
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