でっかいぞ北のはずれの磨崖仏
毛越寺の前を右に取り、西にしばらく行くと達谷窟・西光寺(たっこくのいわや・せいこうじ)東北36不動尊霊場第23番、通称姫待不動尊がある。大同2年(807年)円珍の開山。八世紀末、何度かの東征にも拘わらず、この達谷窟にこもった悪路王らの勢力が強大になり、国府の手に負えなくなったので、桓武天皇は坂上田村麻呂を征夷大将軍として征服させた。将軍は多門天の加護によるものと、窟の前に九間四面の精舎を建立し、鞍馬山にならって108体の多聞天を安置し、毘沙門堂と名付けて鎮国の社寺とした。度重なる災禍で寺は焼かれたが、ご本尊以下秘仏は難を逃れた。現在の本堂は昭和36年に再建されたもので五代目という。(写真中)
さて札所の姫待不動尊であるが、悪路王らが京から攫ってきた姫を「籠姫」に閉じ込め、「桜野」で花見を楽しんだ。逃げようとする姫君を待ち伏せた滝が「姫待ち瀧」、姫君の黒髪を見せしめに切り、その髪を掛けた石が「かつら石」との古事。智証大師がその飛地境内にある「姫待ち瀧」の本尊として祀ったものを寛政元年(1789年)当地に移された。桂材の一木彫、大師様不動の大像が札所本尊である。
そのほか堂の西側の大岩壁(高さ約33m)に刻まれた「北限の磨崖仏」がある。高さ16m、顔長3.6m、肩幅約10mの大仏様で全国五指に入る大きさという。(写真下)
これで岩手県の巡拝は一応完了した。合掌。
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