びわ湖沿い景勝名刹二観音
寺社集印=滋賀・近江八幡、安土
大津市から琵琶湖沿いに北上した近江八幡市、八百八段の石段と聞いてはいたが、山上まで狭くくねってはいるが自動車登山道があり、たまたまタクシーの先導もあって、助かった。姨綺耶山・長命寺(いきやさん・ちょうめいじ)西国33観音霊場第31番札所である。
景行天皇20年に武内宿禰(たけのうち・すくね)が当山に登り、「寿命長遠・諸願成就」を柳の巨木に記し、300歳までの長寿を保ち、六代の天皇にお仕えしたという。その後、聖徳太子が当山に来られ、千手十一面聖観音三尊一体の聖像を刻み伽藍を建立して「長命寺」と名付けられたという。
近江国は日本のほぼ中央に位置し、「日本の臍・へそ」ともいうべき所に繖山(きぬがさやま=標高433m)別名は観音寺山。この山中に佇むのが繖山・観音正寺(きぬがさやま・かんのんしょうじ)西国33観音霊場第32番札所である。寺伝によると聖徳太子が来臨の折、紫雲たなびくこの山をご覧になり、「これぞ霊山」と思われ、千手観音像を刻まれ、堂塔を建立されたのが縁起であるという。
近江国守護職・佐々木六角がこの山に居城を築いたため兵乱に巻き込まれ、六角が永禄11年(1568年)信長に滅ぼされたので、慶長2年(1597年)にやっと再建出来たようである。万事吉祥・縁結びの祈祷道場として老若男女の尊崇を集め、四季を通じて「景勝の名刹」とされてきた。しかし整備はされていたが駐車場から本堂までの坂道は大変のものだった。
(びわ湖と西美濃の旅―5)
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