栄枯盛衰これ世のならわしや
武田信玄公が定めた五つの寺院「甲府五山」のつづき。
その四、法蓋山・東光寺(ほうがいざん・とうこうじ)。ご本尊は釈迦如来。合掌。名僧蘭渓道隆=大覚禅師が再興し、信玄公が厚く保護したお寺という。
信玄の長男・義信は父と対立、当寺に幽閉され、自害。名門・諏訪家の当主・諏訪頼重は信玄の諏訪攻めの時、捕らえられ当寺に幽閉され、切腹。この二人の墓があるという。血生臭い話とは別に、見事な庭園(県文)、室町時代の仏殿(薬師堂)=重文、などがある。
その五、金剛山・法泉禅寺(こんごうさん・ほうせんぜんじ)。ご本尊は弥勒(みろく)菩薩。合掌。武田家中興の祖といわれる武田信武公が開いた寺といわれ、その墓所がある。
また織田信長に滅ぼされた武田勝頼の首級は京都六条河原にさらされた。当山の快岳禅師は妙心寺の南化和尚の力を借り、勝頼公の首級を貰いうけ、この法泉寺に手厚く葬ったという。(完)









































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