この滝は老を養う霊水や
今回の旅も最後になった。瀧寿山・このた元正院・養老寺(ろうじゅざん・げんしょういん・ようろうじ)で頂いた「養老志」によると明治13年太政官布告で開設の由緒ある公園。往古には元正、聖武の二帝の行幸があるほど、名瀑と名水がある歴史、景観兼備の名勝地とされている。
瀧からだらだらと下って来ると養老神社があり、わきに「菊水霊泉」なる湧水池、さらにその下には滔々と流れ出る水汲み場があった。
美濃国・多度山で「滝の水」が酒になり、父親を喜ばせたという貧しい孝行息子・源丞内の話は奈良の都にまで聞こえ、元正天皇は霊亀3年(717年)当地に行幸になり「老を養う水」と褒められ、年号まで養老元年と改められたという。養老二年には七堂伽藍が創建され、寺号を賜り、滝守護不動明王(県重分)を勅納されたという。
大垣市に帰り、橘・八幡神社(たちばな・はちまんじんじゃ)に参拝。御祭神は応神天皇・神功皇后、後醍醐天皇の正慶建武の頃、南都梨原宮(東大寺鎮守)を藤江村に勧請、宝徳3年に大垣に遷座された。社殿は昭和20年空襲で焼失、26年に再建されたものである。
(びわ湖と西美濃の旅ー10 完)
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