2013年8月29日 (木)

被災者の 慰霊と魔除けの 浅間観音

浅間三山訪問記(完)

02_2浅間山・観音堂③
(東叡山・寛永寺別院)

天明3年の浅間山大噴火では近隣の村人一千人を超える犠牲者を出し、その影響は関東一円に及んだ。時の寛永寺山主の輪王寺宮・公延法親王が被害者救援に当たられた。

01_2昭和28年に地元・鎌原村(かんばらむら)の要請により170年忌の法会が、寛永寺住職・親修のもとで執行された。(写真は惣門)

03_3このような歴史的な経緯もあって昭和33年に鬼押出し園の中に寛永寺別院として浅間山観音堂が建立された。観音堂本尊は寛永寺から聖観世音菩薩像が迎えられた。

溶岩流で形成された鬼押し出しの溶岩の上に建ち、被災者の慰霊とともに参拝者の安穏を祈り「鬼押出しの魔除け観音」としても多くの信仰を集めている。

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2013年8月28日 (水)

200年 時を越えたり 岩谷観音

浅間三山訪問記(2)

03三原郷34観音札所
第6番穴谷観音(常林寺)

三原郷34観音札所は源頼朝が命じて作らせた秩父34所をモデルに,鎌倉時代以降に成立したとみられる。しかし三原郷の記録が殆どない。それは天明3年の浅間山の大噴火によるもので、火山弾、火砕流、泥流などで、多くの寺や堂宇が破壊され、さらに数年続いた大飢饉によって庶民の生活が困窮したことが、札所衰退に拍車をかけたとみられる。嬬恋郷土博物館で資料を入手、長野原町18、嬬恋村8、草津町1、六郷村6の33か所が判明したが、当時の寺が残っている処は皆無。その資料から鎌原観音は第八番、近くに再建された常林寺に第六番穴谷観音を知り、さっそく訪ねた。

01天明の浅間押し(火砕流)によって行方が分からなくなったが、200年が経った昭和58年、三方を丘陵に囲まれた山寺・常林寺で高さ190cmもある聖観音座像を発見、穴谷観音を復活させた。

02本堂下の境内に長野県小布施町から運んできた巨大な岩のなかに納まっている。(上の写真)

龍燈山・常林寺は長野原町にありながら、檀家のほとんどを嬬恋村に持つ曹洞宗のお寺。ご本尊は釈迦牟尼仏、開基は南北朝初期の1331年ごろと推定されているが、その歴史は火砕流に呑み込まれてしまった。

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2013年8月27日 (火)

哀れを忘れず 今も七日の念仏は 末世に伝わる供養なり

0107浅間やけ遺跡②
嬬恋(つまごい)郷土資料館

写真は浅間やけ二百年忌供養で建立された聖観音像。
天明3年の浅間大火砕流の発掘調査が進められている。

0104昭和50年鎌原老人会有志の作業で、埋没家屋の屋根材、硯、水差し、小判などが掘り出された。
昭和54年には山麓埋没村落総合調査会が組織され、ガラス製の鏡、長脇差、銅製の印鑑とともに遺骨などが発見された。

0105_2観音堂石段下からは逃げ遅れたとみられる折り重なった女性の二遺体が発見された。
0106これらの出土品の数々は隣にある嬬恋郷土資料館に納められ、当時の資料とともに展示されている。一方、観音堂に逃れた93人はこの地に留まり、近くの村々の暖かい援助に支えられ、村の再建を果たした。またその子孫は今もなお、観音堂を守り、犠牲者の冥福を祈り続けている。

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2013年8月26日 (月)

天めいの 生死をわけた 十五段

浅間三山訪問記(1)

0101浅間やけ遺跡①
鎌原(かんばら)観音堂

大同元年(806年)創建と伝えられる。ご本尊十一面観世音菩薩が安置され、鎌原村が開からたころから村民の祈願所として、長暦3年(1039年)創建の延命寺の一角に納まっていた。

0102_2現存する茅葺のお堂は正徳3年(1713年)建立されたものとされるが、天明の大噴火から残った唯一の建造物。高台にあったため奇跡的に残り、ここに避難した93人と石段上部の15段までが救われたといわれる。

0103_2天明3年(1783年)8月5日(旧暦7月8日)午前11時、浅間山頂から大量の火砕流が噴出、秒速50mを超す猛スピードで流れ落ち、地表の土砂・岩石を巻き込んで泥流と化し、鎌原の宿場町を直撃した。
無防備であった村民477人の命と馬、家、田畑を一瞬にして飲み込んで行ったのである。
鎌原火砕泥流の後、最後に押し出た溶岩流が「鬼押し出しの奇岩」を形成したようだ。


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2013年7月23日 (火)

下町の 十文字が 結願所

02_2那須33所観音
第33番 吉利倶山・光照寺
         (こうしょうじ)

いよいよ「結願所」にやってきた。国道293号と294号の交差点、小川町の通称「下町の十文字」の北西に位置する光照寺の開基は天文2年、宥全阿闍梨の開山。

03_3現在の本堂は開山当時の骨組みのまま、昭和58年に改修されたもので、ご本尊は阿弥陀如来の座像、札所本尊は千手観音。そのほか出世弁天(鎌倉時代の作)融通弁天(室町時代の作)水洗い観音、水子供養地蔵尊などが祀られている。高野山真言宗のお寺である。

04当寺も弘法大師ゆかりの関東88ヵ所霊場(東国へんろ)第26番札所になっている。

これにて那須33所観音巡拝は完了、結願を迎えた。合掌。






 

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2013年7月22日 (月)

光圀公 お手植えという 枝垂れ栗

01_3那須33所観音
第30番 武茂山・馬頭院
 (むもざん・ばとういん)

建保5年(1217年)京都醍醐寺座主・光寶上人が、ここ武茂荘(むもそう)に将軍地蔵菩薩堂を創建されたのが起因とされる。

02正和元年(1312年)醍醐寺の光範上人が、延命地蔵菩薩を本尊として、地蔵院・十輪寺を開基された。
元禄5年(1692年)水戸光圀公が参詣し、馬頭観世音菩薩をご本尊とし、地蔵菩薩を脇仏と定められた。

03この時から寺名が武茂山・馬頭院と改められ、地名も「武茂」から「馬頭」と改称された。
その折、光圀公が記念植樹されたのが、現存する県天然記念物指定・栃木名木百選にもなっている「枝垂れ栗」(通称・三度栗)であるという。

なお、当寺は弘法大師ゆかりの関東88ヵ所霊場(東国へんろ)第27番札所になっている。

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2013年7月18日 (木)

途中下車 花観音の 乾徳寺

01_4那須33所観音・余録
龍澤山・乾徳寺
  (かんとくじ)

馬頭町に入り、馬頭院に向かう手前に、よく整備された寺を発見、寄ってみた。
「花観音」と称する乾徳寺、曹洞宗のお寺だった。

02_2「花観音」と謳われるだけあって、本堂で戴いた花暦に春、夏、秋と四季を通じて、花に包まれると想像された。

春はヤマブキ、イワウチワ、シャガ、ミズバショウ、カタクリ、イカリソウ、白フジといったあんばいである。

03_2夏はヤマジノホトトギス、タマアジサイ、カラマツソウなど。
秋はオクモミジハグマ、アキノタムラソウ、ハギ、湖水モミジなど。
節ごとに何回か訪ねたい寺であった。

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2013年7月17日 (水)

度重なる 大火にあって 真偽不詳

01_3那須33所観音
第31番 宝珠山・總徳寺
        (そうとくじ)

真言宗智山派に属し、京都東山智積院の直末寺。創立は判明しないが、建保5年(1217年)醍醐光宝上人の開基という。

Photoご本尊は不動明王.。往時には八溝山周囲三県にわたり、末寺28ケ寺.を有し隆盛を極めたようだが、元禄、寛政、さらに大正2年の雷火など相次ぐ火災により真偽は祥ではない。札所本尊は子安観世音菩薩。

3馬頭町に向かう国道461号線に御前岩物産センターがあり、その奥に武茂川沿いに「奇岩・御前岩」があると聞き、ちょっと途中下車して、ワンカット。何に見えますか?

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2013年7月16日 (火)

平成2年 往時の姿に 復興成る

01_2那須33所観音
第32番 日光山・松慶寺
       (しょうけいじ)

天文11年(1542年)那須郡松野村に開基、その後寛文9年(1669年)現在地馬頭町谷川に移る。明治8年(1875年)現馬頭町立谷川小学校の前身である「盛川館」が当寺に発足した。

02しかし明治10年11月の火災で焼失、以後65年間無住の寺となった。
昭和15年(1940年)檀家衆により紀元2600年記念事業として本堂、庫裡の再建に着手、18年3月に落慶に至ったという。

03その後参道、本堂、庫裡などの改修を、また観音堂の建立を進め、平成2年にほぼ往時の姿に復興された。
真言宗智山派のお寺で、ご本尊は如意輪観世音菩薩。

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2013年7月15日 (月)

南東の 山中にある 小木須観音

2901那須33所観音
第29番 高根山・宝蔵寺
        (ほうぞうじ)

那須町の南東に当たる八溝山系の山中にある。古来「木須の里」と称されたようだ。

2902文安5年(1448年)甚清法師の創建とある。落雷により全焼したため元禄以前の古い記録はないというが、那須百観音巡霊記などの記録によって、当時の模様が推測される。幕末まで、四寺の末寺と二寺の別当を兼ねていたが、廃寺、分散したようだ。
その後再建され、小木須観音と呼ばれ、十一面観音を安置している。真言宗智山派のお寺。
近くには県立自然公園・国見みかん園、花立山つつじ園など、周囲の環境には恵まれている。

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