« 2013年9月 | トップページ | 2013年11月 »

2013年10月31日 (木)

越後33観音のご朱印

越後33観音第10、13,14番のご朱印

10第10番 長徳寺(ちょうとくじ)
十日町市友重170-1
TEL 025-768-3930
参拝 2013年10月8日
記事 2013年10月28日

13第13番 弘誓寺(ぐぜいじ)
魚沼市田川937
TEL 025-794-2342
参拝 2013年10月8日
記事 2013年10月29日

14第14番 真福寺(しんぷくじ)
小千谷市片貝町469
TEL 025-884-2714
参拝 2013年10月8日
記事 2013年10月30日

ご朱印をクリックすると拡大。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年10月30日 (水)

黄金の 胎内仏は 灰上に立つ

1401越後33観音
第14番 真福寺
    (しんぷくじ)

小千谷市片貝469
真言宗豊山派

札所本尊 正観世音菩薩

1402大同元年の草創。その頃この村に一人の信心深い優婆塞がおり、ある夜、夢に龍神が現れ「池水の辺に一寸八分の黄金の観音像があり、これを汝に授ける」と告げた。夢よりさめ池水の辺を探すと光明を放つ観音像を発見、狂喜した彼は、新たに薫木を用いて一尺八寸の像を刻し、この黄金像を胎内仏として拝み続けた。当山本尊はこの像からという。
(延宝元年火災に遭った際、胎内仏は灰上に立つ。住職・俊永は京に登り、この不思議を三宝院門主に上奏、一尺八寸の聖観音を下賜されたという)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年10月29日 (火)

京都・智積院の 常法談林所

1301越後33観音
第13番 弘誓寺
    (ぐぜいじ)

新潟県魚沼市田川937
真言宗智山派

札所本尊 正観世音菩薩

1302長元5年(1032年)京都醍醐寺の名僧・海信阿闇梨が巡回の折、白山権現のお告げにより、この地で敬刻、醍醐寺第五世・仁海僧正により開眼されたのがこの観音菩薩てされている。

1303元中元年(1383年)足利3代将軍・義満公の奥方が長子・義持公誕生の折安産祈願され、以来「子安観音」と呼ばれるようになった。
元禄14年に京都智積院の法流を相承し、常法談林所の免許を受け、多くの聖経、寺宝、古文書を有しているという。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年10月28日 (月)

震災の 被害立派に 再建す

1001越後33観音
第10番 長徳寺(ちょうとくじ)

新潟県十日町市知重170-1
曹洞宗

札所本尊 千手観世音

延暦20年(801年)征夷大将軍・坂上田村麿の開創で、ご本尊は僧・延鎮の作と伝えられ、御丈4尺2寸の千手観音像は京都清水寺の観音と同木といわれる。

1002田村麿は奥州に勢力を持つ高丸という賊を退治して帰京する折、この地を休憩の場所とし、再び出発しようとすると、この守護仏である観音像が不思議にも盤石のごとく動かなかった。

1003そこで、一宇を建てこの観音像を奉安して、家来である伊勢ノ平氏と知重らを守り役として残して帰京した。
その名残で、この周辺の地名は伊勢平治、知重となったと伝えられる。

写真下は別当の長徳寺・本堂。この地は信越地震の震源地であったが、何とか補修で立派に再建していた。
(第11番大福寺、第12番天昌寺は2007年6月16日に訪問記載)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年10月25日 (金)

越後33観音のご朱印帳

越後33観音第21~24番

第2121番 吉田寺(きちでんじ)
燕市渡部1195
TEL 025-697-2144
参拝 2013年10月8日
記事 2013年10月21日

22第22番 国上寺(こくじょうじ)
燕市国上1407
TEL 025-697-3758
参拝 2013年10月8日
記事 2013年10月22日

23第23番 観音寺(かんのんじ)
弥彦村観音寺453
TEL 025-694-2389
参拝 2013年10月8日
記事 2013年10月23日

24第24番 景清寺(けいしょうじ)
新潟市西蒲区平沢455
TEL 025-672-7502
参拝 2013年10月8日
記事 2013年10月24日

ご朱印をクリックすると拡大。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年10月24日 (木)

源平合戦で 九州宮崎まで

2401越後33観音
第24番 景清寺
       
(けいしょうじ)

新潟市西蒲区平沢455
浄土真宗大谷派

札所本尊 千手観音菩薩

2402その昔景清という人がいて、源氏の家に生まれたのであるが故あって平家一族に加わった。幼いころ母と同じ観世音の夢を見て作ったのが、一寸八分の紫金の観世音で、背後には「景清」の弐文字が刻まれた。
源平の戦いに平家は滅び、景清も悲運な運命をたどったが、常に観世音を念じて救われた。建保2年(1214年)景清は九州宮崎でついに亡くなったのであるが、忠臣・景門なる人物が遺言に従い観世音を守って、故郷の平沢村まで持ち帰って無事に安置し、生涯を閉じたというお話。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年10月23日 (水)

見事に再建 このめ沢観音

2301越後33観音
第23番 観音寺(かんのんじ)

西蒲原郡弥彦村観音寺453
曹洞宗

ご本尊 聖観世音菩薩

この観音像は聖徳太子の作といわれる。安倍貞任の残党、黒鳥兵衛征伐のため京都より当地に下った北畠中納言時定公の守り本尊であったが、時定公が戦死したので、この観音像は庵を建て、この地に安置したという。

2302「このめ沢の観世音」と呼ばれるようだが、いまはこの地名はなくなり、七曲りにあったとの説もある。

そのように廃墟と化していたものを平成15年に改修され、見事な堂宇となっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年10月22日 (火)

越後「一の寺」 国上寺

2201越後33観音
第22番 国上寺
           (こくじょうじ)


燕市国上1407
真言宗豊山派

札所本尊 千手観音菩薩

2202国上寺の開山は元明天皇の和銅2年(709年)越後一の宮弥彦大神の託宣によるもので、越後最古の古刹である。格式としては孝謙天皇の御宇にて北海鎮護仏法最初の霊場、「国中上一寺」の勅宣があり、中略して「国上寺」という。ご本尊は行基菩薩の作で、光明皇后から賜った霊仏であるという。

2203開山当時は修験道であったが、時代の権力者に改宗され、法相宗、天台宗、真言宗醍醐派、同豊山派の現在に至っている。
札所本尊の千手観音は聖徳太子が北陸巡行の折、お作りになった仏様といわれる。

「焚くほどは風がもてくる落葉かな」の句碑が五合庵のそばにある。良寛が玉島から帰国して、文化元年から13年までの最盛期をここで過ごした。苔むした石仏が多く点在している。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年10月21日 (月)

吉伝寺が 吉田寺(きちでんじ)に

2101越後33観音
第21番 吉田寺
    (きちでんじ)

燕市渡部1195
曹洞宗

ご本尊 聖観世音菩薩

2102_2ご本尊は黒滝城の守り本尊として祀られた聖観音(行基菩薩の作)であり、城主照田越前守日下部吉伝は深く仏法に帰依し、自ら出家し、永正年間(約480年前)城内に吉伝寺を建てた。

1578年御舘の乱で、黒滝城は落城、数名の武士が、当時砦であった現在地に移して吉田寺になったという。その後、何回か火災に遭い、現在の伽藍は昭和3年に完成したものという。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年10月18日 (金)

ご朱印帳・越後33観音

越後33観音18~20番

1818番 根立寺(こんりゅうじ)
長岡市上岩井3201
TEL 025-842-2574
参拝 2013年10月7日
記事 2013年10月15日

1919番 光照寺(こうしょうじ)
出雲崎町尼瀬1280
TEL 025-878-3010
参拝 2013年10月8日
記事 2013年10月16日

2020番 照明寺(しょうみょうじ)
寺泊片町2408
TEL 025-875-2301
参拝 2013年10月8日
記事 2013年10月17日

ご朱印をクリックすると拡大

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年10月17日 (木)

風光明媚な 寺泊・照明寺

2001_2越後33観音
第20番 照明寺
(しょうみょうじ)

長岡市寺泊片町2408
真言宗智山派


ご本尊 聖観世音菩薩

 

2002_2照明寺の聖観世音菩薩は弘法大師入唐の祈願仏として高野山龍光院(中院御坊)に安置してあったが、永承2年(1047年)栄秀阿闇梨が悪夢により、尊像を背負って諸国を順行中、当地が景勝の地であったため、一庵を結び、安置して如意山宝光院・照明寺を開創したとされる。
源義経や上杉謙信が武運長久を祈念し、また元禄8年(1695年)五代将軍綱吉公の息女が眼病平癒の霊験を受けたと伝えられる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年10月16日 (水)

良寛サン このお寺で 修行した

1901越後33観音
第19番 光照寺(こうしょうじ)

三島郡出雲崎町尼瀬1280
曹洞宗

ご本尊正観世音菩薩

1902_2永保年間(1081~83年)尼瀬蛇崩の海上に毎夜光るものが見え、人々は恐れて近づこうとしなかった。その時、荒木甚助なる勇者が小舟で近づいてみると、光の本体は観世音であった。甚助おそるおそる観世音を持ちか帰り、御堂を建て安置した。これが三光観音である。
その後、謙信公の母堂がこの観世音に祈願したところ大願成就したので、荒廃した堂宇を再建し、自ら光照坊と称し、開基となった。
良寛和尚は安永4年、18歳で出家、この寺で得度修行したと伝えられる。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年10月15日 (火)

眼病を 治したもうた 観世音

1801越後33観音
第18番 根立寺(こんりゅうじ)

新潟県長岡市上岩井3201
真言宗豊山派

ご本尊は正観世音菩薩
1802_2
天和年間(1681~83年)この地方に眼病が大流行して多くの住民が苦しんだ。古志郡上条村の田中清蔵は、同じく眼病を患い、観世音を念じ7日間の断食をした。満願の日、夢の中に一匹の蝶が目に飛び込み、目覚めると眼病はすっかり治っていた。清蔵は感激のあまり出家して名を清観と改め、一生をこの観世音に仕えた。
現在の観音堂は140年前に再建され、町の文化財に指定されている。桁上と濡縁の袖の彫刻は素晴らしい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年10月14日 (月)

御開帳を機に 越後33観音巡拝

Photo
越後33観音霊場は北条時頼が開創と伝えられ、今年が没後750年の節目となるところから4月29日から10月24日まで、御開帳を行うと聞いた。
北条時頼公(1227~1263年)は鎌倉幕府五代執権として善政を行った名君として知られ、宗教心厚く後に出家して最明寺入道と号し、諸国を回ったといわれる。
そこで中断していた(2012年12月、第1番~12番)巡拝を再開する。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年10月 1日 (火)

子供たち 親の背を見て 育つなり

10
今日から10月入り。暑い暑いといいなから、台風一過すがすがしい季節を迎えた。良寛サン・カレンダーも残すところ3枚になった。
今月のタイトルは「気になる世相」を反映している。「子供は親の背中を見て育つ」とはよく言ったもので、親が健全な生活、健全な家庭を作らない限り、その環境下で立派な子は育ちようがなく、公序良俗は維持できないと思う。親の最低の義務と心得る。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年9月 | トップページ | 2013年11月 »