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2013年8月30日 (金)

浅間三山のご朱印

浅間三山のご朱印

01鎌原(かんばら)観音堂
浅間やけ遺跡
群馬県嬬恋村鎌原492
TEL 0279-97-3852

参拝 2013年8月22日
記事 2013年8月26日

02_3穴谷観音堂(常林寺)
三原郷34観音第6番
群馬県長野原町応桑547
TEL 0279-85-2155
参拝 2013年8月22日
記事 2013年8月28日

03浅間山観音堂
寛永寺別院
群馬県嬬恋村鬼押出し園内
TEL0279-86-3121
参拝 2013年8月22日
記事 2013年8月29日

ご朱印をクリックすると拡大。

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2013年8月29日 (木)

被災者の 慰霊と魔除けの 浅間観音

浅間三山訪問記(完)

02_2浅間山・観音堂③
(東叡山・寛永寺別院)

天明3年の浅間山大噴火では近隣の村人一千人を超える犠牲者を出し、その影響は関東一円に及んだ。時の寛永寺山主の輪王寺宮・公延法親王が被害者救援に当たられた。

01_2昭和28年に地元・鎌原村(かんばらむら)の要請により170年忌の法会が、寛永寺住職・親修のもとで執行された。(写真は惣門)

03_3このような歴史的な経緯もあって昭和33年に鬼押出し園の中に寛永寺別院として浅間山観音堂が建立された。観音堂本尊は寛永寺から聖観世音菩薩像が迎えられた。

溶岩流で形成された鬼押し出しの溶岩の上に建ち、被災者の慰霊とともに参拝者の安穏を祈り「鬼押出しの魔除け観音」としても多くの信仰を集めている。

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2013年8月28日 (水)

200年 時を越えたり 岩谷観音

浅間三山訪問記(2)

03三原郷34観音札所
第6番穴谷観音(常林寺)

三原郷34観音札所は源頼朝が命じて作らせた秩父34所をモデルに,鎌倉時代以降に成立したとみられる。しかし三原郷の記録が殆どない。それは天明3年の浅間山の大噴火によるもので、火山弾、火砕流、泥流などで、多くの寺や堂宇が破壊され、さらに数年続いた大飢饉によって庶民の生活が困窮したことが、札所衰退に拍車をかけたとみられる。嬬恋郷土博物館で資料を入手、長野原町18、嬬恋村8、草津町1、六郷村6の33か所が判明したが、当時の寺が残っている処は皆無。その資料から鎌原観音は第八番、近くに再建された常林寺に第六番穴谷観音を知り、さっそく訪ねた。

01天明の浅間押し(火砕流)によって行方が分からなくなったが、200年が経った昭和58年、三方を丘陵に囲まれた山寺・常林寺で高さ190cmもある聖観音座像を発見、穴谷観音を復活させた。

02本堂下の境内に長野県小布施町から運んできた巨大な岩のなかに納まっている。(上の写真)

龍燈山・常林寺は長野原町にありながら、檀家のほとんどを嬬恋村に持つ曹洞宗のお寺。ご本尊は釈迦牟尼仏、開基は南北朝初期の1331年ごろと推定されているが、その歴史は火砕流に呑み込まれてしまった。

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2013年8月27日 (火)

哀れを忘れず 今も七日の念仏は 末世に伝わる供養なり

0107浅間やけ遺跡②
嬬恋(つまごい)郷土資料館

写真は浅間やけ二百年忌供養で建立された聖観音像。
天明3年の浅間大火砕流の発掘調査が進められている。

0104昭和50年鎌原老人会有志の作業で、埋没家屋の屋根材、硯、水差し、小判などが掘り出された。
昭和54年には山麓埋没村落総合調査会が組織され、ガラス製の鏡、長脇差、銅製の印鑑とともに遺骨などが発見された。

0105_2観音堂石段下からは逃げ遅れたとみられる折り重なった女性の二遺体が発見された。
0106これらの出土品の数々は隣にある嬬恋郷土資料館に納められ、当時の資料とともに展示されている。一方、観音堂に逃れた93人はこの地に留まり、近くの村々の暖かい援助に支えられ、村の再建を果たした。またその子孫は今もなお、観音堂を守り、犠牲者の冥福を祈り続けている。

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2013年8月26日 (月)

天めいの 生死をわけた 十五段

浅間三山訪問記(1)

0101浅間やけ遺跡①
鎌原(かんばら)観音堂

大同元年(806年)創建と伝えられる。ご本尊十一面観世音菩薩が安置され、鎌原村が開からたころから村民の祈願所として、長暦3年(1039年)創建の延命寺の一角に納まっていた。

0102_2現存する茅葺のお堂は正徳3年(1713年)建立されたものとされるが、天明の大噴火から残った唯一の建造物。高台にあったため奇跡的に残り、ここに避難した93人と石段上部の15段までが救われたといわれる。

0103_2天明3年(1783年)8月5日(旧暦7月8日)午前11時、浅間山頂から大量の火砕流が噴出、秒速50mを超す猛スピードで流れ落ち、地表の土砂・岩石を巻き込んで泥流と化し、鎌原の宿場町を直撃した。
無防備であった村民477人の命と馬、家、田畑を一瞬にして飲み込んで行ったのである。
鎌原火砕泥流の後、最後に押し出た溶岩流が「鬼押し出しの奇岩」を形成したようだ。


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2013年8月21日 (水)

今なお 工事の続く ファミリア教会

私の絵画(第四作)

131904_4
昨年四月のMSC社ファンタジア号・地中海クルーズ、第4の寄港地はスペインのバルセロナ。バルセロナといえばガウディーの「未完のサグラダ・ファミリア教会」。その一階の大礼拝堂が完成したというので訪ねてみると、周辺は人の波。とても近づけないので、離れたところからパチリ。それで帰ってきた。

★制作番号 131904
★題 名   工事の続くファミリア教会
★サイズ   P40号 80㎝×108㎝
 
★仕 様   マーメイド紙・ホルべイン水彩絵具

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2013年8月19日 (月)

下北半島周遊の旅(最終回)

203
下北半島周遊の旅(最終回)
201202






JR大湊線の終着駅は大湊駅。本州最北端の駅の一つであるが、野辺地までしかなく、新幹線に乗るためには野辺地から青森、または八戸まで「青い森鉄道」を利用することになる。在来のJR線が一部残っているとはいえ、分断されて下北半島はますます遠くになる感じだ。陸奥湾に浮かぶ自衛艦もうら悲しく映った。

写真をクリックすると拡大。

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2013年8月18日 (日)

下北半島周遊の旅18

13田名部海辺33観音
第13番 聖観音

北祥山・東伝寺(とうでんじ)
風間浦村字易国間31-2
TEL 0175-35-2467

参拝 2013年7月25日

1917月23日に大間港から通り過ぎた「風間浦」が気になり、むつ市内から恐山の麓を迂回して再度、下風呂温泉へ回る。国道279号線、津軽海峡を右に見ながら易国間(えこま)の東伝寺へ。
東伝寺は寛永6年(1629年)月峰露心尼僧が開基した草庵を一東異寅和尚が正法2年(1645年)中興した。

192ご本尊は釈迦三尊、隣に札所本尊・聖観音が祀られている。
京の仏師の手になるという観音サンは穏やかな面相に上品さが漂うといわれる。(高さ50㎝で宝冠に胸飾り、透かし彫りの雲文舟形光背)。

193山門を登った左手に大きな布袋さんが鎮座されているのが、目を引いた。

これで下北半島・田名部海辺33観音巡拝は終了し、これから三泊かけて江戸まで500㌔の帰路に就くことにする。







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2013年8月17日 (土)

下北半島周遊の旅17

02_2
田名部海辺33観音
第2番 如意輪観音

月照山・清澤寺(せいたくじ)
むつ市城ヶ沢4-1
TEL 0175-24-1794

参拝 2013年7月25日

181清澤寺はむつ市西部の郊外、国道338号線の陸奥湾に面した風光明媚なところにある。田名部・圓通寺の末寺として寛文2年(1662年)圓通寺六世・大休善遊和尚が開山したといわれる。

182183境内には高さ7mの慈眼観音像や、創建330年を記念して奉納された石仏33体観音像が、安置されている。また寺宝として木彫十大王、脱衣婆、更に薬師如来などが安置されているという。

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2013年8月16日 (金)

下北半島周遊の旅16

03田名部海辺33観音
第3番  聖観音(慈眼寺万人堂)
第24番 如意輪観音(川端観音)

不退山・常念寺(じょうねんじ)
むつ市田名部町4-8
TEL 0175-22-1891
参拝 2013年7月25日

173_2島周遊最終日になり、気になるところを回ることにする。
慶長元年(1596年)磐城の專称寺八世・良潜の法子・竜山の開山と伝えられる。ご本尊の阿弥陀如来像は明暦年間の大火で類焼し、四世・良法弁意上人が京都本山か
から譲り受けたもので、昭和25年に国の重要文化財に指定された。写真左上。

1723番の万人堂・聖観音は廃寺となっていたものをこちらに納めたもので、厨子の扉の裏側には、千手観音と聖観音が極彩色で描かれているという。
24_224番の如意輪観音座像(川端堂)は弘法大師の作と伝えられ、元禄13年(1700年)地元の菊池伝蔵さんの寄付したものという。
171_2








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2013年8月15日 (木)

下北半島周遊の旅15

18田名部海辺33観音
第18番 如意輪観音

禅定山・宝林寺(ほうりんじ)
東通村蒲野沢字村中33
TEL 0175-27-2936

参拝 2013年7月25日

16明け方から雨が降っているが、今日は半島東部を予定していたので、強行することにした。むつ市から北東へ、尻屋崎へ向かうのだが、郊外に出たところで土砂降りの雨になった。
中間地点の宝林寺に辿り着き、豪雨の中、辛うじて本堂の写真だけ撮った。正徳4年(1714年)四世の仁山義男和尚の時代、落雷により全焼。その後30年余り廃寺同様であったが、寛延元年(1748年)冨峰高天和尚が五世に就いて再興した。
現在の本尊、釈迦如来座像は明治37年、現在の本堂新築の折に奉納されたという。また札所本尊の如意輪観音像は、隣村の野牛集落の観音堂から移されたもので、微笑を漂わせ、金箔を全身に施した美しい像だそうだ。

残念ながら今日はこれで中止し、半島東北端の尻屋﨑には行けないで終わった。





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2013年8月14日 (水)

下北半島周遊の旅14

11田名部海辺33観音
第11番 聖観音と勢至菩薩

東光山・優婆寺(うばじ)
むつ市大畑町正津川86
TEL 0175-34-3829

参拝 2013年7月24日

151国道279号線を東に向かい、大畑町の東端に優婆寺はある。本堂須彌弥檀の本尊・優婆夷尊(通称・脱衣婆)の両脇に高さ30cmの木彫聖観音と勢至菩薩の尊像が立つ。

152右側の蓮台を捧げた聖観音はこの蓮台の上に往生者の魂を載せて浄土へ連れて行く。
勢至菩薩は合掌しており、宗派を超えて優婆夷尊像を拝みに来た人達に安らぎを与えている。ここの境内にも処狭しと石仏が並べられている。
小雨もバラツイテきたので、大畑地区を切り上げ、大湊の宿に戻る。





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2013年8月13日 (火)

下北半島周遊の旅13

17田名部海辺33観音
第17番 準堤観音

月想山・心光寺(しんこうじ)
むつ市大畑町南町28
TEL 0175-34-3483
参拝 2013年7月24日

141如意輪観音と準堤観音を含む西国33観音像で、この34体を総じて「波除け観音」と呼んでいる。豊魚、海上安全、ひいては商売繁盛のご利益があるとして、毎月17日にはご縁日が開かれるという。また境内には石造の西国33観音像が並んでいる。

142これらは、かって恐山街道の登山道である大畑登山口にあったと伝えられ、恐山参詣の人々は必ずこの観音サンをお参りしてから登ったという。度々の道路改修で、心光寺境内に持ってこられたようだ。

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2013年8月12日 (月)

下北半島周遊の旅12

08田名部海辺33観音
第8番 十一面観音

蟻光山・寶国寺(ほうこくじ)
むつ市大畑町本町25
TEL 0175-34-2080
参拝 2013年7月24日

131浄土宗のお寺である宝国寺は寛永7年(1630年)良自慶正和尚が念仏道場を建立したのが開基とある。ご本尊は阿弥陀如来。札所本尊は十一面観音、恵心僧都の作とされている。

132開山堂に安置されている札所本尊は高さ18㎝の木彫りの十一面観音像、小さいながら四頭身の幼児を思わせる尊像。摩耗が激しく、大事に保管されている。

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2013年8月11日 (日)

下北半島周遊の旅11

09田名部海辺33観音
第9番  聖観音
第10番 聖観音

円祥山・大安寺(だいあんじ)
むつ市大畑町本町80
TEL 0175-34-2926
参拝 2013年7月24日

121恐山から北へ、海峡側に降りて大畑町に至る。本町の9番、10番の聖観音を祀る大安寺である。昭和59年、予防治山事業工事の際、境内から八万を超える経石が発見された。この経石は寛文年間に一東和尚が大安寺開山と薬師堂建立を祝い、先祖供養をしたものという。

123本堂に案内されると、中央が高さ142㎝の大型・木彫りの聖観音像(9番)の迫力に圧倒される。
左隣に10番の繊細な木彫の聖観音が安置されている。これは明治の神仏分離の際、大行院より移されたものという。

122森に囲まれた10_2広大な境内のひっそりと佇む大安寺であった。


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2013年8月10日 (土)

下北半島周遊の旅10

35恐山奥の院③
釜臥山・釈迦如来

111霊界と俗界を隔てる三途の川に架かるのが朱塗りの太鼓橋。罪人はここが細い綱に見え渡ることが出来ないという。無事に渡り境内に足を踏み入れると、今度は荒涼といた岩場と立ち込める硫黄臭が待ち受ける。

112血の池地獄、無間地獄や賽の河原をめぐり、やっと辿り着いた宇曾利山湖の白い砂浜は、まさに極楽浄土。参脂者は死者の冥福を祈り、静かに手を合わせる。

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写真上は塔婆堂。写真をクリックすると拡大。

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2013年8月 9日 (金)

下北半島周遊の旅9

34_2恐山奥の院②
地蔵山・不動明王

この地は宇曾利湖(うそりこ)を中心に釜臥山(かまぶせやま)大尽山(おおずくしやま)小尽山(こずくしやま)北国山(ほっこくさん)屏風山(びょうぶやま)剣の山(つるぎのやま)地蔵山(じぞうやま)鶏頭山(けいとうざん)の八峰が巡り、あたかも花開く蓮華に例えられる。

091また火山ガスの噴出する岩肌一帯は地獄、そして湖を取り巻く白砂の浜は極楽になぞらえられる。
人々は千年の長きにわたり「人が死ねばお山に行く」という素朴な信仰と祈りを伝えてきたのである。

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恐山・菩提寺は康正2年(1456年)蛎崎の乱で焼き払われ、いったん廃寺となるが、1530年に圓通寺(一番札所)開山の宏智聚覚和尚が再興したと伝えられる。

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2013年8月 8日 (木)

下北半島周遊の旅8

33田名部海辺33観音
第33番 聖観音と十一面観音

恐山・菩提寺(ぼだいじ)

むつ市大字田名部字宇曾梨山
TEL 0175-22-3825
参拝 2013年7月24日

081
恐山は貞観4年(862年)に慈覚大師円仁によって開かれた霊場。円仁は諸国行脚の末、この下北の地に辿り着き、霊山と呼ぶべき風光に感じ入り、地蔵菩薩一体を彫刻し本尊とされた。

082「人が死ねば、お山(恐山)さ行ぐ」下北の人々はそう言い、この山に深い祈りをささげてきた。
比叡山・高野山と共に日本三大霊山の一つに数えられ、「この世」にいながら「あの世」に近づける場所とされている。

083ご本尊は延命地蔵菩薩。札所本尊は聖観音と十一面観音で菩提寺本堂に祀られている。
36この聖観音像と十一面観音像の二体は円空の作と伝えられ、ナタ彫りという独特の手法で作られたもので、観音巡礼の結願所に相応しい霊場である。
当日は「恐山大祭」の最終日に当たり、大いに賑わった。

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2013年8月 7日 (水)

下北半島周遊の旅7

21田名部海辺33観音
第21番 聖観音

無量山・阿弥陀寺(あみだじ)
大間町大間字大間87
TEL 0175-37-3310
参拝 2013年7月23日

07本寺である佐井村・発信寺の過去帳によると、発信寺二世廓挙上人(直含至風和尚)が阿弥陀庵を延宝3年(1675年)に草創。阿弥陀寺が寺格を得たのが昭和4年。客仏堂に安置された聖観音像は「カミテラの観音さま」と呼ばれ、観音講が盛んであったと伝えられる。
大間港の近く、大間町役場への中間あたりにある。


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2013年8月 6日 (火)

下北半島周遊の旅6

061田名部海辺33観音
第22番 十一面観音

海雲山・長弘寺
大間町奥戸字奥戸村157
TEL 0175-37-4753
参拝 2013年7月23日

062338号線をさらに北上、ついに半島東北端、マグロの町「大間」にやってきた。手前の奥戸漁港から一寸入った所に長弘寺はある。
佐井村・長福寺(前号紹介)の五世愚学玄智和尚が正徳2年に長弘軒を草創。寛永のころ飛騨高山から十一面観音を勘請し、若宮観音として、村の出口の林の中に観音堂を建立、その後春日神社に合祀された。
明治初期の神仏分離の際、この観音サンは長弘軒に移され、昭和41年、長弘軒が長弘寺の寺格を得て現在に至っているという。

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2013年8月 5日 (月)

下北半島周遊の旅5

051田名部海辺33観音
第19番 子安観音
第20番 十一面観音

祥厳山・長福寺
佐井村佐井字古佐井112
TEL 0175-38-2298
参拝 2013年7月23日

052脇野沢から338号線で北上。と言ってもアップダウン、カーブの連続で、まさに九十九曲りの難所。その上、所によっては道路が陥没し、復旧工事が行われていた。何とか仏が浦展望に辿り着き、ホッとしたものだ。

053やや平坦な道路に戻り、佐井村の長福寺を参拝。どうも合併した祥海寺・六角堂に19番子安観音が、また自性院・清水寺に20番十一面観音が祀られているようだが、確認できなかって。ご朱印も取付不能。

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2013年8月 4日 (日)

下北半島周遊の旅4

30田名部海辺33観音
第30番 馬頭観音

竜臥山・脇沢寺(わきのさわじ)
むつ市脇野沢桂沢284
TEL 0175-44-2412
参拝 2013年7月23日

041国道338号線を陸奥湾沿いにさらに西に進み、マサカリの刃の下の部分まで走る。
観音サンは金毘羅堂に安置され、製作年代は不詳ながら,、脇沢庵草創の前から人々の信仰を集めていたようだ。

042舟形光背を背負った高さ70cmの木彫馬頭観音座像は頭部に馬ではなく白虎をかざすという異形の観音さん。白虎は西方を守護する霊獣で、外から来る災いを駆逐するとされている。

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2013年8月 3日 (土)

下北半島周遊の旅3

04田名部海辺33観音
第四番 千手観音

八峰山・常楽寺(じょうらくじ)
むつ市大湊上町13-6
TEL 0175-24-1960

参拝 2013年7月23日

031国道338号線を少し西に向かうと海沿いに常楽寺はある。明治の神仏分離令により安渡村・神宮寺(4番)田名部・常楽寺(32番)が合併し、八峰山・常楽寺と号した。当初はもっと海側にあったようだが、明治33年の火災で、当地に移転・再建されて現在に至っている。

032ご本尊は不動明王、空海作といわれ、漁業・海運関係者の信仰を集めている。

32第32番
千手観音


境内には旧海軍警備府関連の五百有余柱を祀る海軍戦傷病没者留魂之碑、並びに恐山大湊参道第一番観音がある。
真言宗豊山派に属している。





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2013年8月 2日 (金)

下北半島周遊の旅2

01田名部海辺33観音
(たなぶかいへん33かんのん)
第一番 如意輪観音
吉祥山・円通禅寺
むつ市新町4-11
TEL 0175-22-1091

参拝 2013年7月22日

021下北半島に約300年近く前から伝わる「田名部海辺33観音」。この巡礼コースは半島内の5市町村にまたがり、総延長270km、最後の霊場が第33番 恐山・菩提寺で締めくくることになる。

022まずはその一番札所・円通禅寺から始まる。因みに開山の宏智聚覚和尚は、廃寺になった恐山・菩提寺を中興した人物として知られる。
日程・天気の関係で、すべてお巡拝することは出来なかったが、半数近くのご朱印は頂けた。

本州最北の地であるだけに、強く印象に残して置きたい旅になるだろう。(ご朱印、写真をクリックすると拡大)

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2013年8月 1日 (木)

平常心 慣れも不慣れも 克服だ

08
荒良寛サンの8月カレンダーをお届けする。慣れとは怖いもので、つい不注意になる。不慣れのものは、自然に注意深くなる。慎重に行動しよう。

0147月も暑かったが、今月はこの暑さは本格化する。海・山が恋しくなる季節の真っただ中。写真は先月訪れた青森・下北半島西部、仏が浦の眺め。今月もどこかへ動きたい感じだ。

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