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2012年11月29日 (木)

庭園は 蓬莱神仙の 幽玄境

湖北五山その三 魔詞耶寺(まかやじ)

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31奈良時代(神亀3年)行基菩薩の開創になる高野山真言宗の古寺。ご本尊は秘仏・厄除聖観世音菩薩、特別展示は平安末期の作=不動明王立像(国指定重文)と阿弥陀如来坐像(県指定重文)、それに藤原時代初期の作=千手観音立像(国指定重文)の三体である。いずれも見事な木造。

33鎌倉時代初期(1240年ごろ)に作庭されたと推定される摩詞耶寺庭園。
大自然に囲まれた中に精神的な別世界を構築将とするのが中世庭園の特徴という。

34造形力の高い池の地割や築山構造、それに石組群が美しいハーモニーを醸し出していた。

次項は来月早々から、湖北五山その四・龍潭寺を予定。
(写真をクリックすると拡大)

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2012年11月28日 (水)

献上の 大福寺納豆 特産品

湖北五山その二 瑠璃山・大福寺(だいふくじ)

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21_3道端にデンと控える仁王門が大福地のシンボル。
そこから約200mも奥になろうか、道路が細くなり本格的参道となる。旧参道は、現在は一般道路、民家などに払い下げられた由。


25左手の社務所を通り、石段を登った正面が本堂。薬師如来を祀る。
山の斜面を利用して前面に池を配した、回遊式庭園となっている。宝物館が見どころというが、パスしてしまった。

23_2次に紹介する摩詞耶寺(まかやじ)と並び称される古寺とされ、ここで作られる大福寺納豆は足利や徳川将軍家に献上されたという逸品。三ケ日町を代表する特産品の一つになっているという。

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2012年11月26日 (月)

方広寺・参道

方広寺・余録ー石仏3

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114ダラダラ登りの参道の左右にも五百羅漢サンが迎えてくれる。参道中ごろの右奥にアーチ状の石橋があり、その上に四体、あるいは五体の石仏が遠望できる。宝暦年間に三河の石匠親子二代にわたって造られたという。

113_2高くてよく見えないが、なんでも表情が豊かで、見る人の心を和ませてくれるという。

その下はまた大賑わいである。こうも集団で立ちはだかれると圧倒される。

115今度は樹齢600年といわれる杉の大木。目通り5m余のご神木で「半僧杉」と呼ばれ、大火にも耐え抜いて今日に至っている。

その周りにも羅漢さんたちがガッチリとガードしている。

写真をクリックすると拡大。次項は湖北五山その二「大福寺」に回る予定。

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2012年11月25日 (日)

方広寺・哲学の道

方広寺・余録ー石仏2

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19哲学の道
本堂前から赤い橋を渡り(奥から手前へ)、対岸の小川沿いの道「哲学の道」をダラダラと降る。
道の左右に羅漢さん、お地蔵さんが点在する。

110「哲学の道」は京都東山から南禅寺疎水添いにある「哲学の道」を西田幾太郎先生が散策され、これに因んでつけられたという。道端に集団あり、またポッンと個性的なもなど、いろいろある。

111老松古杉の樹下に立像、座像が渓流を俯瞰し、あるいは空を見上げるもの、心安らぐ思いであった。

次項は再度参道の羅漢サンを見ながら登り、一番上の駐車場まで帰る。
(写真をクリックすると拡大)

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2012年11月24日 (土)

方広寺・らかんの庭

方広寺・余録ー石仏1

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17方広寺本堂の裏手に庭園があり「らかんの庭」が展開する。これは開山・無文元選禅師が中国修行の時代に天台山法広寺で五百羅漢を奉拝された故事により、江戸宝暦年間(1751~64年)に拙厳和尚の発願により造られた。

18現在新たに平成の羅漢として、多くの信者による奉納が続けられているという。

(次回は「哲学の道」沿いの五百羅漢。写真をクリックするとかくだい。コントラストがきついので御免)






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2012年11月23日 (金)

六十余 伽藍を擁する 古刹かな

湖北五山その一 深奥山・方広萬寿禅寺

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13建徳2年(1371年)後醍醐天皇の皇子・無文元選禅師によって開創された禅寺で、60haの境内には本堂、奥山半僧坊真殿、三重塔など60余棟の伽藍を擁する古刹。
奥山半僧坊大権現とは方広寺の鎮守サマ。開祖・無文元選禅師が中国より帰国の折、東シナ海で台風に遭遇したとき、鼻の高い異人が現れ「正法を伝え広めるため無事に故国まで送り申す」と叫び、船を博多の港まで導いた。その後、禅師が方広寺を開かれたときに再び現れて弟子となり、禅師が亡くなられたのち「私はこの山を守り、このお寺を護り、世の人びとの苦しみや災難を除きましょう」と言って姿を消したという。

14半僧坊の故事に因んで、商売繁盛・所願成就の祈願所として、全国各地から参詣者が多いという。

本堂内でこの時期特別展示がされていたが、撮影禁止の場所が多く、撮れる部分だけ撮ってきた。


15_2木像の痛みが激しいものもあったが、時間をかけて、じっくり拝観したいものもあった。


本堂裏手には「らかんの庭」があり、また参道・哲学の道には老松古杉の樹下に五百羅漢の立像・坐像が祀られていると聞いてきたので、先を急ぎたかった。次項は「らかんの庭」を紹介。
写真をクリックすると拡大。


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2012年11月21日 (水)

紅葉に 彩られたる 湖北の寺

ある人の情報から静岡・三ヶ日の方広寺を訪ね浜名湖・湖北五山を知り巡ることにした。国の重要文化財、紅葉、石仏を巡る旅となる。

11湖北五山その一
方広寺(ほうこうじ)

奥山半僧坊の名で親しまれる臨済宗方広寺派の大本山。建徳2年(1371年)後醍醐天皇の皇子によって開創された、東海屈指の名刹。境内に広く安置された五百羅漢、重要文化財の七尊菩薩堂など必見という。

21_4五山その二
大福寺(だいふくじ)

道路わきに建つ仁王門からかなり奥に(かっては参道が続いていたという)本堂はあり、裏山の斜面を利用し、前面に池を配した回遊式庭園、宝物館などが見どころという。

31五山その三
摩詞耶寺(ましやじ)

真言宗の古寺。平安時代の様式をもつ鎌倉初期の庭園、国の重文に指定されている木造千手観音像、木造不動明王像は必見といわれる。

41五山その四
龍譚寺(りゅうたんじ)

天平5年(733年)行基菩薩の開山した古刹。国指定名勝公園、左甚五郎作の龍の彫刻など、数々の文化財を有すとある。井伊直政、直弼公など井伊家歴代の位牌を祀る。臨済宗妙心寺派。

51五山その五
初山宝林寺(しょさん ほうりんじ

寛文4年(1664年)独湛禅師の開創になる黄檗宗(おうはくしゅう)の寺院。仏殿、方丈は中国明朝風の建築様式で、国の重文指定。「金鳴石」は金運成就の石として有名。

次号以降,各寺ごとに順次詳細を紹介予定。(写真をクリックすると拡大)

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2012年11月16日 (金)

越後33観音のご朱印

越後33観音ご朱印

06第六番 玉崎山 常楽寺
(じょうらくじ)

刈羽村井岡670
参拝 2012年10月10日
記事 11月8日参照

07第七番 医王山 摩尼珠院
(まにしゅいん)
柏崎市藤橋1215
参拝 2012年10月10日
記事 11月9日参照

08第八番 鷲尾山 不動院
(わしおざん ふどういん)

柏崎市宮之窪312
参拝 2012年10月10日
記事 11月10日参照

09_2第九番 円通山 広済寺
(えんつうざん こうさいじ)
柏崎市高柳高尾1255
参拝 2012年10月11日
記事 11月14日参照

34番外1番 華蔵院 別当
椎谷観音(しいやかんのん)
柏崎市椎谷
参拝 2012年10月10日
記事 11月3,4日参照

(ご朱印をクリックすると拡大)


 

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2012年11月15日 (木)

旅の僧 観音像を 復元す

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0901越後33観音霊場

第九番 円通山・広済寺
(こうさいじ)

黒姫山・如意輪観音として機織の熟達を願って子女が盛んに参詣したという、自然豊かな山間にある。柏崎市高柳町坪野、曹洞宗のお寺。

0903天正年間に佐橋朝広によって開創されたという。明治維新の廃仏毀釈で、山上のこの観音像が何者かによって谷底に投げ落とされてしまった。

0904_3悲しんだ村人は谷川から本体はようやく見つけ出したが、破損した部分がなかなか見つからなかった。
そこへ旅の僧が通りかかり、破損した部分を次々と見つけだし、お姿が見えなくなるほどであった。村の人々は、その僧こそ観音様の化身ではないかと語り伝えているという。

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2012年11月12日 (月)

18回 個展が終わり 一段落

Photo
1私の個展「第18回水彩画展」は11月6日から11日まで銀座ふそうギャラリーで開き、一年ぶりの懐かしい顔にお会いできました。ありがとうございました。

来年は11月11~16日に同じ会場で一応、予定しております。(写真をクリックすると拡大)

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本ブログ・タイトルの左肩のカテゴリィ「01私の絵画」をクリックすると一覧で作品個々の説明をご覧になれます。

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2012年11月11日 (日)

不動院・余録

0804越後33観音
不動院・余録

不動院境内には、鬱蒼と茂る森の中、多くの石仏が眠り古刹の面影を残す。それらの一部を御紹介。

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2012年11月10日 (土)

兵火に遭い 伽藍・宝物 失えり

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0801越後33観音霊場

第八番 鷲尾山 不動院
(わしおやま ふどういん)

柏崎市宮之窪の不動院、ご本尊は千手観世音菩薩、真言宗・豊山派のお寺。

0803大同二年の開創、その頃も大木が茂り鷲が多く住んでいたので鷲尾山といい、不動仙示現の地であるところから不動院と呼ばれた。ご本尊の千手観世音は延文3年、仏師・弘円上人の作と伝えられ、カツラ材御身5尺の立像という。

昔は堂塔伽藍八棟が建立され、上杉謙信公の祈願所として栄えたが、天正6年の兵火で一切を失った。ご本尊はその時、谷底へ投げ落とされ、危うく難を逃れたという。(次号・余録では境内に残された石仏を紹介)

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2012年11月 9日 (金)

置き去りの 観音像が 平和呼ぶ

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0702越後33観音霊場

第七番医王山 摩尼珠院
(いおううざん まにしゅいん)

柏崎市藤橋にあり、ご本尊は聖観世音菩薩、真言宗・豊山派のお寺。

0703聖武天皇のころ、一人の僧が「これは越後の藤橋の観世音なり」といって一体の聖観世音像を置いて立ち去った。それ以来、この村によいことが続くので、道端にお堂を建て安置した。ところが、このお堂の前を馬に乗った武士が通ると落馬して怪我をすることが度々起こった。それで近くの閑静な山中にお堂を移したところ、それからはまた村に平和が訪れたという伝説がある。

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2012年11月 8日 (木)

行基サン 観音刻み 一宇建立

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0602越後33観音霊場

第六番玉崎山 常楽寺
(たまさきざん じょうらくじ)

同じく旧刈羽村井岡の常楽寺へ。ご本尊は正観世音菩薩、真言宗・豊山派のお寺。

0603天平8年行基菩薩が諸国修行の折、ここの霊窟を仏法応化の地であるとして、しばらく逗留、毎夜北方に不思議な光あり、見ると四尺四方の井戸があり、その中をさらってみると三尺余りの霊木が出てきた。行基は自ら聖観世音を刻し、一宇を建立して安置したとされている。

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2012年11月 7日 (水)

謙信公 戦勝祈願の 観音像

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0501越後33観音霊場

第五番不退山 宝蔵寺
(ふたいざん ほうぞうじ)

旧刈羽村滝谷の宝蔵寺へ。

0503ご本尊は弘法大師の作(天平8年)といわれる十一面観世音菩薩。真言宗・豊山派のお寺。
上杉謙信公も深く信仰、川中島の合戦の折、「勝利を得れば御供料を寄進し、長く子孫に言い伝え、信奉さすべし」と誓った。寺領80石余りを寄進している。

その後、上杉景勝が国替えの時、当寺も同道することになり観世音を船に乗せたところ船は動かず、元の場所に安置した。このことから、山号を普光山から不退山と改めたという。

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2012年11月 6日 (火)

今日から 私の個展 開きます

Photo_2今日から今年の個展「第18回水彩画展」を開きます。内容はクイーンエリザベス号英国周遊です。

★会期
  2012年11月6日~11日

★時間
  11時~18時
  (最終日は14時)

★会場
  銀座ふそうギャラリー
  中央区銀座1-7-16
  TEL 03-3561-7908


 

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2012年11月 5日 (月)

越後33観音のご朱印帳

01越後 第一番 名立寺 
岩屋堂(いわやどう)
上越市名立区名立大町270
参拝 2012年10月9日
記事 10月22日 参照

02_3越後 第二番 摩尼王寺
(まにおうじ)
妙高市下十日市805
参拝 2012年10月9日
記事 10月24日 参照

03_2越後 第三番 大泉寺
(だいせんじ)
柏崎市大清水1502
参拝 2012年10月10日
記事 10月26日 参照

05越後 第五番 宝蔵寺
(ほうぞうじ)
刈羽郡刈羽村滝谷1701
参拝 2012年10月10日
記事 11月7日 参照

註;越後第四番妙智寺は取付不能。
柏崎市鯨波3-7-33
参拝 2012年10月10日
記事 10月27日 参照

(ご朱印をクリックすると拡大)

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2012年11月 4日 (日)

海中から 引揚げられた 観音サン

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0105越後33観音霊場

番外一番 椎谷観音堂
(しいやかんのんどう)

 
国道352号線観音岬のトンネルに入らず左手を登ると岬の上に観音堂はある。

0107嵯峨天皇の弘仁二年(811年)村民が海から引き揚げた聖観世音菩薩像を安置したのが始まりというから1200年前の話だ。現在のお堂は明治7年(1770年)のもので、立派なものである。

写真中の大樹はケヤキで、樹齢千年余と推定されるという。

また椎谷観音の説明書によると当地は盛大な「馬市」が開かれたようで、日本三大馬市(安芸・広島、奥州・白河)の一つにかぞえられている。
(写真をクリックすると拡大)

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2012年11月 3日 (土)

原発に 隣り合わせの 華蔵院

0101
0102越後33観音霊場

番外1番 椎谷観音・別当寺
大辻山 華蔵院
(おおつじさん けぞういん)

鯨波から国道352号線を北上、柏崎市を過ぎ、柏崎刈羽原発の脇を抜けて、旧刈羽村の観音岬の手前に「華蔵院」の標識あり、山手にある別当寺をお参りして、ご朱印を戴く。

0103真言宗・豊山派のお寺。きれいに整備された小高い丘の上にあり、前面に観音岬が広がる。その岬に上に、次に訪れる椎谷観音がある。









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2012年11月 1日 (木)

迷い道 今年も何とか 越年や

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今日から11月。今年もあと2か月。ご案内のように私の個展「第18回水彩画展」が11月6日から11日まであり、これが終わると、ほぼ私の一年が終わったことになる。
今月の荒良寛先生のカレンダーをお届けする。前段の意味がよく分からない。分からないまま、このカレンダー来年の準備も完了している。迷路を漂う如きなり。

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