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2012年9月29日 (土)

奥州33観音ご朱印帖

奥州33観音

3325第25番 妙見山 黒石寺
(こくせきじ)
奥州市水沢区黒石町字山内17
TEL 0197-26-4168
参拝 2012年8月29日
記事 9月23日参照

3327第27番 東光山 観福寺
(かんぷくじ)
一関市舞川字龍ケ沢7
TEL 0191-28-2420
参拝 2012年8月27日
記事 9月21日参照

3328第28番 別当・山伏 大善院
(だいぜんいん)
大船渡市赤崎町鳥澤75
TEL 0192-26-4078
参拝 2012年8月28日
記事 9月27日参照

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2012年9月28日 (金)

大善院・蛸浦観音・余録

大善院・蛸浦観音に見た石碑・石仏

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2012年9月27日 (木)

奇蹟的 石の鳥居は 残ってた

奥州33観音霊場

2801第28番 大善院・蛸浦観音
(だいぜんいん・たこうらかんのん)

気仙沼から海沿いに陸前高田を経由して大船渡市赤崎町にある尾崎神社を訪ねる。ズバリ大津波の被害を受け、報道通りの被災地を通り抜けて辿り着いた感じ。神社は尾崎山の山麓にあり、進入路には砂利の仮工事が施されただけだった。

2802別当・山伏と呼ばれるように大善院は、神仏合祀の尾崎神社の境内に祀られている。社殿・観音堂はやや高台にあるため、大被害には遭わなかったようだが、それでも屋根の修理の業者が入っていた。

2803_2愛称・蛸浦観音のお堂も外観上は無事であったようだ。
ところで札所本尊の千手観世音は小向にある佐々木家から寄付されたものという。

高台から大船渡湾を眺めると、奇跡的に残った石鳥居超しに何もなかったような穏やかな海が広がっていた。(余録は石碑・石仏)

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2012年9月26日 (水)

補陀寺・余録

3004余録★補陀寺の大樅★

本殿前に樹齢約500年と推定される大樅(モミ)の木がある。
高さ約28m、幹回り5mもあろうかという大樹である。モミは主幹が一本直立するのが普通だが、このモミは五本の幹に分かれ、各々の幹から枝が横に張り出すという珍しい形状をしている。幹の一本は台風によって折損したが、他は今なお樹勢盛んである。(市天然記念物指定

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3006_4★たこ地蔵★

できもの、かぶれものなどのウミを吸い出して治してくれるお地蔵さんとして知られ、タコ地蔵の名がある。
戦前までは子供の病気平癒のがんをかけたタコの絵馬を奉納したことも多かったという。


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2012年9月25日 (火)

朱塗りの 六角堂は 健在なり

3001奥州33観音霊場

第30番 白華山 補陀寺
(ほだじ)
岩手県内陸部から宮城県北部海岸の気仙沼市に入る。この地域は東日本大震災で大きな被害を受けたところ。心痛む思いで尋ねたが、幸い当寺は被害を免れたようであった。
3002寛平2年(890年)補陀落寺と号する天台宗寺院として赤坂小沢田に開かれ隆盛を極めたと伝えられる。平泉の藤原氏の滅亡とともに衰退、その後宝鏡寺六世・周庵和尚が天文3年(1534年)現在地に移して再興、曹洞宗・補陀寺と称した。

3003_3六角観音堂は内外ともに朱塗り、屋根は六角錐体で赤瓦葺き、恵心僧都の作と伝えられる如意輪観世音が安置されているという。
(次項の余録で本堂前のモミの大樹を紹介)

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3003

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2012年9月24日 (月)

黒石寺・余録

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余録
黒石寺の庫裡を囲む土塀と彩り添える[さるすべり]の花。

下は本堂裏に並ぶ石仏。


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2012年9月23日 (日)

罪きえて 山懐に 鐘ぞ聞こゆる

2501奥州33観音霊場

第25番 妙見山 黒石寺
(こくせきじ)

天平元年(729年)行基菩薩の開基で、東光山薬師寺と称したが、延暦年間に戦火で焼失。嘉祥2年(849年)慈覚大師が中興、妙見山黒石寺と改名した。ご本尊は薬師如来坐像(カツラ材の一本造、国指定重文)、天台宗の古刹である。

2502黒石寺蘇民祭は東北地方への蘇民信仰の伝播を伺わせる祭りで、古代の姿を今に伝える貴重な民族的遺産とされている。旧正月7日の夜から8日早暁にかけて行われ、厳寒積雪中のはだか祭で、厄災消除・五穀豊穣を祈願するものという。

2503_3本堂左手奥に観音堂はある。札所本尊は千手観音菩薩、清楚なお堂に収まる。

罪障(ざいしょう)の
黒石寺に罪きえて
山懐に鐘ぞ聞こゆる
(タイトルは御詠歌引用)

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2012年9月22日 (土)

観福寺・余録

百日紅を背負った観福寺

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2012年9月21日 (金)

寺の名は 宗派が変わり ころころと

2701奥州33観音霊場

第27番 東光山 観福寺
(かんぷくじ)

慈覚大師の開創(850年)、もとは吉祥山・東祥寺の一坊で不動院と称したようだ。

27021638年に現在地に移り、正光院と改め、宗派も真言宗の寺となった。その後、また天台宗に変わり、そのたびごとに寺名も変わったようだ。御詠歌からも刀舞草(たちもふくさ)棄馬寺(きはてら)と呼ばれた時もあったようだ。

2703観音さまは聖観世音菩薩、坂上田村麻呂の時代に祀られたものと伝えられている。
寺の裏手に紅白の色が見られたので、回ってみると、見事な「サルスベリ」がツンツン咲いていた。これは次号余録参照。

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2012年9月19日 (水)

奥州33観音ご朱印帳

奥州33観音のご朱印帳

3317第17番 龍雲山 大祥寺
(だいしょうじ)
一関市花泉町老松字水沢屋敷58
TEL 0191-82-4040
参拝 2012年8月27日
記事 9月12日参照

3318第18番 松澤山 六角堂
(ろっかくどう)
一関市花泉町老松字舘平33
TEL 0191-82-1309
参拝 2012年8月27日
記事 9月15日参照

取付不調 第19番 新山観音堂
       (しんざんかんのんどう)
       一関市花泉町金沢字永沢前46
       TEL 0191-82-2405
       参拝 2012年8月27日
       記事 9月16日参照

3320第20番 中興山 徳寿院
(とくじゅいん)
一関市花泉町字西郷目30
TEL 0191-82-2700
参拝 2012年8月27日
記事 9月18日参照

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2012年9月18日 (火)

霊験は あらたかなるぞ 観音さん

2001奥州33観音霊場

第20番 中興山 徳寿院
(とくじゅいん)

当寺は宝持禅院3世・盤喜周省和尚が長禄3年(1459年)に開山の古刹。

2002観音堂は元禄時代のものといわれ、言い伝えによると中村の深井沢屋敷というところの小野寺家祖先の守り本尊であったが、いつの世にか天神社境内に移し、さらに明治の神仏分離で、当寺に祀られたという。

2003尊像は千手観世音菩薩、文化財として貴重なものとされ、講中に霊験あらたかなる観音さまとして信仰されているという。
曹洞宗のお寺、所在は
一関市花泉町花泉字西郷目30

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2012年9月17日 (月)

新山観音堂・余録

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入り口の倒されたままの石柱。

境内脇に並べられた石仏たち

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2012年9月16日 (日)

痛ましや 震災の爪痕 残すなり

1901奥州33観音霊場

第19番 新山観音堂
(あらやまかんのんどう)

山道の行詰まりの山中にある。ここも個人・熊谷俊一氏の邸地内であるという。案内を辿り山中に入る。道は一応下草がかられ観音堂まで導いている。

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観音堂は文政8年(1825年)に建立されたという、9尺四面の立派な御堂で、尊像は木像の十一面観音立像。
こちらも震災の傷跡が残り、入り口の石灯籠が倒れたままになっていたのが、痛ましかった。


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2012年9月15日 (土)

神仏の 混合・分離をへて 現在の地に

1802奥州33観音霊場

第18番 松澤山 六角堂
(ろっかくどう)

茂呂志賀なるものの建立とされている。古くは観音森(国有林地内)に位置していたようだが、神仏混合時代に豊隆神社境内地に移転、さらに神仏分離となり、文化5年現在地に移したものと伝えられる。

1801道路に面した角地に清楚に建っている。砂利が敷かれ花壇もつくれれている。地元の篤信家の奉仕によるものと推察された。

ご本尊は如意輪観世音菩薩、尊像は木造寄木、像高40㎝、円形光背径26㎝、岩座蓮華台の乗っておられるという。

地主別当は皆川弘美、脇の道から登り、右手の山の中腹に住まいがあったが、病気療養のため不在であった。
所在地は一関市花泉町老松字舘平33

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2012年9月13日 (木)

大祥寺・余録(石仏)

大祥寺に見た石仏たち

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2012年9月12日 (水)

凛とした 風情を残す 古刹かな

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奥州33観音霊場

第17番 龍雲山 大祥寺
(だいしょうじ)

今回から岩手県の部を紹介する。まずは一関周辺・花泉町から始まる。

1702初めは天台宗岡寺の廃寺跡に葛西氏の一族である刈明城主・寺崎越中守・平胤資、中村城主・中村和泉守・平信房の合志により開基、後に正法寺二世となった月泉良印禅師が開創、白竜山岡寺と称したのが1354年とある。さらに洞上蘭若和尚の代に現在の寺号に改めたという、経緯をたどった。ご本尊は釈迦牟尼仏、曹洞宗のお寺になっている。

1703西山にある観音堂には県重文に指定された尊像が祀られているという。現在の観音像・十一面観音像は寺崎一族の護持仏の5尺5寸一木彫、平安末期の作と伝えられている。
長い遍歴の末、凛とした風情を今も漂わせる古刹である。次回は境内に点在する石仏を紹介する。

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2012年9月10日 (月)

奥州33観音ご朱印帳

奥州33観音のご朱印帳

3321第21番 円通山 観音寺
(かんのんじ)
栗原市金成有壁館下69
TEL 022-844-2372
参拝 2012年7月31日
記事 9月6日参照

3322第22番 楽峰山 勝大寺
(しょうだいじ)
栗原市金成小迫三嶋45
TEL 022-842-2720
参拝 2012年7月31日
記事 9月7日参照

3323第23番 太白山 長承寺
(ちょうしょうじ)
登米市中田町上沼大泉門畑28
TEL 022-034-6771
参拝 2012年7月30日
記事 8月28日参照

3324第24番 遮那山 長谷寺
(ちょうこくじ)
登米市中田町浅水字長谷山288
TEL 022-035-5497
参拝 2012年7月30日
記事 8月29日参照

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2012年9月 9日 (日)

奥州33観音ご朱印帳

奥州33観音のご朱印

3314第14番 法輪山 大慈寺
(だいじじ)
登米市東和町米川字町下56
TEL 022-045-2510
参拝 2012年7月30日
記事 8月24日参照

3315第15番 竹峯山 華足寺
(けそくじ)
登米市東和町米川字小山下2
TEL 022-045-1221
参拝 2012年7月30日
記事 8月25日参照

3316第16番 音羽山 清水寺
(きよみずでら)
栗原郡栗駒町岩ケ崎字桐木沢3
TEL 022-845-2578
参拝 2012年7月30日
記事 9月8日参照

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2012年9月 8日 (土)

秘仏観音 33年ごとの 御開帳

161奥州33観音霊場

第16番 音羽山・清水寺
(きよみずでら)

寺の縁起によると大同2年、坂上田村麻呂東征の際、当地に駐屯して一夜霊夢を感じ、京都清水観音を勧請されたという名刹霊場である。

162時節がら境内あちこちにアジサイが咲いていたのが印象的であった。

また貞応年間、三迫森館主・弥平兵衛師門と夫人は観音を信仰し、莫大な寄進をして壮麗な堂塔を建立して盛隆を極めたが、寛政6年春野火により全山焼失したと伝えている。

163ご本尊の閻浮檀金1寸8分の観音像は田村麻呂の守本尊として著名で相伝の秘仏、33年ごとに開帳される。

所在は栗原郡栗駒町岩ケ崎字桐木沢3

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2012年9月 7日 (金)

天台から 真言宗の 智山派へ

221奥州33観音霊場

第22番 楽峰山・勝大寺
(しょうだいじ)

第21番観音寺と同じ栗原市金成小迫にある、ここ勝大寺は「小迫観音」と呼ばれ、天台宗のお寺として古かった。

222大同2年というから観音寺と同年代、坂上田村麻呂の勧請により、慈覚大師が開山と同様な経緯を辿っている。
ご本尊は十一面観世音菩薩。
幾度かの盛衰を経て、室町時代の初めに真言宗智山派のお寺になったようである。

223前項にもあったように、この地域でも宗派間の係争が絶えなかったようで、境内の供養塔の周りに、あちらこちらから石仏がごろごろ山のように集められてあった。

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2012年9月 6日 (木)

一輪の ユリや哀れを 伝えけり

211奥州33観音霊場

第21番 円通山・観音寺
(かんのんじ)

開創は大同2年坂上田村麻呂、三上大明神本地観音を建立し、伝教大師を開山として、別当有壁山・円通院と号し天台宗に帰属した。

212一時は坊舎24坊を数え繁栄したが、その後廃退してしまった。
有壁城主・菅原帯刀長尚が弘治3年、登米郡永明寺(塩西氏の菩提寺)の林禅師を開山として再興をはかり、曹洞宗円通山・観音寺と号した。

213塩西氏没落とともに永明寺は廃寺となったので、現在は永明寺の本寺である丹後船井郡の玉雲寺の末寺になっている。ご本尊は馬頭観世音菩薩。
時代の変遷を一輪のヤマユリが物語っているようで哀れを感じた。

当寺の所在は栗原市金成有壁館下69。(写真をクリックすると拡大)

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2012年9月 4日 (火)

奥州33観音ご朱印帳

奥州33観音のご朱印

3307第七番 富春山 大仰寺
(だいぎょうじ)
宮城郡松島町手樽字三浦93
TEL 022-354-3087
参拝 2012年7月29日
記事 2012年8月18日参照

3308第八番 両峰山 梅渓寺
(ばいけいじ)
石巻市湊字牧山8
TEL 0225-22-0914
参拝 2012年7月29日
記事 2012年8月20日参照

3309第九番 無夷山 箟峯寺
(こんぽうじ)
遠田郡涌谷町箟岳字神楽岡1
TEL 0229-45-2251
参拝 2012年7月29日
記事 2012年8月22日参照

3310第十番 大嶽山 興福寺
(こうふくじ)
登米市南方町本郷大嶽18番
TEL 022-058-3572
参拝 2012年7月30日
記事 2012年9月2日参照

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2012年9月 3日 (月)

興福寺・余録

奥州33観音 第10番 興福寺・余録

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2012年9月 2日 (日)

仙台藩 10霊場の 一つなり

101奥州33観音霊場

第10番 大嶽山・興福寺
(こうふくじ)

堂々とした山門をくぐり、こんもりと茂った杉の老木の間を縫って、だらだら坂を登りきった丘の上に、仙台藩の十霊山の一つに数えられる名刹がある。

102大同2年(807年)坂上田村麻呂が、東夷鎮圧を祈願して建立したものと伝えられる。
千百年の間、何度かの火災により焼失・再建を繰り返し、現在のご尊像は十一面観世音菩薩、伊達綱宗公の寄進によるもので、お堂は明治21年桃山風の建築様式により再建された立派なもの。天台宗のお寺。

103丘の中腹にある庫裡に至る小道にはアジサイが咲き、お釈迦様を祀るしゃれた六角堂などが続く。(次項の余録参照)

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2012年9月 1日 (土)

人相は 心一つで 変わるもの

Photo
今日から9月。残暑はまだ厳しいが、ボツボツ秋の気配を感じるようになるだろう。今年もあと四分の一。

今月の荒良寛サンの言葉とカレンダーを紹介する。残りの我が人生、前を見据え「心を変えず」行きたいものである。

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