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2012年3月30日 (金)

嗚呼忠臣楠子之墓

神戸・有馬の旅2

Photo神戸の神社といえば、その昔、歴史教科書で習った建武中興(けんぶのちゅうこう)の主役=楠正成公(大楠公)を祀る湊川神社(旧別格官幣社)であろう。元弘元年(1331年)後醍醐天皇の命を受け鎌倉倒幕の兵を挙げ、執権北条氏の大軍を破り、幕府崩壊に導いた。

2現在の社殿は戦災後、昭和27年10月に復興新築された鉄筋コンクリート造の権現様式。本殿は三つの扉があり、中央に大楠公、右に夫人、左に弟正季、子正行(まさつら)らご一族十六柱、菊池武吉卿などが祀られている。

3楠正成公(大楠公)は永仁二年(1294年)大阪・河内国赤坂村に生まれ、幼名を多門、学問を観心寺の僧・滝覚坊に学び、兵法を大江(毛利)時親に師事し、文武両道すぐれた武将であった。
延元元年(1336年)兵庫・湊川に足利尊氏の大軍を迎撃、「七生滅賊」を誓って一族とともに殉節を遂げた。以来地元の人々は大楠公を慕い、その塚(墓所)を大切に守ってきた。元禄五年(1692年)徳川光圀公が「嗚呼忠臣楠子之墓」の碑石を建てた。この墓碑こそ幕末勤王思想の指導力となったとされる。(次回三宮神社は4月4日掲載の予定。写真をクリックすると拡大)

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2012年3月28日 (水)

見事なり神戸みなとの夜景かな

神戸・有馬の旅

Photo甥の結婚式で神戸を訪れ、有馬温泉まで足を延ばすことになった。

新幹線・新神戸から地下鉄で大倉山、まずは湊川神社にご挨拶して、会場のホテルオークラ・神戸に向かう。
3部屋は2502、窓と同じ高さにボートタワー、眼下に港の見えるいい部屋だった。披露宴が終わり、窓のカーテンを開くと、さすが神戸、見事な夜景が飛び込んできた。しばし眺めたものだ。

翌朝、徒歩で左手に三宮・南京街を横目で見ながら三宮神社、生田神社、一宮神社、二宮神社4の順で参拝、午後有馬温泉にバスで向かう。5

DS有馬新館のチェックインまで、有馬温泉神社、温泉寺、念仏寺、極楽寺を参拝してきた。以上6神社、3寺院については3月30日からそれぞれ連載の予定。(写真をクリックすると拡大。)


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2012年3月25日 (日)

観光の目玉になったエジンバラ城

私の絵画(第三作)

エジンバラ城

121803
QEによる英国周遊の旅第一の寄港地エジンバラに向かうため、まず本船はクインズフェリー沖に停泊。テンダーボートによる上陸となる。エジンバラ市内を一望できるキャッスル・ロックと呼ばれる高さ130mほどの岩山に、エジンバラ城が聳える。ノルマン時代(七世紀)に起源を発するこの城塞は戦闘・破壊と再建を繰り返してきた。今では観光の目玉になっている。(写真をクリックすると拡大)
★制作番号 121803
★題 名  エジンバラ城
★サイズ  F40号 94㎝×78㎝
★仕 様  マーメイデ紙に
        ホルベイン水彩絵具

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2012年3月24日 (土)

ご朱印帳(花の寺=鎌倉)

東国花の寺のご朱印

Photo瑞泉寺(ずいせんじ)
花の寺・鎌倉4番
鎌倉市二階堂710
TEL 046-722-1191
参拝 2012年3月6日
記事 2012年3月18日参照

10東慶寺(とうけいじ)
花の寺・鎌倉10番
鎌倉市山ノ内1367
TEL 046-722-1663
参拝 2012年3月6日
記事 2012年3月22日参照

11_2円覚寺(えんがくじ)
花の寺・鎌倉11番
鎌倉市山ノ内409
TEL 046-722-0478
参拝 2012年3月6日
記事 2012年3月20日参照

ご朱印をクリックすると拡大。

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2012年3月22日 (木)

ウメはじめ多くの花木の駆込み寺

東国花の寺・鎌倉10番=東慶寺(とうけいじ)

01鎌倉33観音霊場32番札所で、2010年1月14日に一度参拝していて、尼寺だったという印象が残っているが、復習してみよう。ご本尊は聖観世音菩薩。

02創建は弘安8年(1285年)鎌倉幕府8代執権・北条時宗の妻、覚山尼が時宗の菩提を悼うために建立した。後醍醐天皇の皇女の用堂尼いらい「松ケ岡御所」とよばれ、豊臣秀頼の娘・天秀尼まで、尼寺として「駆込寺」であった。

03明治になって縁切寺法は廃止されたものの、山内の優しい雰囲気はなお残っている。鎌倉の代表的な花の寺。ウメに始まりボケ、ヒガンザクラ、モクレン、アジサイ、ショウブ、イワタバコなど50種類を超える花木と草花が境内を飾るという。

04お目当てのウメはちょっと早いようであるが、古木が風情を盛り上げてくれた。

(写真をクリックすると拡大)

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2012年3月20日 (火)

梅が咲き風格供える円覚寺

東国花の寺・鎌倉第11番=円覚寺(えんがくじ)

012010年1月14日以来、今回はウメを求めての二度目参拝となる。
弘安5年(1282年)に文永・弘安の役(蒙古襲来)の双方の戦死者の菩提を伴うために、鎌倉幕府執権・北条時宗が開基・創建したお寺。鎌倉五山第二位にあたる名刹で、山内に18の塔頭を持つといわれる。

02円覚寺にはウメ、さくら、シャガ、ボタン、アジサイなどの花木が咲き、カエデの紅葉も見事という。
さて、お目当ての梅は五分咲きといったところか?結構彩りを見せている。

03_2手入れが行き届き、整い過ぎた感はあるが、見事なものであった。

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2012年3月18日 (日)

梅に庭満喫させる瑞泉寺

東国花の寺 鎌倉第4番

01_2瑞泉寺(ずいせんじ)

鎌倉33観音霊場第6番札所であり(2011年1月23日参拝)石仏サロンで1回、今回は「梅をもとめて」の3度目の訪問となる。

02_4風光明媚な環境の下、夢窓国師によって嘉歴2年(1327年)建てられた。鎌倉随一の花木の寺といわれ、スイセンに始まり梅、アセビ、マンサク、フジ、ヤマユリ、ナデシコ、ヒガンバナ、シュウメイギクと咲き続けるという。

04夢窓国師の作といわれる岩壁に彫った天女洞、右手に座禅のための坐禅窟、前面に池を掘って貯清池とし、池の中央に島とした。岩盤を彫刻的手法で庭園とした「岩庭」とも呼ぶべきこの庭園は、書院庭園のさきがけをなすものとされている。

033~4分咲きとはいえ白梅・紅梅の咲く中、花の寺に相応しいミツマタの花?を発見。小さな釣鐘のような白い花を沢山つけていた。

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2012年3月17日 (土)

せい一杯花を付けてる天神梅

01湯島天満宮=文京区

梅の名所・湯島天神に晴れ間を見て、訪ねてみた。折しも梅祭りの真っただ中なのだが、寒さのせいで3分咲きといったところか?

02それでも流石に「梅の名所」参詣者が多く訪れ、猿回しなどの余興も入り、大賑わいであった。

また、入試の時期は過ぎたと思われるが、その関係者も含まれているようだ。梅そのものは古木が多く、また品種も多いとあって、結構目を楽しませてくれた。

03寒さにめげず、精いっぱいに花を付けた木々を見ると生きる力を感じ、毎度のことながら感動させられる。梅はサクラと違い咲き始めの1~2輪が特に大輪で力強いものとされ、鑑賞に好機といわれる。まず紅白を鑑賞されよ。

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2012年3月14日 (水)

ご朱印帳(東京・目黒)

東京・目黒の寺院

120226_2成就院(じょうじゅいん)
タコ薬師
目黒区下目黒3-11-11
TEL 03-3712-8942
参拝 2012年2月26日
記事 2012年2月27日参照

120227蟠龍寺(ばんりゅうじ)
岩屋弁天
目黒区下目黒3-4-4
TEL 03-3721-6559
参拝 2012年2月26日
記事 2012年3月8日参照

120228_2大円寺(だいえんじ)
江戸裏鬼門・大黒天
目黒区下目黒1-8-5
TEL 03-3491-2793
参拝 2012年2月26日
記事 2012年3月12日参照

(ご朱印をクリックすると拡大)

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2012年3月12日 (月)

供養する「行人坂大火」の犠牲者を

目黒・石仏探訪(8)=大円寺

01_2「目黒の石仏群」とあるように、まさに石仏の宝庫である。

境内左手法面に五百羅漢像が埋め込まれている。これは昭和9年(1772年)の行人坂の火事で亡くなった人々を供養するものという。

02元和年間(1615~23年)に出羽・湯殿山の修験僧・大海法印が祈願道場を開いたのが始まり。江戸時代に目黒の地を裏鬼門として守護神として大黒天を祀ったという。

03_2本堂右裏に九州・臼杵から運ばれたという大仏の頭が安置されていた。(完)

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2012年3月10日 (土)

都会地によくも残った庚申塔

43目黒・石仏探訪(7)

大鳥神社と周辺の庚申塔

大鳥神社まで来ると、皆草臥れてきて集中力を欠く状態になった。

44キリシタン灯篭

45_2十七ヶ坂の庚申塔

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馬喰坂の庚申塔47
田道庚申塔

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2012年3月 8日 (木)

蟠龍に相応しきかな弁財天

目黒・石仏探訪(6)=蟠龍寺(ばんりゅうじ)

36目黒行人坂にあった称明院(1648年開創)を宝永6年現在地に再建・改名されたという。浄土宗のお寺で、ご本尊の阿弥陀如来座像(寄木造)は平安末期の名作とされ、念仏道場に相応しいもの。

37山手七福神の随一、江戸裏鬼門の鎮守として広く知られる岩屋弁財天は本堂裏手に祀られ、堂内に石造の弁財天が安置されている。芸術、学問、財福の徳が授けられると信仰を集めている。戒律・経文を守護するため龍神である弁財天が祀られるケースが多く、蟠龍寺に相応しい。

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綺麗な石仏である。

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2012年3月 7日 (水)

明(みん)からの帰化僧・隠源ここにあり

目黒・石仏探訪(5)=海福寺(かいふくじ)

32万治元年(1658年)明国(みんこく)の帰化僧・隠源(いんげん)が江戸深川に開創した寺で、明治43年にここに移転したものという。朱色の四脚門と梵鐘(都有形文化財)が印象的だった。

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隠源和尚の雲頭塔

34文化四年永代橋崩落事故で数百人が犠牲になり、その霊を供養する供養塔。.

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2012年3月 5日 (月)

年代の石仏多数不動墓地

26目黒・石仏探訪(4)

目黒不動尊・墓地

不動尊の墓地が近くにあり石仏が多くあるということで、訪ねてみた。なるほど年代物の石仏がある。釈迦如来(1671年)三界万霊塔(1786年)六体地蔵、十一面観音、馬頭観音、如意輪観音、千手観音(1664年)聖観音(1683年)といったところ。

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2012年3月 3日 (土)

ほのかにも梅の迎えるお不動さん

目黒・石仏探訪(3)=龍泉寺(目黒不動)

18泰叡山・龍泉寺(たいえいさん・りゅうせんじ)不動明王をご本尊に、目黒不動尊の通称でよばれる。天台宗のお寺で、関東36不動第18番、江戸33観音33番の札所である。

19広い境内には梅が満開一寸前の風情を漂わせていた。
寺伝では大同3年(808年)円仁が下野国から比叡山に赴く途中に創建したとされる。火災の後、寛永7年(1630年)寛永寺の子院・護国院の末寺となり、将軍家の庇護のもと「目黒御殿」と呼ばれるほど華麗を極めたようだ。

さて20_2本堂の裏手に大きな観音像が作られていた。(石像ではない)
21石段を登る前の「水かけ不動」は有名なものなので、新しく建てられたと思われるお不動さんを一つ紹介する。(その他はSMクラブのマイアルバムに掲載。写真をクリックすると拡大)

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2012年3月 1日 (木)

3月入り人生まだまだトライする

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Photo今日から3月。月末29日の雪で驚かされたように、1~2月は例年になく冷温が続いた。そうはいっても春はまじかに来ている。荒良寛さんのカレンダーには「過去にとらわれずトライせよ」とある。左は29日に雪をかぶったマイカー。

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