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2011年9月29日 (木)

最北の地ノールカップで震えあがり

私の絵画 第二部第四作

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★題名 ノールカップ展望 ★制作番号 111715
★サイズ F20号(74㎝×61㎝)
★仕様  マーメイド紙にホルべイン水彩絵具

QM2 北海クルーズ:ノールカップ展望 海水面から300mの絶壁の上は空母の飛行甲板のよう。「ヨーロッパ最北の地」に立つ。北緯71°10’21”である。8月末というのに気温は4℃、曇りに強風とあって震え上がった。展望は全くきかないのに、それでもモニュメントまで皆行ってみる。

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2011年9月27日 (火)

アルプスを海に浮かべたロフォーテン

私の絵画 第二部第三作

Qm
★題名 ロフォーテン諸島・レクネス島 
★制作番号 111714
★サイズ F20号(74cm×61㎝)
★仕様 マーメイド紙にホルべイン水彩絵具

QM2 北海クルーズ:ロフォーテン諸島。主に四っの島からなる北極海の島々。典型的フィヨルド地帯で、まさに「アルプスの山々を海に浮かべたよう」と表現されるそうだ。

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2011年9月25日 (日)

大西洋予想以上の大シケに

QE 英国周遊の旅 11

Qe00499月6日 航海メモ
昨夜18時にインバーゴートンを出航して本船QE
は北上したはずだ。
明日は終日航海。イングランドの西側に回ることになる。

Qe00502:15 夜中に目覚めナビ画面を見ると 本船QEは北から西に進路を変え、スコットランドとオークニー諸島の間のペントランド海峡を抜け、大西洋に入ったところ。
座標を見ると推定ながら北緯58°40’ 西経4°40’あたりを航行中。
因みにサザンプトンの座標は北緯50°54’ 西経1°23’だったから、このクルーズで最北部分にいることになろう。

Qe00515:00 本船QEはラス岬の沖を南西に進路を変えヘブリディーズ諸島の間、ノースミンチ海峡に向かっている。
今日は終日航海。のんびり過ごすことにする。

Qe005313:20 ナビ画面によると本船QEはさらに進みリトルミンチ海峡のほぼ中間地点まで、南下している。
気になるのがお天気で、だんだん怪しくなってきた。小雨交じりの風が強くなってきた。

Qe0054_217:00 リトルミンチ海峡を抜け大西洋に出たところで本格的な嵐に遭遇した。さすが新造船、左右の揺れは比較的少なく、前後の揺れはやむを得ないと感じた。

Qe0056ナビ画面を見るとシーコンデションはVery Rough と表現し、波の高さは6.5mとある。
北海が静かだったのに大西洋に出たとたんにこの強風雨と大波だ。まだ夏の季節なのだろう。だいぶ船酔いも出たと思った。

Qe0060_220:30 ナビ画面によると嵐の中、本船QEはノース海峡に入るべく舵を南東に切り始めた。第3の寄港地グラスゴーを目指してさらに左に旋回して、クライド湾に入るのだろう。
通常通り夕食を摂り、シケは収まるものとして早々に寝てしまった。

(つづく。最初の洗礼を受けた本船QEは明朝グリーノック港に入港するのだが、この辺で一服。月が替わって再出発にする。写真をクリックすると拡大)

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2011年9月24日 (土)

美しい歴史の町よインヴァネス

QE 英国周遊の旅 10

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インヴァネス
インヴァネスはネス河の河口に位置し、さほど大きな町ではないが、スコットランド北部の文化の中心地。またハイランド地方やネス湖観光の起点である。

Qe0044町中には石畳の道など中世と変わらない雰囲気の建物が並び素朴な印象をうける。
デビット1世が1830年代に建造したというインヴァネス城は赤茶色砂岩で作られたゴシック様式の美しい建築。
この地は北部ハイランドと南部ローランドの交わる要所として昔から紛争の絶えない場所で、町は少なくとも7回焼き払われ、1745年に要塞が破壊された暗い歴史がある。現在はネス河の清流とともに環境はよく、緑あふれる公園・庭園が多い。

Qe0046ネス湖とアーカート城
最大水深230m、狭いところで2㎞、南北に38㎞の細長い湖。ここに住むという怪獣ネッシー話。最初の記録は西暦565年、以来、世界で注目される事象である。

Qe0045_3ネス湖に突き出した岬の上に建つ旧アーカート城は1230年の建造。17世紀には政府軍の手により爆破されたという。時々キルトを着たオジサンがバグパイプを演奏してスコットランドらしい風情を演出するという。

Qe0047_3昼食後、「シングルトン」のスカッチウイスキー醸造所を見学。
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美しいインヴァネスの町、ネス湖に別れを告げ、インバーゴートン港に停泊の本船QEに無事帰船、18時に第3の寄港地グリーノック向け出港。

(つづく。写真をクリックすると拡大)




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Qe0047

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2011年9月23日 (金)

接岸し勇んで降りる海軍基地

QE 英国周遊の旅(9)

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Qe00369月5日 航海メモ
昨夜18時に本船QEはフォース湾を離れて北上を続け、早朝6:30には第二の寄港地インバーゴートンのクロマティー入り江にさしかかった。
このインバーゴートンは1913年ウィンストン・チャーチル卿により海軍基地に選ばれた。
Qe0037_2以来アルミニュウムの精錬工場、また油井掘削装置製造の実績を誇るという。進入
水路に点在した油井掘削装置はここで重油を掘っているのではなく、北海油田から装置を持ち帰り、ここでメンテナンスを行うものだそうである。
Qe0039かって軍艦ドックであった海軍用桟橋が、クルーズ船のために使われている。大型客船が接岸させるには充分な水深があるのだろう.。



Qe00401インバーゴートン
スコットランド・ハイランド地方の北東部に位置する町で、インヴァネスへの海の玄関口。
ハイランド地方はグレン(峡谷)やロッホ(湖)氷河によって作られた複雑な地形や海岸線など独特の景観美を生み出している。

Qe0040これから下船して、インヴァネスに向かい、怪獣ネッシーで有名なネス湖、さらにはこの地方に点在するスコッチウイスキーの醸造工場などを見学する予定。
(つづく。写真をクリックすると拡大)


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2011年9月22日 (木)

旧市街バブ・パイプの音あちこちに

QE 英国周遊の旅(8)

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Qe0031エジンバラ市内
ホリルードハウス宮殿

12世紀に僧院として建造され、1501年に宮殿なった。スコットランドで最も美しい言われる宮殿。以来、スコットランド王族の住居として使われてきた。スコットランド女王メアリーの悲劇の場所でもある。
エリザベス女王がスコットランド滞在中には公式の邸宅として使われているという。宮殿の南側には広大なホリルード公園が広がる。かってはスコットランド王族の狩猟場であった模様。

Qe0032聖・ジャイルズ大聖堂

エジンバラ城からホリルード宮殿まで伸びる古い石畳の一本道がハイ・ストリート、長さが1.6km通称ロイヤル・マイルである。その中間地点に聖・ジャイルズ大聖堂がある。王冠型の塔が特徴で、14世紀に再建されたゴシック様式の大聖堂。内部に宗教改革の旗手ジョン・ノックの像がある。

Qe0033ここロイヤル・マイルはいわゆる旧市街地、枝分かれした狭い路地には一風変わった店や、レストラン、カフェ、ウール製品を扱う店がひしめき、バブ・パイプの響きも混じってにぎやかだ。バブ・パイプといえば町のあちこちにスカート姿のオジサンが観光用に吹いている。

Qe0034昼食代わりにウエーヴァリー駅前の名門バルモラル・ホテルのロビーで英国流のティータイムを楽しんだ。まず紅茶を選択し、サンドウィッチ、ケーキ、クッキーを嗜むものであった。

Qe0035_3国立スコットランド美術館

駅の近くの公園内にスコットランド美術館があり、ここに寄る。スコットランドはもちろん、ヨーロッパの芸術家、たとえばラファエロ、ダビンチ、ボッティチェリ、フェルメールなどの作品を所蔵していた。

エジンバラ市内見物を満足してテンダーボートで帰船。18:00第2の寄港地インバーゴートンに向け出港。(つづく)


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2011年9月20日 (火)

市街地を一望できる岩山城

QE 英国周遊の旅(7)

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Qe0027エジンバラ城

エジンバラ市内のキャッスルロックと呼ばれる高さ約130mの岩山にそびえ立つ城塞で、エジンバラのシンボル的な存在。ノルマン時代の七世紀に起源を発するこの城塞は何回も戦闘と破壊、再建と増改築を繰り返してきたという。

Qe0028ゲートハウスからダラダラ坂を登りついたところが聖マーガレット礼拝堂。
その周りを取り囲むように戦没者記念塔、総督の家、王宮ホール、兵舎、戦争博物館、病院棟などが建ち並ぶ。

Qe0029_3頂上周辺には包囲攻撃に備えて、城壁越しに、あるいは窓の内側に幾重にも大砲が据えつけられており、警備の厳重さが窺がえた。今では市街を360度一望できる展望台になっている。
(つづく。写真をクリックすると拡大)







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2011年9月19日 (月)

ボートにて上陸するぞエジンバラ

QE 英国周遊の旅 (6)

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Qe00229月4日8:00 本船QEはエジンバラに架かるフォース鉄道橋の手前で停船。ここに停泊してテンダーボートの準備にかかる。いわゆる沖止めである。お天気は回復し、最高の上陸日和だ。

Qe0023_3テンダーボートは鉄道橋の奥・フォース湾左岸のサウス・クインズフェリーにピストン輸送する模様。

8:30 下船開始。順序良くボートに乗り組み、進んでゆく。見返すと朝日を浴びたQEがまぶしく輝く。(写真上)
Qe0025_4エジンバラ市はロージャン州の州都、スコットランドの首都。なんといってもエジンバラ城が有名であるが、歴史的建造物の集まる旧市街、それに18世紀以降、計画的に造られた新市街の美しい街並みを含めてユネスコ世界遺産に登録されている。

Qe0024乗客はそれぞれの思いを胸に第一の寄港地・クインズフェリーへの上陸を待っている。

(つづく。写真をクリックすると拡大)




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2011年9月18日 (日)

フォーク湾をさかのぼってエジンバラ

QE 英国周遊の旅(5)

Qe00169月4日 航海メモ
早朝4:30ナビ画像 沿岸を大分北上してきた。あたりはまだ闇の中。
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エジンバラに入るフォーク湾入り口までさしかかっている。

Qe0020_27:20 雲間から太陽がのぞいて来た。だいぶフォーク湾の中に入ったようだ。あたりの景色もだんだんはっきりしてきた。今日は第一の訪問先エジンバラに上陸することになっている。ナビ画像を見ると下の通り。

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Qe0021



(つづく。写真をクリックすると拡大)




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2011年9月17日 (土)

北海は穏やかなれど霧深し

QE 英国周遊の旅(4)

Qe00039月3日 航海メモ
昨夜17:10 40分遅れでサザンプトン港を出港して本船QEは時計回りの反対回り、東から北東へ航行中。昨夜は濃霧の中、警笛を鳴しながらの航海だった。

一夜明けて今日は終日航海、のんびりとクルーズを楽しむ。
上の図は10:20のナビ画像。英仏海峡を抜けて北海に入り、北西から西に進路を変えようとしているようだ。

Qe0013_316:40のナビ画像。
出航して初めて陸地をみた。どうもブリドリントンから延びる半島の先端のようだ。陸地に沿って北西に進む。

気温は16℃とのことだが、体感気温はもう少し低く感じる。どんよりとした空模様である。しかし波はうねり
なく平穏。北海がこんなに穏やかなのは珍しいのではなかろうか。
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(つづく。写真をクリックすると拡大)

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2011年9月16日 (金)

いざのとき心構えを忘れまじ

QE 英国周遊の旅(3)

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Qe0011_14サザンプトン港での乗船手続きはスムーズに進み、8デッキの8026キャビンに収まった。いつも遅れがちな荷物もすでに届いており、極めて順調だあった。「初めよければすべて良し」で、ナイスクルーズの予感がした。

Qe0012_2左舷にあるキャビンのテラスから港を眺めてパチパチ。折しも大きなコンテナ船が通りかかったので、これもパチリ。

そうこうしていると、恒例の避難訓練の合図があり、Aグループはデッキ2の先端にあるシアターまで救命胴衣を持って降りる。帰りはエレベーターが混むので階段を登ってきたが、こちらのほうが大仕事だった。

本船QEのシップデータ 
★就航::2010年10月 ★船籍::英国 ★巡航速度:21.7ノット(最大23.7ノット) ★総㌧数:90,400㌧ ★乗客定員:2,058人 ★全長:294m ★最大幅:32.25m ★喫水:8m 
(つづく。写真をクリックすると拡大)

 

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2011年9月15日 (木)

渡る風寒さを運ぶテムズ河

QE 英国周遊の旅 (2)

Qe00076月2日 QE乗船までの午前中テムズ河畔からシティまでぶらぶら散策する。旧軍艦が係留されレストランになっていて、いろんな銅像やらモニュメントを見ながらの散歩。川の水は意外と濁ってさざ波が立っていて、東京と違って風は涼しさを超して寒くすら感じられた。

Qe0008何軒も入った貸事務所のビルやパブの立ち並ぶ迷路のような裏道を抜けて、英国の商業・金融の中心である「シティ」の大通りに出る。通勤者が足早にすれ違う。さすがに経済の中心といった誇りすら感じられた。

Qe0009折しもロンドン名物の二階建てバスがやってきたのでパチリ。これも時間帯からして通勤客で混んでいるように見受けられたが、東京のラッシュとは全く違う趣があり、ゆったりした感じであった。

10:00 いよいよQEの母港サザンプトンにバスで向かう。途中かなり道路が渋滞して到着が予定より30分ほど遅れた。
(つづく。)

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2011年9月14日 (水)

残暑の東京離れロンドンへ

QE  英国周遊の旅(1)

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Qe0005_66月1日11:30、クイーンエリザベス号に乗船するため、ヴァージンアトランティック航空VS901便にて成田を発ちロンドンに向かう。フライトは穏やかなものだった。

16:00(所要時間12時間、時差約8時間)ロンドン・ヒースロウ空港に到着,手続きを済ませて今夜の宿「スイソテル・ザ・ハワード」へ。

Qe0006ホテルはロンドン市内の中心部、テムズ河畔のいい場所にあり5階の605号室。ベランダに出て早速テムズ河周辺をパチリ。長い一日、フライトの疲れを癒すため早々に就寝。
(つづく。写真をクリックすると拡大)

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2011年9月11日 (日)

ご朱印帖(岐阜)

岐阜の寺院のご朱印

13 白山・長瀧寺(ちょうりゅうじ)
郡上市白鳥町長浦402
TEL 057-585-2663

参拝 2011年8月8日
記事 2011年8月25日参照

14 龍澤山・禅昌寺
下呂市萩原町中呂
TEL 057-652-1353

参拝 2011年8月10日
記事 2011年9月3日参照

15 医王霊山・温泉寺
下呂市湯之島
TEL 057-625-2465

参拝 2011年8月10日
記事 2011年9月4日参照

16 弘法山・飛騨信貴山・山王坊
下呂市森318-3
TEL 057-625-2619

参拝 2011年8月10日
記事 2011年9月5日参照

17 泰心寺
下呂市
臨済宗
TEL 057-625-2385

参拝 2011年8月10日
記事 2011年9月6日参照

18 本光坊
浄土真宗大谷派
下呂市桜町
TEL 057-625-2463

参拝 2011年8月10日
記事 2011年9月6日参照

(ご朱印をクリックすると拡大)

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2011年9月10日 (土)

13年費やし造る茅葺住宅

Photo
寺社集印(余録)=合掌村・下呂温泉

2下呂温泉・合掌村は「旧大戸家住宅」を中心に白川郷などから移築した10棟の合掌造り民家で、集落を再現した一つの自然博物館。集落の中には旧岩崎家(民俗資料館)旧遠山家の板倉など内部を公開している。

3ちなみに大渕家は受付・売店、影絵昔話館(しらさぎ座)、伊並家が合掌茶屋、飛騨陶房(陶芸・絵付け体験)、漉蔵(紙漉き体験)、狛犬博物館、萬古庵(円空仏展示・茶房)といった具合である。

4旧大戸家住宅(国指定重要有形民俗文化財)は切妻合掌造り茅葺屋根、間口21m、奥行12.3m、高さ13mと合掌造りでは最大級のもの。また、棟札には天保4年(1833年)から弘化3年(1846年)と記され、13年という年月を費やして作られたことになる。
(この項にて飛騨の旅終了。写真をクリックすると拡大)





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2011年9月 9日 (金)

6神社11寺院など大収穫

寺社集印=岐阜・下呂市

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2_4瑞泉山・泰心寺

ご本尊は釈迦牟尼仏。

山の急斜面を降りたところに泰心寺はある。左の庚申塚をお祀りしていたのだそうだが、事情は不詳ながら臨済宗に変わったようだ。

Photo_6
浄土真宗大谷派・本光坊
宿に最も近い、しかも下呂で最後の訪問寺となった。御朱印はないといわれたので、一筆書いてもらった。
「南無阿弥陀仏をとなふれば観音勢志はもろともに恒沙塵数の菩薩とかげのごとくに身にそえり」・・・解読不明。


実働6日間の飛騨の旅であったが、高山市、白川村、郡上市白鳥、下呂市の神社6、寺院11、合掌部落2、棚田2、それに滝2の訪問ができて大収穫であった。

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2011年9月 7日 (水)

毘沙門と大師信仰の山王坊

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3寺社集印=岐阜・下呂市

下呂温泉街から見上げる一番高い山に「平和の合掌塔」が見える。ここが弘法山・飛騨信貴山・山王坊である。高野山真言宗のお寺で、ご本尊は毘沙門天。

Photo_4本堂前の中庭には大きな六福神が舞っている。
聖徳太子が仏教を広めるため祈願されたとき、虎をお供に毘沙門天が出現、仏敵を討伐された。自ら毘沙門天像を刻み、信ずべき尊ぶべき山「信貴山」となずけられ、お祀りになった。

4これらの故事から毘沙門天は武道をたしなむ者の信仰を集めた。本殿裏には忠臣楠公を祀り、戦没者の慰霊塔がならんでいた。そこに「平和合掌の塔」も建っている。

2_3一方、弘法大師ゆかりの寺として飛騨地方の大師信仰の中心を占め、参道には四国八十八ヶ所の札所をずらりとお祀りして、なかなか盛大である。













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2011年9月 5日 (月)

シラサギが知らせてくれた下呂温泉

寺社集印=岐阜・下呂市

Photo_2医王霊山・温泉寺はシラサギに化身し、温泉の湧出を知らせた薬師如来をご本尊とするお寺で、武川久右衛門倍良が、先日紹介の禅昌寺八世・剛山和尚を中興開山に迎えて再興したと伝えられている。

2初めて下呂温泉を草津・有馬とともに、天下の三名泉として、全国に紹介したのが、室町時代の京都五山僧・万里集九とされている。当時の僧達が各地を回り、名産・名物を今にいうPRしたものと考えられる。

Photo_3温泉寺の境内は街中の地獄堂から続く173段の長い石段を登ったところにあり、山門を抜けると下呂の街並みが一望される。
本堂前にある「湯掛薬師」からは温泉の霊湯が湧き出ており、薬師如来の霊験を,今に伝えているという。
秋には周辺の紅葉がライトアップされ、とても幻想的だといわれる。
(写真をクリックすると拡大)









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2011年9月 3日 (土)

天に立つ1200年の大老杉

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寺社集印=岐阜・下呂市

2いよいよ最終日、今日は地元の寺社を訪問する。
JR高山線の駅名になっている龍澤山・禅昌寺(りょうたくざん・ぜんしょうじ)臨済宗妙心寺派のお寺を訪ねる。

3永和3年(1377年)北朝五代後円融天皇、臨済宗南禅寺派より竹処崇園(ちくさすうえん)禅師に請し、大雄山・圓通寺を開創し、勅願寺とされた。
天文元年(1532年)飛騨国主・三木直頼により現在の寺名で再興、天文23年(1554年)後奈良天皇より十刹を賜り勅願所とされた。

4金森宗和の作ったとされる庭園は達磨石、座禅石、礼拝石を配し、春のサツキ、秋のドウダンの紅葉と、名勝の指定。
本堂裏手に樹齢1200年の大老杉があり,樹高45m、周囲12m、鬱蒼と天空に聳え、平安の昔から世の移り変わりを眺めてきたことになる。国の天然記念物に指定されている。

(写真をクリックすると拡大)








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2011年9月 1日 (木)

苦い言葉に耳を傾けよ

2010_9
今日から9月。まだ残暑が続くであろうが、すでに秋の入口。今年は残り三分の一になる。無理せず穏やかに過ごしたいものだ。
例月のように荒良寛さんのカレンダーをお届けする。甘い言葉には注意して、苦い言葉には謙虚に耳を傾けよという、戒めだろう。

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