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2011年5月31日 (火)

ご朱印帖(静岡)

静岡の神社

01 御穂神社

静岡市清水区清水三保1073
TEL 054-334-0828
参拝 2011年5月18日
記事 2011年5月27日参照

02_2 久能山・東照宮
徳川家康の墓所
静岡市駿河区根古屋390
TEL 054-237-2438
参拝 2011年5月19日
記事 2011年5月28日参照

03_2 静岡浅間神社
駿河国総社・冨士新宮
静岡市葵区宮ヶ崎町102-1
TEL 054-245-1820
参拝 2011年5月19日
記事 2011年5月29日参照

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2011年5月30日 (月)

ご朱印帖(静岡)

静岡の寺院

02ごう山・清見寺

静岡市清水区興津清見寺町418-1
TEL 054-369-0028

参拝 2011年5月18日
記事 2011年5月21日参照

03 幽香山・梅蔭禅寺
清水次郎長の菩提寺

静岡市清水区南岡町3-8
TEL 054-352-0995
参拝 2011年5月18日
記事 2011年5月22日参照

04 鉄舟寺
久能寺の移転先
静岡市清水区村松2188
TEL 054-334-1203
参拝 2011年5月18日
記事 2011年5月24日参照

05 観富山・龍華寺
高山樗牛(ちょぎゅう)
静岡市清水区村松2085
TEL 054-334-2858
参拝 2011年5月18日
記事 2011年5月26日参照

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2011年5月29日 (日)

ど真ん中にせんげん様はオワシマス

110519561 寺社集印=静岡市葵区

市内に入り、駿河国総社・静岡浅間神社(神部神社、浅間神社、大歳御祖神社)を参拝。境内4万5千㎡にほか四社の計七社の社殿群(24棟)が建ち並ぶ。

110519562_2 市内中央部に鬱蒼とした森に覆われ、まさに「東海の日光」と呼ばれるにふさわしい佇まいである。特に楼閣造りの大拝殿は浅間造りの代表的なもので、高さ25m、殿内は132畳敷きの広さがあるという。

110519563 因みに浅間神社(通称せんげん様)に伝わる七不思議を紹介すると①一つ石②叶馬③水飲み龍④鳴きうずら⑤八方にらみの龍⑥山上の鳴石⑦四方走りの馬、があるそうである。

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2011年5月28日 (土)

家康の遺体の眠る久能山

110519551
110519552 寺社集印=静岡

日本平の山頂に登り、ケーブルカーで久能山に渡る。久能山は推古天皇の時代(600年ごろ)に久能忠仁(くのうただひと)が開き、一寺を建て観音菩薩を安置、補陀楽山・久能寺と称した。永禄11年(1568年)武田信玄はここに城砦を設け、久能寺は前項・鉄舟寺に移された。

110519553ケーブルを降り 門衛所から楼門(重文)唐門を経て拝殿(国宝)に至る。二代将軍・秀忠の命により元和2年(1616年)着工、1年7ヶ月で造営された。権現造、総漆塗、極彩色の拝殿、石の間、本殿の三棟からなる社殿は日光より19年前に造られ、地味ではあるが桃山時代の技法を取り入れた江戸初期の代表建築とされる。

110519554本殿の裏手に神廟がある。遺命により遺骸を埋葬し、塔は西向き、高さ5.5m、外回り8mの石造。
表参道からの有名な石段は1159段と云われ、海抜270m、久能山全域2万余坪は昭和34年に国の史跡に指定された。

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2011年5月27日 (金)

汐風がしずかに抜ける三保松原

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110518542_2 寺社集印=御穂神社
       (みほじんじゃ)

清水の寺詣でを終わらせて、いよいよ今夜の宿泊地三保に入る。
まづは「三保の明神さん」と親しまれる御穂神社に御挨拶する。御祭神は大国主命と三保津姫命。旧県社の格をもつ。創建は不詳。

110518544 社前には「神の道)と呼ばれる、樹齢2~300年の松の並木道が500mほど続く。その先、太平洋に面した防潮林が広がり、有名な「羽衣ノ松」がある。
110518545 天女が羽衣を掛けたとされる老松二世は既に樹齢650年を数え、かなり弱っている。三世の準備も整っているようだが・・・。

110518546 その脇、太平洋のむっかって小さな御社・羽車神社がある。

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2011年5月26日 (木)

眺望は本邦無二で天下第一

110518531 寺社集印=静岡・清水

観富山・龍華寺は日近大僧都が寛文10年(江戸時代初期)に開いた日蓮宗のお寺。日近上人はこの地から見る富士山が最も荘厳であるとして、甲州身延の大野山・本遠寺から移り、自ら大野別院と称した。

110518532 茅葺の本堂の庭は日近上人自ら構想した「須弥山式」(しゅみせんしき)という日本最古の造園方式で作られた庭で、東海屈指の名園だそうである。

110518533 樹齢推定1100年の大蘇鉄の雄株は根周り6m、枝数58本で天然記念物に指定されている。

文豪・高山樗牛(ちょぎゅう)は死後龍華寺に埋葬してもらいたい旨の遺言を残した。

それも樗牛は「日蓮上人は日本人0518_2中の最大 偉人なり」と云わせるほどの宗拝ぶりであったと同時に、「三保の松原より富士山への眺望本邦無二天下第一観也」と賞賛し、この地を愛したからであろう。
境内には彼の墓と銅像が、また「樗牛館」と云う記念館も併設されている。

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2011年5月24日 (火)

晴れてよし曇りてもよし不二の山

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寺社集印=静岡・清水

鉄舟寺はもと久能寺と云い、久能山にあって、おおよそ1300年の昔、推古天皇の時代、国主・久能忠仁によって創立、奈良朝の初期に行基菩薩が中興したとされている。

110518522 その後、武田信玄が今川攻めに際し、久能山に築城することとなり、天正三年(360年前)現在の地に移された。武田亡き後、徳川幕府は名刹・久能寺を愛護して来たが、明治維新で廃寺同然となった。

110518523 幕末の駿傑・山岡鉄舟はこれを惜しみ再興を発願、広く寄進を募った。鉄舟は明治21年完成を見ずに53歳で他界、魚商・芝野栄七がその意志を継ぎ、明治43年に名刹・久能寺は鉄舟寺として蘇ったのである。前項で紹介のように山岡鉄舟と親交のあった山本長五郎こと侠客・清水次郎長もこの再興には協力したものと想像される。
現在は仏殿を宝物館として文化財、寺宝、古文書の多くを展示している。また境内には多くの石仏も祀られていた。(註;タイトルは山岡鉄舟の歌から。写真をクリックすると拡大。)

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2011年5月22日 (日)

駿河にはお茶の香りと次郎長さん

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寺社集印=静岡・清水

「久能山・東照宮詣」の二番目に幽香山・梅蔭禅寺(ばいいんぜんじ)を詣でる。臨済宗妙心寺派の禅寺で、明応元年(足利時代)天倫通明和尚の開山創建と伝えられる。

110518512 侠客・清水次郎長の菩提寺として有名である。本名・山本長五郎は文政3年生まれ、明治維新の混乱の中、二足のワラジで駿遠三ヵ国の治安に当たる。咸臨丸殉難者のため「壮士の墓」を建立、清水港開港に尽力、外人教師を招いて英語教育にも務めたとされる。

110518513 晩年には三保、日本平、富士裾野など開墾事業に没頭し、幾多の社会公益につくした。
清水次郎長は「博徒の親分」で片づけるには余りにも底光りのする人格者であったようで、山岡鉄舟、榎本武揚らとの交友も深く、明治26年74歳で天寿を全うし、子分たちと一緒に、ここ梅蔭禅寺の墓地に眠っていた。
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2011年5月21日 (土)

春風や三保ノ松原清見寺

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110518502 寺社集印=静岡興津

学校の同窓会が三保泊、「久能山・東照宮詣で」と云うことで、集合時間までに車で東名を走る。
清水インターで降り、少し戻ってコゴウ山・清見寺を訪ねる。駐車場から石段を登り山門をくぐると東海道線の線路。これを迂回して山腹に聳える本堂に至る。
かって東北の蝦夷に備えての関所が設けられ(清見関)この鎮護のために仏堂が建立されたのがこの寺の始まりとされる。

110518503 庭園は江戸時代の初期、山本道斉によって築かれたと伝えられ、家康がことのほかこの庭を愛し、石を移し、柏樹を手植えたと云う。また庭前の砂利盛りは銀砂灘と称す。(文部省の指定)。

110518504_2 本堂左奥に五百羅漢の石像が並ぶ。釈迦如来のお弟子さん達で、仏典の編纂に非常に功績のあった方々。
これらの像は江戸中期(天明八年)仏教の興隆を祈って彫造されたものながら作者は不明。稀に見る傑作と称されている。

(註;タイトルは鬼貫の作。写真をクリックすると拡大)

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2011年5月19日 (木)

山門をツツジで飾る塩船観音

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110517402 寺社集印=東京青梅市

多摩地区に野暮用があったので足を延ばしてツツジの名所、東国花の寺百ヶ寺=東京12番・塩船観音寺(しおふねかんのんじ)を訪ねる。2009年3月2日に関東88ヶ所霊場第72番札所として一度参拝している。ご本尊は十一面千手千眼観自在菩薩、真言宗醍醐派の別格本山である。僧・行基は周囲の地形が船の型に似ているところから「弘誓の舟」(仏が大衆を救おうとする大きな願いの舟)になぞらえて「塩船」と名付けたと伝えられている。

110517403 例年のツツジ祭りは15日までで終わったようで、そう聞くと盛りを過ぎてしまった気になるが、山門周りといい、本堂裏の斜面には見事なツツジであふれていた。
110517404 よく見ると縁取りが傷んだものもあるが、これから咲き始めるものもあり、なにしろ一万五千株という
数に感心させられた。
次はアジサイ、彼岸花、萩へと移つていく。

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2011年5月15日 (日)

花の寺しだれ桜の古木かな

111706 私の絵画 第六作

★制作番号 111706

★題名 しだれ桜
         (満願寺)

★サイズ P50号
     117㎝×80㎝

★仕様 マーメイド紙
     ホルベイン水彩


今年は東国花の寺百ヶ寺の「さくら」を追って神奈川、千葉、埼玉、群馬の寺を巡ったうち、埼玉第11番満願寺の「しだれ桜」が一番気に入ったので、50号の大作を試みた。樹齢600年の古木とか。結果はいかがなものだろうか。ここに紹介する。
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2011年5月14日 (土)

ご朱印帖(埼玉)

東国花の寺・埼玉

4 大用山・長泉寺(ちょうせんじ)
埼玉第四番・骨波田のフジ
本庄市児玉町高柳901
TEL 049-572-3122
参拝 2011年5月8日
記事 2011年5月9日参照

5 安楽寺・吉見観音
埼玉第五番・ツツジ
比企郡吉見町御所374
TEL 049-354-2898
参拝 2011年5月8日
記事 2011年5月11日参照

10 慈眼山・正法寺(しょうほうじ)
埼玉第11番・ハナミズキ
南埼玉郡菖蒲町上栢間2767
TEL 048-085-0494
参拝 2011年5月8日
記事 2011年5月13日参照

関東88ヶ所霊場

75 安楽寺・吉見観音
第75番

同上


81 慈眼山・正法寺
第81番

同上


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2011年5月13日 (金)

ハナミズキに代わって色添う紫のフジ

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110508302 寺社集印=埼玉菖蒲町

東国花の寺百ヶ寺=埼玉10番・慈眼山・正法院(しょうほういん)を訪ねる。「栢間厄除け不動」と呼ばれ親しまれている。折しも新築の文珠堂が落慶したばかりのようだ。真言宗智山派のお寺で、ご本尊は不動明王。関東88ヵ所第81番札所になっている。

110508303 花の寺にふさわしく、境内にはさまざまな花木と草花が植えられている。本堂前のサルスベリ、主幹が折れたが根の周辺からヒコ生が多数出て群生するという。庫裡正面のフジはいい色をつけていた。

110508304_2 主題に挙げられたハナミズキの並木は、残念ながら盛りを過ぎていた。このほか花ごよみによれば
3月中~下旬にハクモクレン
3月下旬~4月上旬サクラ
5月上~下旬ハナミズキ
8月中旬~10月上旬
         サルスベリ
とある。
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2011年5月11日 (水)

ツツジ過ぎサツキはこれから岩殿山

110508201
110508202 寺社集印=埼玉吉見町

東国花の寺百ヶ寺=埼玉5番・岩殿山・安楽寺(吉見観音)を訪ねる。このお寺は坂東33観音11番札所、札所巡りで06年12月07日に参拝している。また関東88ヶ所第75番札所でもある。
僧・行基が自ら刻んだ観音像を岩窟内に安置したのが始まりとする1200年来の古刹。真言宗智山派のお寺。ご本尊は聖観世音菩薩。本殿左奥にある三重塔は、この寺に隠れ住んでいた源範頼が頼朝挙兵に従い、この地の領主となった際に建立したとされ、吉見御所と呼ばれ、地名として残っている。県指定の文化財。

110508203 さて花はヤマツツジ、広大な境内には多くのマツ、スギ、ケヤキの木々に混じってこの季節の彩りを加えている。盛りは一寸過ぎた感じであった。

110508204 それに続くサツキであるが、こちらは一寸遅れているようで、庫裡の脇に植えられた生垣もまだ蕾の状態だった。

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2011年5月 9日 (月)

フジ古木ところ狭しと枝を延べ

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110508102 寺社集印=埼玉・本庄
        児玉町

東国花の寺百ヶ寺=埼玉4番・「骨波田(こっぱだ)のフジ」で知られる大用山・長泉寺(ちょうせんじ)を訪ねる。境内ご覧の通りフジ棚で埋めつくされている。

110508103樹齢250年の白フジに驚いているとその奥には550年というムラサキナガフィジの古木の棚が並んでいる。 埼玉県指定の天然記念物に指定されているとのことである。

110508104 骨波田の地名は、桓武天皇の時代(781-806年)坂上田村麻呂が東征の際、地元住民を苦しめていた大蛇を退治して、その骨をこの地に埋めたことに始まるようだ。
曹洞宗のお寺で、ご本尊は釈迦如来。この季節に咲くツツジも見事であった。
(写真をクリックすると拡大。)

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2011年5月 7日 (土)

根津の宮つつじ祭りで大賑わい

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110504002 下町散歩

つつじと云えば下町では文京区千駄木の根津神社。4月9日から5月5日まで「つつじ祭り」と聞いて5月4日に慌てて参拝した。

110504003 ゴールデンウイークとあって大変なにぎわい。本殿参拝も列をなし、ツツジ園の入場にもさらなる行列ができていた。こちらは行列の頭越しにシャッターを切る始末。

110504004_2 本殿左手にある乙女稲荷神社もあふれる人で一杯。七千坪の丘に数十種・三千株のツツジが植えられているそうだが、満開の時期を合わせるのはなかなか難しいようだ。
根津神社は日本武尊が創建したといわれる古社、東京十社の一つ。六代将軍・家宣の定めた天下祭は江戸三大祭(神田祭と山王祭)の一つとして有名である。
(ブログ07年9月30日号参照・写真をクリックで拡大)


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2011年5月 5日 (木)

天神さんスカイツリーを背負ってる

110502001
110502002 下町散歩

フジの花と云えば下町では亀戸天神さん。5日まで「藤まつり」と聞いて、5月2日久しぶりに参拝した。

驚いたのは天神さんがスカイツリーを背負った格好。確かに押上と亀戸では距離は近いのだが、位置関係が本殿の左後ろに聳えるとは想像していなかった。藤棚の隙間からも垣間見ることが出来る。

110502003 池を巡る藤棚は見事な花をつるしていた。祭りと云うと、ここでも屋台がずらりと並んでいた。朝のうちだったので、参拝客はそんなにおらず、自称カメラマンがうろちょろする程度だった。

110502004 前回はと記録を見ると07年5月5日の子供の日(ブログには07年5月10日号掲載)に訪れていた。やはりこの時期を選んでいた。この天神さんは東京十社の一つに数えられ、都内の寺社集印で寄らせてもらっていた。

名物「船橋屋のクズモチ」を買って帰る。
(写真をクリックすると拡大。)

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2011年5月 3日 (火)

夏も近づく八十八夜・・

6

Photo_2 上野散歩

山は桜が終わり、牡丹も終わりに近づいた。前号紹介のサツキのように、八十八夜を過ぎて、季節は夏に向かう。

見事な色で輝いていた大型の牡丹も花びらの縁が焼けて来た。フジは如何か・・・。

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2011年5月 1日 (日)

やっかいな放射能の汚染水

2010_5_2
Photo 今日から5月、すっきりした「五月晴れ」を期待したいものだ。

今月も荒良寛さんのカレンダーを紹介する。
「水」と聞けば「大津波」、それから「福島原発」「水道水」の「放射能汚染水」を連想するという情けない世の中になったものである。また低きに集まる「ガラクタ野郎」も厄介なものではある。
季節は見事な草花を送ってくれている。これは「清き水」のお陰ではあるが・・・・。

Photo さて東京スカイツリー、月末28日15時30分現在の定置撮影。天気はいいのに、どんよりと霞んでいる。黄砂の影響か。

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