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2010年12月27日 (月)

難かしいが普通に生きるが一番よ

荒 了寛氏のカレンダー

2010_

来年も毎月一日に荒良寛(あら・りょうかん)氏のカレンダーを紹介します。
その前に氏の略歴と近況を御紹介しておきます。

     *** 荒 了寛 ***
1928年福島県生まれ。大正大学大学院で天台学専攻。天台宗米国ハワイ開教総長、大僧正。
主な著書に「慈しみと悲しみ」「人生の要領の悪い人へ」「娑婆を読む」「ハワイ日系米兵~私たちは何と戦ったのか」「生きるとは」など多数。
独自の技法で仏画を描き、度々シルクロードに取材旅を重ね、画文集「慈しみと悲しみの仏たち」「シルクロードの仏を描く」などがある。
毎年アメリカ本土、日本各地で個展を開催、今なお{仏画伝道}を続けておられる。

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2010年12月26日 (日)

時代が変わり戦争が変わる

1218100 連合艦隊旗艦「三笠」見学

米軍基地の正面ゲートを通り過ぎて、整備された三笠公園の奥に≪三笠≫は固定されていた。正面には帝国連合艦隊司令長官・東郷平八郎の銅像が立っている。写真には見たが、つくづくと眺めたものである。


1218101 コンクリーで岸壁に固められた≪三笠≫の後部を一枚。今日はドでかい空母、それに近代的でスマートなイージス艦、また海自の艦船を見て来たので、小さいのに驚きを感じた。それと驚いたのはマストの高いこと。目視で見張りをし、手旗信号を通信手段にしていた当時が偲ばれた。

1218102 また本船正面の主砲の太くて長いこと。これもよく写真で見かけた懐かしいものだ。時代は変わったものではある。
これで横須賀訪問はすべて終わった。お天気に恵まれ、引率してくれた幹事に感謝。
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2010年12月25日 (土)

艦船の種類は多し海自基地

横須賀軍港巡り 5

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1218033 東京湾を右に見て住友重機のドックから海上自衛隊基地へと入る。米軍基地エリアとは地図の上から見ると半分以下の広さで、艦艇もデカイ物を見て来た後だけに心なしか小柄なものに映った。数と種類は護衛艦、給油艦、物資輸送艦、掃海艇
などなど豊富だ。

1218034 とても覚えられるものではないが、船尾に日の丸を掲げ、海外支援に出動した艦艇には頭の下がる思いであった。
新井の掘割水路を抜けて、一旦軍港巡りは終わった。続いて「戦艦・三笠」見学に回る。

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2010年12月24日 (金)

ド迫力ガーンと迫る空母かな

横須賀軍港巡り 4

1218021
1218019 湾内を右折した所に今日の本命「原子力空母ジョージ・ワシントン」がいた。飛行甲板が300mと聞いていたので、客船クイン・メリーとほぼ同じと思っていたが、やはり空母となるとド迫力が違った。

1218022正面から見ると南カリフォルニア・サンディエゴ基地で見て来た空母と同じ型なのだろう。私の描いた絵と同じで、慌てて見比べた次第だ。

(つづく
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2010年12月23日 (木)

ハイテクを満載したるイージス艦

横須賀軍港巡り 3

1218014
1218016 港の中はどっちを見ても米軍のイージス艦が目立つ。このエリアは米軍基地であるからやむを得ない。ところでこの頃はかってのように戦艦、巡洋艦、駆逐艦などの分類は無くなったようだ。確かにイージス艦と空母、それに潜水艦があれば、制海権・制空権は握れるのだろう。大きな大砲の時代は過ぎたのだ。

1218017 小粒ながらハイテク兵器の塊りのようなのがイージス艦だろう。横から見るとなかなかスマートなものである。

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2010年12月22日 (水)

この場所で潜水艦を五隻見た

横須賀軍港巡り 2

1218002
1218011_2 ボートに乗って最初に米軍エリアにいた海上自衛隊の潜水艦二隻。ピッチリ並んでいる。頼もしい限りである。対をなして整備しているのだろう。

1218012 次に見えて来たのが三隻の潜水艦。これもピッチリ並んでいる。自衛隊は18隻の潜水艦を保有しているそうだが??ここで五隻にお目にかかったことになる。

1218013 こちらではシャワーを掛けて、清掃中のようである。海の守りはがっちりお願いしたいものである。鯨のような黒い潜水艦と云う奴は沈んでいる部分が多いのだろうから、停泊中は写真はなかなか難しい。
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2010年12月21日 (火)

軍艦があふれているぞ横須賀港

横須賀軍港巡り 1

1218004
1218003 18日、船好きの仲間6人と横須賀軍港巡りのクルーズに出かけた。お天気に恵まれ、風もなく、しかも米韓合同演習から帰還したと伝えられる米艦隊の大半が見られるであろうと、期待して出掛けたものである。

1218005 乗船まで一寸時間があったので、脇の公園で、港の全景を丘の上から撮っておこうと散策したのであるが、どっちを向いてもアメリカのイージス鑑がどうしても入ってしまう。これが軍港である横須賀の姿なのだろう。
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2010年12月18日 (土)

この時期に存在感増すおばけ灯篭

10129 ゆく秋を追って上野散歩 3

前回、年中色のある境内と紹介した上野東照宮だが、夏ミカンの中に「ゆず」もあると初めて聞かされた。小さな拳を握りしめたように、これまた輝いていた。

101210 上野精養軒に抜ける「うなぎ屋」さんの小路にも、天にも届けと云わんばっかりに、枝を一杯広げた小ぶりの楓が数本並んでいる。
ここも毎年のように撮らせてもらう紅葉スポットである。

101213 やはり東照宮の敷地内なのだろう「おばけ灯篭」と呼ばれる大きな石灯篭がある。ここは境内から一寸離れていることもあって、余り知られず、いつも冴えない存在のようだが、この時期には、バックに華やかなオーケストラを率いる如くに堂々としてる。存在感十分である。

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2010年12月17日 (金)

物陰にパッと色ずく紅葉かな

ゆく秋を追って上野散歩 2

10125
10124 東京都美術館の裏道は紅葉の綺麗な場所の一つと心得ている。今年も晩秋にご覧のような、見事な色合いを見せてくれている。動物園の垣根に沿ってあるため、迫力には一寸欠けるかも知れないが・・・。

10127 上野東照宮は正月から冬ぼたん、春先のこぶし、桜並木、夏ミカン、黄葉と一年中色を楽しませてくれる境内である。牡丹園の中にある紅葉は垣根越しにハーモニーを奏でている。
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2010年12月16日 (木)

足早に上野の山を秋過ぎぬ

ゆく秋を追って上野散歩 1

1012
10122 12月も半ばを過ぎると上野の山にも「ゆく秋」を実感させる、赤いものが終わりに近づく。
2~3日前から気にしていたのだが寛永寺の鐘楼脇。まだ間に合って比較的色合いが出せたと自賛する。

10123 中は児童図書館の正面にある、最近移植された樹木。名前は不明ながら枝ぶりが良く、いい色を出していた。日の丸が今日出ているが何の日や。

芸大角の信号脇のイチョウの木。哀れにも北側半分が、葉をそがれた状態だ。足早に秋は行く。

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2010年12月12日 (日)

ご朱印帖(福島県)

北国(福島)のご朱印帖

3311 香積山 天王寺(てんのうじ)
奥州33観音第11番札所
福島市飯坂町字天王寺11
TEL 024-542-2439
参拝 2010年12月5日
記事 2010年12月10日参照

3312 大悲山 観音寺(かんのんじ)
奥州33観音第12番札所
伊達郡桑折町万正寺字坂下町20
TEL 024-582-3072
参拝 2010年12月5日
記事 2010年12月9日参照

3313 明王山不動院 大聖寺(だいしょうじ)
奥州33観音第13番札所
伊達郡桑折町上郡字観音沢30
TEL 024-582-2906
参拝 2010年12月5日
記事 2010年12月8日参照

03 中野山 中野不動尊(なかのふどうそん)
日本三不動
福島市飯坂町中野
TEL 024-542-2100
参拝 2010年12月5日
記事 2010年12月11日参照 

ご朱印をクリックすると拡大。

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2010年12月11日 (土)

中野山成田と菅谷の三不動

10123_2 北国寺社集印(最終回)

観音三ヶ寺が比較的近くにあり、予定より早めに巡拝が終わったので、米沢まで走るかと思い国道13号線に入ると、左手に日本三不動の立看板を発見、躊躇なく入って行った。三不動の意味はこの近くにある千葉の成田山・新勝寺、新潟新発田市の菅谷不動尊(すがたにふどうそん)とのことであった。

1012_2 本堂には(写真左)ご本尊の厄除け不動明王が祀られている。明治36年大本山・永平寺64世の森田悟由禅師が建立し、それまでの修験道を「曹洞宗」に改宗したお寺だという。

10122_2 大日堂(写真左)は開山800年を記念して、昭和55年に建てられたという。上下二層からなり、上層には大日如来と般若心経三万巻が納められ、下層は顕霊門・洞窟巡り正面入り口になっている。
この洞窟はかつて修験者の道場として刳り抜かれたもので、現在は36童子が祀られているという。
お堂の右奥が不動滝(トップ写真)歳祭り「水行」の場となるそうだ。

このほか「とげぬき地蔵」「あんど釜」など、裏手には多くの石仏群が祀られている。

(おわり)写真をクリックすると拡大。

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2010年12月10日 (金)

一帯は自然公園天王寺

北国寺社集印(3)

1012
奥州33観音霊場第11番札所 香積山・天王寺(てんのうじ)。
10122トップ写真は本堂。 左の写真は観音堂。これは香積観音堂と呼ばれ、尊像・聖観世音菩薩(恵心僧都の作とされる)
のほか、聖徳太子の作と伝えられている等身大の毘沙門天が祀られているという。
寺の地域は天王寺自然公園として風景も良く、参詣者も多い。また国指定重文の経堂がある。

10123 子育て地蔵堂や多くの石仏、石碑が境内一帯に祀られ、飽きさせない場所ではある。

そもそも用明帝の時代に厩戸皇子が物部守屋を討って、仏道修習のため四方に設けられた四天王寺であった。幾多の変転の後、智鑑禅師が再興、さらに伊達の家臣・飯坂宗康が再々興したものとされる。
(つづく) 写真をクリックすると拡大。

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2010年12月 9日 (木)

その歴史偲ばるるかな観音寺

北国寺社集印(2)

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奥州33観音霊場第12番札所 大悲山・観音寺(かんのんじ)おなじ伊達郡桑折町にある。

1012_4 浄土宗のお寺でご本尊は聖観世音菩薩。写真トップの観音堂は立派なもので、小高い丘の上にあり、元禄二年に半田銀山経営の篤信家・野村勘右衛門の寄贈により再建されたものと云う。尊像は255㎝の坐像、脇仏の不動明王、毘沙門天ともに重文に指定されている。このほか多数の寺宝が残り歴史の古さを偲ばせる。

1012_002 また中腹の石垣のたもとに石塚、墓石、石仏が点々と祀られているのが印象に残った。
(つづく)
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2010年12月 8日 (水)

千年の歴史を誇る古刹かな

1012
北国寺社集印(1)

今年の北海道・東北の集印旅行は終わりと思っていたが、師走に入ってもポカポカ陽気が続いているので、東北自動車道・福島まで走ることにした。

1012_2 奥羽33観音霊場第13番札所(福島・桑折町)明王山不動院・大聖寺(だいしょうじ)を参拝。この辺は果物の産地。今年の取り入れは終わっているが、あちこちに即売店が出ていた。
写真左は本堂。真言宗のお寺で、ご本尊は聖観世音菩薩。札所の観音堂はトップ写真。本堂左手奥の高台にある。
観音堂の由緒書によると坂東百ヶ所の霊仏であった名取に、熊野三山を勧請した老女・旭によって草創されたとある。また藤原秀衡が中興ともある。これからすると千年もの歴史ある古刹ということになる。
(つづく)写真をクリックすると拡大。

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2010年12月 4日 (土)

散策は「六道の辻」にて終わりなり

京都東山散策(最終回)

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1011238 清水寺から、足を引きずりながら降りて来た。大変な混みようである。通りを横切り、さらに下ると「六道の辻」に辿り着く。「輪廻転生」人はその死後に地獄道、餓鬼道、畜生道、修羅道、人道、天人道の六世界のどこかに行くといわれている。

六道珍皇寺
閻魔王宮の役人が控えると伝えられる「冥途通いの井戸」が本堂の裏にあるというが、公開されていない。

1011241 六波羅密寺
西国33観音霊場第17番札所で、1008年10月6日に一度参拝していた。
平清盛ゆかりの寺で、宝物館がある。境内にも石塔、地蔵さん(トップ写真)石仏などが祀られている。

1011240 西福寺
嵯峨天皇の壇林皇后は弘法大師に深く帰依、親王の病の平癒をこの寺で祈願された。そのことから「子育て地蔵」と呼ばれるようになったという。
(おわり)写真をクリックすると拡大。

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2010年12月 3日 (金)

町内から持ち込まれたる石仏群

京都東山散策(4)

1011220
1011209 成就院参道(仁王門に上がらず左手へ)途中に千体余の石仏が祀られている。大日如来、千手観音、地蔵菩薩など多種多様で、古くは鎌倉時代の物もあるとか。明治の廃仏毀釈によって、市民が各町内に祀ってあったものを清水寺に運び込んだものだそうだ。

1011222 百体地蔵堂
釈迦堂と阿弥陀堂との間の奥にある。子供を亡くした親たちがその子に似たお地蔵さんを探して、それぞれ供養しているという。


1011228 石仏探しで下ばかり見て歩いていたのだが、ふと見上げると山は見事に紅葉している。またメインの写真のように本堂舞台は観光客であふれ、あたかも石仏が並んでいるようにさえ見えた。
一方、舞台櫓の土手のあちこちに、やはり前記のように持ち込まれた石仏が、点々と多く祀られているのには驚かされた。(つづく。写真をクリックすると拡大)

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2010年12月 2日 (木)

三面大黒に首振り地蔵

1011102 京都東山散策(3)

三面大黒天
昼食後、清水寺に向かってぶらぶら歩いていると東山八百伊大黒天の社があった。ここの大黒さんは三つの顔(正面と左右)を持つておられる。どういうことなのか、後で調べねばならない。
1011103 写真左がそれで、次に・・・。

土曜日とあって路地裏も大変なにぎわいぶりである。


1011201 地蔵院善光寺堂・首振り地蔵
本堂右側に首がぐるりと360度回るお地蔵さん。(写真左の赤い帽子) 願いのある方向にお顔を向けて、願い事をすると叶うという。首を回してお願いすると金運、商売繁盛の御利益があるそうだ。
(つづく)
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2010年12月 1日 (水)

誰もみな明日のことは分からない

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1011 上野散歩
今日から12月師走入りである。江戸ではこのところ暖冬気味のポカポカ陽気が続いているので、年末の感じはまだ受けない。
10112_21011_2 だが 駅前のビルでは恒例になりつつあるサンタのビル昇り人形が飾られた。
一方、スカイツリーの作業も順調に進んでいるようで、定置撮影の結果(11月29日)は右の通り。

更に荒良寛先生のカレンダー英訳は次の通り。
We continue to live,because do not know what tomorrow holds.

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