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2010年9月30日 (木)

北欧のおとぎの国かオーレンス

QM2 ノールカップ・クルーズ復路 25

港のすぐ上にアクスラ山があり、そこの展望台からオーレンスの町を一望する。眼下には「北欧のおとぎの国」が展開していた。

0201_0824 半島の左肩にわがクイーンメリー2世号が停泊している。
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次回26号は10月5日から掲載予定です。

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2010年9月29日 (水)

草花が緑に飢えた目を癒し

QM2 ノールカップ・クルーズ復路 24

0201_0824_2_30201_0824_1
10日にわたる北極圏の船旅で、海、岩山、ツンドラと緑に飢えていたものだから、オーレンスの街中ではやたらと緑が鮮やかに映り、草花が美しいと感じるものなのだ。大聖堂でも中を見学するより、正面右手に造られた花壇にずっと見とれたものだ。

0201_0824_3_3 0201_0824_4

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2010年9月28日 (火)

大火後の復興見事オーレンス

QM2 ノールカップ・クルーズ復路 23

0201_0824_3 本船は8月24日AM8:00第7の寄港地オーレンスに到着、接岸する。静かな朝を迎えている。
0201_0824_2_2 9:00集合と云うのでデッキから眺めると、ぼつぼつ下船が始まっているようで、岸壁には両国の旗が掲げられて人の動きもみられる。
町は整然と建ち並び、高層ビルはないけれどもユーゲント・シュティール建築で有名である。(前号蛇足で紹介の大火後の復興による
)人口は3.7万人、ノルウエー内でも規模の大きな港町で、盛んな漁業はタラ、ニシン、カニの水揚げを誇っているという。また家具の製造業も盛んなようだ。
0201_0824_3_2 そう云われると海から、あるいは運河からの眺めが美しい。飽きない風景ではある。魅力的な町ではある。早速町に出てみよう。
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2010年9月27日 (月)

本船は北極圏ぬけ南下中

0201_0822 QM2 ノールカップ
    クルーズ復路 22

本船は22日18:00 北極圏の町トロムソを発ち南下する。船長の計らいで航路を若干変更して、海鳥の群生するフィヨルドの島々を縫うように進んだようだ。
0201_0822_2 私の右舷キャビンから十分に楽しめ、またフィヨルドに別れを告げられた。だんだん夕闇の中を消えてゆく。
外海に出ると第3の寄港地ロフォーテン諸島沖を通過、夜中に再び北緯66°33′44”を跨いで北極圏から脱出する。
0201_0822_3 本船は23日終日かけて南下をつづけ、第2の寄港地トロンハイム沖も通過して、24日8:00第7の寄港地、南部のオーレンスに到着予定。
終日航行となると船内の催しものが、盛り沢山だが、参加する気もなく、旅も半ばを過ぎたことでもあり、キャビンでゆっくり寛ぐ。
0201_0822_4 どのキャビンにも油絵が二、三点づつ掛けてあり、私のところのお気に入りを一点紹介する。明るい港町であろう抽象画である。海を眺め、ナビ画面を覗き、横目で絵画を鑑賞するといつた具合だ。

{蛇足}第7の寄港地オーレンスは大西洋に面するフィヨルド地帯、三つの島からなる。漁業、造船、海運の中心地となっているという。1904年1月23日の大火はノルウエー最大なもので、深夜2時から出火、16時間も燃え続け、一万人が焼け出されたという(死者はたったの1名)。その後アールヌーヴォースタイルの建物がどんどん導入され、芸術性の高い、大変お洒落な町に変身したのだという。
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2010年9月26日 (日)

何もかも「最北」と云うトロムソの街

0201_0822_6 QM2 ノールカップ
     クルーズ復路 21

北極圏最大の町トロムソに到着。第6の寄港地である。まづは北極圏博物館を訪ねる。木造の建物で(写真上)捕鯨銃が海に向かって据付けられている。まさに北欧風で、かつての捕鯨基地を暗示している。

0201_0822_2_2なかは北極を目指した先達の資料、その歴史、携帯品、北極の動物達の剥製、写真など盛り沢山である。帆船は胴体がズングリしており、スピードより氷の海で押しつぶされない工夫がされているのが面白かった。
0201_0822_7 町のメイン・ストロガータ通を散策したが日曜日とあって、殆どの店は閉まっており、閑散としていた。騒々しいより結構だ。
ノルウエー最大といわれる木造の教会では赤ちゃんの洗礼式が行われていた。
北極圏最大の街とあってなんでも「最北」と云うことになる。まずトロムソ大学。丘の上にあり、町が一望された。左手に本土と結ばれるトロムソ橋(1036m)が見えた。(写真下)。
0201_0822_8 それから「マック」という「最北端」のビール工場があるそうだ。以上のようにトロムソは北極圏にありながら、メキシコ湾流の影響で、緯度の割には穏やかなところとされ、水産業の町であると同時に学術都市でもあり、、白夜、オーロラなど北極圏特有の自然を体験できる観光地でもある。
0201_0822_3_3 のこぎり歯のような漁港の建物を眺めながら本船は18:00に第7の寄港地オーレンスへむかう。明日は北極圏を抜けて終日航海となる。
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2010年9月25日 (土)

フィヨルドを縫って6番目のトロムソへ

0201_0822_5 QM2 ノールカップ
     往復クルーズ 20

8月21日最北の地ノールカップに足跡を残し、21:00 ホニングスヴォーグ港を出港して復路にはいる。フィヨルド地帯を縫うように南西に進み、第6の寄港地トロムソまでクルーズしている。
0201_0822 キャビンからバルコニーの先に移り変わる島々を眺めながらのクルーズは楽しいものである。

{蛇足}明朝寄港するトロムソは北緯70°に位置する北極圏最大の町、周りを島々に囲まれ、ノルエー本土とはトロムソ橋(1036m)で、また海底トンネル(3.5㎞)でそれぞれ結ばれているという。
0201_0822_2 19世紀に北極圏での狩猟や漁業が活発化するに伴い、その交易の拠点になり、19世紀終わりには北極探検の出発点としても有名になった。

0201_0822_3 ロアール・アムンセン、ウンベルト・ノビレ、フリチョフ・ナンセンといった探検家たちは、トロムソで北極圏の経験を積み、また隊員を募集したりしたようだ。こうした活動で町は発展し「北欧のパリ」と呼ばれるようになる。
0201_0822_4    *****
8月22日AM6:00 本船は港に接近、座標を見ると北緯69°52′東経20°05′を示している。今日はお天気は回復するようで、気温は11℃とやや暖かくなってきた。
岸壁に綺麗な船が泊ってる。フィヨルド・クルーズか北海クルーズの定期船のように見受けられた。下船間近である。
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2010年9月24日 (金)

極寒のツンドラ地帯も観光の波

QM2 ノールカップ往復クルーズ 19

  1. 2010_0821_2 8月半ばと云うのに寒風吹きすさぶノールカップ岬からバスに飛び乗りQM2 の投錨するホニングスヴォーグ港へ帰る途中、放牧を主業とする少数民族サーメ人の集落に立ち寄る。観光用の民芸品などを商う所で見るべきものは無かったが、そこで飼われているトナカイは見事だった。また住人の民族衣装が特徴的だった。
    2010_0821 周囲は水たまりの点在する平原が展開している。氷河が削り取った地形で、樹木は殆んど育たない、地盤は岩で、雑草に覆われた、いわゆるツンドラ地帯が果てしなく続いている。船から見た航空母艦の飛行甲板のような,海面から307mの台地に乗っかっているわけ。
    0201_0821_3 こんなツンドラ地帯にもホテルの建設がボツボツ進み、観光の波を感じた。
    バスはホニングスヴォーグ港に到着。テンダーボートに乗る前に港の風景などパチリ。

    2010_0821 天気は芳しくない。本船は夕食の終わった20:45 復路についた。座標は北緯70°58′東経025°56′フィヨルドの間を抜けて次の寄港地トロムソに向かう。
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2010年9月23日 (木)

北の果て背中を丸めて撮影し

2010_0821_3 QM2 ノールカップ
      往復クルーズ 18

8月21日14:00 本船はマーゲロイ島ホニングスヴォークの沖に到着、投錨する。我々はテンダーボートで「ヨーロッパ最北の地」に上陸する。
バスでノールカップ岬に向かう。小一時間で岬のセンターに到着。早速モニュメントの所まで出て行ったが、気温4℃と云うが曇り空に強風とあって体感温度は0℃前後、みんな震えあがった。さすが最北の地だ。北緯71°10′21”
2010_0821_2 そこからさらに最先端まで行って覗いてみたが、その下は船から見上げて来た300mの絶壁なので、ぞっとしてストップ。これから先は広い北氷海、その先の北極点までは2100㎞あるという。

2010_0821_4 その位置から左(南方向)
を向いてもう一枚撮って退散。





2010_0821_4_2 広場ではみんな背中を丸めて記念撮影に余念がない。それでも一応はモニュメントまではみんな向かって行く。ご苦労さんです。


2010_0821_5 船から見上げたセンターにはレストラン、喫茶店、シアター、みやげ物屋などが入っていた。お天気のせいで、大賑わいだ。

途中に見て来た少数民族サーメ人の部落に立ち寄って、ツンドラ地帯を抜けてホニングスヴォーク港に帰る。
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2010年9月22日 (水)

来ましたよ最北端のノールカップ

QM2 ノールカップ往復クルーズ 17

2010_0821 8月21日AM7:14 ナビ画面を見ると本船は北緯70°55′東経21°25′にあり、先端のノールカップ沖通過(予定では12時ごろ)にはまだ時間がかかりそうである。気になるのはお天気で、ロフォーテン出港のころから怪しくなってきた。

2010_0821_1 11:20 前方に「すり鉢」を返したような目的地のノールカップ岬がかすかに
見えて来た。空にはどんよりとした雲が覆いかぶさっている。

2010_0821_211:58 岬が真正面に接近してきたので、本船との距離を見るために焦点距離28mmで、バルコニーを額縁ににて、全景を撮った。肉眼で見たものより半分ぐらいの大きさだと思う。

2010_0821_4_212:03  絶壁を見るために拡大してみると岩肌はギザギザしており、ほぼ直角に近い角度で海中に潜り込んだ感じが、よくわかる。

2010_0821_5 12:06 さらに頭の部分を拡大してみると、かすかに岬のセンターの建物がみえる。
本船は更に東南方向に迂回して、丁度裏側に当たるホニングスヴォーグ沖に14:00 投錨する予定で、テンダーボートで上陸、あの岬の先端までバスで向かうことになっている。それにしてもお天気が悪く、寒そうな感じである。
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2010年9月21日 (火)

バイキング警戒心は強かった?

QM2 ノールカップ往復クルーズ 16

2010_0820
ロフォーテン諸島を去る前に、近くのバイキング博物館に立ち寄る。岡の上に目立たないように平べったく建つ館は、結構長いもの。
2010_08204 みやげ物屋が立ち並ぶ一軒で軽い昼食をとり、
角の家でチケットを売っていて、さらにダラダラ坂を登る。食用にしたのだろうデッカイ豚が飼われていた。
2010_08205_2 中に入ると当時のバイキングが使っていた生活日用品、織物の機械、ベットルーム、台所などのほか、戦の道具類なども展示してあった。中でも注目は、ベットが極く小さいこと、彼らは座って寝ていたようである。敵の襲来に備えてのことだと見受けられた。目立たないように、点々と居所を移動していたようである。そう云えば、家具類はすべて組み立て式・木造で移動しやすいようになっていた。
2010_082012テンダーボートで本船に帰り、夕方17:00目的地ノールカップへ向け出港した。座標は北緯68°06′東経13°35′を示している。
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2010年9月20日 (月)

点々と漁師の家が温もりを

QM2 ノールカップ往復クルーズ 15

2010_08201 美しいロフォーテン諸島のドライブだが、このガイドさんに現地の魚師に嫁いだ日本人「レイコさん」があたる。「よくぞ!」と感心したものだ。
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切り立った岩場は前号で紹介済みだが、この島の産業は観光と漁業。入り江には点々と木造民家が点在、殆どが漁師の住まいと云う。写真右は最南の町レイネ。たら、にしん、鯨のほかアンコウ、甘エビ、など豊富のようだ。
2010_08209 2010_082010



上の写真は最近始まったというサーモンの養殖網、右はタラを乾燥する棚。
見事に男性的風景に生活の温もりを与え、美観をひきたてている。
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2010年9月19日 (日)

アルプスを海に浮かべたロフォーテン

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QM2 ノールカップ往復クルーズ 14 

ロフォーテン諸島は主に四つの島からなり島々は橋・または海底トンネルで結ばれているという。
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ノルウェー本土とは広いヴェスト・フィヨルドで仕切られ、典型的なフィヨルド地帯。「アルプスの頂を海に浮かべたよう」と形容されるように、海から岩肌をむき出した崖が林立して海に落下している。最も高い山は海面から1161m、北のヴォーゲン島にあるという..

2010_082011 写真をクリックすると拡大。

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2010年9月18日 (土)

本船は北極圏に突入せり

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QM2 ノールカップ往復クルーズ 13

2010_08202_2 8月20日深夜、2:40頃 北緯66°33′44”を通過して北極圏に入るというので、眠い目を凝らして2:22 に左のナビ写真を撮った。この時に本船は北緯66°27′20”の位置にあり、赤い点線間際まで接近していた。ついウトウトして目覚めた2:50 にはナビは北緯66°37′を示し、すでに北極圏に突入していた。大失敗!!!。

2010_0820 8月20日9:00第3の寄港地ロフォーテン諸島のうち南部のレクネス沖に投錨。座標は北緯68°06′東経13°35′を示していた。沖止めなのでテンダーボートでの上陸。
ロフォーテン諸島は手つかずの自然の残る、世界で最も美しい場所といわれる風光明媚な四島から成っている。フィヨルドの典型的な地形で、「アルプスを海に浮かべたよう」と表現されている。それらを次回に紹介。
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2010年9月16日 (木)

大聖堂静かに眠るオーラヴⅡ

QM2 ノールカップ往復クルーズ 12

Photo
川越しにニーダロス大聖堂のタワーが見えて来た。美しい眺めである。ここに架かるかってのハネ橋を渡って敷地内に入る。
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3 現在は固定され車も一方交通で通れるので大変な混雑振りである。これこそトロンハイム観光の最大スポットになっている。第7号{蛇足}で紹介したオーラヴⅡが聖人に列せられ、祀られている。

これでトロンハイムの下船観光は終わり、バスで本船に帰る。
17:00本船は早めに次の寄港地ロフォーテン諸島に向け北上するが、途中北緯66°33′44” を通過して北極圏に突入するという。
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2010年9月15日 (水)

あちこちに水との調和見られけり

QM2 ノールカップ往復クルーズ 11

2010_08194_3 トロンハイム市内散策 町中あちらこちらに入江が入り込み、それに沿って道路・橋梁が整備されている。上の写真の橋はコンクリート造の頑丈な橋だが、欄干に花を植え込んだしゃれた橋。花橋と呼ばれているようだ。
2010_0819 2010_08193_2 フィヨルド地帯の特徴である入組んだ入江との共存があちこちにみられ、水との関わりの深さを感じさせられる。水のある景色は美しい。またこれだけ海に近くありながら、汐の匂いを感じないのは淡水がかなり混じって居るからなのか。さわやかである。
2010_08195_3 2010_08192 写真をクリックすると拡大。

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2010年9月14日 (火)

基地からは北の大気を満喫す

2010_08194_2 QM2 ノールカップ
   往復クルーズ 10

トロンハイム下船観光。バスでクリスチャン要塞に移動。今でも軍が管理しているようだがたいした基地ではない。ここからも市内を一望できた。幸いいいお天気に恵まれ、北の大気を満喫した。
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{蛇足}
1940~45年、ナチスドイツに占領され、トロンハイムは、良港とあってUボートの基地になっていた。さらに南東15㎞の位置にドイツ海軍最大の基地を造る計画もあったようだが、これは挫折した。遺構は僅か残っているという。

市内に降り、町中を散策、ニーダロス大聖堂に向かう。
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2010年9月13日 (月)

本船は高台からは背を向ける

QM2 ノールカップ往復クルーズ 9

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第2の寄港地トロンハイムの下船観光。本船全景が撮れないものかと一足先に下船、埠頭を歩き回ったが、建物が近すぎていて不可能だった。
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バスでまず市内の高台に登り市内眺望を試みた。本船はよく見えたがバック・スタイルだった。
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つぎにクリスチャン要塞を訪ねる。
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2010年9月12日 (日)

今もなお学術・経済の中心なり

QM2 ノールカップ往復クルーズ 8

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本船は8月18日AM8:00 トロンハイム港に入港、突き出した岸壁に接岸する。
2010_08192_2 接岸作業をデッキ7から見届けて9:30からの下船に備え早々に朝食。
本船からの街並みは美しく、歴史の重みを感じさせられる。

2010_08192_5 {蛇足}
トロンハイム=ニーダロスは政治の中心・首都の座を1217年に失ったものの、いまだにニーダロス大聖堂はノルウエー大司教座の所在地であり、宗教改革までの時期を通じて、北ヨーロッパ最大の巡礼地であった。
ノルウエー国王のみならず、後のデンマーク・スウェーデン支配の時代にも、しばしばここで王の戴冠式が行われたという。
ノルウエー中部に位置する港町であるため通商・交易が発達していた。
数々の大火を経て、現在は道幅は広く、碁盤の目状の街並みがきれいに整備されている。
さらに学術の中心地としても栄え、1760年設立のトロンハイム学会はノルウエー学術協会の母体を成しているという。
写真をクリックすると拡大なり

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2010年9月11日 (土)

本船はフィヨルド内を進行中

2010_0819
QM2 ノールカップ往復クルーズ 7

2010_08192 8月19日 朝、目覚めると静かな海面にゴツゴツした岩の連なりがみられ、点々と家が見える。フィヨルドの中を進行しているようだ。目的地トロンハイムは近いようだ。
2010_08193 橋をくぐった。こちらのテラス越しには右岸しか見えないが、左岸もかなり近いと推察される。
本船位置を確認すると北緯63°26′東経10°24′を示している。

2010_08194 映像を見ると、なるほど入組んだ地形の中を進んでいることが分かり、これがフィヨルドなのだと実感できた。
{蛇足}
トロンハイムは997年ヴァイキング王・オーラヴ1世がニード川の河口地帯に都を築き、ニーダロス=「ニードの河口」と呼ばれた。これがノルウエー最初の首都となった。
1030年キリスト教化に努めたオーラヴ2世は殉教。葬られた一年後、墓を開けてみると死体は腐乱しておらず髪と爪が伸びていたという。この伝説から彼は聖人に列せられ、その亡骸が移された聖オーラヴ教会の跡地にニーダロス大聖堂が建立された。
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2010年9月 9日 (木)

賑わえるハンザの都ブリッゲン

QM2 ノールカップ往復クルーズ 6

1 世界遺産ベルゲン・ブリッゲン地区に入る。ハンザ同盟時代の商館の立ち並ぶ地域だ。さすがに観光客で賑わっている。写真上の右側が魚市場になっていて昼時とあって賑わっていた。
2 海岸に面して立ち並ぶ木造商館は現在ではすっかり観光地化しており、いろいろな商品を出している。
雑踏を避け市の中心部を散策、早めにリムジンバスで本船に帰った。乗客の大半は出掛けたようで、船内は閑散としていた。

Qm2_2_316:30 出港とあるのでデッキ7の後部を覗いてみた。プールサイドでは日光浴のハダカがごろごろ。そうこうしているうちに専属バンドによるジャズ演奏が始まった。久しぶりのお天気でなかなか快適である。振り返ると高部デッキでも出港風景の見物客がチラホラ見られる。間もなくトロンハイムへ向け出港である。

Qm2_3_2 {蛇足}
ベルゲン大学は1946年に創設され1万7千人の学生と3千人の職員を擁する。また海洋研究所,NIFES,CMIなど複数の研究所、国の漁業管理庁がある。2000年にはヨーロッパの文化首都に選ばれている。
Qm2_5 ベルゲンは「7人の娘」と称される7つの山々が背後を囲んでいる。したがって古い名前は「山間の牧草地」と云われたほどだった。7山の一つ、海抜320mのフロイエン山にはケーブル・カーで登れるという。

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2010年9月 8日 (水)

観光のスポットとなるグリーク館

QE2 ノールカップ往復クルーズ 5

Qm28月18日午前8時 第一の寄港地ベルゲンに到着。
本船の座標をみると北緯60°24′東経05°20′
港から市内にリムジン・バスが運行され、町までこれを利用、そこからタクシーで作曲家グリークの館へ。5年振りの再訪問で懐かしく、まずお墓に。(写真上)
Qm2_2 ミュージアムが新設されるなど周囲の風景もだいぶ変わった。池の対岸にも民家の数が増えた気がする。この辺りから本格的なフィヨルド地帯に入るようでこの池もその一つ。
Qm2_2_2 池に広がる野外演奏場の入口。ここは変わっていない。その脇に垣間見える赤い小屋も健在だ。新設のミュジアム、それにかっての自宅(写真下)を一巡。時間を追ってQM2の下船観光客などが続々と訪れて来た。さすが人気スポットだ。

Qm2_3 {蛇足}
ベルゲンはノルウェー南西沿岸部の港湾・商工都市。フィヨルド探索の拠点で、ノルウェー鉄道の終着駅、また沿岸急行航路の出発点である。かってはヴァイキングの拠点があり、1236年にドイツのハンザ商人によって商館が建てられ、13世紀末にはハンザ同盟の四大重要都市として君臨した。海産物(タラ)の交易を独占したようだ。次号紹介の商館の立並ぶブリッゲン地区は世界遺産に登録されている。
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2010年9月 7日 (火)

花火揚げ大賑わいの船出とか

QM2 ノールカップ往復クルーズ 4

2010_0817_012 8月17日AM7:00本船の座標は北緯54°33′、東経07°18′外海に出て北上にかかるところ(写真上)。
今日はベルゲンに向け終日航海の日。
ところで昨夜10時のハンブルク出港は大勢の見物人の見守る中、花火をあげての大賑わいだったようだが、こちらは早々と寝ていた。
Qm2_2 朝食後、デッキ3の船内店や展示品など見ながら散策した。まだ本船全景の写真を撮る機会がなかったので飾ってある模型と絵画を入れてパチリ。また脇の郵便ポストも。

Qm2_2_3 {蛇足}
フィヨールドとは氷河が大地を削り海に押し出し、低い部分に海水が流れ込んだ地形。氷河が前進・後退を繰り返し、一方土地の隆起も始まり、長い入り江が形成された。ノルウエー西海岸はこのフィヨールドの連続で複雑な地形を形成している。前回訪ねたゲイランゲル・フィヨールドは代表的なものの一つで、全長=20㎞、最深部=437m、最大なものはハダンゲル・フィヨールド=全長179㎞、最深部=861mと云う。
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2010年9月 6日 (月)

「ハンブルク」レンガ倉庫はどこへやら

QM2 ノールカップ往復クルーズ 3

Qm2 8月16日午後、クイン・メリー2乗船のためにハンブルク港に向った。乗船手続きはスムーズに進み、キャビンは4095(右舷・25㎡・バルコニー付き)に決まった。恒例の避難訓練、それに夕食を済ませて、キャビンに帰った。
Qm22 さて、2005年7月に姉妹船クイン・エリザベス2にイギリスの母港サザンプトンから乗船、第一の寄港地として、ここハンブルクに立ち寄ったが、バルコニーからの写真のようにあちらこちらが工事中で、海にせり出すようになっている。港湾敷地の埋め立てと並行して、多くの建物が建てられている。かっての「レンガ倉庫群の風情」は遥か遠くに追いやられた感じ。

座標をみると北緯53°32′東経09°59′で、本船は22:30出港とある。
Qm23 {蛇足}
ハンブルクはドイツの北西部に位置する、ドイツ第二の都市。正式には「自由ハンザ都市ハンブルク」と称する。エルベ川の支流アルスター川の河口にある港湾都市で語源は「湾の城」。市域には数多くの運河が流れ、これに架かる橋の数はアムステルダムとヴェネツィアを合わせたより多いといわれる。また「ハンバーグ・ステーキ」の語源でもある。写真をクリックすると拡大。

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2010年9月 5日 (日)

馬車でゆくエリカ咲く丘時雨かな

Qm2_2_2 QM2ノールカップ往復クルーズ 2

8月16日夕刻の乗船まで半日ほどの時間があり、ハンブルク市郊外のリューネブルガーハイデにバスで向かう。
Qm2広大な砂地の丘陵は氷河期に氷河が大地を削り取り、その上に堆積物を薄く残したものとされ、 ハンザ同盟結成のころ、この堆積物から岩塩の産出が盛んで、樹木・農作物は殆んど育たず、まさに雑草だらけの原野と化したようである。
Qm2_3 偶然というか、ここに「エリカ」が群生し、この保護区として、一般車両の乗り入れが禁止となっている。そのため入るのは徒歩か馬車に限られ、これがかえって観光地として受けているというわけだ。時期的には一寸早いのか、それともたまたま小雨降る中なので色合いは冴えないが、近寄って見るとピンクの可憐な花がギッシリついていた。
Qm2_4 産業としてはそのほか頭と足の黒い羊の養産業、茅葺のデッカイ畜舎が風物詩となっている。
リューネブルク市庁舎の地下で昼食を摂り、ローレライの作者ハイネの家など横目で見ながらハンブルクへ引き返した。
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2010年9月 4日 (土)

暑い江戸涼を求めて北海へ

QM2ノールカップ往復クルーズ 1

2010_0815_010 8月15日成田11:00発AY074便にてヘルシンキへ、AY855便に乗換えハンブルクへ。所要時間は10時間20分と2時間で12時間20分。時差がマイナス7時間あり、現地到着は当日の17時40分。まずはハンブルク・ルネッサンに宿を取る。

不鮮明ながら上のナビ画像、中央部イギリス南部・サザンプトンを母港とするクイン・メリー2はドイツ・ハンブルクに向け航行中であり、明日16日午前に到着予定。我々は午後これに便乗することになる。
コースはスカンジナビア半島のノルウエー領西海岸(いわゆるフィヨールド海岸)を北端ノールカップまで往復しようと云うものだ。

2010_0815_011_3この QM2には今年春先にドバイ⇒シンガポール間に乗船したことがあり、シップ・データは本ブログ2010・02・17号参照。世界でも最大級の客船である。
またこのコースの半分ぐらいの距離か、ゲイランゲル・フィヨールドまでの往復を、2005年7月に姉妹船・QE2でクルーズしたことがある。
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2010年9月 3日 (金)

連日の猛暑で霞むツリーかな

Photo 先月の定置撮影ポイントから、久しぶりにスカイツリーを撮ってみた。連日の記録的猛暑のせいか、タワーも灼熱の炎をあげているように霞んでピンボケの感じ。

丈はさらに伸び、クレーンが昆虫の触角のように見える。作業している人々は毎日ご苦労さんである。

なお、QM2北海クルーズから帰還して一週間が経過、PCへの画像取り込みがトラブッテ、やっと明日から紀行文が掲載されそうである。順調にはいかないものである。

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2010年9月 1日 (水)

お互いに気をつけようぞ「そのひと言」

130 今日から9月入り、暑い暑いと言いながら、彼岸を過ぎるともう秋風に変わるのだろう。もう少しの辛抱だ。今年もあと三分の一を残すのみとなる。早いものだ。
準備もせずにQM2・ノールカップへの旅立ちだったのでブログは半月休みになった。写真の整理がつき次第、旅日記を連載する予定である。
今月も荒良寛先生のカレンダーをお贈りする。英訳は Did I say too much or too little. A single word can change one's life.

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