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2010年7月31日 (土)

ご朱印帖(埼玉県)

武蔵野33観音のご朱印

30 第30番 福徳寺(ふくとくじ)
埼玉県飯能市虎秀71
TEL 042-978ー1272
           (興徳寺)
参拝 2010年7月20日
記事 2010年7月27日参照

31 第31番 法光寺(ほうこうじ)
飯能市坂石町分333-1
TEL 042-978-0038
岩殿観音窟
参拝 2010年7月20日
記事 2010年7月28日参照

32 第32番 天龍寺(てんりゅうじ)
子ノ権現(ねのごんげん)
飯能市大字南461
TEL 042-978-0050

参拝 2010年7月20日
記事 2010年7月29日参照

33 第33番 八王寺(はちおうじ)
結願寺・竹寺・奥武蔵俳句寺
飯能市大字南704
TEL 042-977-0108
参拝 2010年7月20日
記事 2010年7月30日参照

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2010年7月30日 (金)

カミホトケ仲よくおわす八王寺

2010_0715_100 寺社集印=埼玉・飯能市 8

前項の天龍寺山門の手前を左に「関東ふれあいの道」を下った所に通称「竹寺」で知られる武蔵野33観音霊場第33番札所「結願寺」医王山・八王寺(いおうざん・はちおうじ)がある。
2010_0715_101 ご本尊は牛頭(ごず)天王=インド祇園精舎の守護神とされ、中国に渡り密教、道教、陰陽思想の習合があり、我が国に伝わったとされる。それに本地仏に薬師如来を祀る神仏習合の姿を今に見る東日本唯一の遺構である。1000年の歴史を有する山岳仏教の道場として、多くの参拝者がある。
2010_0715_102 また、境内の観音堂には聖観世音を祀り、札所本尊としている。武蔵野33観音霊場第33番の結願寺として、三十三ヶ寺の「願」をここで終える。
なお「奥武蔵俳句寺」として親しまれ、文人墨客の登山も多いという。
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2010年7月29日 (木)

つづらなす山路の果ての天龍寺

2010_0715_091 寺社集印=埼玉・飯能市 7

奥武蔵自然公園内、正丸峠・伊豆ヶ岳と続く山々の東端、標高640mの山頂に「子ノ権現・ねのごんげん」と呼ばれる武蔵野33観音霊場第32番札所 大鱗山・天龍寺(だいりんざん・てんりゅうじ)がある。

2010_0715_092 開創は延喜11年(911年)に「子ノ聖」が十一面観音をお祀りし、天龍寺を建てられたことに始まる。その死後、「子ノ聖」を大権現と崇め、ご本尊としてお祀りしている。屋根つきの大駐車場から坂を登り山門にいたる。奥に緋色の鬼が控える。広い境内ゆえ、道端の「お掃除小僧」は大忙しであろう。天台宗のお寺。
2010_0715_090 「子ノ聖」は登山の際、山麓で鬼に襲われ腰から下に火傷をおい、難渋したことから足腰守護の神仏として世に広く知られ、明治のころは人力車組合、荷車組合の人々、現代では農家、職方、スポーツ選手などのほか、足腰強健を願う中高年の参拝者が多いという。
(タイトルはご詠歌から引用。写真をクリックすると拡大)

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2010年7月28日 (水)

法光寺奥の院には観音窟

2010_0715_081 寺社集印=埼玉・飯能市 6

西武線吾野駅近くに武蔵野33観音霊場第31番札所 補陀山・法光寺(ほださん・ほうこうじ)がある。ご本尊は延命地蔵菩薩、札所本尊は十一面観世音菩薩、曹洞宗のお寺。

2010_0715_083 奥の院・観音窟は鐘楼脇から裏山約1㎞、西武建材㈱の採掘所内の鍾乳洞の中にある。この観音窟は鎌倉・甲州・武州の関東三大岩殿山の一つである。岩殿山縁起書によると、聖武天皇の時代に行基菩薩による開基とある。
2010_0715_080 かねてより修復中であった岩殿観音窟が平成18年に完成したという。次回時間を取って是非拝観したいものである。
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2010年7月27日 (火)

無住ながら重文守る福徳寺

2010_0715_070 寺社集印=埼玉・飯能市 5

秩父街道(国道299)東吾野駅を200m過ぎて右折、虎秀谷を400m登ると右側に阿弥陀堂(国指定重文)見える。直接参道に入ると武蔵野33観音霊場第30番   
 
楊秀山・福徳寺(ようしゅうざん・ふくとくじ)である。
2010_0715_072 建暦2年(1212年)宝山禅師の開山であるが、長く無住の寺で檀家衆に守られた今日に至るという。ご本尊は聖観世音菩薩、正面本堂に安置されているが、拝観不能。左手に輝く阿弥陀堂の方が有名で、善光寺様式の一光三尊の阿弥陀三尊(県指定重文)が祀られている。御開帳は毎年4月15日と11月14日とある。

2010_0715_061 福徳寺の納経所は国道299号秩父方面に1.2km行くと右側に、同じ臨済宗建長派の興徳寺(写真左)の中にある。
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2010年7月26日 (月)

ご朱印帖(埼玉県)

武蔵野33観音霊場のご朱印

23_2 第23番 浄心寺(じょうしんじ)
飯能市大字矢颪222
TEL 042-972-3937

参拝 2010年7月20日
記事 2010年7月24日参照

24 第24番 観音寺(かんのんじ)
飯能市山手町5ー17
TEL 042-973-1331

参拝 2010年7月20日
記事 2010年7月23日参照

24_2 第25番 圓泉寺(えんせんじ)
飯能市平松376
TEL 042-973-5716

参拝 2010年7月20日
記事 2010年7月22日参照

29 第29番 長念寺(ちょうねんじ)
飯能市白子260
TEL 042-978-2062

参拝 2010年7月20日
記事 2010年7月25日参照

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2010年7月25日 (日)

奥武蔵あじさい名所の長念寺

2010_0715_053 寺社集印=埼玉・飯能市 4

秩父に向かう途中の白子に武蔵野33観音霊場第29番 清流山・長念寺(せいりゅうざん・ちょうねんじ)がある。慶長3年飯能の能仁寺4世格外玄逸によって中興開山された曹洞宗の古刹。

2010_0715_052 唐様式の観音堂(国宝)から推定すると、相当古く、由緒深い寺院で、天文3年大石定久によって再興され、小田原北条との縁の深かったことも想像される。
ご本尊は聖観世音(県指定文化財)。境内の鐘楼も武蔵野を彷彿させる眺めではある。


2010_0715_051 寺の境内には当時盛んであった名残とみられる南北朝ころの青石塔婆が多く保存され、また滝山城主大石定久や八王子城主北条氏照の寺領に関する文書などが保存され歴史的価値の高い寺院とされている。
奥武蔵の紫陽花寺といわれ、参道、境内には色とりどりの紫陽花が咲き乱れるそうだが、時期がずれてしまって極めて残念であった。
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2010年7月24日 (土)

毘沙門と身代わり観音の浄心寺

2010_0715_040 寺社集印=飯能市 3

天覧山入口を通り過ぎた右手の高台に、通称「矢颪毘沙門天」(やおろし) 武蔵野33観音霊場第23番札所 寂光山・浄心寺(じゃくこうざん・じょうしんじ)がある。
2010_0715_042 ご本尊は阿弥陀三尊、札所本尊は十一面観音、曹洞宗のお寺。草創は明応~文亀年間(1500年)慶長12年(1607年)市内能仁寺5世吉州伊豚和尚によって再興、以後現在住職まで17世に至るという。

2010_0715_041 矢颪(やおろし)毘沙門天は6世梁観禅東和尚が江戸駒込・吉祥寺に学び、学業成就を毘沙門天に祈願、見事、首席となった。帰郷後、毘沙門天像を譲り受け安置した。いらい学業成就、商売繁昌の信仰が高まり、正月の大祭には「だるま市」「くまで市」で賑わうようになったという。
札所本尊の十一面観音は廃寺となった本明院から譲り受けたもので、これまた「身代わり観音」として、災難よけの信仰が高まったという。
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2010年7月23日 (金)

町のなか緑豊かな観音寺

2010_0715_032 寺社集印=埼玉・飯能市 2

飯能市の商店街西側に武蔵野33観音霊場第24番札所 般若山・観音寺(はんにゃさん・かんのんじ)「天覧山」を北に背負う格好で南に飯能河原が望める緑と清流に包まれた自然豊かな場所にある。
2010_0715_030 真言宗智山派のお寺で、ご本尊は如意輪観世音菩薩、弘法大師作の体内秘仏が納められているという。また西国・坂東・秩父の観音霊場各ご本尊の写しを合わせた百観音も勧請されている。
2010_0715_031 境内には文珠菩薩、不動明王、毘沙門天、大歓喜天、弁財天、大黒天、布袋尊、それに不動堂の寿老人など多くが祀られていて、正月には武蔵野七福神で賑わうという。
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2010年7月22日 (木)

サルスベリ五分咲きなるや圓泉寺

2010_0715_021 寺社集印・埼玉飯能市 1

梅雨明けで連日の暑さの始まる中、武蔵野33観音霊場の巡拝が大詰めを迎えた。埼玉・飯能市の八寺で満願となる。

2010_0715_022 涼しいうちにと6時に出発、高速道を乗り継ぎ1時間半で飯能市に入った。
武蔵野33観音霊場第25番札所 
梅松山・圓泉寺(ばいしょうざん・えんせんじ)真言宗智山派のお寺。寺守さんに依って、綺麗に掃き清められて、すがすがしい境内である。早々とサルスベリが薄いピンクの花をつけ始めている。5分咲きの感じ。
縁起によると天長年間(824~834年)に弘法大師による建立後、長く衰退、天保15年(1844年)再建されたとある。ご本尊は不動明王、札所本尊は十一面観音、ほかに薬師如来を祀り、武蔵野七福神・福禄寿で正月には賑わうという。

2010_0715_023 小高い丘に妙見堂、平将門の信仰した妙見菩薩を祀り、「平松の妙見さん」として慕われている。御神体は将門の影武者・綿貫豊八が拝受、綿貫家で守護してきたものを江戸時代ここにお堂を建立したものである。
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2010年7月19日 (月)

咲きました両大師池の大賀ハス

上野散歩

2010_0715_012 私の散歩コースに寛永寺・両大師がある。年中通るコースで、境内はよく手入れされている。本堂脇に小さいが溜池?があり、ここに大賀ハス(古代蓮)が活けられている。

2010_0715_007毎年この季節に楽しみにしているのだが、 今年も蕾が出たと思ったら一両日の間に、早くも立派な開花である。そのスピードと美しさに今年も感動した。不忍池も蓮の開花でこれから賑やかになるだろう。
2010_0715_013 説明書きの立看板によると「大賀ハス(古代蓮)=この蓮の花は2000年以上前に地上に落ち、長く泥中に眠っていた実が開花したものを株分けしました。大賀一郎博士の名を冠し大賀ハスと名づけました。その生命力と美しさには深い感動を受けます」とある。まさに同感である。
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2010年7月18日 (日)

両大師暑さまぎらす小花たち

2010_0715_011上野散歩

上野の寛永寺・両大師には、いろいろな草木があり、よく手入れされているので、私の散歩コースに入っている。秋には大きな実をつけるカリン、豊年の時には2~3個もらって、家に置いておくと、いい香りを楽しむことが出来る。その花を先日、初めて発見したので、ここに紹介する。小枝にツンツンのびて可憐な花である。

2010_0715_006 次は4~5㎝程の小さな花一杯つけたハナムクゲ(花木槿)。説明のラベルにそうあった。
素人目には朝顔が木に咲いた感じである。

2010_0715_009 これは大輪の真っ赤な花。ラベルが見当たらなかったので、定かではないが、フヨウではないか,はたまたタチアオイかな?と思っているが・・・。
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2010年7月17日 (土)

野の百合が王者じゃないか初夏の山

2010_0715_002

2010_0715_001 上野散歩

上野の山はすっかり夏の装い、ジリジリと太陽が照りつけるようになった。梅雨明けが近い。そうなると朝の散歩も日陰を選ぶようになる。
2010_0715_004 日陰では夏の花々が目を楽しませてくれる。その筆頭が百合ではなかろうか。清楚な感じが何とも言えない。
梅雨どきの王者はやはりアジサイだか、この時期になるとそろそろ終わりに近づき、わびしさすら感じさせる。
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2010年7月16日 (金)

この二ヶ月あまり伸びないスカイツリー

2010_0715_010 上野散歩

どうやら梅雨明けも近づいて来たようだ。久しぶりに晴間が見えたので、カメラを持ち出して上野散歩。毎月初めにスカイ・ツリーの定点撮影をしていたが、5月、6月と天候不順で掲載していなかったので、3か月の変化を並べてみよう。

左上は7月15日AMの撮影で、高さは余り変わっていないが、展望部分がシッカリしてきた感じではある。
左下は6月6日PMの撮影。
右下が一番前の4月30日PMの撮影である(5月1日号に掲載済み)。

2010_0606_211 2010_0430_156

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2010年7月15日 (木)

ご朱印帖・長野

長野県の神社のご朱印

05 穂高神社(ほだかじんじゃ)
旧国幣小社
長野県安曇野市穂高6097
TEL 026-382-2003
参拝 2010年6月28日
記事 2010年7月10日参照

06 諏訪大社 上社・本宮
信濃国一ノ宮 旧官幣大社
長野県諏訪市中洲宮山
TEL 026-652-1919
参拝 2010年6月28日
記事 2010年7月13日参照

07 諏訪大社 上社・前宮

長野県茅野市宮川2030
TEL 026-672-1606
参拝 2010年6月28日
記事 2010年7月14日参照

08 諏訪大社 下社・春宮

長野県下諏訪町193
TEL 026-627-8316
参拝 2010年6月28日
記事 2010年7月11日参照

09 諏訪大社 下社・秋宮

長野県下諏訪町5828
TEL 026-627-8035
参拝 2010年6月28日
記事 2010年7月12日参照

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2010年7月14日 (水)

前宮は諏訪信仰の発祥地

寺社集印=長野県茅野市

2010_0606_311

2010_0606_310 諏訪湖の東、本宮から約2㎞に諏訪大社・上社前宮がある。境内に入ると山の斜面の大半を広場が占め、これを神原(ごうはら)と云って、神殿(ごうどの)を中心に付属する多くの建物が軒を連ねていたようだが、現在は殆どなくなっている。諏訪大社の内御玉殿(うちみたまでん)は昭和7年の造築。
前宮本殿はさらに200mほど上段にあり、高台で豊富な水や日照が得られるよい地で、諏訪信仰発祥の地と伝えられている。(写真上)

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2010年7月13日 (火)

お諏訪さま一万有余の分社あり

2010_0606_303

2010_0606_300_2 寺社集印=長野・諏訪市
諏訪大社・上社本宮は諏訪湖の南東、守屋山の山麓・原生林に抱かれる如く鎮座。旧官幣大社。
社殿の四隅には「おんばしら」と呼ぶ大木が建ち、幣拝殿、左右片拝殿が横に並び本殿を欠くという独特の形(諏訪造りの代表とされる)を備えている。また神体山をお祀りするという特徴を持ち祭祀研究の上からも注目されているという。
2010_0606_302 全国に一万有余社を数える分社は「お諏訪さま」「諏訪大明神」と親しまれ、農業の守護神として信仰されている。また海の守り神、武家の守護神として尊ばれている。(つづく。写真をクリックすると拡大)

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2010年7月12日 (月)

下社では御神体には御神木

寺社集印=長野・下諏訪町

2010_0606_290

諏訪大社の下社・秋宮(長野県下諏訪町)。春宮から東にほぼ1km、旧中山道と甲州街道の分岐点に鎮座。
2010_0606_291 まず目につくのは正面に「ネイリの杉」と呼ばれる樹齢6,7百年のご神木。御社殿は二重楼門造りの拝殿と左右に片拝殿が付く。(写真左)
拝殿奥は神明造りの御宝殿。その奥に御神座といわれる御神木をお祀りする下社の最も重要な場所とされている。(上社の神体山に対して下社は御神木をそれぞれ御神体としてお祀りしている)
(つづく)

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2010年7月11日 (日)

諏訪湖には西北に下社春秋宮

寺社集印=長野・下諏訪町

2010_0606_281_2

諏訪湖の周りに御柱山出祭で有名な諏訪大社・四社があり、その参拝である。先ず諏訪湖の西北にある下社の春宮(下諏訪町)。
2010_0606_280 旧中山道からまっすぐ800m伸びる道路は、かっては春宮の専用道路で、大祝金刺一族はじめ多くの武士たちが流鏑馬を競った馬場であったという。
写真の御影石の大鳥居は万治2年(1656年)建立と推定される。
春秋両社の社殿建築は大きさは違うが、構造は全く同じで、彫刻において技が競われているという。
(つづく)

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2010年7月10日 (土)

わたつみ系北九州から安曇野へ

2010_0606_270 寺社集印=長野・安曇野市

6月27日信州で法事があり、一晩安曇野で泊まる。翌28日江戸へ向かう途中で地元の穂高神社(ほだかじんじゃ)旧国幣小社に参拝。昨年5月に大御遷宮祭(20年ごとに本殿一殿を造り替える)があったばかりで、すがすがしい新殿である。
創建は定かではないが、醍醐天皇の延長5年(927年)選定の延喜式・神名帳には名神大社に列せられて古くから信濃における大社として、朝廷の尊崇厚く、殖産興業の神として信濃の国の開発に大巧を樹てたと伝えている。
2010_0606_271 本宮は安曇野市穂高、奥宮は松本市上高地明神池畔、嶺宮は北アルプスの主峰奥穂高岳頂上(標高3190m)。
安曇族は海神(わたつみ)系の宗族として北九州に栄え、大陸とも交渉があり、高い文化をもつ氏族であった。次第に活動範囲を四国、中国、近畿、中部へと広げ、その一部は信濃国・安曇野を安住の地と定め、稲作、牧畜の文化を普及したようだ。

折しも境内に遊ぶニワトリが「トキの声」をあげたのが印象的であった。

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2010年7月 8日 (木)

ご朱印帖(東国)

武蔵野33観音霊場

Photo_2 番外  箕輪山・霊巌寺(みのわさん・れいがんじ)
聖観世音
埼玉県日高市新堀740
TEL 042-989-0528
参拝 2010年6月10日
記事 2010年7月3日参照

26 第26番 高麗山・聖天院(こまさん・しょうでんいん)
聖観世音
日高市新堀990
TEL 042-989-3425
参拝 2010年6月10日
記事 2010年7月4日参照

27 第27番 栗原山・勝音寺(りつげんざん・しょうおんじ)
千手観音
日高市栗坪184
TEL 042-985-4589
参拝 2010年6月10日
記事 2010年7月6日参照

28 第28番 寶雲山・瀧泉寺(ほううんざん・りゅうせんじ)
千手観音
日高市大字横手79-1
TEL 042-982-1682
参拝 2010年6月10日
記事 2010年7月7日参照

埼玉の神社のご朱印
03 高麗神社(こまじんじゃ)
高麗王・若光
日高市新堀833
TEL 042-989-1403
参拝 2010年6月10日
記事 2010年7月5日参照

(ご朱印をクリックすると拡大)

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2010年7月 7日 (水)

写仏とハス千手観音の瀧泉寺

寺社集印=埼玉・日高市

2010_0606_261 寶雲山・瀧泉寺(ほううんざん・りゅうせんじ)武蔵野33観音霊場第28番札所は平安時代の創建、はじめは京都仁和寺・御室御所の直末であったが、現在は真言宗智山派に属している。ご本尊は千手観世音菩薩。
2010_0606_260 寺のすぐ前を県下一の清流、高麗川が流れ、清流の宝石といわれる「かわせみ」がよく見られるという。
近年は「写仏の会」が盛んになり、平成4年秋には10年のべ2000人がかりの64畳分の胎蔵曼陀羅天井(本堂外陣)が完成した。
2010_0606_262 現在は胎蔵曼陀羅の対をなす金剛界曼荼羅の写仏天井画の制作にかかっているという。このほか本尊の千手観音の千体写仏も同時に行われている。
また、日本の貴重な花蓮も多数栽培されている。これは本尊千手観音の別名・蓮華王に因んで奉納されているという。
(武蔵野33観音霊場札所巡りは一時中断、信越の神社を予定している。)

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2010年7月 6日 (火)

栗坪は高麗の清流勝音寺

寺社集印=埼玉・日高市

2010_0606_251_2 栗原山・勝音寺(りつげんざん・しょうおんじ)武蔵野33観音霊場第27番札所は鎌倉・建長寺の流れをくみ、応永3年にここ栗坪の地に建立された。ご本尊は阿弥陀如来、再度の火災に遭いながら現在に至っている。
2010_0606_250_2 札所・観音堂(現在の仮本堂)には千手観世音菩薩(坐像1尺7寸)脇仏不動明王・毘沙門天(共に立像1尺2寸)が安置され、これらは鎌倉の仏師・定朝の作と伝えられている。
臨済宗建長寺派のお寺。
(つづく)

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2010年7月 5日 (月)

むさし野は若き光の導きに開けそめけむ

2010_0606_240 寺社集印=埼玉・日高市

前項の聖天院(勝楽寺)から東の山麓に高麗神社(こまじんじゃ)がある。高麗王・若光が御祭神である。
朝鮮半島を支配していた高句麗が唐と新羅によって亡ぼされ、我が国とは古くから盛んに往来があったため、難を逃れて多くが亡命して来た。これらを武蔵国に集めて高麗郡が置かれ、これを治めたのが若光であった。
2010_0606_241 若光は困窮した郡民を督励し、祖国の技術をもって荒野を開き産業を興して民生を安定させ、郡民の敬慕のうちに波瀾の生涯を終えた。郡民はその徳を偲びその霊を祀ったのが高麗神社の始まりである。
文献によると、武蔵国に
白鬚神社、また白鬚明神が55社あり、これはすべて高麗神社の分社。若光は晩年に白鬚をたくわえ、白鬚さまと親しみ尊ばれたので、当社に付けられた別名。また出世・開運の神としても広く崇敬を集めている。
(つづく 写真をクリックすると拡大)

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2010年7月 4日 (日)

高麗人の楽土とまつる歓喜天

2010_0606_231 寺社集印=埼玉・日高市

高麗山・聖天院(こまさん・しょうでんいん)武蔵野33観音霊場第26番札所は遠く奈良時代に、高句麗から渡来した高麗王・若光の菩提寺として、侍念僧・勝楽上人により天平勝宝3年(751年)に建立された。
2010_0606_233 真言宗智山派のお寺でご本尊は不動明王、別壇に聖天尊、札所本尊は聖観世音菩薩(左の写真が観音堂
)。
平成12年に7年の歳月を費やして総欅造りの新本堂が落成し西方の山腹には在日韓民族無縁仏慰霊塔が完成した。
2010_0606_234 古い歴史と自然に恵まれた高麗郷であるが、高台に位置する広大な境内からの眺望は素晴らしく、随一を誇っている。
因みに若光は朝廷からもその能力を認められ、武蔵国高麗郡の長として祖国の技術をもってこの地の開拓・発展に大いに治績を収めた人物とある。
(つづく タイトルはご詠歌から引用。写真をクリックすると拡大)

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2010年7月 3日 (土)

高麗の郷緑と清流の霊巌寺

2010_0606_220 寺社集印=埼玉・日高市

車をランサーから三菱RVRに替えたので、テスト・ドライブとして埼玉県日高市まで走ることにした。このコースは都内を抜けて、高速道、国道、県道、町村道と変化があると考えた。
2010_0606_221 最初に訪ねたのが
箕輪山・霊巌寺(みのわさん・れいがんじ)武蔵野33観音霊場番外札所。満行上人によって開山、蛇行する高麗川が造った地形が簑の形に似ているところから、箕輪山と、また川の岸に岸壁・巨岩が湧出しているところから霊巌寺と命名した。
2010_0606_222 真言宗智山派のお寺で、ご本尊は地蔵菩薩、札所本尊は聖観世音菩薩。
寺の前に、かっては広大な水田が開け、有名な「田植え地蔵」の伝説も残るが、明治43年の大水害で、ことごとく流失、今は牧場、養鶏所、桑畑、町工場などに変わっている。

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2010年7月 1日 (木)

良い人と思えばそれに騙される

128 はや今年も半分終わった。今日から7月、暑い山場が3カ月は続くと覚悟しょう。9月に入れば新構造展、11月には私の個展があるので、今年の仕上げをしなければならない。
さて、今月も
荒良寛先生のカレンダーをお届けする。
「悪い人にはだまされないで、善いと思う人にだまされる」とある。往々にして凡人はこの道を選択することが多い。人の善悪を見定めることは、我々には至難なことである。この世の中「甘い話」が氾濫しているが、安易に乗らないようにしたいものである。この教訓を私はそう判断したが、如何なものかな?この英訳は
A bad porson might not cheat you,but you might be cheated by a person,who you think is good.
難しい話ではある。

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