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2010年6月28日 (月)

難しい地名であるぞ「おおはが西」

2010_0602_190 棚田百選072 おおはが西

(岡山県久米郡中央町おおはが西)
北庄棚田から西へ入って、おおはが西棚田。42ha、850枚の規模であるが、U字型の盆地状に展開しているので、写真としてはまとまりのないものになってしまった。終わり。
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2010年6月27日 (日)

百選で最大級の北庄

2010_0602_180 棚田百選071 北庄(きたしょう)

久米南町役場・産業建設課に寄って棚田の位置図をもらい出発。まず誕生寺の脇から入り北庄棚田。88ha、2700枚の規模と云うから百選のなかでも最大級だろうが、さほどデカイとは思わなかった。谷、尾根筋に展開する。(岡山県久米郡久米南町北庄)
2010_0602_185 写真をクリックすると拡大。

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2010年6月26日 (土)

ご朱印帖(西国)

中国33観音霊場のご朱印

06 第6番 蓮台寺(れんだいじ)

岡山・倉敷市児島由加
TEL 086-477-6222
参拝 2010年6月1日
記事 2010年6月17日参照

07 第7番 円通寺(えんつうじ)

岡山・倉敷市玉島柏島
TEL 086-522-2444
参拝 2010年6月1日
記事 2010年6月14日参照

Photo 特別 誕生寺(たんじょうじ)
法然上人降誕の地
岡山・久米南町誕生寺
TEL 086-728-2162
参拝 2010年6月2日
記事 2010年6月24日参照

岡山の神社のご朱印
01_2 由加神社本宮(ゆかじんじゃほんぐう)
由加大権現本社
岡山・倉敷市児島由加山2852
TEL 086-477-3001
参拝 2010年6月1日
記事 2010年6月18日参照

02_2木山神社(きやまじんじゃ)
奥宮・里宮
岡山・真庭市木山1265
TEL 086-752-0701
参拝 2010年6月2日
記事 2010年6月23日参照

ご朱印をクリックすると拡大。

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2010年6月25日 (金)

ご朱印帖(西国)

中国33観音霊場のご朱印

01 第1番 西大寺(さいだいじ)

岡山市東区西大寺中3-8-8
TEL 086-942-205
参拝 2010年5月31日
記事 2010年6月10日参照

02 第2番 餘慶寺(よけいじ)

岡山・瀬戸内市邑久町北島
TEL 086-942-0186
参拝 2010年5月31日
記事 2010年6月11日参照

03 第3番 正楽寺(しょうらくじ)

岡山・備前市蕃山(しげやま)
TEL 086-967-0726
参拝 2010年5月31日
記事 2010年6月12日参照

04 第4番 木山寺(きやまでら)

岡山・真庭市落合木山
TEL 086-752-0377
参拝 2010年6月2日
記事 2010年6月22日参照

05 第5番 法界院(ほうかいいん)

岡山市北区法界院6
TEL 086-252-1769
参拝 2010年5月31日
記事 2010年6月13日参照

ご朱印をクリックすると拡大。

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2010年6月24日 (木)

久米の里特別霊場誕生寺

2010_0602_170 寺社集印=岡山
      久米南町

岡山県での中国33観音霊場札所巡拝も、ここ誕生寺(たんじょうじ)特別札所で、一旦終わる。
2010_0602_172 誕生寺は浄土宗他力念仏門の開祖・法然上人降誕の聖地、建久4年(1193年)法力坊・蓮生(熊谷直美)が師の命を奉じてこの地に至り、上人誕生の旧邸を寺院に改めた。爾来800年、法灯絶えることなく、全浄土信徒の魂の故郷として敬仰されてきた。
2010_0602_173 本堂南側にある観音堂は寛永8年(1631年)津山城主・森忠政公寄進によるもので、特別札所本尊・聖観世音菩薩は慈覚大師の作とされている。
元録12年(1699年)江戸・回向院、増上寺など出開帳の際、八百屋お七の遺族から供養を依頼され、お七の菩提をねんごろに回向されたという話もある。
本堂の右手に新しい瑞応殿(阿弥陀堂)が建っており、その中に阿弥陀如来像が燦然と輝いていた。(岡山 15完。写真をクリックすると拡大。)
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2010年6月23日 (水)

寺と宮神仏分離で別れけり

寺社集印=岡山・真庭市落合

2010_0602_160 道を隔てて山服に数十段の石段があり、これを登ると木山神社奥宮がある。創建は弘仁7年(816年)、天正5年大火に遭い、天正8年(1580年)再建されたもの。入母屋造平入、銅板葺の三間四方の社。明治時代の神仏分離政策によって、木山神社と木山寺に分かれた。
2010_0602_162 御祭神はスサノウノミコトまた牛頭(ごず)天王とも武塔(ぶとう)天神とも申し上げ、天照皇大神の弟神。祇園の八坂神社、播磨の広峯神社と並び日本最古の牛頭天王として庶民の信仰を集めた。本堂と山門の隋身像(室町時代の作)はともに県の重要文化財に指定されている。

2010_0602_165 昭和37年奥宮をそのまま残して、新たに
木山神社里宮が新築された。これを機会に境内社として善覚稲荷神社も移転・新築された。正徳年間(1714年)に京都伏見稲荷より勧請されたもの。
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2010年6月22日 (火)

赤鳥居くぐって山門木山寺

寺社集印=岡山・真庭市落合

2010_0602_157 6月2日、ホテルで同窓の友と別れ、高速道を乗り継ぎ海から山に入る。標高430mの山上、老杉・古柏が鬱蒼と茂る医王山・木山寺(きやまでら)中国33観音霊場第4番札所である。門前に赤鳥居があり蓮池を渡って山門へ。まさに神仏混淆の名残を残す古刹である。
2010_0602_152 弘仁6年(815年)弘法大師空海が仏縁をとどめた霊蹟。ご本尊は薬師如来。延喜7年(907年)牛頭(ごず)天王を併祀した。(神仏分離で現在は木山神社に移られた)。

2010_0602_154 また札所本尊は十一面観世音、このお化身は善覚稲荷神社として木山神社に祀られている。
戦国の動乱期には尼子晴久、毛利元就、宇喜多秀家ら美作(みまさか)地区に進出した武将に厚く保護され、重要な地位を占めていたという。
(岡山 13 つづく。写真をクリックすると拡大。)

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2010年6月21日 (月)

鷲羽山欲しい土産に島一つ

寺社集印(余録)=岡山・鷲羽山

鷲羽山に登り頂上、レストハウス、ハイランドから瀬戸大橋・瀬戸内海を眺望したが、霞がかかりパッとしなかった。
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2010年6月20日 (日)

せつかくの「回船問屋」休館日

寺社集印(余録)=岡山・下津井

2010_0601_120_3 瀬戸内に出たところに「昔の灯台」があり、海沿いに南下して瀬戸大橋の下をくぐって下津井まで走った。「むかし下津井・回船問屋」が目当てであったが、当日は休館日であった。
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(岡山 11 つづく。写真をクリックすると拡大)

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2010年6月19日 (土)

製塩で野崎武左衛門財をなす

寺社集印(余録)=岡山・児島町

由加のお山から下って瀬戸内海に出る。児島町に製塩業で財をなした野崎家の旧住宅とそのなかに歴史館がある。(国の重文)ほんの一部を紹介。
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(岡山 10 つづく。写真をクリックすると拡大)

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2010年6月18日 (金)

厄除けと三大権現由加の山

寺社集印=由加神社本宮(岡山・倉敷市)

2010_0601_100 そもそも由加山は2千有余年の歴史を持つ神仏混淆のお山として、桓武天皇以来の朝廷の祈願所として、また江戸時代に入ると備前藩主・池田継政(二代)以降「由加大神さま」「権現さま」として厚い信仰を集めて来た。
2010_0601_101_2                                   前号の蓮台寺とはまさに地続きにあり、無理に境をするように立つ赤鳥居は備前焼きの日本一の大きさ。(高さ5m、幅5.8m、明治27年に奉納)その脇にまた備前焼のタコの形をした「海神さま」が祀られている。
御祭神はタオキホイの命、ヒコサチの命、カンナオビの命、オオオナオビの命、それに由加大権現である。
厄除け、海上安全を祈願する備前の由加さん、瀬戸大橋を渡って讃岐の金毘羅さんへの「両参り」が盛んになったようだ。
2010_0601_102 厄除け総本山の
由加神社本宮(写真左)は1649年に建造され(県の重文)全国に末社52社を有し、日本三大権現の一つでもある。

(岡山 9 つづく。写真をクリックすると拡大)

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2010年6月17日 (木)

でっかいよ日本一のお不動さん

寺社集印=岡山・倉敷市

2010_0601_090 玉島から水島を横切り児島に走り、由加山・蓮台寺(れんだいじ)中国33観音霊場第6番札所に至る。開基は聖武天皇の勅願で、天平5年(733年)行基菩薩による。札所本尊は十一面観世音菩薩。
2010_0601_097 総本殿には大権現の本地仏である阿弥陀如来、薬師如来をお祀りしている。また真王殿には日本一の厄除大不動尊をお祀りしてある。真言宗御室派別格本山、かっては備前藩池田家の祈願寺になっていた。
2010_0601_095 写真左の「厄除大不動尊」は大権現の御使者として日本最大の御身を現している。因みに仏像の原木は樟(しょう)の木、実寸は3m66㎝、総高は7m59㎝、総重量は4.8㌧とされる。さすがに日本一の大不動ではある。

(岡山 8 つづく。写真をクリックすると拡大。)

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2010年6月16日 (水)

石庭の脇に花そえ弁天池

寺社集印(余録)=岡山・倉敷市

円通寺の弁天池。ボツボツ水蓮が咲き始める。
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2010_0601_084_2 2010_0601_082_2 2010_0601_083_2 (岡山 7 つづく。写真をクリックすると拡大)

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2010年6月15日 (火)

見事なり地形を生かした石の庭

寺社集印(余録)=岡山・倉敷市

円通寺境内の石庭、立体的構造が見事である。
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(岡山 6 つづく。写真をクリックすると拡大)

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2010年6月14日 (月)

良寛さんゆかりのお寺円通寺

2010_0601_051 寺社集印
   =(岡山・倉敷市)

6月1日夕方鷲羽ハイランドホテルで母校の同窓会があるので、朝のうちにまず玉島に走る。
「良寛さんゆかりの寺」補陀洛山・
円通寺(えんつうじ)中国33観音霊場第7番札所である。この山一帯が県指定の名勝地「円通寺公園」になっている。駐車場から南参道を登り切ったところに観音堂がある。上の写真。2010_0601_053      
お参して下の段を覗くと重厚な茅葺の寺院群が見えた。石庭、蓮池を迂回して本堂を参拝。ご本尊は行基菩薩の作と伝えられる聖観世音菩薩「星浦観音」。大変な維持努力が必要だろうと、その方が気になった。
2010_0601_055手入れの行き届いた 見事な佇まいを見せている。元録11年(1698年)加賀の名刹・大乗寺の高僧・良高和尚を迎えての開山・開創とある。始めに結んだ円通庵が寺の起こりと云う。曹洞宗のお寺。

2010_0601_058 安永8年(1779年)良寛さんは国仙和尚の直弟子となり、正式に出家得度、国仙和尚に随侍して当寺に安居、寛政7年(1795年)ごろまで、ここで修行された。良寛遺墨として漢詩、和歌、俳句など多くが所蔵されている。
下の写真は良寛堂。(岡山 5 つづく。写真をクリックすると拡大。)

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2010年6月13日 (日)

聖観音一木一体の法界院

寺社集印=岡山市北区

2010_0531_040 備前地方は恵まれた瀬戸内海気候の風土で、古くから農耕文化が花開き、吉備文化圏を形成した。岡山市はその中心をなし、交通の要所として、池田藩31万5千石の城下町として栄えた。
2010_0531_041 その町中にある金剛山・
法界院(ほうかいいん)中国33観音霊場第5番札所の開山は天平年間(729年)に報恩大師と寺伝にある。真言宗のお寺。
ご本尊の聖観音は檜の一木一体の霊像で、平安初期の貴重な作として、国の重文に指定されている。聖徳太子の御作?とも伝えられている。
2010_0531_043 報恩大師は備前の地に、さきの餘慶寺を含む48ヵ寺を草創している。修験道の流れを汲む観音呪を修めた行者であったようである。

今日の巡拝はこれまでとし、市内に泊まる。
(岡山 4 つづく。写真をクリックすると拡大。)

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2010年6月12日 (土)

鎌倉の時代を残す正楽寺

2010_0531_036 寺社集印=岡山・備前市

瀬戸内海岸線から入り込んだこの地に来ると、やや鋭い清澄さが凛と漂う。背後の山の緑、土塀の白壁、竹林の静寂、それに整然とした重厚な寺構のせいか。日光山・正楽寺(しょうらくじ)中国33観音霊場第3番札所、高野山真言宗準別格本山である。

2010_0531_033 天平勝宝元年(749年)報恩大師による開山の古刹である。信賢上人が鎌倉時代(1304年)に伽藍を造営して、寺門は栄華を極めるが、元和元年(1615年)大火ですべて焼失した。
2010_0531_035 宝永~文化年間(1704~1801年)の約100年をかけ本堂、書院、庫裏、鐘楼、仁王門と建立して現在の寺構を整えた。壮麗な鎌倉時代の面影を残している。
2010_0531_034 江戸時代、備前池田藩は正楽寺を北東の鬼門の祈願所とした。池田家代々の位牌が祀られているという。
地名の蕃山(しげやま)は陽明学を完成させた熊沢蕃山に由来するもので、その子孫が寺社奉行となり、当寺の中興に大いに寄与したと伝えられる。
(岡山 3 つづく。写真をクリックすると拡大。)

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2010年6月11日 (金)

東向きご来光まつ観音さん

寺社集印=岡山・瀬戸内市

2010_0531_021 吉井川の流れを見下ろす小高い山の上に上寺山・餘慶寺(よけいじ)中国33観音霊場第2番札所はある。天平勝宝元年(749年)報恩大師による開山。
2010_0531_022 かっては日待山・日輪寺と称していたが、慈覚大師の再興後、本覚寺と改め、薬師三尊を奉安し、自ら千手観音像を刻みご本尊とした。近衛天皇の勅願寺となり現在の名前になったという。天台宗のお寺。
2010_0531_023 本堂、薬師堂、三重塔、山王社、愛宕社、開山堂、地蔵堂、弁天堂、鐘楼などの堂宇と六院が現存し、さらに阿弥陀堂の建設が進んでいる。
「備前の東向き観音」とも呼ばれ、ご来光を拝む名所として知られる。観音様も庶民とともに、東を向いて「日の出・ご来光」を待っておられるのだろう。
(岡山 2 つづく。写真をクリックすると拡大。)

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2010年6月10日 (木)

名をはせる裸祭の西大寺

2010_0531_017 寺社集印=岡山市東区

6月1日に同窓会が鷲羽山のホテルで開かれるというので、一日前から新幹線で岡山に向かう。駅でレンタカーを調達して市内東区の金陵山・
西大寺(さいだいじ)中国33観音霊場第1番札所を参拝。
2010_0531_016 ご本尊は千手観世音菩薩、岡山県三大河川の一つ吉井川、瀬戸内海に注ぐ水運の要所にあり、1200年に亘り町衆の信仰を集めて来た。天平勝宝3年(751年)周防国(山口県)玖珂の郷の藤原皆足姫が一夜の宿を貸した縁で若い仏師から端麗な尊像をうけ、備前のこの地に堂を興こしたことに始まるという。
2010_0531_015 広い境内には本堂をはじめ仁王門、三重塔、大師堂、経蔵、客殿、鎮守堂などが配され、歴史の深さ、大変な繁栄ぶりが偲ばれる。運河越しの風景も見事なものであった。高野山真言宗別格本山。
2010_0531_013 鎮守堂は一山の守護神である牛玉所大権現と金毘羅大権現が合祀され、会陽(はだか祭・2月第3土曜日)は特異な行事として、現在も盛大に残っている。


(岡山 1・つづく、写真をクリックすると拡大。)

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2010年6月 9日 (水)

ご朱印帖(福島)

東北36不動尊(福島分)

3634_3 第34番 圓養寺(えんようじ)
 白河成田山
白河市天神43
TEL 024-823-0575
参拝 2010年5月13日
記事 2010年6月4日参照

3635 第35番 徳善院(とくぜんいん)
山本不動尊
東白川郡棚倉町
TEL 024-733-2445
参拝 2010年5月14日
記事 2010年6月5日参照

3636 第36番 常福寺(じょうふくじ)
赤井嶽不動尊
いわき市赤井嶽
TEL 024-636-2161
参拝 2010年5月15日
記事 2010年6月7日参照

以上で東北36不動尊霊場巡拝完了、結願。

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2010年6月 8日 (火)

ご朱印帖(福島)

東北36不動尊霊場ほか(福島)

3631 第31番 相応寺(そうおうじ)
 赤不動尊
福島県安達郡大玉村玉井
TEL 024-348-2420
参拝 2010年5月12日
記事 2010年5月26日参照

3632 第32番 大龍寺(だいりゅうじ)
 長命不動尊
会津若松市慶山2丁目
TEL 024-228-3370
参拝 2010年5月13日
記事 2010年6月2日参照

3633 第33番 会津薬師寺(あいづやくしじ)
 高田不動尊
福島県大沼郡会津美里町
TEL 024-254-4876
参拝 2010年5月13日
記事 2010年6月2日参照

福島の寺院
01 文殊院・清龍寺(しょうりゅうじ)
 日本三文殊の一
大沼郡会津美里町
TEL 不詳
参拝 2010年5月13日
記事 2010年6月3日参照

02 会津柳津・圓蔵寺(えんぞうじ)
福満虚空蔵菩薩
大沼郡会津柳津町
TEL 不詳
参拝 2010年5月13日
記事 2010年6月3日参照
 

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2010年6月 7日 (月)

健やかな成長願う親子連れ

2010_0509_215_2 寺社集印=福島・いわき市
        15

 5月15日、東北六県、一県六寺の東北36不動尊霊場巡拝は山形に始まり、今日福島に至って、結願となる。
赤井嶽不動尊・
常福寺(じょうふくじ)東北36不動尊霊場第36番札所は開発の進んだいわき市の海を望む山の上にある。真言宗智山派のお寺。
2010_0509_216 石段を登り本堂に至ると、子供の健やかな成長を願う親子の参拝で、賑わっている。
天平六年(734年)東北地方に大地震があり、疫病が流行して、惨状を極めた。これを聞いた大和国鷲峰山の住僧・源観上人は善無畏三蔵伝来の秘仏・薬師如来を護持して当地に至ったという。
2010_0509_217 本堂左手奥の、朱色鮮やかな経堂は大日如来を祀り、ごく最近建てられたもので、この地が北限とされる檜をすべて使った貴重なものとされる。
札所本尊を祀る不動堂は山門を入り右手の小高い所にある。開山以来幾度も山火事にあい、現在は明治48年に建立されたもの。

(完)

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2010年6月 6日 (日)

素晴らしき海と田んぼの二重奏

社集印(余録)=福島・いわき市 14

2010_0509_210 宮城・福島の寺社巡拝の旅も今夜で終わり、明日、結願となり東京に帰る。今日の宿は「かんぽの宿・いわき」。
最上階の部屋からは防潮林と砂浜、そして太平洋が広がる。沖には北海道から南下するフェリーの姿が光って見える。
一方、裏側は廊下を隔てて、田んぼが夕日を浴びて輝く。まさに絶景であった。
海の気仙沼から始まり「くの字」の形に山の会津に入り、海のいわきで終わる素晴らしい旅であった。
2010_0509_211 2010_0509_212 写真をクリックすると拡大。

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2010年6月 5日 (土)

霊窟の中におられる不動尊

寺社集印=福島・棚倉町 13

2010_0509_200 須賀川から棚倉へ、高速でなく国道118号線を走ったので結構時間がかかったように感じた。駐車場からカエルの親子の像の出迎えを受けて渓流沿いに登る。山本不動尊・徳善院(とくぜんいん)東北36不動尊霊場第35番札所。
2010_0509_203_2 本堂左手に、これまた大きな七福神の石像があり、やたらに石像があるように感じた。しかし面白い設定ではある。
ご本尊は弘法大師のご持佛といわれ、本堂脇から更に50m登った所にある巨岩の洞窟(奥の院)に安置されてあるという。
2010_0509_204_2 平城天皇・大同2年(809年)弘法大師の開創であると伝えられている。弘法大師が勅命により湯殿山(山形県)開基のため東北へ行脚の途中、この地こそ不動明王有縁の地と感得され、「尊像」奉安の霊地を当山の霊窟に求められたと伝えられている。
大師のお供をしていた道隔アジャリが、この地にとどまり草庵を結び、日夜供養と修法に精進したため、登山参拝者で賑わったとされている。爾来1170余年、「霊窟の不動尊」として世に知られている。
これから国道を走って浜通りのいわきに向かう。
写真をクリックすると拡大。 ..

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2010年6月 4日 (金)

須賀川に見事に匂う牡丹園

2010_0509_191寺社 集印=福島・白河市
須賀川市 12

会津坂下ICから一気に高速道を使って白河ICへ。中通り白河市には成田山・園養寺(えんようじ)東北36不動尊霊場第34番がある。戊辰の役により、この地も物・心ともに荒廃していた折、及川照龍律師は末広講を結成し成田山新勝寺の分霊を勧請し、明治21年、園養院として開基した。真言宗智山派のお寺。走行距離は180㎞、市内拍。

2010_0509_194_2 (余録)5月14日、友人O氏と須賀川牡丹園駐車場で待ち合わせ。挨拶もそこそこにすぐに入場。有名なだけに入口は茅葺の凝ったもので、規模も大きい。
2010_0509_195_2 上野東照宮で毎年正月と四月に牡丹園が開かれ、時々覗いてみるのだが、鳥取?あたりの暖地育ちでヒ弱いが、ここは100年を超す古株があり、しっかりしていて、花は大輪が目立った圧巻。良い匂いも漂っていた。一服後にO氏と別れ棚倉の山本不動尊へ向かう。

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2010年6月 3日 (木)

会津には「文珠と虚空蔵」の三所あり

寺社集印=福島・会津 11

2010_0509_170 会津坂下へ抜ける途中に寺を発見、飛び込んだところが文珠院・青龍寺(せいりゅうじ・会津美里町)。日本三文珠の一つの看板に誘われたのだが、住職は不在で、詳細は不明である。

2010_0509_180 圓蔵寺(えんぞうじ・会津柳津町)のご本尊は「福満虚空蔵菩薩」は弘法大師の作、虚空蔵菩薩・日本三所の一つとされるが、宮城県登米市にも「福智満」の虚空蔵尊があり、関係は不詳。
2010_0509_181 本堂の舞台からの眺めは格別なものであった。今から千二百有余年前の大同年間(806年)徳一大師により開創されたと伝えられる。
2010_0509_185 弘法大師は延暦23年(804年)31歳で唐に渡り、青龍寺で修行を積み、三鈷と霊木を伝授された。途中、日本における仏法興隆有縁の霊地をもとめて、海の流された。「三鈷」は紀伊国に流れ着き、真言宗総本山・高野山・金剛峯寺が建立される運びになった。
「霊木」は那智之浦に漂着、大師は三断して再度海に流された。後日、元木は安房国・天津浦に(能満虚空蔵菩薩・清澄寺=千葉鴨川市)、中木は常陸国・村松に(大満虚空蔵尊・日高寺=茨城東海村)、末木は越後の海から只見川を溯り会津・柳津に、それぞれ漂着した。以上が日本三所の虚空蔵菩薩の大略。


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2010年6月 2日 (水)

雪深き会津の里のお不動さん

寺社集印=福島・会津若松市、会津美里町 10

2010_0509_151 5月13日今日はお天気、会津若松市内の長命不動・大龍寺(だいりゅうじ)東北36不動尊霊場第32番札所。寛永20年(1643年)会津藩主・保科正之公の開創、昭鑑禅師の開山になる。
2010_0509_153 不動堂に祀られてある不動明王座像は当初成就院にあったが、明治維新の神仏分離で、仏像の多くが当寺・十七世・太宗玄義和尚が移したもの。その後不動講を組織して信仰を鼓吹、信者の中に長寿者が多くなり、いつしか長寿不動尊と崇められるようになったという。
ご本尊は聖観世音菩薩、臨済宗妙心寺派のお寺。

2010_0509_160 サブタイトルは新町名・美里町になっているが、かっての会津高田の高田不動・(あいづやくしじ)東北36不動尊霊場第33番札所に入る。ズラリと並んだお地蔵さんの歓迎を受ける。
2010_0509_161_2  今から1200年に遡る宝亀10年(779年)千寿院として草創、嘉祥元年(848年)慈覚大師が開基したと伝えられる会津屈指の古刹である。
平泉藤原氏が滅亡の際、佐藤清純が平泉高館に祀ってあった薬師像を持ち帰り、建久元年(1190年)寺構を再建した。
近年に護摩堂を興して、希有の車不動尊を勧請した。天台宗のお寺である。

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2010年6月 1日 (火)

好きになれ!好きこそものの上手なり

127 今日から早いもので、六月入りである。しばらくむしむしした梅雨の季節がやって来る。
今月も
荒良寛先生のカレンダーをお届けしよう。昔から「好きこそものの上手なり」といわれるが、これも、ほぼ同じとみていいのかな?
好きなことをやれ。好きになるまでやれ。好きにならなければ成功しない。
この英訳は
Do wha
t you enjoy,do it until you succeed ,you won't succeed if you don't enjoy it.

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スカイツリーの上野公園定置撮影は天候不順につき、今月は休み。

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