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2010年5月28日 (金)

ご朱印帖(宮城)

奥州33観音霊場

3301 第一番 紹楽寺(じょうがくじ)
 那智十一面観音
名取市高館吉田字西新坂
TEL 022-384-0928
参拝 2010年5月12日
記事 2010年5月25日参照

3302 第二番 秀麓斎(しゅうろくさい)
 聖観世音
名取市高館吉田字上鹿野
TEL 022-384-7270
参拝 2010年5月12日
記事 2010年5月25日参照

3306 第六番 瑞巌寺(ずいがんじ)
 聖観世音
宮城郡松島町
TEL 022-354-3417
参拝 2010年5月11日
記事 2010年5月22日参照

宮城県の神社
01 琴平神社(ことひらじんじゃ)
気仙沼市岩井崎
TEL 不詳
参拝 2010年5月10日
記事 2010年5月19日参照

宮城県の寺院
01_2 地福寺(じふくじ)
 観世音菩薩
気仙沼市岩井崎
TEL 不詳
参拝 2010年5月10日
記事 2010年5月19日参照

02_2 柳津虚空蔵尊(やないづこくぞうそん)
 福智満
登米市
TEL 不詳
参拝 2010年5月10日
記事 2010年5月20日参照

03慈眼寺(じげんじ)
 大権現
仙台市太白区秋保町馬場
TEL 022-399-5333
参拝 2010年5月11日
記事 2010年5月23日参照

04 西方寺(さほうじ)
 定義如来
仙台市青葉区大倉
TEL 022-393-2011
参拝 2010年5月11日
記事 2010年5月24日参照

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2010年5月27日 (木)

ご朱印帖(宮城)

東北36不動尊霊場(宮城分)

3625 第25番 観音寺(かんのんじ)
 大聖不動明王
気仙沼市本町1-4
TEL 022-622-0247
参拝 2010年5月9日
記事 2010年5月18日参照

3626 第26番 大徳寺(だいとくじ)
 横山不動尊 
登米市津山町横山
TEL 022-569-2249
参拝 2010年5月10日
記事 2010年5月21日参照

3627 第27番 松景院(しょうけいいん)
 神寺 不動尊
遠田郡美里町
TEL 022-934-1010
参拝 2010年5月10日
記事 2010年5月21日参照

3628 第28番 瑞巌寺・五大堂(ごだいどう)
 五大明王
宮城郡松島町
TEL 022-354-3417
参拝 2010年5月11日
記事 2010年5月22日参照

3629 第29番 西光寺(さいこうじ)
 大滝不動尊
仙台市太白区秋保町馬場
TEL 022-399-2127
参拝 2010年5月11日
記事 2010年5月23日参照

3630 第30番 愛敬院(あいきょういん)
 駒場瀧不動尊
伊具郡丸森町不動
TEL 022-472-6003
参拝 2010年5月12日
記事 2010年5月26日参照

ご朱印をクリックすると拡大。 

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2010年5月26日 (水)

阿武隈と安達太良にある瀧不動

寺社集印=宮城・丸森町⇒福島・大玉村 9

2010_0509_130 宮城県最後のお不動さんは駒場滝不動・愛敬院(あいきょういん・丸森町)東北36不動尊霊場第30番札所。聖護院門跡を本山とする修験・山伏の寺院で、阿武隈渓谷自然公園のなかに境内があり、、四季折々の景観を楽しませてくれるという。茅葺の山門が印象的であった。
2010_0509_132 今から千百年前天台座主・慈覚大師が世の平安と幸福を念じ、激流岩をかむここ駒場の滝で自ら不動尊像を刻み滝上の岩窟に祀られた。爾来、遠近の参詣者が絶えず、特に行者や山伏の道場として栄えたという。


2010_0509_141 福島県に入り最初が赤不動・
相応寺(そうおうじ・伊達郡大玉村)東北36不動尊霊場第31番札所。ネットに覆われ現在改造中の本堂は村の中心部にあるのだが、札所本尊を祀る不動堂は安達太良山麓の遠藤ヶ滝にあるという。徳一大師が大同2年(807年)眉岳に開基したのが始まりで、応永年間(1394年)亀山に移り、さらに永禄3年(1563年)実弁法印の代に現在地に伽藍を造営したとある。完成は盆前とのこと。
遠藤ケ瀧不動尊は平安時代の遠藤武者・盛遠が袈裟御前との恋に破れ、名を文覚と改めて、仏門に帰依、安達太良山中の瀑布において気を養ったことから遠藤ケ滝不動尊として人々の信仰を集めた。その別当寺がこの相応寺であった。正面にある「しだれ桜」は見事なものである。
明日の計画もあり高速道を使って会津若松まで入ることにする。天気は怪しく、気温も随分下がってきた。走行距離210km。

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2010年5月25日 (火)

名取の丘「熊野三山」の別当寺

寺社集印=宮城・名取市 8

2010_0509_110 5月12日今日は雨、雨の中を名取市へ。名取市高館に「名取熊野三山」があり、その別当寺として、天苗山・秀鹿斎(しゅうろくさい)奥州33観音第2番がある。曹洞宗のお寺らしく、山門からストレートに本堂まで登る。ご本尊は聖観世音菩薩。
2010_0509_112 開創は古く、千余年前、坂上田村麻呂東征の際、亡ぼした豪族・魔鬼の亡霊を慰め、国家万民和楽を祈念して、勅願にて建立されたもので、当時は大阪四天王寺の末、天台宗・秀麓寺と称したようだ。平泉の藤原氏滅亡後は衰退し、文明11年,曹洞宗の安邦詮心和尚により再興、秀麓斎と称したという。

2010_0509_120_2 丘を南に迂回して「名取熊野三山」の一つ那智山・紹楽寺(なちさん・じょうがくじ)奥州33観音第1番へ。曹洞宗のお寺で、ご本尊は十一面観世音菩薩、名取市閑上の浜に打ち上げられた御仏とされている。用明帝のとき7間4面の堂宇が建立され、以後幾多の盛衰を繰り返してきたようだ。現在の観音堂は山頂の那智神社の隣にあるというが、雨が厳しくここでご無礼した。
写真をクリックすると拡大。

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2010年5月24日 (月)

庶民の寺「定義如来」はここにあり

寺社集印=宮城・仙台市青葉区 7

2010_0509_100 平家の落ち武者・平貞能は重盛の遺言に従い中国欣山寺から送献された「阿弥陀如来の宝軸」を守ってこの地に隠れた。名を「定義」と改め、建久9年(1198年)60歳で亡くなるまで、この地に暮らした。
作並街道から人造湖を渡ったその奥に「
定義如来」極楽山・西方寺(ごくらくざん・さいほうじ)がある。
2010_0509_101 貞能の死後、従臣達が公の遺言どおりに墓上に小堂を建て、「阿弥陀如来の宝軸」を安置したのがお寺の始まり。
今でもこの地を定義(じょうぎ)と呼び、「定義如来」の名称で庶民の寺として親しまれてきた。

写真左は旧本堂(貞能堂)、右は新本堂。写真をクリックすると拡大。
2010_0509_102 2010_0509_104
 

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2010年5月23日 (日)

ここ名瀑ふさわしきかな大滝不動

寺社集印=仙台市太白区 6

2010_0509_080 松島から仙台市太白区秋保町の大滝不動尊・西光寺(さいこうじ)東北36不動尊第29番に入る。秋保温泉のさらに奥だ。日本三名瀑の一つに数えられる秋保大滝が不動滝である。真言宗智山派のお寺。
2010_0509_082 縁起は平安期に慈覚大師が開基された。はじめ秋保温泉のに南にある長嶺山に一宇を建立しようとしたが果たせず。二口峠から出羽に向かわれ、貞完2年(860年)山寺を創建され、その帰路、大滝の壮観と森厳の気を感得、自ら不動明王を刻んで安置されたのが起因と伝えられている。

2010_0509_090 大滝に向かう左手に新しいお寺があったので、帰りに寄ってみた。ここ福聚山・慈眼寺(じげんじ)は塩沼亮潤・ダイアジャリが奈良県大峯山で一日48㎞を歩く一千日回峰行と9日間飲まず・食べず・寝ず・横にならずの四無行を満行され、修験道のお寺として建立されたという。
2010_0509_092_2 本尊に金剛蔵王大権現を、両脇には大日如来と不動明王をお祀りしている。
(写真をクリックすると拡大)

時間があるので、これも何回かお参りした予定外の定義如来の西方寺に向かう。

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2010年5月22日 (土)

これこそは天下に名だたる瑞巌寺

2010_0509_070 寺社集印=宮城・松島町
        4

5月11日まづは松島の瑞巌寺・五大堂(ずいがんじ・ごだいどう)東北36不動尊第28番。人影がないので瑞巌寺(ずいがんじ)奥州33観音第6番に参拝したが、本堂改修工事で、幕を張られていた。
2010_0509_071 ご本尊は五大明王(五大堂)に聖観世音菩薩(瑞巌寺)。
瑞巌寺は青龍山・延福寺と称し、天長5年(828年)慈覚大師が開山した天台宗寺院であったが、鎌倉期にいたり円福寺という臨済宗の禅林に改められ、戦国末期に妙心寺派となった。

2010_0509_074 仙台藩主伊達正宗公の時代に現在の堂宇の造営に着手し、完成は慶長14年(1609年)であった。
二代忠宗は雲居禅師を招いて中興の祖とした。現存する諸堂は桃山時代を代表する貴重な建築物になっている。写真下は荘厳な瑞巌寺参道。
五大堂は境外にあり、松島湾に飛び出した島にあり透し橋の架かった端正なお堂である。写真中、(写真をクリックすると拡大。)

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2010年5月21日 (金)

南へと海岸・内陸走りけり

寺社集印=宮城・登米市⇒美里町⇒奥松島 4

2010_0509_050 寄り道をしながら計画した登米市の横山不動尊・大徳寺(だいとくじ)東北36不動尊霊場・第26番に辿り着く。曹洞宗のお寺で、ご本尊は不動明王、釈迦如来。
志津川町水戸浜辺に漂着した仏像を三条重信なる従士が横山{中ノ森」に堂舎を建立した。現在の本堂から600m山中の「奥の院」の位置と云う。
2010_0509_051 本堂前には小川から引き込んだ池と大樹が見事な景観を醸し出し、ウグイが群生し、昔から不動尊のお使姫として保護されてきた。昭和10年に天然記念物に指定された。

2010_0509_060 次は美里町の神寺不動尊・松景院(かみでらふどうそん・しょうけいいん)東北36不動尊霊場・第27番。天正19年(1591年)実恵法印によって涌谷伊達家の祈祷寺として開山された真言宗のお寺。
2010_0509_061 以来、神仏混合の修験道を修し、ご本尊は不動明王、秘仏として大聖歓喜天を奉安している。
開山当時は田尻川と美女川に挟まれた風光明媚の地、梅の古木の混じる松林が生い茂っていたという。加えて川端の竹で、「松竹梅茂る目出度き所、ここに厄除け・開運の寺を建てん」との願いから「梅光山・松景寺」と名乗ったという。今では周辺はすっかり宅地化され、それらしき面影はない。
今日は南三陸の景勝地を巡り170㎞の行程で、奥松島泊となる。(写真をクリックすると拡大。)

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2010年5月20日 (木)

集印の目先を変える岩井崎

2010_0509_035 寺社集印=宮城・岩井崎
          ⇒登米市 3

2010_0509_038 (余録)岩井崎の名物は潮吹岩。長い年月をかけ海水によって浸食されたギザギザの割れ目から波のエネルギーで潮を吹きあげる。特に大潮のときには十数mもの高さにまで達するという。
松原の中に地元の生んだ名横綱「秀の山」の銅像が立っている。
     2010_0509_041_2                                        登米市に入ると不動尊参拝の前に「日本三虚空蔵尊」の一つといわれる柳津虚空蔵尊(やないづこくぞうそん)を参拝。神亀3年(726年)に行基菩薩が虚空蔵菩薩を刻んだことに縁起し、ご本尊の脇に従う大黒天と毘沙門天は弘法大師の作と伝えられる。
2010_0509_042 本堂脇には(右の写真)立派な「撫で牛」。あちらこちらピカピカに光っている。
そのほか写真は摂れなかったが、高さ10.5m、幅7mの木製の大鳥居は東北一、全国でも第3位の大きさを誇るという。
(写真をクリックすると拡大)

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2010年5月19日 (水)

岩井崎通りがかりの寺と宮

2010_0509_020_2 寺社集印=宮城・気仙沼市
        2

5月10日、駅前の案内所で、南下するなら「岩井崎」と聞かされて、国道45号線から寄り道をする。
左手に綺麗な大きなお寺を発見、立ち寄った。臨済宗妙心寺派の愛宕山・地福寺(ちふくじ)。ご本尊は延命地蔵菩薩。
2010_0509_024 平成15年5月の三陸沖地震で被害を受け、その後、年々再建が進み、昨年6月に落慶大般若法要が行われたという、木の香漂う新品のお寺。
開山は萬治元年(1658年)松島瑞巌寺の大夢未覚和尚とされる古刹である。境内の石庭は小規模ながら見事なバランスを見せていた。

2010_0509_030 岩井崎の先端に琴平神社があり、ここを参拝。由緒など、詳細は不明であるが、海上の安全を祈願する、お宮と推定される。また地元出身の横綱「秀の山」とも関係がありそうだが不明。
(写真をクリックすると拡大)

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2010年5月18日 (火)

気仙沼へ若葉のみちのく510km

寺社集印=宮城・気仙沼 1

2010_0509_010 5月の旅は新緑のみちのく、東北36不動尊巡拝と決めた。宮城の6寺、福島の6寺で東北36不動尊の結願となる。

5月9日早朝に車で出発、東北道一関インターまで、そこから国道284号線で気仙沼へ。
まづは
身代不動・観音寺(かんのんじ)東北36不動尊第25番の境内に車で入る。天台宗別格本山、ご本尊は聖観音、阿弥陀如来、不動明王。
2010_0509_011 一段上の中腹に不動堂がある。この地方は蝦夷と呼ばれた民の勢力範囲であったが、和銅年間(709年)藤原宇合が特命大将軍となり、これを鎮圧、その首塚を南流山に建立したのが始まりとされる。天平15年(742年)行基菩薩が自ら観音像を刻し、さらに喜祥3年(850年)慈覚大師が堂舎を建立して海岸山・観音寺と称した。由緒ある古刹に入るだろう。

2010_0509_014 (余録)本日の走行距離510kmに達したので、午後3時早めに宿に着いた。その5階の部屋が大船渡線・気仙沼駅の真正面で駅周辺を様子を記録した。
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2010年5月15日 (土)

2006年チュニジア・マルタの記録 10

山岳の廃墟「シェピカ」

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2010年5月14日 (金)

2006年チュニジア・マルタの記録 9

タメルザの滝。砂漠の中に滝を見た。ホッとするものではある。

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2010年5月13日 (木)

2006年チュニジア・マルタの記録 8

4WD車を調達シェピカ渓谷へ入る。08034

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いわゆる「山砂漠」に属する
地帯と思われる。

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2010年5月12日 (水)

2006年チュニジア・マルタの記録 7

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タメルザ・パレス
砂漠の中のまさにオアシスである。本館から川岸に沿ってバンガロー風の離れ部屋に分かれている。
ベランダからは対岸の見事に砂に埋もれた廃墟が展望できる。驚くべき光景である。

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2010年5月11日 (火)

2006年チュニジア・マルタの記録 6

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08027 08029 観光列車「レザールージュ号」にてセルジャ渓谷パノラマを楽しむ。

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2010年5月 9日 (日)

2006年チュニジア・マルタの記録 5

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08022_2 08020 エル・ジェム円形闘技場
ローマ帝国時代の遺物、円形闘技場の跡を見学。かなり破損が進んでいるが、当時の面影は偲ばれる。


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2010年5月 8日 (土)

2006年チュニジア・マルタの記録 4

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08016  カイラワンⅢ
シディ・サハブ廟
ここでは見事なタイル、また美しい装飾彫刻などがふんだんにみられた。
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2010年5月 7日 (金)

2006年チュニジア・マルタの記録 3

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08010 08013 カイラワン Ⅱ
チュニジアの聖地カイラワンを代表する古く、かつ大規模のグランド・モスクを訪ねる。



08011 08014 ここで注目すべきは回廊の柱。多くの柱の形、材質、長さの違いである。かって、戦利品としてヨーロッパから持ち帰られたものが使われたようだ。いずれにしても大規模なものであった。
写真をクリックすると拡大。、

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2010年5月 6日 (木)

2006年チュニジア・マルタの旅 2

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08008 08009 カイラワン観光 Ⅰ
貯水場跡=時代が何時ごろのものか不明であるが、いずれにしてもこの土木事業の素晴らしさに、目を見張るものがあった。現在まで、使われているとは見事である。写真をクリックすると拡大。


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2010年5月 5日 (水)

2006年チュニジア・マルタの記録 1

2006年1月、暖かいところと云うことで、アフリカのチュニジアとマルタの旅に出た。ところが例年になくミラノ空港が大雪に見舞われ、チェニス便が二日にわたり欠航となり、翌日夕方、バスで夜中にローマまで走り、なんとかチェニスに渡るというハプニングが起こった旅であった。
     *****     *****
08001_4 そんなわけで予定より三日遅れで、チュニジアの聖地・カイラワンのホテル「ラ・カスバ」に辿り着いた。
ホテルはアフリカのムードいっぱいである。

08002_3 「ラ・カスバ」のフロント

08003 「ラ・カスバ」の雰囲気

08004 一夜あけて、ホテルの周りを散歩してみると近くにモスクの塔があったり、市場もあるようだ。

08005 08006 写真をクリックすると拡大

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2010年5月 3日 (月)

ご朱印帖(西国)兵庫・大阪

近畿36不動尊のご朱印帖

3609 第9番 大龍寺
ふたたび山
神戸市中央区再度山1番地
TEL 076-341-3482
参拝 2010年4月19日
記事 2010年4月25日参照

361010番 無動寺
若王山地蔵院
神戸市北区山田町福地100
TEL 078-581-0250
参拝 2010年4月20日
記事 2010年4月26日参照

3611 第11番 鏑射寺(かぶらいじ)
獨鈷山
神戸市北区道場町生野107
TEL 078-986-4095
参拝 2010年4月20日
記事 2010年4月26日参照

大阪の神社
01 大阪天満宮

大阪市北区天神橋2-1-8
TEL 06-6353-0025
参拝 2010年4月20日
記事 2010年4月27日参照

大阪の寺院
01_2 一心寺
お骨仏
大阪市天王寺区逢坂2-8-69
TEL 06-6771-0444
参拝 2010年4月22日
記事 2010年4月28日参照

02
愛染明王・愛染堂
大阪市天王寺区夕陽ヶ丘5-38
TEL
参拝 2010年4月22日
記事 2010年4月29日参照

03_2
四天王寺・太子殿
大阪市天王寺区四天王寺1-11-18
TEL
参拝 2010年4月22日
記事 2010年4月28日参照

04
四天王寺・念仏堂
大阪市天王寺区四天王寺1-11-18
TEL
参拝 2010年4月22日
記事 2010年4月28日参照



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2010年5月 2日 (日)

ご朱印帖(西国)大阪

近畿36不動尊のご朱印

3601 第一番 四天王寺
亀井不動尊
大阪市天王寺区四天王寺1-11-18
TEL 06-6771-0066
参拝 2010年4月22日
記事 2010年4月28日参照

3602 第二番 清水寺
有栖山・清光院

大阪市天王寺区怜人町5-8
TEL
参拝 2010年4月22日
記事 2010年4月29日参照

3603第三番 法楽寺
たなべ不動尊
大阪市東住吉区山坂町1-18-30
TEL 06-6621-2103
参拝 2010年4月23日
記事 2010年4月30日参照

3604 第四番 京善寺
くわづ不動尊
大阪市東住吉区桑津3-21-9
TEL 06-6713-5526
参拝 2010年4月23日
記事 2010年4月30日参照

3605 第五番 報恩院
北向き不動尊
大阪市中央区高津1-2-28
TEL 06-6761-0543
参拝 2010年4月22日
記事 2010年4月29日参照

3606 第六番 太融寺
一願不動尊
大阪市北区太融寺町3-7
TEL
参拝 2010年4月21日
記事 2010年4月26日参照

3607 第七番 国分寺
宝不動尊
大阪市北区国分寺1-6-18
TEL
参拝 2010年4月21日
記事 2010年4月26日参照

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2010年5月 1日 (土)

久しぶり青葉眩しく五月入り

126今日から5月、まさに青葉の季節である。今年は日替わり天気で、寒暖の差が大きかっただけに、たまのお天気で眩しさが一層に強く感じられる。景気もこの調子で回復軌道に乗ってもらいたいものである。

  *****   *****
荒良寛さんのカレンダー、逆説的には「自己満足や過信はさらなる進歩の妨げになる」ということか?その英訳は
There is hope if you think you are stupid.
2010_0430_156 さて4月30日午後3時のスカイ・ツリーの定点撮影はこんな具合。右の定規代わりのポプラの枝に並んできた。そろそろ展望台の位置まで上がってきたものか。

写真をクリックすると拡大。

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