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2010年3月31日 (水)

333を5m抜いて338

1004_2 上野散歩

一昨日からテレビで伝えられるスカイ・ツリーの338mの高さ。東京タワーの333mを5m抜いたという話。
計画通りに工事が進めば、一つの通過点に過ぎないのだろうが、この大騒ぎぶりだ。
今日は久しぶりにお天気になったので、カメラ持参で上野の山へ。
2010_0315_0074 桜は5~7分咲きといったところだろうが、久しぶりの天気に恵まれ上野の山は、かなりの人出で大賑わい。

毎月定点撮影をしている両大師脇のバス専用駐車場に出てみると、やはり一月前とは一回り大きくなったような気がする。毎月30mつづ伸びるので、2012年春の完成予定だという。
それまで生きておれるのか・・・。東京の新名所誕生まで・・・。
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2010年3月30日 (火)

棚田の記録 千葉

2005年5月 百選の旅

015 大山千枚田(千葉・鴨川市)
050511 0505112


0505114 里見城050511_2 (余録)

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2010年3月29日 (月)

棚田の記録 長野7

2005年4月 百選の旅

024姫子沢(長野・東部町) 027滝の沢(長野・東部町)
050422 050422_2







037宇坪入(うつぼいり 長野・小諸市)
0504222_2 0504224

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2010年3月28日 (日)

棚田の記録・長野6

2005年4月 棚田百選の旅

035 姨捨(四十八枚田 長野・千曲市
0504213 0504215

036 稲倉(長野・上田市)
0504222 0504223

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2010年3月27日 (土)

棚田の記録 長野5

2005年4月 棚田百選の旅

038 田沢沖 長野大岡村
050421_4 0504212_5

028 根越沖 長野大岡村
050421_5 0504212_6

031 慶師沖 長野大岡村0504212_7 050421_6                                     

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2010年3月26日 (金)

コロラドを結ぶ大橋ベイブリッジ

2010_0321_101502 私の絵画 新作第2号

☆制作番号 101602
☆画 題   ベイブリッジ
☆サイズ  33㎝×42㎝
☆仕 様  マーメイド紙に
                  アキーラ
 (水性アルキッド樹脂絵具)

***   ***
南カリフォルニアの旅から。コロラド島とサンディエゴ市街を結ぶベイブリッジ。色味の少ない単純な構図。観光説明的な面白くない絵。雨がつづいているので、せっせと描いたもの。晴写雨描のたまもの。絵をクリックすると拡大。

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2010年3月25日 (木)

そめいの花ピークはどうやら今週末

1020036 上野散歩

3月20日から4月4日まで「うえの・さくら・まつり」が始まっている。「そめい」の開花宣言が23日にあって、まだ2~3個の花をつけたばかり。
1020039_2 そんななか上の写真は東照宮のモクレン。一足先に例年通りの見事な花をつけている。「そめい」などに負けないぞと云わんばっかりに目一杯の満開ぶりである。境内では屋台がかかり,祭りの準備万端と云う所。中の写真は
五条天神社の寒桜。ピンクの強い桜でこれも満開だ。寒桜は山には何本かあり、あちらこちらですでに満開。
10200310 下の写真は五条天神社のモクレンと寒桜。まさに紅白対抗といった様相を見せている。
寒の戻りでうら寒い毎日だが、上野の山は早くも春真っ盛りと云う所。どうもピークは27~28日とみられ、土日はさぞ賑やかになることであろう。

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2010年3月24日 (水)

いい香り梅のしだれに沈丁花

102003_22 上野散歩

昨日につづいて、上野の春を謳歌する脇役的花々の紹介。
左は両大師の境内に咲く沈丁花。白い花ビラをつけて咲き誇っている。
102003_23 一寸くたびれて来たか、まだまだ鮮やかな赤い花。寒椿の名残であろうか。
まだこれからも蕾も付けて、頑張っている。





102003_24 これまた、私には珍しいボケの八重。ピンクの花をつけている。これは伊豆栄・梅川亭の脇で発見したもの。



102003_25 下は数は少ないが輪王殿の境内にある「しだれ梅」。いい香りを放っている。

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2010年3月23日 (火)

上野山目線下げれば花盛り

102003_6 開花宣言がやっと出て、3連休が終わった。花と云えば梅に桜(そめい)と云って騒ぐのだが、どっこい春に咲く花々もそれぞれに自己主張をしている。その一つは野生の大根の花。上野には結構群生している。左の写真がそれ。

102003_4 国立博物館裏門近くの敷地内に広い範囲で群生している。時期的には盛りを過ぎたようにも見える。



102003_2_2 もう一つは道の脇に生垣として植えられたボケの花。びっしり白とピンクの地味な小さな花をつけている。


下の写真は赤のボケの花。珍しいと思って撮ってきた。
102003_5_2 これらは、地味ながら脇役として散歩道を楽しいものに演出してくれているのだ。
目線を下げて歩くと、いろいろな発見がある。

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2010年3月21日 (日)

新作をやっと仕上げた3月中

2010_0321_101501_2 私の絵画・新作

☆制作番号 101601
画 題  デル・コロナド ☆大きさ 41㎝×31㎝
☆仕 様   マーメイド紙に
        水性アルキッド樹脂絵具(アキーラ)
      ***   ***
昨年1月22日成田発でロスアンゼルスに飛び、空港からバスで暖を求めて南下、南カリフォルニヤ・サンディエゴのコロナド島の名門ホテル「デル・コロナド」に2泊した。純木造の古い建物で、年季は入っているが床はガタビシ、迷路のように廊下、部屋が複雑、しかし庭は立派で、専用のビーチを備えていた。絵ハガキ風ながら、これから描かないとこの旅の記録は始まらない。小品ながら今年の第一作である。
南カリフォルニア・サンディエゴと云えば、メキシコ国境に近く、港はかってアメリカ太平洋艦隊の基地、軍港である。先ほどサンディエゴ湾の先端部ポイント・ロマに寄ってきたが、ここから深い入り江になっている天然の良港と云う感じが、素人にもわかる。何の縁か今回で、3回目の訪問である。写真をクリックすると拡大。


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2010年3月20日 (土)

ご朱印帖(関東)埼玉県

武蔵野33観音のご朱印

20_4第20番  龍圓寺(りゅうえんじ)
真言宗智山派・虚空蔵尊・千手観音
入間市新久717
TEL 042-936-1845
参拝 2010年3月15日
記事 2010年3月17日参照

21_2 第21番 高正寺(こうしょうじ)
曹洞宗・虚空蔵尊・聖観音
入間市仏子1511
TEL 042-932-0954
参拝 2010年3月15日
記事 2010年3月18日参照

22 第22番 圓照寺(えんしょうじ)
真言宗智山派・如意輪観音
入間市野田158
TEL 042-932-0829
参拝 2010年3月15日
記事 2010年3月18日参照

関東88ヵ所霊場のご朱印
73 第73番 圓照寺(えんしょうじ)
真言宗智山派・阿弥陀如来
入間市野田158
TEL 042-932-0829
参拝 2010年3月15日
記事 2010年3月18日参照

ご朱印をクリックすると拡大

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2010年3月19日 (金)

ご朱印帖(関東)埼玉県

武蔵野33観音のご朱印

16 第16番 慈眼寺(じがんじ)
曹洞宗・聖観音
狭山市入間川1-9-39
TEL 042-952-2611
参拝 2010年3月15日
記事 2010年3月16日参照

17 第17番 徳林寺(とくりんじ)
曹洞宗・釈迦三尊・聖観音
狭山市入間川2-3-11
TEL 042-952-2507
参拝 2010年3月15日
記事 2010年3月16日参照

18 第18番 蓮華院(れんげいん)
真言宗智山派・不動明王・千手観音
入間市春日町2-9-1
TEL 042-962-2254
参拝 2010年3月15日
記事 2010年3月17日参照

19 第19番 東光寺(とうこうじ)
真言宗豊山派・不動明王・聖観音
入間市小
谷田1437
TEL 042-962-5442
参拝 2010年3月15日
記事 2010年3月17日参照

ご朱印をクリックすると拡大。

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2010年3月18日 (木)

二観音地元豪族の建立や

寺社集印=埼玉・入間市

2010_0315_0060 武蔵野33観音第21番 諏訪山・高正寺(すわさん・こうしょうじ)
今から800年ほど前の鎌倉時代初期に、この地の豪族金子余市近範によって開創された古刹。金子家はこの加治丘陵で製鉄業を営み財をなした。近範公の持念仏である虚空蔵菩薩をご本尊に、札所本尊に聖観音をお祀りしている。曹洞宗のお寺。

2010_0315_0070 第22番 光明山・圓照寺(こうみょうざん・えんしょうじ元加治弁財天もとかじ・べんざいてん)平安初期弘法大師が堂宇を創立したという。鎌倉時代初期には武蔵丹党の加治氏の菩提寺として円照上人が弁財天を勧請し諸堂を整備して開山となった。
2010_0315_0073 ご本尊は加治氏の守り本尊とされる阿弥陀三尊、札所本尊に如意輪観音が安置されている。
ここは弘法大師ゆかりの寺として関東88ヵ所霊場第73番なっている。真言宗智山派のお寺。

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2010年3月17日 (水)

狭山茶の香り豊かな観音さん

寺社集印=埼玉・入間市

                武蔵野2010_0315_003033観音 第18番 世音山・蓮花院(せおんざん・れんげいん・黒須観音)
建仁元年(1201年)「新古今集」の代表的歌人・寂蓮法師が東国巡幸の際、黒須川を渡り里人とはかり堂閣一宇を創立、千手観音を本尊としたという。

2010_0315_0031 境内には寂蓮法師の古碑が現存、ケヤキ、杉、イチョウ、カツラの大木に覆われ、夏の百日紅、秋の紅葉と、池を配した日本庭園風の佇まいは静寂、まれにみる浄域。新田義貞の鎌倉攻めに際して、ここ黒須観音に必勝を祈願したという名のある古刹。

2010_0315_0041 第19番 法栄山・東光寺(ほうえいざん・とうこうじ)茶畑を望む高台にあり、創立の年代は不詳であるが、中興開山は永昌16年(1519年)印融法印とされる。数度の火災に遭い古書記録などすべて失ったという。現在の本堂は寶暦元年(1751年)霊妙和尚により建立されたもの。
ご本尊は不動明王、札所本尊は聖観音、真言宗豊山派のお寺。

2010_0315_0050 第20番 龍岳山・龍圓寺(りゅうかくざん・りゅうえんじ・新久観音あらくかんのん)
建仁のころこの地に草庵を結んだ僧・寂蓮が小名田谷の井戸から出現したと伝えられる10㎝ほどの金の千手観音像を安置したのが始まりという。その後数度の火災にあい、宝永6年(1709)年に僧・俊擧の中興以来現在に至っているという。神仏共存の地区で、神田ばやし隠岐流(市の無形文化財)や鉦はり(双盤)の保存活動が盛んで、この寺を中心に進められている。真言宗智山派お寺。

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2010年3月16日 (火)

街中に安らぎあたえる聖観音

寺社集印=埼玉・狭山市

義兄の墓地が狭山湖畔霊園にあり、春の彼岸までにと気にしてはいたが、天気も回復、暖かになるというので。今年初めて関越高速に乗り所沢まで走る。西武所沢球場に隣接する霊園からはドームの屋根が林越えに見えるなかなかいい場所であった。

2010_0315_0010_3 無事墓参をおえ、一昨年3月以来の武蔵野33観音霊場の巡拝となる。まずは狭山市入間川にある第16番札所=妙智山・慈眼寺(みょうちざん・じがんじ)境内工事のため、仮枠などが巡らされ、いい雰囲気とは云えなかった。
2010_0315_0011 新装なった寺務所はモダンなもので、写真を披露するのはおそらく初めてではないだろうか。
ご本尊は聖観世音菩薩、曹洞宗のお寺。近くに航空自衛隊入間基地があり、騒々しいところと想像していたが、その割でもなかった。入間川はかっての宿場町で、遊郭の栄えた町と云われるが、それだけ遊女たちの深い信仰を集めた「黒こげ地蔵」の由来なども残っている。

2010_0315_0020 第17番は狭山駅西口を北に行った所、ビル群に囲まれた町の中、平成5年完成の木造本堂がある。福聚山・徳林寺(ふくじゅざん・とくりんじ)ご本尊は釈迦三尊、札所本尊は聖観音、これは右側の墓地の山上に新装なった観音堂に安置されている。唐からの渡来仏とされ、台座と光背は鎌倉時代の作とされている。
2010_0315_0023 当山の創立は元弘3年(1333年)新田義貞が鎌倉攻めの本陣館
とし、その守護仏として聖観音を安置、地頭・小沢主悦が開基となったもの。また文和元年(1532年)から7年間、足利基氏が関東管領の入間川御所としたという由緒ある曹洞宗のお寺。、

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2010年3月15日 (月)

開設後3年半で1000件

クイーン・メリー2 インド洋横断クルーズ(最終回)

02173 昼食後、ベイエリアに出て、高層ビル群の中をドライブ。
写真は川を隔てて立つドリアン形のエスプラネード・シアターと背後のビル群。オフィスに、ホテルに、住宅にと、どちらを向いてもまさにビルの乱立である。
02174 そうした中、憩いの場所となっているのがベイエリアの先端にあるシンガポールの象徴・マーライオンで、滔々と水を吐き出している。水と云えばシンガポールは国土が狭く、水事情も深刻なようだ。
この水は浄化して再利用されていると聞く。したがって、水質汚染には神経を使っているようだ。


02177 旧正月前の買い物で賑わう市の中心部に入る。シンガポールも他民族の国家。中でも中国系、インド系の住民が多く、それぞれにチャイナタウン、あるいはリトル・インデァといったエリアを形成している。写真はチャイナ・タウンのほぼ中央に位置する中国仏教の寺院。正面から見ると五層の大規模なもの。その周りの商店は特にごった返しのにぎわいである。
02178 我々の泊るグランド・ハイアットもこの並びで、その前を何処から来たかと思わせる、人の波が一晩中つづいていたようだ。オリエンタル・パワーを見せつけられた。
陸に上がっての一夜を過ごし明日は空路帰国する。
(おわり)

***お知らせ***

偶然にも本号で1000回を数えました。ブログ開始からほぼ3年半です。ご協力有難うございました。YUZO

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2010年3月14日 (日)

QM2に別れを告げたシンガポール

クイーン・メリー2 インド洋横断クルーズ(25)

02164月6日 早朝に本船はシンガポール港に入った。写真は5時前の港。ここでも一般のバースに付けられず、7時にコンテナ岸壁の着岸となる。現在位置は北緯02°59’東経101°20’と推定される。結局北半球にとどまり、南半球には至らなかったようだ。長いような、短いようなQM2のインド横断クルーズ4000海里(7500km)は、我々にとっては終わりとなる。お世話になったクルーと別れ、荷物の運ばれているクルーズ・センターへバス移動。
02168 感傷にふける間もなく、トランクを受け取り、現地ガイド・スハイミさんと合流、狭い巨大都市シンガポールの観光に出発。まずはじめが宝石工房。極めて高い加工技術によって数々の宝石が磨かれ、世界に向けて出荷されているという。ショウルームは見事であったが、手は出ない。
02169 昼食はシンガポールでは一番の老舗ホテル「ラッフルズ・ホテル」正面玄関から風格のある佇まいであった。下船後のひと時を中のショップなど覗きながら、ゆったりと過ごした。中庭には年代物の噴水もあった。
02171 シンガポールは面積の割に人口が多く、都市問題では頭が痛いようだ。したがって、建物は上に上に、さらに大規模な地下街を作るなど、あちこちで建設工事が続けられている。ホテルの建設も活況のようだ。
(つづく)写真をクリックすると拡大。

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2010年3月13日 (土)

さすが首都高層ビルが立ち並ぶ

クイーン・メリー2 インド洋横断クルーズ(24)

02159 2月5日 マレーシアの首都クアラルンプールの観光を続ける。ヒンドゥー教の聖地バトゥ洞窟を後にして、次は近代的な特産品「錫」を精製加工しているロイヤル・セランゴールの工場の見学。一つ一つ手造りで、しかも高精度で仕上げていく行程を見た。写真は工場中庭に飾れれた巨大ビア・ジョッキ、勿論「錫製」。
02160 今日はイスラム教の礼拝日にあたる金曜日、お昼近くには道路はかなり混雑し、昼食のレストラン・サロメに辿り着くまでに、かなりの時間がかかった。やはり大都市である。中庭からツイン・タワービルも望まれた。サロメではマレーシア料理を御馳走になったが、どんなものだったか忘れてしまった。ここはチョコレート屋でもあってが、これまた興味はなく、見もしないでパスしたものである。
02163 午後から急に暗雲が立ちこめ、猛烈なスコールに襲われた。この旅行で初めての雨、それが凄まじいものだった。
屋外観光は取りやめ、バスの中から各国の大使館のかたまった地域を眺めながらバティック(ろうけつ染め)の工房に逃げ込んだ。温めた蝋をひたした専用ペンで、下書きの無い生地の上にスラスラと模様を描き込む様は、まさに熟練の技であった。
滝のようなスコールもポート・ケランに帰るまでにはすっかり上がって強い日差しが戻って来た。
18時に本船は、われわれの下船するシンガポールに向け出港。余ます航行距離は785海里(1450km)と表示されており、あのマラッカ海峡の通過となる。
(つづく) 

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2010年3月12日 (金)

見事なりヒンドゥー教のムルカン神

クイーン・メリー2 インド洋横断クルーズ(23)

02155 2月5日 ポート・ケランで現地ガイド・ウォンさんと合流して、首都クアラルンプールに向かう。
まずはヒンドゥー教の聖地「パトゥー洞窟」。大きな門を入いった境内には、最近お祭りがあったのか、飾り付けをした多くの出店が軒を連ね、観光客も交えての賑わいである。さすがに聖地だ。
02157 右手にこれまたゴールド・カラーの巨大な像が聳えている。ヒンドゥー教のムルガン神の像である。人間が蟻のように周りを行交う。
正面にさらに門があり洞窟に登る272段の石段が控えている。息を切らしてこの石段を登り切ってところが鍾乳洞のような洞窟の入り口。

02158_2 この岩山をくりぬき洞窟とした中にヒンドゥー教の寺院、いわば本堂が組み込まれているようだ。
こちらは教徒でもなく、旅の疲れもあって、石段登りはご遠慮申しあげた。しかし手の込んだ飾り付けは如何にもオリエンタル風のもので、一見の価値はある。
(つづく) 写真をクリックすると拡大。

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2010年3月11日 (木)

マレーシア首都の玄関ケラン港

クイーン・メリー2 インド洋横断クルーズ(22)

02150 月5日 本船は8時、第四の寄港地ポート・ケランのスター・クルーズターミナルに接岸。この港はマレーシアの首都クアラルンプールの海の玄関口。クアラルンプールまで車で45分ほどという。
02151 港に入港した4時40分の時点で本船位置は北緯06°43’東経100°53’、ペナンからの距離232海里(430km)、また気温29℃ 湿度78% であった。
まさに南国に来たなぁ・・・という実感と、この旅も終りにちかづいたなぁ・・・との思いが交錯する。
02154 ここでも太鼓の大歓迎をうけてターミナルを抜けた。垣間見る本船は、やはりハミ出た恰好で止まっている。
クアラルンプールは1896年にイギリス統治が始まって以来マレー連合州の州都、1957年イギリスから独立して実質的なマレーシア連邦の首都になった。
これからクアラルンプールへ移動する。
(つづく)写真をクリックすると拡大。

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2010年3月10日 (水)

驚いた天然色の涅槃仏

クイーン・メリー2 インド洋横断クルーズ(21)

02131_2 2月4日  タイ式仏教寺院ワット・チャヤマンカランを訪ねる。ここには世界で四番目に長い、全長33mの寝釈迦仏があると聞いた。しかし、確かに大きいものではあるが、総天然色で眼を見開いた涅槃仏は我々の想像上の異常さを感じ、これがタイ式なのかと思った。 しかし信者らしい参詣者はかなり多く見受けられた。
02134 道を隔てて真正面に、これまたタイ式の仏教寺院があり、ついでと云っては何だがお参りしてきた。
さて、盛り沢山の見学だったが、最後がクーコンシー。ここは中国・福建省からペナン島に渡り、巨額の財を築いたクー・一族が建立した中国寺院で、さまざまな細かい装飾が施されているのが、印象的だった。また周りを取囲むように一族の館が並んで、この一帯が世界遺産に登録されている。
02137 昼食はジョージタウンの北西部に当たるリゾート地の「シャングリラ・ラサヤン・ホテル」まで足を延ばし、中国に因んで飲茶を楽しんだ。
本船は18時第四の寄港地にポート・ケランに向け出港した。
(つづく)写真をクリックすると拡大。

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2010年3月 9日 (火)

東洋の真珠と呼ばれるペナン島

クイーン・メリー2 インド洋横断クルーズ(20)

02121 ペナン島ジョージタウンの市内観光は中国系のワンさんのガイドで始まる。なかなか日本語が堪能である。はじめに訪ねたのが、港に接するコーン・ウォリス要塞。東インド会社のフランシス・ライト提督が1786年、初めてペナン島に上陸した場所に築かれた要塞と云う。
02122 湾に向かって築かれた要塞の砲門は前方に向けられ、外敵を威圧する。鉄製の大砲はかなりさびているが、青銅製のそれは、今なおしっかりしたものであった。右手には港のターミナルからはみ出した本船の後ろの部分も垣間見られた。
02126 次はマレーシア特有の人力三輪車「トライショー」に乗って市内を一時間ばかり走る。前に客二人を座らせ、後ろから自転車を漕ぐというもの。なにぶんにも重い自転車だからスピードは出ないが、小回りはきき、乗り心地は悪くなかった。
02127_2
多民族国家であるマレーシアだけに町の中はインド人街や中華街、また宗教も極めて多様で、イスラム教、ヒンドゥー教、仏教、キリスト教など宗教施設、教会、寺院が集中している。
ペナン島は、まさに「東洋の真珠」と呼ばれるに、ふさわしいマレーシア随一の観光都市であるという。
(つづく)写真をクリックすると拡大。

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2010年3月 8日 (月)

今日も晴ペナン島への上陸だ

クイーン・メリー2 インド洋横断クルーズ(1902116

2月4日 本船は8時第三の寄港地マレーシア・ペナン島のスウアッテンハム・ピアに着岸。ジョージタウンの玄関口、小じんまりしているが、なかなか立派なターミナルビルである。マレー半島とを結ぶフェリーが頻繁に往来しているという。
02117 埠頭から前後、はみ出んばかりの本船の到着でターミナル通路では大歓迎を受ける。
一方、ここにも半島側のバーターワースとの間に、長さ12kmに及ぶペナン・ブリッジが架けられ、陸路でも結ばれているという。
02118 マレーシアの首都クアラルンプールからは北西約350kmの距離にあり、島の人口は70万人、その半分の35万人がここジョージタウンに住んでいる。住民は中国系が最も多く、そのほかインド系タミル人、マレー系住民などで、それぞれのコミュニティが形成されており、これはかっての海峡植民地時代から、ずっと存続してきたようだ。

さて、港・スウアッテンハム・ピアにある本船の位置は北緯05°25’東経100°20’。ペナンからの距離は232海里(430km)であった。気温27℃ 湿度84%汗ばむばかりの快晴である。
(つづく)

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2010年3月 7日 (日)

ガタビシと往復したよ島の町

クイーン・メリー2 インド洋横断クルーズ(18)

02107 第二の寄港地、タイのプーケット。3連続、2連続の終日航海がつづいての上陸だけに、時間もあることだし、パトン・ビーチの昼食だけでは勿体ないということで、反対側にある島の中心の町、プーケット・タウンを訪ねることにした。
02108 それはいいのだが、交通手段だ。乗り合いのバスがあるというので、停留所らしき所に行くと「ソンテオ」と称するオンボロ・バス。左右の席はすでに満員と思われるのに、25㎝幅の木製ベンチを引っ張り出して、詰めて座れという。
02109 まさに寿司詰状態で、なんとか動き出したが、クッションなどないガタガタ車、勿論スピードは出せないし、峠の坂道が登れるのか不安に思うシロモノだった。時計塔のあるロータリーの所で下車。ごしゃごしゃしたマーケットの周辺を散策したが、見るべきものはなく、ごった返しの町の中という感じ。
02113 今度は港へ帰る時間が心配になってきた。3時過ぎだというのに、やたらと車の数が増えて、ラッシュアワーの様相。なんとかオート三輪車に座席をつけた、タクシーもどきの車を捕まえ、時間内には帰ってこれた。
19時30分本船は第3の寄港地マレーシアのペナンに向け出港した。インド洋との別れにふさわしい見事な夕焼けを見ながら・・・。
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2010年3月 6日 (土)

QM2左右の二隻と鉢合わせ

クイーン・メリー2 インド洋横断クルーズ(17)

02102_2 プーケットのパトン・ビーチ散策を始める。
1933年プーケットは一島一県として独立、1967年サラシン橋で本土とつながり、1976年国際空港開業と名実ともに世界有数のリゾート観光地に発展した。しかし2004年12月スマトラ島沖地震による大津波で、多数の犠牲者と被害をこうむった。
しかし、その後の復興は目覚ましく、現在ではその傷跡は殆ど見られなくなった。ビーチに面した商店街も活気を取り戻し、多数の観光客が戻っているという。
02103_2 ビーチの立ち並ぶパラソル越しに海に眼をやると、折しもQM2を挟むように小さな客船が入ってきて鉢合わせの状態になっている。シーズンを迎えて観光客が戻ってきている様がよくわかる。どこもかしこも大賑わいである。
02106_2 ビーチからさらに角度を変え、望遠レンズで、手前に引き寄せると、風の向きも若干変わったせいでQM2の全容をほぼ捉える事が出来た。15万㌧はさすがにデッカイ。
(つづく)

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2010年3月 5日 (金)

プーケット観光ボートのお出迎え

クイーン・メリー2 インド洋横断クルーズ(16)

02095 2月3日 第二の寄港地タイのプーケット。本船は沖止めで、テンダーボートでの上陸となる。ボートの後方から本船の全景写真を撮ろうと思ったのだが、安全のため乗船は番号順に押し込まれ、前方の席になってしまった。
02098 ところがこれが幸いして、パトン・ビーチに至る間、浜辺に並んで待ち構える様々な観光ボートを十分に撮ることが出来た。何艘か群れごとに待機しており、それぞれ趣むきの異なるスタイル、それに飾り付けが微妙に変わっており面白かった。
02099_3 02100_2 いよいよ上陸。手造りのような桟橋に降り立った。出口では、例の水上ボートの呼び込みが盛んで、なかなかの混み合いであった。まず桟橋から離れて頭越しにQM2を狙ったのだが、風向きがこちらからで、ほぼ正面を向いていた。それにしてもデッカイ。
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2010年3月 4日 (木)

パトン湾両手を広げて「さあ!どうぞ」

クイーン・メリー2 インド洋横断クルーズ(15)

02083 2月3日 本船はタイのプーケット沖・パトン湾に到着して投錨。南に開けた広い湾だ。これでは「津波さん、いらっしゃい」と手を広げているようなものだ。今日お天気波静かだ。
02084 現在位置は北緯07°53’東経98°18’ コーチンからの距離は1474海里(約2730km)ドバイからでは2937海里(約5400km)これでインド洋をほぼ横断したことになる。
気温27.5℃ 湿度81%と程よい気候である。
02085慌ただしく朝食を摂り、下船準備02086_2をする。今日は沖止め、初めてのテンダーボートによる上陸
である。
7デッキに出てみると左右のボートを降ろす作業が始まっている。

02089 海岸に面したパトン・ビーチにはカラフルなパラソルが並び、海水浴客も随分見える。この機会に本船の全景写真が撮れるのではないかと期待に胸をふくらました。
(つづく)

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2010年3月 3日 (水)

海を見て絵を見ビデオ見寿司を見る

クイーン・メリー2 インド洋横断クルーズ(14)

02185 2月2日 今日も引き続き終日航海である。まずは7時30分現在のビデオ・ログによると、位置は北緯06°43’ 東経87°55’ 速度は24.5ノット コーチンからの距離847海里(1,500km) 気温27℃ 湿度81% 気圧1005hpa 海上は穏やか(1.25~2.5m)といった状態で、インド洋とはこんなにおとなしい海かと疑問に思うようだ。
02186 キャビンの感じを紹介すると写真上が窓を開けベランダ越しに海を見る。ベランダにはテーブルとチヤー。天井はあるが、海側はオープン。完全な外気温。
写真中はツイン・ベッドの上に懸けられた油絵。下は通路側の壁の油絵。

02187 ともに抽象ぽい感じの、浜から海を見た風景で、いい感じであった。
お昼は「お寿司ランチ」が出るというので覗いてみたが、サーモン主体の握りと巻物。見た目は大皿に綺麗に並べられていたが、無難なレギュラーなランチで済ませた。
02188 13時現在の船の位置は北緯07°06’東経90°10’ベンガル湾の3分の2位のところにいる。
さて、明日訪れるタイ国のプーケット島の予備知識。プーケットと云えば5年前の大津波。復興は急速に進み、国際リゾート地として官民挙げてのキャンペーを展開しているという。一つの島で、一つの県をなし、貿易の要所としても発展しているようだ。
本船は21時現在プーケットまで260海里(約500㎞)に接近している。
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2010年3月 2日 (火)

潮風をうちわ代わりの昼寝かな

クイーン・メリー2 インド洋横断クルーズ(13)

02181 2月1日 本船はインド・コーチンを発って(2月24日号からの続き)タイのプーケットに向け航行中である。したがって今日、明日と終日航海だ。ドバイから1,463海里(約2,700㎞)走った。
02182_2 7時10分のビデオはスリランカの南部を示しており、本船は東に向きを変えようとする位置にある。北緯06°38’ 東経78°58’であった。速度23ノット、気温28℃、湿度81%、気圧1008hpa,海上は穏やか(1.25~2,50m)天気は薄曇り、一寸蒸し暑いが絶好の航海日和である。
折しも長いタンカーと沖合をすれ違った。海面を這うように進んでいる。これまた長閑な風景だ。
02183 7デッキの甲板に出てみると穏やかなインド洋が果てしなく続いている。ほぼ赤道直下(11時25分現在、北緯05°45’ 東経80°17’)の太陽のもと、23ノット(時速約42㎞)のスピードで、海風一杯に受けながらの航海は何とも云えない心地よさである。
02184 一方、終日航海日となると船内の催し物は盛り沢山である。(船内新聞に掲載される)今日の例をあげると
9:00 カソリック・ミサ 9:30 トランプ講習会 10:00卓球大会、デジカメ・ゼミ、水彩画教室 10:15 教養講座(探検家・ヘイエルダール)、インド民族衣装・デモンストレーションなどなど。
午後もびっしりスケジュールは続く。またピアノ演奏、ジャズ演奏、弦楽四重奏、またミュージック・ショーなど、さらに映画も一晩中上映されている。カジノも盛んだ。スポーツ・ジムもある。
なにせ2,000人以上の乗客が広いといっても、限られたパブリック・スペースに往来する。甲板、サンデッキは日光浴で、一杯だ。
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2010年3月 1日 (月)

明解な答えは豊富な知識から

124 今日から三月。荒良寛さんのカレンダーをお届けする。
「よく解っている人は、難しいことを易しく話す」のだそうである。確かに本人がよく理解できていないのに、知ったかぶりして吹きまくる。また、とくに難解な言い回しで、聞いてもいないのに、くどくどと説明する。かかる輩とは付き合えない。この英訳は
A knowledgeable person can explain difficult things simply.

1003 さて、月末に撮ったニュータワーの写真。工事の進み具合は順調なようで、かなり高くなったように感じられる。尺度代わりに入れているポプラの枝に接近して来ている。
雨上がりの晴天で、しかも夕方の撮影なので、ことのほか頼もしく感じられるようになった。楽しみが増えて来た。

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