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2009年10月31日 (土)

ベルナーの山群眺めリギに座す

091514 私の絵画 新作

☆制作番号 091514

☆題名 ユングフラウ三山

☆大きさ F10号(53㎝×43㎝)

☆仕様 マーメイド紙にホルベイン水彩絵具、アキーラ

   *   *   *   *

スイス旅行でリギ山に登り、その山頂から対面するユングフラウ三山に連なるベルナー山群を望遠出来た。しばし座して目を細めて眺めたものである。この絵は正直言って8倍の望遠によるものだが、首都ベルンのホテルからのものと角度も、時間も違い、厳しく迫って来るものがあった.    

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2009年10月29日 (木)

「デジカメ」海外の記録

01050 ロイヤルクリッパー地中海クルーズ(13)

ロイヤルクリッパー号の地中海クルーズも最終寄港地ニースでフェナーレを迎える。7ヶ国語を駆使してのレクチャーが好きだったドイツ人キャピテン始め、クルーの皆さんとお別れのときが来た。帆船航海お世話様でした。

01047 陸に上がって今日はニースで一泊、明日の便で帰国する。実質7日間のクルーズは長いようで短かった。沖に停泊中のロイヤルクリッパー号も寂しげに見えた。

01048 市内に入り、小高い丘の上からはニースの町が一望された。

(おわり)

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2009年10月28日 (水)

[デジカメ」海外の記録

01041_4 ロイヤルクリッパー地中海クルーズ(12)

本船は第6の寄港地モナコ王国のモンテカルロ港に入港接岸した。さすが大都市、埠頭も立派なもので、。見物人も多数集まっている。そんな中、下船するのはなにか照れくさかった。
01044_2 さっそく丘の上にあるモナコ王国の王宮地区にバスで登る。近代的な建物が軒を連ね、それらしき建物には衛兵が立つている。交代式には観光客が集まるのだろう。

01046 小雨の中、モナコと云えばこの王宮地区で、観光客の多くが訪れ、我々同様の日本人グループにも、何組かに出会った。また、この日は港の広場でモーターレースまで行われていて、その騒音たるや凄まじく、丘の上まで響き渡っていた。


01045 帰りはテクテクと歩いて坂を下り、その途中きちんと整備されたボート・ハーバーが望まれた。綺麗に係留されたボートを眺め、小鰯の目ざしを連想したのは、そろそろ里心がついたのかも・・・。

(つづく。写真をクリックすると拡大)

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2009年10月27日 (火)

「デジカメ」海外の記録

01033 ロイヤルクリッパー
地中海クルーズ(11)

地中海クルーズも島巡りからいよいよイタリア本土に上陸する。そこはポルト・ヴェネーレ、第5の寄港地である。
下船して、バス待ちの間に港の上に城郭というか、砦というか広場に登ってみた。見晴らしのいい要塞跡地であった。この辺で天気が曇りから本格的な雨になり、チンクェ・テッレ地方の村巡りが厳しくなってきた。
01034 海岸にそった道をラ・スペッツアまでバスで移動、そこから汽車でヴェルナッツアに移動するというが、雨はますます強くなり、内心早く船に帰りたい心境になった。
01036 天気が良ければ地中海に面した海岸線は見事なものだろうが、この雨ではどうしょうもなく、写真撮影もままならなかった。
予定は予定、ヴェルナッツアまで汽車で移動し、そこで昼食にありついた。
01038 それから早々に汽車でバック、マナローラで途中下車して、町中を散策した。傘をさしての道行は辛いものだった。さっぱり記憶に残っていない。
本船は第6の寄港地モナコに向かった。

(つづく。写真をクリックすると拡大)

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2009年10月26日 (月)

水運を利用してきた島の町

091513 私の絵画 新作

☆制作番号 091513

☆題名 ストラスプール島の町

☆大きさ F10号(53㎝×43㎝)

☆仕様 マーメイド紙にホルベイン水彩絵具とアキーラ

   *   *   *   *

「仏領アルザスからスイス」の旅でドイツ、フランスへと入り「ヨーロッパの十字路」と呼ばれる交通の要所ストラスプールに至った。その旧市街は川と水路がぐるぐる張り巡らされて、まさに島の町である。水運を利用した産業が集中していたのだろう。ドイツの伝統的な木組みの家が立ち並び水とともにその風情を醸し出している。

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2009年10月25日 (日)

一つだけ願いが叶う宝牛

091512_2 私の絵画 新作

☆制作番号 091512

☆画題 大山寺(だいせんじ)の宝牛

☆大きさ F10号(53㎝×43㎝)

☆仕様 マーメイド紙にホルベイン水彩絵具とアキーラ

   *   *   *   *

一昨年の11月に出雲国神仏霊場を巡拝したとき、第10番札所「大山寺」境内にこの「宝牛」を発見。今年は丑年、それに因んで描いてみたものの、もう11月。手遅れの感あり。「一つだけ」願いを込めて、この牛の鼻先に触ってお願いすると成就するのだそうである。

     *** お知らせ ***

私の個展「第15回水彩画展」を下記の通り開催します。是非お立ち寄りください。          

            記
会期 2009年11月9日(月)~11月14日(土)
会場 銀座ふそうギャラリー
            東京都中央区銀座1-7-16 
              TEL 03-3561-7908
時間 平日は11時30分~18時30分
  
(初日は午後1時から。最終日は午後4時まで)

   *******    *******

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2009年10月24日 (土)

屋根越しに太平洋を眺めけり

012 寺社集印=岩手・陸前高田市

今日はカーナビまかせで北上から陸前高田までのドライブ。お天気はなお快晴である。市街地に入ったが目標が定まらず、郵便局に飛び込んで教えてもらった。
通称「気仙成田不動尊」山腹に如意山・
金剛寺(にょいざん・こんごうじ)東北36不動尊霊場第24番札所があった。仁和4年(888年)創建とある。ご本尊は如意輪観世音菩薩、不動明王、真言宗智山派のお寺。
013_2 伊達正宗、二代忠宗は地方巡視の際には当寺が宿所に当てられたという。近郷の末寺30余の本寺として 、また徳川時代からは常法談林・法談の中心的役割を果たした。現代でも真言行者の修業道場であるという。境内右側の山頂には千葉・成田山から勧請された不動明王・両童子が祀られた不動堂がある。(写真中)本堂屋根越しに市街地と太平洋が展開していた。

014 曹洞宗の古刹=海岸山・普門寺(ふもんじ)奥州33観音霊場第29番にお参りする。草創は本山・永平寺よりも二年古いとされている。開山した記外和尚は三度宗に渡航して、皇帝より多くの宝物を賜り、現在のご本尊である聖観世音菩薩はその一つ(県有形文化財)であるという。また江戸期の豪華な山門も有名である。
次にバックして内陸の大東町に向かう。

(つづく。写真をクリックすると拡大)

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2009年10月23日 (金)

ありがたや住職夫妻のご接待

寺社集印=岩手・奥州市(水沢、江刺)

009 旅はお天気に恵まれて順調に進み、翌日予定の奥州市に入る。
水沢公園の中に鎮座し、陸中国一の宮である
駒形神社(こまがたじんじゃ・旧国幣小社)に参拝。御祭神はいろいろあり駒形大神としよう。創建については雄略天皇のころ(456年)関東の毛野一族によるもの、日本武尊の東征の時、また坂上田村麻呂の征討の時など諸説があるという。以上のほか、源頼義・頼家親子、奥州に繁栄を築いた藤原一族と多くの武将が武運祈願に立ち寄るなど、武家の崇敬の厚い神社のようである。安政6年(1859年)の大火で類焼、文久3年に11代城主・留守邦命が再興、その本殿はいまなお現存しているという。

010 通称「江刺不動尊」で知られる興性寺(こうしょうじ)東北36不動尊霊場第22番にお参りする。ご本尊は大日如来、不動明王、毘沙門天、元和8年(1622年)宮城県栗原郡から移転したもので、開祖は多聞院興性師、真言宗智山派のお寺である。
011 岩谷堂城伊達氏(岩城氏)の祈願所として、また近隣からも格式高く扱われていたお寺という。ちなみに山門は岩谷堂城の裏門の遺構だそうだ。
予定よりも多くの寺社を、しかも苦難?の峠越えをしてきただけに、お住職ご夫妻のご接待は有り難かった。合掌。
北上駅前に宿を取り、明日は陸前高田までの往復となる。
(つづく。写真をクリックすると拡大)

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2009年10月22日 (木)

みぎひだりカーブを切って遠野市へ

寺社集印=岩手・遠野市

006 宮古・松崎を発ち遠野に向かう。国道45号線を釜石経由の方が道がいいと聞かされたのだが、国道283号まで行かず、途中早めに県道35号に入ってしまい、カーブの多さとアップアウンに閉口した。それでも何とかお昼前には辿り着いた。

007_2 松崎町駒木にある福泉寺(ふくせんじ)東北36不動尊霊場第21番は一山そっくり境内といった感じの広大なもの。遠野盆地が一望できる絶景である。まず開創者・佐々木宥尊住職が20年の歳月を要して彫りあげた総高17mの一本彫(日本一)の大観音像を拝す。坂東33観音、山を降りながら西国33観音の石像を拝しながら本堂に。真言宗豊山派のお寺で、ご本尊は不動明王と聖観音、大正元年(1912年)開創。通称「遠野のお不動さん」で親しまれているという。

008 市内中心部白岩にある遠野郷八幡宮(とうのごうはちまんぐう)を参拝。多くの老松に覆われた境内はまさに鎮守の森。由緒は定かではないが、文治5年平泉の藤原氏追討に従軍した功により、源頼朝から遠野郷を賜った阿曾沼広綱が「館」を築き八幡神を祀つたのが、始まりのようだ。大正2年に本殿・幣殿を改修し、昭和25年に出雲大社の分霊を合祀して現在の名称になったもよう。

難所を抜けて遠野市まで辿り着いた割には時間が早く、もう一山越えて奥州市に向かう。
(つづく。写真をクリックすると拡大)

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2009年10月21日 (水)

極楽の浄土を偲ぶ絶景かな

寺社集印=岩手・宮古市

004 盛岡市から国道106号線で真っ直ぐ宮古市に向かう。今日も快晴、途中「道の駅」などに立ち寄りながら、ゆっくり走って午前中に宮古市に到着。
左の山手「長根」に
長根寺(ちょうこんじ)東北36不動尊霊場第20番札所はある。通称「長根不動」真言宗智山派のお寺で、ご本尊は不動明王。宮古市小山田に、坂上田村麻呂が蝦夷征伐の折、勧請されたと伝える薬師堂があり鐘が保存されている。その鐘の銘に「黒森に観音、長根に弥陀仏を奉祀し、三所一体の霊場とする」とあり、嘉永元年(1848年)の草創と伝えられている。ここからの眺めも見事だった。

005_2 せっかく宮古まで来たので、午後から浄土ヶ浜に回る。そこでまず「島めぐり」の遊覧船で海から眺めることにした。岸沿いに陸中海岸を北上、白い岩肌と赤松の緑のつづく絶壁を約一時間半に亘って満喫した。
116 下船後、浜に沿って浄土ヶ浜まで散策、さらに展望台にまで登って上空からも十分に堪能した。極楽浄土とはこんなものかと偲ばれた。
ここから少し北にある姉ヶ崎の休暇村に泊まることにする。明日は遠野市に入る予定。
(つづく。写真をクリックすると拡大)

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2009年10月20日 (火)

東北だ、三時を過ぎると冷えてくる

寺社集印=岩手・盛岡市

002_2台風一過の晴天に恵まれ12日、東北道を北へ、東北36不動尊霊場(岩手県分6寺)巡りに出かけた。紅葉にはチト早いかなと思ったが、来月の個展を前にと思い立った。
盛岡インターからほぼ真東に当たる北山に
永福寺(えいふくじ)東北36不動尊霊場第19番札所を参拝。通称「降魔不動尊」真言宗豊山派のお寺で、ご本尊は大聖歓喜天と不動明王。創建は南北朝のころ、青森県三戸に、後醍醐天皇の紹宣によるとされる。元和年間(1615年)藩主利直が居城を盛岡に移し、それを機に城の鬼門除けとして当地に移転して、南部氏の祈願所となったという。

003 盛岡八幡宮(もりおかはちまんぐう)は延宝8年(1680年)第29代南部重信公により建立された。御祭神は品蛇和気命と第15代応神天皇、農業・工業・商業・学問・衣食住の根源となる神様で、地域の人々から多大な崇敬を集めて来たという。現在の社殿は平成9年に竣工したもので、丹塗極彩色彫刻が施された美しい堂々としたものである。
105_2 広い境内の左手に岩手護国神社(いわてごこくじんじゃ)が併設されている。。国の平和と民族を守るために尊い命を捧げられた岩手県出身者三万五千余柱の霊を祀ってある。

午後三時を過ぎると、さすが東北、空気がひんやりとしてきた。明日に備えて、南インター近くに宿を取っておいた。
(つづく。写真をクリックすると拡大)

    

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2009年10月19日 (月)

ハイジ村皆あこがれの故郷や

私の絵画 新作 「ハイジの故郷・マインフェルト」

091511 ☆制作番号 091511

☆画題 ハイジの故郷・マインフェルト

☆大きさ P10号(53㎝×43㎝)

☆仕様 マーメイド紙、ホルベイン水彩絵

   *   *   *   *

スイス東部にあるマインフェルトは素朴な村である。女流作家ヨハナン・シュピーリがこの地を舞台に児童文学の名作「ハイジ」を書き上げた。それによって、変哲もない素朴な村は一躍世界的に有名になった。景色はロマンチックで、何よりも澄んだ空気が、みんなの「あこがれの地」になったのだろう。(カテゴリー海外旅行2008年9月8日参照)

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2009年10月18日 (日)

ライン滝津波のごとく迫りくる

私の絵画 新作 「ラインの滝」

091510_2 制作番号 091510

☆画題 ラインの滝(ライン・ファール)

☆大きさ P10号(53㎝×43㎝)

☆仕様 マーメイド紙、ホルベイン水彩絵具

   *   *   *   *

スイスアルプスからドイツに流れるライン大河の源流とされている。データによると横幅150m、高低差23m、夏場の平均水量(毎秒)700立方メートルとあり、津波が襲いかかるような轟音と水量である。この水量はヨーロッパ最多という。絵で見ると「幅と高低差」は余り表現されていない。(カテゴリー海外旅行・2008年9月3日参照)

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2009年10月16日 (金)

「デジカメ」海外の記録

01031 ロイヤルクリッパー地中海クルーズ(10)

エルバ島ナポレオン記念館から丘の中腹を迂回して港の先端部分近くまで足を延ばした。
01032 そこにはナポレオンが流罪にされたとはいいながら、幾らかの衛兵を連れて来たのだろう、港の入口に立派な城を築いていたのだ。高台に城壁に囲まれた城で、ここからイタリア本土に睨みをきかせていたのだろう。港を見下ろすと赤い屋根の家並みが続き、ゆったりした上品な雰囲気が漂っていた。
明日はイタリア本土、ポルト・ヴェネーレに上陸する予定である
。(写真をクリックすると拡大)

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2009年10月15日 (木)

「デジカメ」海外の記録

01030 ロイヤルクリッパー地中海クルーズ(9)

エルバ島ポルト・フェライオの岸壁から町に出て、まずナポレオンの記念館に向かう。

01028 丘の中腹にある記念館まで登る急な石段は何段あったか数えなかったが、大変なものであった。(写真中)道幅は広いし、鉢植えの花など、綺麗な佇まいなのだが休み休み登った。両側の家にはちゃんと人
が住んで生活している。健康でなければ難しいと思った。

01029 三階建の記念館は瀟洒な作りで、ナポレオンゆかりの品々が展示されている。二階のテラスからの眺めは逸品であった。(写真上下)登って来た苦労は何処へやら、飽きずに眺めたものである。

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2009年10月14日 (水)

「デジカメ」海外の記録

01023_3ロイヤルクリッパー
地中海クルーズ(8)

サルデニア島の短い観光を終え本船に帰ると、すでにポルト・ロトンドを出港する準備が整っていた。

17時30分本船は出港、次に向かうのはナポレオンのゆかりの地「エルバ島」。ここからは真っ直ぐに北へ上るのだという。お陰でお天気の方は大丈夫のようだ。夕焼けが綺麗だった。

01025_4 穏やかな航海の一夜が明けると、早くも午前9時30分には第4の寄港地エルバ島ポルト・フェライオに接岸できた。ここでは下船観光にたっぷり時間が取れそうである。

(写真をクリックすると拡大)

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2009年10月13日 (火)

「デジカメ」海外の記録

01018 ロイヤルクリッパー号地中海クルーズ(7)

本船は第3の寄港地サルデーニャ島ポルト・ロトンドに入港した。この島は(コルシカ島はフランス領であるそうだ)イタリア領になり、地中海で二番目の大きさを誇るという。そこの東北部にチョッくらお邪魔する格好。
01020 写真中のコスタ・スメルダ(エメラルド海岸という意味だそうだが)は80㎞およぶ美しい海岸がつづき、最近高級リゾート地として売り出されているという。(我々の手に届くものではあるまいが・・・)
01021 背後地にはちょっとした町があり、その辺を散策したり、ヌラーゲの遺跡に寄るなど三時間程度の下船観光であった。
(写真をクリックすると拡大)

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2009年10月12日 (月)

見上げれば選帝侯の館あり

私の絵画 新作 「ハイデルベルク城」

091509 ☆制作番号 091509

☆題名 ハイデルベルク城

☆大きさ P10号(53㎝×42センチ)

☆仕様 マーメイド紙、ホルベイン水彩絵具

  *   *   *   *

ドイツ南西部、最古を誇る大学のある町「ハイデルベルク」。ライン川の支流ネッカー川に沿って広がる町である。見上げればどこからでも山の中腹に、かって選帝侯の居城「ハイデルベルク城」が目に入ってくる。見上げた状態。(記事2008年8月8日参照)

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2009年10月11日 (日)

のどかなる川端の町プチヴェニス

私の絵画 新作 「コルマールの川端」

091508_2 ☆制作番号 091508

☆題名 コルマールの川端

☆大きさ P10号(53㎝×42㎝)

☆仕様 マーメイド紙、ホルベイン水彩絵具

  *   *   *   *

ドイツから仏領アルザス地方に入ると野菜畑、ブドウ畑が続き、のどかな田園地帯が広がる。その一画にコルマールという町があり、ここではウンタ―リンデン美術館が有名。旧市街の川端に「プチ・ヴェニス」と呼ばれる一帯がある。木組みの家、赤レンガの建物、静かな川の流れ、まさにヴェニスを感じさせる趣がある。(記事2008年8月16日参照)

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2009年10月 9日 (金)

「デジカメ」海外の記録

01016 ロイヤルクリッパー地中海クルーズ(6)

10_049 小型クルーザーでボニファシオ湾を終えて、今度は山登りということになるが、そこに登りのトロッコ電車があり(写真中)それを利用した。速度はのろのろであるが、足で登るよりは楽なほど,勾配はかなり急なものだった。

01017 山の上は細い道の連続、殆どが土産物屋、その上が住居で写真にならず。帰りはだらだら坂を歩いて下ったが、途中に港の接岸している本船がよく見えた(写真上)。

本船は夕方、第三の寄港地サルデニア島・ポルトロトンド(イタリア領)に向け出港する。外港から見上げる城壁(写真下)は綺麗であった。(写真をクリックすると拡大)

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2009年10月 8日 (木)

「デジカメ」海外の記録

01013 ロイヤルクリッパー地中海クルーズ(5)

01014 第二の寄港地コルシカ島・ボニファシオで下船後、小型のクルーザーに乗り換え、湾内クルーズに出かける。小舟から見上げる本船のバックスタイル(写真上)はやはりデカイものだ。卵を産み出すようにボートを降ろしている。

01015 小一時間、湾内を回ったが奇岩・洞窟があちこちに点在していた。また上を見上げると丘の上に旧市街があるようで、そこまで行ってみようということになった。

(写真をクリックすると拡大)

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2009年10月 7日 (水)

「デジカメ」海外の記録

01010 ロイヤルクリッパー
地中海クルーズ(4)

昨夜は海がシケて前後に、左右に、大いに揺られた。我々は前の方のキャビンだったので、波返しに当たる波で特に酷かったのだろう。この波で本船は当初の予定を変更して、コルシカ島の東側を南下してポルト・ベッキオに入港すると聞かされたが、更にその先のボニファシオに着岸することになった。
01011 湾内に入ると接岸だ。幸いにもお天気は回復した。操舵係は無線で連絡を取りながら甲板前方にある舵を取り、キャピテンは舷側から下の様子をうかがう。一番神経を尖らせる時間帯だ。もちろんタグボートにも押してもらっている。
01012 つづいて帆が緩められ、降ろされる。これらも大変な仕事だとつくづく思った。写真中は船上から眺めた港の風景。
我々は下船して、小型船で湾内をクルズして、丘で山上の旧市街を訪ねることにする。

(写真をクリックすると拡大)

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2009年10月 6日 (火)

「デジカメ」海外の記録

01008 ロイヤルクリッパー
地中海クルーズ(3)

本船に帰ってみると船内は出港準備で慌ただしい。甲板員がそれぞれの配備に着き、指示に従って動いている。これは大変な仕事であり、頭数も必要だ。(なんでも客員数と同じ程度の船内従業員が働いているという)

01007 サンデッキの上から手際よい作業を眺める。写真上は船首部分、突き出だしたマストから縦の帆が手前から前の方へ順次吊り上げられるところだろう。
写真中は後尾方向。ここでも縦の帆を張る作業が続いている。よくぞ絡まないものだと、素人目には映る。降ろす時の手順が大事なのだろう。                                                   
     写真下、01009 いよいよ横の帆が張りあがった。この船の帆の数、帆の枚数はともに世界最多であると聞かされた。なかなか「晴れがましい雄姿」といえるものだ。
本船は夕刻ボニファチオに向け出港した。明日お昼に到着予定である。


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2009年10月 5日 (月)

「デジカメ」海外の記録

01006

ロイヤルクリッパー地中海クルーズ(2)

01005 第一の寄港地コルシカ島カルビー港からバスで島の北西部にあるバラーニュ地方の村を訪ねる。バラーニュ地方は「コルシカの果樹園」と呼ばれるように緑豊かな地方と聞いた。

01004 カランツァナ村、ルギニャーノ村、サンアントニオ村を回ったそうだが、写真がどこか定かでない。ある民家にもお邪魔したが、これも不明だ。メモと写真が不一致なのは困ったものである。こんなところか写真で想像してください。

(写真をクリックすると拡大)

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2009年10月 4日 (日)

「デジカメ」海外の記録

01003_6ロイヤルクリッパー地中海クルーズ(1)
01001_6 2002年6月始めて帆船でのクルーズに出た。はじめは、帆はデモンストレイション用で、動力の大半はジーゼルエンジンだろうと思っていたので、実際に帆を張って進む姿には驚かされた。カンヌ港を夕刻出発した本船は翌日午後に第一の寄港地
コルシカ島のカルビー港の沖に泊まった。接岸は出来ないようだった。
01002_2 ボートで下船観光に出かけるとき船全体は撮っておいたが、すっかり帆を下したスタイルは、ちょっと寂しげに見えた。その他は本船上から港を見たもの。握った「デジカメ」は仕入れたばかりのオリンパス「C-720 Ultra Zoom」であった。
(写真をクリックすると拡大)                                                                                                                                                                                   

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2009年10月 2日 (金)

そよ風が湖畔を渡る心地よさ

私の絵画 新作 「パークホテル・フィッツナウ」

091507☆制作番号 091507

☆画題 パークホテル・フィッツナウ

☆サイズ P20号(タテ)
      (53㎝×73㎝)

☆仕様 マーメード紙にホルベイン透明水彩絵の具

  *  *  *  *

夕方、フィアヴァルト・シュテッテ湖(ルツェルン湖の奥につづいている湖)を渡し船でホテルに帰る途中の光景。夕日に輝くホテルと湖面に映すその影は、逸品であった。ところが作画上はホテルの角度が悪く、水面のスペースが広すぎ、しかも色調が少なくて、いい絵とはいえないと思う。仏領アルザスからスイスの旅から。(カテゴリー「海外旅行」の2008年9月17日号参照)

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2009年10月 1日 (木)

このところ絵描き忘れて寺詣り

090114 今日から10月、神無月に入る。早いもので、今年も三ヵ月を残すのみとなった。ふと見ると本号で850号、始めて丸三年経過したことになる。これも早いものである。
ところで私の第15回の個展(11月9日から)まで、ひと月しかない・・・。だが、思いようではまだひと月以上ある・・・。いずれにせよラストのスパートである。
今月も
荒了寛サンのカレンダーをお届けする。英訳は
You are betrayed, because you depend on others.

   *   *   *   *   *

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