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2009年4月30日 (木)

ご朱印帖(西国)京都府

ご朱印帖=丹後の寺院

23 信貴山・本願寺(しぎさん・ほんがんじ)
阿弥陀仏・浄土宗
京都府京丹後市久美浜町1番地
TEL 077-282-0154
参拝 2009年4月6日
記事 2009年4月22日参照

24 寿雲山・万福寺(じゅうんざん・まんぷくじ)
地蔵願王大菩薩・曹洞宗
京丹後市丹後町袖志620
TEL 077-276-0007
参拝 2009年4月7日
記事 2009年4月25日参照

25 清涼山・九品寺(せいりょうざん・くほんじ)
獅子に乗った穴文珠菩薩
京丹後市丹後町袖志
TEL 077-276-0007
参拝 2009年4月7日
記事 2009年4月25日参照

京都の神社
12 浦嶋神社(宇良神社・うらじんじゃ)
浦島太郎伝説
京都府与謝郡伊根町本庄浜141
TEL 077-233-0721
参拝 2009年4月7日
記事 2009年4月29日参照

ご朱印をクリックすると拡大。

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2009年4月29日 (水)

一漁師300年で大明神

寺社集印=京都・伊根町

4017 伊根町本庄浜に浦嶋神社(うらしまじんじゃ)がある。いうまでもなく浦島太郎伝説のご本家。ご祭神は浦嶋子(うらのしまこ=浦嶋太郎)、創祀年代は淳和天皇の天長二年(825年)。浦嶋子は雄略天皇の御宇22年(478年)7月7日に美婦に誘われて「常世の国」(とこよのくに)に行き、その後三百余年を経て帰ってきたのが天長二年で、この話を聞かれた淳和天皇は勅命をもって宮殿を造営し、浦嶋子を筒川大明神と名付けて鎮座されたというもの。
「浦嶋明神縁起」(重要文化財)は浦嶋太郎の住んでいた水之江里から蓬莱山(とこよ)の国に至るまでと、帰ってきてからの出来事を細かく古い書物を基に画かれた日本最古の絵巻とされている。
{丹後・若狭の旅―8}

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2009年4月28日 (火)

蒲入の展望のどか若狭湾

丹後半島東海岸=京都・伊根町

4016 難所の峠を通過して、前方に海に開けた展望で一服。蒲入(かまにゅう)展望所とある。丹後天橋立大江山国定公園の看板もあった。いずれにしろ開けた若狭湾に小さな漁港が抱かれている、のどかな風景が展開していた。
そういえば浦島太郎伝説にゆかりのある「水乃江里・吉野宮」宇良神社がこの近くにあると聞いて早速向かうことにする。

{丹後・若狭の旅ー7}

4051 上野散歩

先に紹介した上野両大師の境内、野地植えの草花が多くある中、灌木に中に鮮やかな白い花を見つけた。マリンゴールドというものらしい。

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2009年4月27日 (月)

暴れ龍僧の読経で鎮められ

4013 経ヶ岬から東海岸
=京都・京丹後市

袖志からいよいよ丹後半島の最北端に到達した。国道178号線からちょっと入った所にパーキングがあり、しばし日本海を眺めた。お天気もよく気温も上がってきて軽快であった。
経ヶ岬4015 灯台は森の先にかろうじて見ることができた。
日本海に向かって凛々しく建っていた。海抜140mの断崖に立つそれは、映画「喜びも悲しみも幾歳月」の舞台になった歴史ある灯台。
また大昔、岬にいた龍が暴れて船を潰したり、転覆させたリしたので、通りかかった僧が、日夜、経を唱えてこれを鎮めたところから、経ヶ岬の名がついたという。

次は東海岸の難所、岩場の峠を越えて南下する。道路は狭く下りのカーブも多かったので慎重に通過した。

{丹後・若狭の旅ー6}

4050 上野散歩

上野両大師境内には野路植えの草花が沢山ある。木々の間の根元を見ていくと、可憐なスズランを見つけた。


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2009年4月26日 (日)

海を見て寺を囲んだ棚田かな

棚田百選・61-京都・京丹後市・袖志

4010_2 百選61-袖志(そでし)の棚田は丹後半島最北端の西部に位置し、(若狭湾国定公園内)国道178号線から日本海を望む高台へ登ったところに広がる。(所在は京都府京丹後市丹後町袖志)
4011 棚田の規模は11.8ha、400枚、前号紹介のように前面に日本海、万福寺を中心に取り囲むように展開している。棚田そのものは時期的に中途半端で、まだ手つかずの状態だったが、水を張っての田植時、また秋の実りの時期は素晴らしい景観であろうと想像したものだった。
{丹後・若狭の旅ー5}

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2009年4月25日 (土)

棚田のなか風光明媚な万福寺

4008_2 寺社集印
=京都・京丹後市

丹後半島西海岸を気持ちよく北上、海上自衛隊駐屯地の隣にある「穴文珠」(あなもんじゅ)に参拝。正式名称は清涼山・九品寺(せいりょうざん・くほんじ)という。かって半島最北端経ヶ岬の海心洞穴にあった「獅子に乗った文珠菩薩」石調を、慶長14年(1609年)現在地に遷仏して、堂宇伽藍を建立したものという古刹。
4009今回の旅には一つに棚田百選「61・袖志」の訪問があり、宿でその場所を訪ねたところ、その袖志・棚田の中にお寺があると聞かされて、早速訪ねた次第。しかも前の九品寺「穴文珠」はこのお寺の飛地境内と聞かされた。
4012_2
寿雲山・万福寺(じゅうんざん・まんぷくじ)ご本尊は南無地蔵願王大菩薩。創建は元文5年(1740年)。その後火災、風水害にあい、現在の堂宇は明治43年に移転建立されたもの。曹洞宗のお寺。写真下のように後に棚田が展開、前は日本海の吹きっさらしの高台の中腹にあり、台風が来たら大変だと思った。お天気に恵まれ、風光は極めて明媚であった。
{丹後・若狭の旅ー4}

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2009年4月24日 (金)

みどころが沢山あるね西海岸

4006 丹後半島北西部
=京都・京丹後市

難しい名前の間人(たいざ)の宿坊の前に大きな立岩があり、それを迂回するように国道178号線を北上する。左手は岩場の続く日本海、今日も晴天に恵まれ快適なドライブとなる。
4007 途中に
屏風岩(左の写真)、丹後松島など展望台があり、キャンプ場、小さな漁港なども点在し、なかなか前に進めない風景が展開する。十分な時間を持ってスケジュウルを立てるべき場所であると、痛感した。この先「寺」あり、「棚田」ありの多重計画のため、先を急ぐ。
{丹後・若狭の旅ー3}

4049 上野散歩

上野の山は桜のあとの花盛り。左は九条天神社境内のサツキ。

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2009年4月23日 (木)

難しい「たいざ」と読ませる土地の名よ

4003 丹後半島
=琴引浜・間人(たいざ)

久美浜を後にして国道178号線を北上する。左手あちこちに海水浴場が点在する西岸を行くと「鳴き砂」と指定された琴引浜があり、そこに一寸に立ち寄る。4004駐車場からの眺めであるが日本海を吹く風は心地よかった。
更にしばらく北上すると、だんだん岩場が現れ、今夜の宿である 丹後町・間人(たいざ)に到着。
4005 間人と書いて「たいざ」と読ませるという地名。そのいわれは、六世紀の末、聖徳太子の生母・穴穂部間人皇后(あなほべのはしうどこうごう)が乱を逃れてこの地にとどまられた。やがて乱も収まり大和に帰られる際、里人のもてなしに感謝して自らの名「はしうど」をこの地に与えられた。ところが皇后の名を口にするのは恐れ多いと、「退座された」ことに因んで「たいざ」と呼ぶようになったというのである。難しい地名ではある。
{丹後・若狭の旅ー2
4048
上野散歩 

今年の桜は終わりと思いしや、どっこいひと際ピンクの花をどっさりつけた八重桜が残っていた。それは寛永寺第二墓地の正面通路。

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2009年4月22日 (水)

久美浜の最古の木造念仏でら

寺社集印=京都・京丹後市

4001 今日から丹後・若狭の旅が始まる。西舞鶴でレンタカーを調達し、丹後半島の西海岸沿いに一周して、若狭湾を天橋立経由で東は福井県高浜までの行程となる。
まず舞鶴から西へ向かい京丹後市・久美浜の
信貴山・本願寺(しぎさん・ほんがんじ)を参拝。
4002 開創は天平二年(730年)行基菩薩、鴫(シギ)の止まっていた木で本尊・阿弥陀如来立仏を、また余材で千体仏を刻んで安置したものとされる。
中興は寛弘元年(1004年)比叡山の高僧・恵心僧都が大修理をなし、六坊に拡大されて天台宗の寺とした。
建久三年(1192年)浄土宗開祖・法然上人が久美の庄の城主・伊賀氏の願いによって一夏を過ごされ、このとき一山六坊みな上人の念仏伝教に帰依して以来浄土宗の信仰を守ってきた。本堂(国指定・重要文化財)は五間四面、単層入母屋造檜皮葺き、丹波地区最古の木造建築といわれる。また内陣三間四面の鴨居には千体仏が並べられていた。 
{丹後・若狭の旅ー1}

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2009年4月20日 (月)

ご朱印帖・関東88ヵ所霊場

関東88ヵ所霊場

0903131 第44番 大日山・神崎寺(だいにちざん・こうさきじ)
不動明王 真言宗醍醐派
千葉県香取市神崎町本宿231
TEL 047-872-3999
参拝 2009年3月17日
記事 2009年4月11日参照

8845 第45番 山倉山・観福寺(やかくらさん・かんぷくじ
他化自在天「第六天」真言宗豊山派
千葉県香取市山倉1934-1
TEL 047-879-2802
参拝 2009年3月17日
記事 2009年4月17日参照

8846 第46番 萬徳山・勝覚寺(まんとくさん・しょうかくじ)
釈迦如来 真言宗智山派
千葉県山武市成東町松ヶ谷
TEL 047-584-0248
参拝 2009年3月18日
記事 2009年4月19日参照

88 特別霊場 補陀洛山・満願寺(ふだらくさん・まんがんじ)
犬吠崎観音 真言宗(単立法人)
千葉県銚子市天王台9822-1
TEL 047-924-8416
参拝 2009年3月17日
記事 2009年4月18日参照

ご朱印をクリックすると拡大。

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2009年4月19日 (日)

コブシ咲く田園のなか勝覚寺

0903129 寺社集印=千葉・山武市

銚子犬吠崎をあとに東洋のドーバーといわれる屏風ヶ浦から九十九里平野の田園地帯をぬけて、そのど真ん中にある松ケ谷の萬徳山・勝覚寺(まんとくざん・しょうかくじ)関東88ヵ所霊場第46番を訪ねる。
0903130 寺伝によると天暦元年(947年)の創建、弘法大師が唐より請来した釈迦如来像をご本尊としているという。明応9年(1500年)僧・長覚が中興して、江戸時代には幕府より寺領が寄進され、七堂伽藍が整い荘厳を極めたという。
度々の災火で伽藍は焼失、当時のものは朱塗りの釈迦堂(本堂)と鐘楼を残すのみという。本堂は入母屋造銅葺きの五間四面、廻廊をめぐらし、右手に客殿、庫裡がある。折りしもコブシが満開であった。
千葉は一旦これまでとし、関東88ヵ所霊場巡拝は群馬県の第一番から再開する。写真をクリックすると拡大。

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2009年4月18日 (土)

巡拝のメッカたるべき満願寺

0903127_2 寺社集印=千葉・銚子市

本州最東端・銚子犬吠崎に向かう。屏風ヶ浦の北端に愛宕山があり、その東側中腹に補陀洛山・満願寺(ふだらくさん・まんがんじ)関東88ヵ所・特別霊場がある。まさに三方が太平洋である。愛宕山の岩肌を背に約五千坪の境内に伽藍群が立ち並ぶ。
0903128 中門左手より本堂に入ると回廊式になっていて、まづ観音巡礼の元祖・徳道上人と閻魔大王が、つづいて四国88か所の本尊が奉安されている。中心部に本堂、ここ
にご本尊の十一面観世音菩薩(像高一丈三尺・尾州檜)向拝には宝塔様式の舞台造り二層の「さざえ堂」になっている。それから回廊に沿って西国・坂東・秩父の百観音満願堂を巡拝して中門右手に戻る。(写真下はさざえ堂の二階窓から正面犬吠崎灯台を見る)。
通称・犬吠崎観音は真言宗(独立法人)のお寺で、坂東33観音第27番・圓福寺の奥の院に当たるが、諸国霊場を巡拝した人々の浄財によって開創建立されたものという。

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2009年4月17日 (金)

山倉様厄除難除の霊場や

寺社集印=千葉・香取市

0903126_2 香取神宮をあとに田園地帯をカーナビ任せで南下、山倉町にある山倉山・観福寺(やまくらやま・かんぷくじ)関東88ヵ所霊場第45番を訪ねる。
弘法大師が東国を巡り人々が伝染病に苦しむのを見て、大六天・子育観音を勧請して断食修行をなされた。夜ごと現れる龍神の勧めで栗山川で捕獲した生鮭を献納して、それを村民に与えたところ病魔が退散した。そこで大師が「厄除難除根本霊場」と定められたという。通称「山倉様・大六天」の大本山であり、山倉信仰は関東一円に広まったようだ。
写真をクリックすると拡大。

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2009年4月16日 (木)

軍港で帆船を見て懐かしむ

南国回想 フォトギャラリーから

0902108 サンディエゴ湾クルーズ(2009年2月12日号参照)で、軍艦ばかり見せつけられたその中に一隻の帆船が波間に漂っていた。鉄の塊の中にあって、こうした木造の帆かけ舟を見ると、いかにも対照的で、郷愁を覚えるものだ。残念ながら空はドンヨリしていた。晴天ならばもっと映えたのだろうに・・・。

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2009年4月15日 (水)

このブログ2年半たち700号

0903030 上野散歩

今年のソメイヨシノも終わり、桜はところどころに八重と枝垂れを残すのみとなった。上ばかり見ていた散歩もちょっと下に目を向けると、卵から孵ったばかりの真っ黒なオタマジャクシが気忙しく動き回っている。ここにも季節を感じる生き物がいた。

さて、本ブログも開設以来二年半、本日で第700号を迎えた。それこそオタマジャクシのような小さな存在ながら、どうにかここまで続いた。これも一つの通過点として、継続あるのみ。乞うご支援。YUZO

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2009年4月13日 (月)

ご朱印帖・関東36不動尊霊場ほか

関東36不動尊霊場 結願寺

36 第36番 成田山・新勝寺(なりたさん・しんしょうじ)
成田不動尊 大聖不動明王
千葉県成田市成田1-1
TEL 047-622-2111
参拝 2009年3月17日
記事 2009年4月9日参照

千葉の神社
05 小御門神社(こみかどじんじゃ)
旧別格官幣社
千葉県成田市名古屋898
TEL 047-696-0449
参拝 2009年3月17日
記事 2009年4月10日参照

06 香取神宮(かとりじんぐう)
旧官幣大社
千葉県香取市香取1697
TEL 047-857-3211
 
参拝 2009年3月17日
記事 2009年4月12日参照

千葉の寺院
15 像法寺(ぞうほうじ)
真言宗智山派
千葉県富津市鶴岡
TEL 043-966-0755
参拝 2009年3月10日
記事 2009年3月16日参照

ご朱印をクリックすると拡大。

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2009年4月12日 (日)

深き森権現造を包み込み

0903124 寺社集印千葉・香取市

利根川沿いを下って香取市街を通り過ぎて香取神宮(かとりじんぐう・旧・官幣大社)を参拝する。ご祭神は経津主大神(フツヌシノオオカミ)、鹿島の大神とともに建国の基を築き東国開拓の大業を完遂された。下総国一の宮である。伊勢の上参宮に対して下参宮といわれ広く尊崇を集めっている。
0903125 神宮の神域は3万7千余坪とされ、県の天然記念物に指定されている。社殿は伊勢神宮と同じく20年ごとに造替えられて来たが、現在の社殿は元禄13年(1700年)徳川綱吉の造営になるという。構造は本殿、中殿、拝殿と連なる檜皮葺き黒塗り権現造である。その脇には樹齢千年と称される根回り10㍍余りのご神木が何本も立つていて、荘厳さを醸し出していた。写真をクリックすると拡大。

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2009年4月11日 (土)

楠老樹なんじゃもんじゃと呼ばれけり

寺社集印=千葉・香取市

0903123 さらに利根川沿いに下ると神崎大橋、その西詰の高台に大日山・神崎寺(だいにちざん・こうさきじ)関東88ヵ所霊場第44番がある。大きな楠の老樹・「なんじゃもんじゃの木」が目印。隣というかひっついて神崎神社もある。
ご本尊は不動明王、江戸時代には天台宗に属して東照院と称していたが明治に入り衰微し、近在の人が大師像を奉安する草案を残すのみだったという。昭和26年修験僧・秀宝が機縁あって伽藍を再建し中興となり、以来真言宗醍醐派に属して祈願寺と密教修業道場になっているようだ。不在で、ご朱印は不調であった。

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2009年4月10日 (金)

こみかどの森にねむれる文貞公

0903121 寺社集印千葉・成田市

成田山から北東へ、利根川の手前、名古屋(旧香取郡下総町)にある小御門神社(こみかどじんじゃ・旧別格官幣社)を参拝。ご祭神は後醍醐天皇の忠臣・藤原師賢公とある。境内は鬱蒼とした樹木に覆われ、「小御門神社の森」と呼ばれ、県の天然記念物に指定されている。
0903122 師賢公は内大臣藤原師信公の御子で、後醍醐天皇の側近として仕え、元弘の変(1331年)では志遂げざるまま天皇の身代わりとなって下総国に下り、32歳の若さで、この地で亡くなられた。翌年天皇は公の功績をたたえ、「文貞公」のオクリナを贈られ、その後明治天皇は「建武の中興の礎」として当社を創建され、「国の守り神」として毎年勅使を参向されたという由緒のある神社である。

写真をクリックすると拡大。

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2009年4月 9日 (木)

二年ぶり「結願」なった新勝寺

寺社集印=千葉・成田市

0903119 今回はいよいよ関東36不動尊霊場・第36番札所で結願寺となる成田山・新勝寺(なりたさん・しんしょうじ)参拝となる。お不動さんといえば成田山と親しまれてきた(日本三大不動)新勝寺、ご本尊は大聖不動明王である。車を置いた関係で裏から入山し、山頂にある「平和大塔」にてご朱印を頂く。(写真上)真言宗智山派のお寺。
0903120 右手の坂道を伽藍の間を下ってテレビでお馴染みの大本堂に至る。ご本尊は嵯峨天皇の勅命により弘法大師が自ら敬刻開眼して、護魔法を修められたという秘仏。永く京都の高雄山・神護寺に奉安されていたという。
初詣に始まり、全国から年間に一千三百万人を超す参拝者があるという。大本堂から直線で見下ろせる総門は最近改造工事が完成したばかり。2007年5月26日、第26番札所・台東区橋場の不動院(橋場不動・記事6月2日号)に始まり、紆余屈折の末、ほぼ2年ぶりで結願したことになる。
写真をクリックすると拡大。

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2009年4月 8日 (水)

ブイの上アザラシ君は散歩かな

南国回想 フォトギャラリーから

0902106 南カリフォルニア訪問の際、サンディエゴ湾内クルーズに出た。そのとき米国海軍第五艦隊の巨大艦船が居並ぶ海軍基地などを回り、いささか緊張感をおぼえた時、ふとブイの上に呑気に遊ぶアザラシを見た。なにぶん広い湾内のこと、天然のアザラシも沢山生息しているようだった。(紀行文は2月12日号参照)

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2009年4月 6日 (月)

ご朱印帖・関東88ヵ所霊場

関東88ヵ所霊場 第47~49番

8847 第47番 海上山・千葉寺(かいじょうざん・せんようじ)
十一面観音 真言宗豊山派
千葉市中央区千葉寺町161
TEL 043-261-3723
参拝 2009年3月11日
記事 2009年4月5日参照

8848 第48番 頂宝山・弘福院(ちょうほうざん・こうふくいん)
不動明王 信貴山真言宗
千葉県袖ケ浦市長浦駅前3-8-2
TEL 不詳
参拝 2009年3月11日
記事 2009年4月4日参照

8849 第49番 成田山・新宿不動院(なりたさん・しんじゅくふどういん)
不動明王 真言宗智山派
千葉県木更津市新宿12-15
TEL 043-823-4328
参拝 2009年3月11日
記事 2009年4月3日参照

ご朱印をクリックすると拡大。

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2009年4月 5日 (日)

千葉寺に詣でるわが身のたのもしや

寺社集印=千葉市

0903118 さらに北上して千葉市に入る。かって(07年3月14日)坂東33観音霊場巡りで詣でたことのあるお寺。京葉道路を松ヶ丘インターを出て大網街道を2㎞も行くと、右側にある樹齢800年を超える大銀杏が迎えてくれる。
海上山・千葉寺(かいじょうざん・せんようじ)関東88ケ所霊場第47番・坂東33観音霊場第29番札所でもある。天保十二年(1841年)に造られたという仁王門を入ると広い境内の右手に例の大銀杏、奥正面に昭和51年に再建された本堂(入母屋銅葺き・間口九間・鉄筋コンクリート造)である。ご本尊は十一面観世音菩薩、真言宗豊山派のお寺。
寺伝によると和銅二年(709年)僧・行基が三界六道と称されるこの地を巡り、聖武天皇に奏聞し堂宇を建立して勅願寺としたのが始まりという。のちに千葉氏の祈願寺になり、寺運は隆盛をきわめた。その間度々の災火に遭いながら都度再興されてきたという。

タイトルはご詠歌から引用。写真をクリックすると拡大。

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2009年4月 4日 (土)

蔵波のひろく福よぶ不動尊

寺社集印=千葉・袖ヶ浦市

0903117 木更津市から海沿いに北上、袖ヶ浦市に入り、JR長浦駅南口、開発が進む住宅地の一角に頂宝山・弘福院(ちょうほうざん・こうふくいん)関東88ヵ所霊場第48番がある。
かっては緑豊かな地域であったようだが、今では住宅地の中にあるような格好。しかし残された寺山の緑と、石庭を思わせるような白砂がまかれ、大小の木化石(もっかせき)の配置されている境内は新しい時代のお寺としてシンプルで素朴な佇まいを感じさせた。現在の本堂は平成6年に完成したもので、行基菩薩作といわれる不動明王座像がご本尊として祀られている。信貴山真言宗のお寺。
古くは「海上安全の仏様」として「蔵波(くらなみ)の浪切不動尊」として地元漁民の信仰を集め、海苔養殖が盛んになると豊作祈願の大般若転読会が盛大に催うされたようだ。
タイトルはご詠歌から引用

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2009年4月 3日 (金)

海運で栄えし土地に橋架かる

寺社集印千葉・木更津市

0903116 千葉内陸の丘陵地帯から海側(東京湾)に出て、木更津に帰ってくる。かっては江戸への海運で栄えた木更津も、東京湾アクアラインの開通で、今では陸運の玄関口の様相を呈してきた。
木更津港に近い住宅・商店の密集した中に
成田山・新宿不動堂(しんじゅくふどうどう)関東88ヵ所霊場第49番がある。入母屋瓦葺・六間四面の本堂には仏師・浅子の作とされる不動明王が祀られている。真言宗智山派のお寺。
明治初期、不動行者・深山観全がこの地に堂宇を建立し、成田山新勝寺より勧講したご本尊を奉安したのが始まりで、成田山木更津教会とも称しているようだ。また新上総観音霊場第25番札所になっている。

写真をクリックすると拡大。

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2009年4月 1日 (水)

花冷えで一斉満開ずれるかも

090108

0903029 今日から4月入り。今月も荒了寛さんのカレンダー4月分をお届けする。英訳は
Your eating mannerism,your laughter,how you answer.Will show your character.
さて、今年の桜は早いといわれていたが、この一週間は肌寒い日が続き、その分遅れて「一斉に満開」とは行かず、木によって咲き具合が違うようだ。中には4-5日の土日は散り始めるのもあるのではなかろうか。いずれにせよ上野の山は先週から大賑わいだ。

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