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2009年2月27日 (金)

漫遊の締めはラグーナビーチなり

0902040 南カリフォルニア漫遊
(15)

ラグーナ・ビーチ(Laguna Beach)
南カリフォルニア漫遊もいよいよ最終回になった。翌日の帰国を前に、ロスアンゼルス空港に約一時間で行ける宿として、ラグーナ・ビーチのサーフ・アンド・サンド・リゾートホテル(Surf & Sand Resort)を選んだ。まさに太平洋の砂浜に接したホテルだ。
0902039 この町も太平洋沿いにある素敵な町の一つである。20世紀初頭から、この温暖で風光明媚なこの土地にひかれて、著名な画家ノルマン・サント・クレア他多くのアーチストが移り住むようになり、後にロスに近いこともあって、ハリウッド・スターやお金持ちが住むリゾート地になったようだ。アート・コロニーがあり、作品の展示即売するユニークな店が多いと聞き、一泊で帰るのが勿体ない気がした。
0902038 満潮時にはホテルの基礎部分にまで波が迫ってくるという大接近。日本まで渡れそうな感覚だった。夕食の前に日暮れとなり、太平洋に沈む夕日を眺めながら郷愁を覚えたものである。
(完)
写真をクリックすると拡大。

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2009年2月26日 (木)

ミッションはツバメも集まる聖地とか

0902036_2 南カリフォルニア漫遊
(14)

ミッション・サン・ファン・カピストラーノ(Mission San Juan Capistrano)
カリフォルニアに初めてミッション(伝道所)が建てられたのは1769年。スペイン人宣教師セラ神父(Father Junipero Serra)によって、サンディエゴに誕生(2月17日号参照)したもの。その後宣教師達によって1823年までに21か所ミッションが建てられた。今日訪問のミッション・カピストラーノは7番目に建てられたといわれる。
0902037 この地はロスアンジェルスのお隣、オレンジカウンティーにあり、スペインとメキシコ、そしてカリフォルニア・ネイティブ・アメリカンの文化が融合した場所である。石造りの美しいミッションは19世紀の初めごろまでは家畜3万頭を所有するほどの繁栄を享受し、「カリフォルニア・ミッションの宝石」とまでいわれたそうだ。また世界的に有名な「ツバメの聖地」とされ、毎年3月中旬には南からツバメが大挙押し掛け、巣作りをするのだそうだ。
0902122 かつて領土問題で混沌としていた時代に、スペイン人はカリフォルニアをアメリカに渡さないための手段として、地域の集合・連絡の場所として作られたのがミッションで、もちろん伝道活動を通して、ネイティブを取込んだという説もある。21ヵ所のミッションは、それぞれ歩いて1日で行ける距離で結ばれているのだ。それはともあれ、現在は歴史ある建造物を保存し、その歴史を伝える努力を、多くのボランテァが人種を越えて続けていると聞いた。
(つづく。次回は最終回でラグナー・ビーチの予定)写真をクリックすると拡大

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2009年2月25日 (水)

穏やかに沿岸沿いをアムトラック

0902034 南カリフォルニヤ漫遊
(13)

アムトラック(AMTRAK)乗車
旅も終りに近づき、サンディエゴ、コロナド島、ジュリアン、ラホーヤと回って、この地域からも別れの時がやってきた。のんびり旅もアッという間だ。
今日はロスアンゼルスからやってくる、ごく短いパシフィック・サファーライナー(Pacific Surfliner)路線の汽車旅である。

0902032 サンディエゴのサンタフェ駅に向かう。ここは古い駅舎ながらどっしりとした、あちこちに綺麗なタイルをはめ込んだ落ち着いた駅。私にとっては二度目の懐かしい駅舎である。二階展望車に乗り込んだものの、わずか三駅目、一時間二十分程度の行程と聞かされてがっかり。それでも左手に太平洋を眺めながらの汽車旅。お天気に恵まれて感謝。飲み物・スナックなどフリーであった。
0902035 AMTRAKは静かにサンホァン・カピストラーノ駅につき、時間の調整後、また静かに出て行った。古いレンガ積の駅舎はレストランになっており、早めの昼食となる。輝く太陽、緑いっぱいの南国ムードを満喫した。しかも、ここのジャンボ・オムレツは美味かった。
(つづく。 次回は美しきミッション・カピストラーノ)写真をクリックすると拡大。

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2009年2月24日 (火)

アザラシは日向ぼっこの真っ最中

0902029 南カリフォルニア漫遊
(12)

ラホーヤ近代美術館
ラホーヤ・コープ
先にラホーヤは高級住宅が点在する「誇り高き町」と紹介したが、町を歩いていると、やたらに「売り絵」を並べた画廊が目立つ。芸術家もいっぱい住んでいるようだ。そこで海岸通りの南にある近代美術館を訪ねる。
0902030 美術館のマークが「赤地に白のバツ印」というのも何か反逆的なイメージがあり、いい気持ちがしなかった。また入口にある「考える人」のブロンズ像も不愉快感すら覚えた。
当日は美術界のお偉方らしき紳士・淑女が高級車で多く乗付けて来ていて、気分的になにもかもクシャクシャしたので、早々に退散。

0902118 気分なおしに海岸に出てみた。ラホーヤ・コープと呼ばれる入江があり(写真下・クリックすると拡大)防波堤の内側の砂浜に、カツオ節を転がしたように、無数のアザラシが気持ちよさそうに「日向ぼっこ」をしていた。人が近づいても全く無視している。こちらもつい引込まれて、癒しのひと時を味わった。
(つづく。 次回はAMTRAK”アムトラック”での移動)

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2009年2月23日 (月)

サンサンと南の国のシーサイド

0902027 南カリフォルニア漫遊
(11)

ラホーヤ・ビーチ(La Jolla Beach)
今日はのんびりとラホーヤの町のメインストリートを南から北へ散策し、海岸通りに出る。
一番北にあるのがアンダーウオーターパーク。険しい岩場が太平洋に向かって飛出している。楽園よろしく、いろんな海鳥が沢山あふれていた。
0902028 それから南へ下ると、ラホーヤ・ビーチシェル・ビーチへと美しい南国の海岸線がつづく。こちらに来て、やっとお天気が安定し、すばらしい砂浜、それに岩場と、さまざまなロケイションを演出してくれた。
解説書によると、この海岸はダイバーのメッカとある。そういえば夏とはいえ、午前中の肌寒い海へ泳ぎ出したオッサンが一人いた。さらに冬にはクジラの大群が沿岸沿いに南下するといわれ、ホエール・ウォッチングの良好なスポットにもなっているようだ。
(つづく。 次回はラホーヤ現代美術館など。写真をクリックすると拡大

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2009年2月21日 (土)

くねくねと卵連なる池の底

0903001 0903002                   上野散歩

馬鹿陽気になったかと思えば、この一週間は真冬の寒さに戻り、体調管理の難しい、昨今である。
さて、上野・両大師の境内に古代ハスの植えられた小さな池があり、毎春、真っ黒なオタマジャクシが孵り賑やかに泳ぎ回る。そんな訳でお参りする度に覗き込んでみるのだが、今年は底の泥の中に卵が産みつけられているのを発見た。水の取り口からゴムホースのようにくねくねと繋がっている。反対の陽当りのいい方にも一群がいる。孵化は何時ごろになるのか、楽しみに見守っていこう。
0903003 さて、先日紹介した福寿草の続報。まだ弱々しかった茎はすっかり伸びて、花は小振りになったが、すくすく成長している。自然は春への息吹を続けている。
写真をクリックすると拡大。

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2009年2月20日 (金)

サンディエゴ発祥の地はオールドタウン

0902024 南カリフォルニア漫遊
(10)

オールドタウン
(OLD TOWN)
サンディエゴのダウンタウンから北西方向にあるオールドタウンはサンディエゴ発祥の地で、中心にプレシデオ・パーク、その周りを1800年代の古い建物20軒ほどが保存されている。とにかく「カラフル」という印象の強いギフト・ショップに隠れるように歴史的建造物が点在し、メキシコ文化が受継がれている感じである。
0902025 ミッション様式の博物館、これはフニペロ・セラ神父が一番最初に建てた伝道所(2月7日号紹介のオールド・ミッション・アルカラはここから移転)の跡地で、1929年にジョージ・マーストンが記念館として建造したもの。その中にはアメリカ先住民の生活用品、それにスペイン統治時代の住居、家具、衣類などが展示してある。そのほかパークのなかに、最初の学校、ショツピング・モール、劇場など興味深いもの数々あった。
0902026 昼食はメキシコ料理に舌鼓を打ち、陽気なマリアッチで盛り上がった。写真下の中央の女性は、日本出身で現地でガイドをしているHIGASHIサン。
(つづく。 次回は来週23日の月曜日、ラホーヤ・ビーチを予定)

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2009年2月19日 (木)

ゼロ戦が少年時代の想い出よ

0902021 南カリフォルニア漫遊(9)

バルボア・パーク(BALBOA PARK)
サンディエゴ市街のほぼ中心部、1,200㌈の広さを持つ巨大都市公園、米国最大の規模を誇るというバルボア・パークを訪ねる。この中には動物園、14の美術館、4つの劇場、日本庭園、野外広場などが点在し、公園内の建物は植民地時代のスペイン・ムーア文化の影響を受けたものという。
0902022 サンディエゴ宇宙航空博物館(San Diego Aerospace Museum)
数ある施設の中で宇宙航空博物館を選んだ。円柱ドーム型の会場にはライト兄弟の飛行機から現代の宇宙時代の乗り物まで、空の歴史が身近に感じられる展示がされている。60機を上回る飛行機が原寸復元されて、ところ狭しと並んでいたのは驚きであった。
0902023 空の歴史というと、どうしても飛行機が武器として使われた時代が長く、とくに第二次世界大戦中を少年時代で過ごした我々世代にとっては、複雑な思いが残る。だが今となっては懐かしい想い出でもある。戦闘機ではグラマン、戦略爆撃機ではボーイングB17、B29が強烈な記憶がある。その中に日本海軍の誇るゼロ式戦闘機が完全原寸復元されたいたのは唯一誇らしかった。下の写真は戦闘機の模型が年代順に並べられたもの。クリックすると拡大。
つづく。(次回はオールドタウンを予定)

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2009年2月18日 (水)

ラホーヤは風光明媚・温暖の地

0902019南カリフォルニア漫遊(8)

ラホーヤ(La JOLLA)
サンディエゴ市の北の郊外にあるラホーヤの町。土地柄からいっても退役軍人の多く住む閑静な町で、高級住宅の多いことで知られる。ここのエンプレスホテル(The Empress Hotel La JOLLA)に三泊して周辺を探索することになる。
0902020 すでに紹介したようにサンディエゴは軍事施設の町、しかも温暖で風光明媚な土地、ここに一度でも配属されて住んだ人ならば「余生をここで・・・」と思うのは当然で、退役軍人が多く住むようになり、そうなると治安が確保されるので、有名人が集まリ豪邸を建てるという具合で、「お住まいは?」と聞かれるとサンディエゴとは云わずに「ラホーヤ!」と胸を張るようなプライドの高いところになったのだと聞いた。ともあれ町は商店、レストランの並ぶ一つの通りと海側に並行して走るもう一本の通りが中心部である。
(つづく。 次回はバルボア・パークを予定)

 

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2009年2月17日 (火)

スペイン系最初のミッション・デ・アルカラ

0902017 南カリフォルニア漫遊(7)

オールド・ミッション・デ・アルカラ(Mission Basilica SanDiego De Alcala)
ジュリアンから戻って、市の郊外にあるサンディエゴ・アルカラを訪ねる。カリフォルニア州に1769年最初に設立されたミッション(伝道所)である。すなわちメキシコ領から伝道が進められたスペイン系の最初のカソリック教会である。極めてアクティブな教区教会として活動し、1774年には「良い水」と「農業の条件」を求めて現在地に移ったいわれる。
0902018 しかし原住民との軋轢などあって焼打ちにあったり、地震に見舞われるなど、苦難の歴史があったようだ。1846~62年にアメリカ騎兵隊の駐留があり、大掛かりな修理によって現在にいたっている。カリフォルニア州には21のミッションが存在する中、最古のミッションとして、今ではすべての宗教、人々の文化の中心としての役割を果たしている。写真下は原住民(インディアン)が使っていたという石臼とカマド。クリックすると拡大。
(つづく。 次回は誇り高きラホーヤ。)

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2009年2月16日 (月)

ジュリアンは「金」から変身リンゴ村

0902015 南カリフォルニヤ漫遊(6)

ジュリアン(Julian)
コロナド島を発ちサンデェゴ市から北東の高地にある可愛い名前のジュリアン村へ、バスで向かう。約2時間の行程。(2月9日号の地図の右下、赤で囲った部分の先端を参照)。
今は有名なリンゴの産地で、ここで作られたアップルパイ、アップルバターがおいしいそうだ。またアップル・ソーダなる飲み物もあると聞いたが試飲せず。
0902016_2 かってゴールドラッシュに沸いたこの町もそれも下火になって人口が減少、さて何をやるかで、リンゴの栽培が始まったのだそうだ。確かに標高1000mの高地で、朝晩の気温差が大きいので適していたのだろう。
写真下の看板の下がったJULIAN CAFE & BAKERY で昼食にトルティーヤ・スープにサンドイッチを食べたが、美味だったか記憶にない。ただ1882年からの老舗でカントリー調の雰囲気は良かったことと、非常に込んでいたことを覚えている。当日も薄曇り、風が強い寒い日で、町の散策どころではなく、震えあがった。早々に退散したものだ。
(つづく。 次回はサンデェゴ郊外のオールドミッションへ)。

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2009年2月14日 (土)

吹きました十日も早く春一番

0902125 福寿草が咲く フォトギャラリーから

二月になってスクスクと芽を延ばしてきた福寿草が、先日のお天気で目いっぱい花を開かせた。上野両大師のしだれ桜の根元に大事に育てられているもの。(2月7日撮影)
0902126 昨日、気象庁は「春一番が吹いた」と発表、例年より10日早いようだ。今日も朝から生暖かい風が吹いている。何かと閉塞感が溢れる昨今の雰囲気を吹っ飛ばす風がほしい。春よ来い!!

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2009年2月13日 (金)

ミッドウエイ巨大船体見せ付ける

0902012_2  南カリフォルニヤ漫遊(5)

空母ミッドウエイ博物館(MIDWAY AIRCRAFT CARRIER MUSEUM)
お天気が回復して、トップ・オブ・ザ・マーケット(Top of the Market)でシーフード料理を食していよいよお馴染み、懐かしい空母・ミッドウエイに乗り込むことになる。退役したミッドウエイはサンデェゴ・ダウンタウン近くのバースに係留され、博物館として公開されている。バース近くの公園から眺めてもデカイものだ。
0902013「 飛行甲板に全員整列!」の掛け声が聞こえそうな写真が入口に掛けられてあったのでワンショット(中)。大型客船を見慣れてはいるが、大きさといい、広さといい、また違った雰囲気・緊張感が漂い、最上階の飛行甲板は想像以上の長さだった。さきの大戦では、このデカイ空母が艦載機を満載して、何艘も攻めてきたのだから、たまったものではなかった。
0902014_2 格納庫の中、また飛行甲板には、いろんな艦載機が展示されていたが、あまりに種類が多く、しかも第二次世界大戦以降の新しい機種もあって、とても記憶できるものではなかった。ただただ凄いものを見せつけられた感じ。
(つづく。 次回連載は来週16日から。リンゴの村ジュリアンを予定。写真をクリックすると拡大。

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2009年2月12日 (木)

さすがなり第五艦隊の基地ならば

0902010南カリフォルニア漫遊(4)

サンディエゴ湾内クルーズ
今朝もかなりの雨ながら早起きしてコロラド島のフェリー・ランディングに向かう。Candelas on the Bay(カンデラス・オン・ザ・ベイ)なるレストランで船待ちの軽い朝食。早々にパンケーキを焼いてくれたのはいいが、真っ黒焦げの代物で、大笑いしたものだった。
0902011 写真上のフェリーで対岸のSeaport Village(シー・ポート・ヴィレッジ)まで小一時間かけて渡る。写真下のSan Diego-Coronado Baybridge(サンディエゴ・コロナド・ベイブリッジ)を車で渡れば15分足らずだと思うが、それがそのユラリ旅というものか。ともあれフェリーからクルーズ船に乗り換え、まずは港の北側のマリナーヤードとNaval Air Station(空軍基地)。上空には海軍、沿岸警備隊、それに国境警備隊のヘリも加わってにぎやかである。何やら訓練中の様子。実践配備の空母や軍艦もチラホラ見られた。
0902109後半は 橋を潜って港の南側。Naval Station(海軍基地)かなりの数の軍艦が並び、なかにはカバーをかけてオーバーホールか?何しろ警備用のワイヤーロープがヤードの周辺にはものものしく張り巡らされていた。さすがに第五艦隊のベース・キャンプだと頷かされたものである。
(つづく。 次回は退役した空母ミッドウェイの乗船見学を予定)

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2009年2月11日 (水)

木造の名門ホテル「デル・コロナド」

0902002 南カリフォルニア漫遊(3)

コロナド島(厳密には細長い半島の先端)
お天気は回復し、ポイント・ロマからぐるっと時計まわりで180度、すなわちサンデェゴ市内を迂回して、さらにコロナドベイ・ブリッジを渡ってほぼ一周した形のコロナド島(Coronado)に入る。
お目当ては二泊する予定の名門ホテル「デル・コロナド」地図の左下。古い造りながら全館木造というから驚きである。また尖がり帽子のような本館の丸屋根が印象的である。中庭を抜けた裏側には専用のシーサイド・ビーチが展開する。
かってケネディ元大統領をはじめ、マリリンモンローなどの有名人が、こよなく愛したといわれるホテルだそうである。
0902009 夕食は当ホテル内のバンケットルームでクラシックスタイルのシーザーサラダチオピーノ(カリフォルニア風の魚介類ブイヤベース)を賞味したことになっているがベラボーに美味であった印象は残っていない。それどころか、そのときは一瞬も早く眠りたかったことを覚えている。
(つづく。 次回はサンデェゴ湾のクルーズを予定)

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2009年2月10日 (火)

美しき囲い込まれし良港よ

0902004 南カリフォルニヤ漫遊(2)

ポイント・ロマ(Pt.Loma)
サンデェゴ湾の入り口(地図の左端、半島の先端部分)に立ち寄る。ここはホアン・ロドリゲス・カブリーヨ(Cabrillo)が1520年、メキシコ側から艦隊を率いて北上、ヨーロッパ人(スペイン)が初めて米国西海岸に到達し、西部開拓を始めた記念すべき岬とされている。
0902006 彼はここサンデェゴ湾を「囲い込まれた素晴らしい天然の良港」と称賛したようだ。たしかに現在でもサンデェゴ港は米国第五艦隊のベースキャンプとして名高い。途中に整然と墓標の並んだ海軍墓地の脇を通った。写真中は古き時代の名残の灯台、海抜130mの高さといわれる。
0902007 またこの岬にはカブリーヨの航海記録と海洋動植物の生息する潮だまりの岩場を保護・保存するための博物館(Cabrillo National Monument)があり、ちょっと寄ってみみると西部開拓の歴史、それに自然環境の保護を訴えていた。(つづく。次回は対岸の中州にあるコロナド島)

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2009年2月 9日 (月)

西海岸南下を始めて途中下車

0902001_2 南カリフォルニア漫遊(1)

カールスバッド
今年は寒中に米国・南カリフォルニアを訪ねた。中心はサンデェゴ(San Diego)、私にとっては三度目の訪問となる。

NH006便で成田からロサアンゼルス(Los Angeles)に飛び、そのままバスにてサンデェゴに向かう途中、小雨の降るなか第一の訪問先カールスバッド(Carlsbad)に立ち寄る。ロスから約150㎞、西海岸を南下した町。
0902005 雨は上がり青空がのぞくとやはり南国、晴々しくなる。この町に大規模なアウトレットがあり、その中の一軒で、遅い昼食をとった。疲れていたので何を食べたか覚えていないが、美味とはいえないものだった気がする。この旅の食事については何か嫌な予感がした。
アウトレットは野球のホームベースのかたちで十字形の通を挟んで、4ブロック80数軒のショップが並んでいた。日用品が主体のようで、見るべきものはなかった。早々にサンデェゴへ向かう。
(地図は米国ロサンゼルスからサンデェゴまでの西海岸、写真は南国ムードあふれるアウトレットの中通り。クリックすると拡大。)

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2009年2月 8日 (日)

旅人よ湾に対峙しなに想う

091502_3 私の絵画 新作発表

☆制作番号 091502 
☆画題 あるハイカーの詩(タスマニア島)
☆大きさ F60号 130㎝×97㎝
☆仕様 綿キャンバスにリキテックスとアキーラを使用

2008年2月「南の国」タスマニアを訪ねた。島一周の旅も終わりに近づき、東海岸のワイングラス・ベイを望むために急峻な道を登り切った所。北から南へ(画面左から右へ)入り組んだ湾は、お天気にめぐまれ見事であり、旅を締め括るにふさわしい情景であった。(2008年3月30日号参照・絵をクリックすると拡大

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2009年2月 7日 (土)

ご朱印帖(埼玉県)

ご朱印帖・関東36不動尊霊場 第27~29番

3627 第27番 成田山川越別院・本行院(ほんぎょういん)
川越不動
埼玉県川越市久保町9-2
TEL 049-222-0173
参拝 09年1月8日
記事 09年2月5日参照

3628 第28番 星野山・無量寿寺・喜多院(きたいん)
川越大師
埼玉県川越市小仙波町1-20-1
TEL 049-049-222-0859
参拝 09年1月8日
記事 09年2月6日参照

3629 第29番 不動山・洞昌院(どうしょういん)
苔不動、萩の寺
埼玉県秩父郡長瀞町大字野上下郷2868
TEL 049-466-2502
参拝 09年1月8日
記事 09年1月30日参照

ご朱印をクリックすると拡大。

 

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2009年2月 6日 (金)

川越まで海であったとびっくりし

寺社集印=埼玉・川越市

090153 奈良の昔、ここ仙波あたりには漫々たる海水があったが、仙芳仙人が法力により取除いて住み着き、尊像を安置した。これが喜多院の始まりと伝えられ仙芳仙人を「草創の祖」と仰ぐ所以。
平安時代になり、天長7年(830年)慈覚大師円仁は東国をめぐり川越小仙波に至り、この地が仏法弘道の霊地にふさわしいとみて、淳和天皇の勅願を得て一宇を建立、「無量寿寺」の勅号を受けた。大師は阿弥陀如来を本尊として、さらに不動明王と毘沙門天を祀り、本格的な開山となる。
それが現在の星野山・無量寿寺喜多院(むりょうじゅじ・きたいん)関東36不動霊場28番札所である。
通称・川越大師として訪れた折にはお正月のうちとあって初詣、七福神巡りなど広い境内は大賑わいであった。

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2009年2月 5日 (木)

今もなほ修験の規範照温師

寺社集印=埼玉・川越市

090150 「久保町のお不動さま」と呼ばれる成田山川越別院・本行院(ほんぎょういん)関東36不動霊場27番札所にお参りする。江戸時代の末期嘉永六年(1853年・黒船ペリーが浦賀に来航した年)下総の国新宿にあった石川照温が、川越の本行院を成田山新勝寺の別院として再興して、今日に至った。ご本尊は大聖不動明王(秘仏)真言宗智山派のお寺。
090151 石川照温師は文化二年(1805年)下総国葛飾郡の農家に生まれ、他国に出て苦難生活を送るうち30歳の頃、両眼失明した。ある日自殺を試みたところ光を失った眼前に不動明王が見えた。にわかに仏道に目覚め、成田山新勝寺の不動明王を熱心に信仰する。その甲斐あって両眼も癒え、ますます仏道に励み、大本山貫主・照阿上人に従って受戒得度し「照温」と称し、今も修験者の規範として語り継がれているという。

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2009年2月 4日 (水)

ご朱印帖(埼玉県)

埼玉県の神社のご朱印

01 寶登山神社(ほどさんじんじゃ)
「火止山」(ホドヤマ)
埼玉県秩父郡長瀞町長瀞1828
TEL 049-466-0042
参拝 09年1月8日
記事 09年1月28日参照

02 川越氷川神社(かわごえひかわじんじゃ)
小江戸の総鎮守
川越市宮下町2-11-3
TEL 049-221-0589
参拝 09年1月8日
記事 09年2月3日参照

埼玉県の寺院のご朱印

01_2 不動寺(ふどうじ)
長瀞火祭り
秩父郡長瀞町長瀞1766-1
TEL  049-466-3424
参拝 09年1月8日
記事 09年1月29日参照

ご朱印をクリックすると拡大。

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2009年2月 3日 (火)

道灌の手植えの矢竹今にあり

寺社集印=埼玉・川越市

090148 長瀞から小江戸と呼ばれる川越市に入り、まずは赤鳥居(明神型・木製・高さ15㍍)をくぐって川越氷川神社を参拝。本殿は入母屋造りで、天保13年起工、嘉永2年の竣工、江戸時代の代表的建造物という。ご祭神はスサノウノミコト、クシイナダヒメノミコトとある。戦国時代、江戸時代を通して川越城主には重臣が配され、江戸北方の守りの総鎮守をはたしてきた。
090149 境内には霊水が湧きいで、巨木が生い茂り、太田道灌手植えの矢竹も現存している。
毎年十月に行われる「川越祭り」は城主となった老中・松平信綱公が江戸の「天下祭」にならったものといわれ、山車が川越城内に参入、また氏子町内をそれぞれ渡御するなど極めて盛大なものである。平成17年には国の重要無形民俗文化財に指定された。

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2009年2月 1日 (日)

二月入り天神境内花盛り

090106_3

今日から2月。荒了寛さんのカレンダーをお届けします。英訳は
If only one person approves of you, you will try your best for that person. (このカレンダーについては12月30日号参照・バックナンバー2008年12月をクリック)。
ここにきて、荒れた天気が続きますが、上野の天神さんの梅は先月半ばから蕾をみせ、はや満開に近くなった。
090155_2

写真をクリックすると拡大。

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