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2008年9月30日 (火)

お朱印帖(北国)北海道

ご挨拶: この九月でBLOG開設二周年になりました。 ちなみに本号で☆投稿数=543、☆累計アクセス数=23,195(一日当たり32)、また寺社集印の数は553になります。これひとえに愛読者各位の応援・鞭撻の賜物と、厚く御礼申し上げます。YUZO

北海道33観音霊場(9-11)

09  第9番 成田山・新栄寺
(なりたさん・しんえいじ)
・大聖不動明王
・不空牽観世音菩薩
札幌市中央区南7条西3丁目
参拝08年8月23日
記事9月28日参照

10 第10番 覚王山・立江寺
(かくおうざん・りつこうじ)
・地蔵大菩薩
・千手観世音菩薩
石狩市花畔1-1
参拝08年8月22日
記事9月24日参照

11 第11番 和光山・弘清寺
(わこうざん・こうしんじ)
・十一面観世音菩薩
・准てい観世音菩薩
夕張市栗山町角田216
参拝08年8月22日
記事9月26日参照

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2008年9月29日 (月)

ご朱印帖(北国)北海道

北海道36不動尊霊場(32-34,36)

32 第32番 宝寿山・吉祥院
(ほうじゅざん・きっしょういん)
札幌市北区北30条西13-2-6
TEL011-757-5940
参拝08年8月22日
記事9月26日参照

33 第33番 札幌大師・招福寺
(さっぽろだいし・しょうふくじ)
札幌市南区定山渓温泉東1
TEL011-598-4292
参拝08年8月23日
記事9月28日参照

34 第34番 成田山・大照寺
(なりたさん・だいしょうじ)
札幌市厚別区大谷地東3丁目
TEL011-891-9186
参拝08年8月22日
記事9月26日参照

36 第36番 成田山・新栄寺
(なりたさん・しんえいじ)
札幌市中央区南7条西3丁目2
TEL011-511-0927
参拝08年8月23日
記事9月28日参照

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2008年9月28日 (日)

デッカイドー走ったわりには840

寺社集印=北海道・札幌市

0808_074_2 札幌市から約30㎞、定山渓温泉の入口に北海道36不動尊霊場第33番札所札幌大師・招福寺がある。ご本尊は寺名のとおり2.5㍍の立像・招福不動尊。弘法大師入定1150年の報恩行として西村聖報僧正が開眼開基、厄除大師として有名。この辺は春から夏にかけてツツジ、牡丹が美しい処といわれる。
0808_083_2  今回の旅の最後は市内中央部「すすきの」のど真ん中にある北海道36不動尊霊場第36番札所成田山・新栄寺。明治18年ごろ、開拓移住者のなかの多くの不動尊信仰者達の請願よって成田山・別院が設置された。別院の格式により代々貫主が住職を兼務される。
0808_081_2 また広い境内に北海道33観音霊場第九番札所もある。霊場本尊は不空牽観世音菩薩。金箔押しの施されない、生地のままの観音像といわれる。
これで今年の北海道33観音霊場、36不動尊霊場巡礼は終わりとする。また来年を楽しみに…。昨日今日の走行距離は57㎞、全走行距離は840㎞で、安全を感謝、合掌。

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2008年9月27日 (土)

ご朱印帖(北国)北海道

北海道の神社

1 船魂神社
(ふなだまじんじゃ)
函館市元町7-2
TEL013-823-2306
参拝08年8月18日
記事8月26日参照

2_2 函館護国神社
(はこだてごこくじんじゃ)
函館市青柳町9-23
TEL不詳
参拝08年8月18日
記事8月27日参照

3 函館八幡宮
(はこだてはちまんぐう)
函館市谷地頭町2-5
TEL013-822-3636
参拝08年8月18日
記事8月28日参照

4北海道神宮
(ほっかいどうじんぐう)
札幌市中央区宮ヶ丘474
TEL011-611-0261
参拝08年8月23日
記事9月26日参照

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2008年9月26日 (金)

宮ヶ丘開拓神が鎮座せり

寺社集印=北海道・夕張市、札幌市

札幌市郊外を時計回りに南下して、夕張川河岸の水田地帯。北海道33観音霊場第11番札所和光山・弘清寺がある。ご本尊は十一面観世音菩薩、霊場本尊は准てい観世音菩薩。ここの両本尊はあくまでも穏やかで、心を和ませてくれる。明治26年長野から中村厚学がこの地に大師教会を設立したのが基。近くに御大師山という名の小高い丘ある。
0808_071 いよいよ札幌市に入り、大谷地インターに接するように北海道36不動尊霊場第34番札所成田山・大照寺が派手な姿がある。本堂にはご本尊と三十六童子、両大師が祀られ、境内には33観音霊場、茶室「意想庵」など盛り沢山。交通安全の寺として有名であるという。
0808_072 北インターのそばに、同36不動尊霊場第32番札所宝寿山・吉祥院がある。大きな道路に面し、境内はなく、大きな講堂風の建物の二階にご本尊・御身丈3㍍に及ぶ赤目不動が祀られてある。
0808_080 宮ヶ丘にある北海道総鎮守北海道神宮に参拝。明治二年に守護神・開拓の神として創祀された。御祭神は大国魂神、おおなむちの神、すくなひこなの神(開拓三神)と明治天皇。鬱蒼とした森に覆われた広大な境内は、まさに北海道の「鎮守の森」といった風情が漂っていた。ちょうど御門の改修工事が行われていた。
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2008年9月25日 (木)

ご朱印帖(北国)北海道

北海道36不動尊霊場(29~31,35)

29 第29番 寶珠山・龍照寺
(ほうしゅざん・りゅうしょうじ)
小樽市オタモイ3-26-5
TEL013-426-2926
参拝08年8月21日
記事9月13日参照

30 第30番 無漏山・不動院
(むろうざん・ふどういん)
小樽市奥沢3-17-10
TEL013-422-7839
参拝08年8月21日
記事9月16日参照

31 第31番 成田山・新興寺
(なりたさん・しんこうじ)
小樽市住之江1-6-31
TEL013-423-2460
参拝08年8月21日
記事9月16日参照

35 第35番 成田山・文教寺
(なりたさん・ぶんきょうじ)
石狩市別当町北栄町39
TEL013-323-2478
参拝08年8月22日
記事9月24日参照

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2008年9月24日 (水)

まっしぐら石狩平野を突き抜ける

寺社集印=北海道・石狩市

0808_062 小樽市の宿はニセコ・スコット(写真左)。小樽商大の下にあたり、静かな住宅地にある。明治か大正か、かってはお医者さんの住宅であったものをイタリアン・レストランと宿として使っている。外観はいいが、内部はレトロというかガタビシ、だが食事は結構なものだった。
0808_063 小樽を後にして札樽道・新道を経由して雁来、そこから国道275線を北上した。途中から直線道路になりデッカイドーを実感しながら、またスピードにも気を使いながら石狩市別当町まで走った。北海道36不動尊霊場第35番札所成田山・文教寺がある。大正13年稗貫文十郎氏が一寺建立を発願、私財を投じて私有地に建立。夫人は得度して隆円尼となって昭和38年まで寺務に当たっていたという。
0808_067 札幌方面にかえって、石狩川河口の平坦地「花畔」。かっての入植当時は鬱蒼とした森だったというから驚く。北海道33観音霊場第10番札所覚王山・立江寺がある。ご本尊は地蔵大菩薩、霊場本尊は千寿観世音菩薩。明治32年富山県の村尾恵明氏が石の地蔵をお祭りしたのが基という。
本日の走行距離は209㎞累計783㎞であった。写真をクリックすると拡大。

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2008年9月23日 (火)

出羽修験出発点は五重塔

My Picture

081413_2 新作発表

★制作番号  081413
★画 題   国宝・五重塔
    (出羽神社・表参道)
★サイズ 40㎝×55㎝
★仕 様 マーメイド紙
      ホルベイン水彩

  >>>  <<<

今年5月に山形県の寺社集印に出かけ、出羽神社(いではじんじゃ)三神合祭殿を参拝した。車で裏の駐車場に入ったので、翌日さらに雨の中、表参道からこの五重塔を取材した。
国宝に指定されているだけに、杉の大樹の中、なかなか神々しい雰囲気に包まれた五重塔であった。ここから出羽三山に向け修験者たちが出掛けるのだろう。(08年6月20日記事参照)。絵をクリックすると拡大

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2008年9月21日 (日)

スイスからアルプス越えてイタリアへ

仏領アルザスからスイスの村々(最終回)

0807077_2  いよいよ帰国の日、長い一日となる。ルツェルンの市街地を迂回して南下、南スイスの十字路アンデルマット。北はドイツ方面、南はイタリア方面を結ぶ交通の要所として古くから栄えた「谷間の山村」。今も南北を結ぶゴッタルト線、それに東西を横断する氷河特急路線の交差する重要ポイント。
0807078 サン・ゴッダルド峠、この峠はアルプスを超える最短のコースという。開けた眼下にアイローロという町がある。この町の標高が1100m、ここがプラス1000mというから、現在地は標高2100mの高地にいることになる。さすがに風は冷たかった。
0807079 峠をくだってルガーノにいたる。南スイス最大の都市といわれ、イタリア国境まで数㎞の距離という。山に囲まれた美しい湖畔のレストランで、昼食。一時間ほど街中を散策して、スイスに別れを告げて隣国イタリアへ。
0807080 イタリア領にはいり、コモ湖を眺めながらミラノ・マルベンサ空港に到着。ここのセキュリティ・チェックはまさに長蛇の列で、出国手続きにかなりの時間を要した。のんびり田舎めぐりをしてきた身には堪えた。
写真をクリックすると拡大。(おわり)

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2008年9月20日 (土)

ルツェルンを訪ねてみれば雷雨にヒョウ

仏領アルザスからスイスの村々(23)

0807074 今日はルツェルンの街を尋ねる。まさに十数年ぶりの訪問である。ルツェルンは私の最初の海外旅行で、最初に泊まった町なのである。しかも今度は連絡船を使って、約一時間の船旅とあって心弾ませた。
フイッツナウの駅前ではホルンの練習か? オジサンがいい音を聞かせてくれる。湖面を渡る風は清々しいものだった。4~5か所の波止場に寄つてからの到着となる。
0807075 ルツェルンはスイスのほぼ中央部に位置し、北はチュウリッヒに、南はアルプス越えでイタリアへ(明日の帰国ルートである)西は首都ベルンへと、まさに交通の要所である。鉄道網に整備されたスイスでは中央駅が立派である。その真正面に船着場があった。
0807076 懐かしのカレル橋シュプロイヤー橋、それに連なる旧市街をゆっくりと散策した。相変わらずの賑わいであった。
昼食を済ませたところで、急に天気がおかしくなり、一時的だったとはいえ猛烈な雷雨にヒョウまで混じった大荒れに見舞われた。小降りになったところで、早々に帰途につく。これでこの旅のスケジュウルはすべて消化したことになり、明日は一路ミラノに向かい帰国することになる。(つづく)。写真をクリックすると拡大

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2008年9月19日 (金)

リギの山道草くらって下山せり

仏領アルザスからスイスの村々(22)

0807068_2 そのまま下山するのが勿体ないので、景色を眺めながらゆっくりと下の駅リギ・カルトバートまで、約一時間のハイキングを楽しんだ。足元には高山植物がチラホラ可憐な花を咲かせ、山々のスロープが右に左に展開し、それに沿って下ってゆく。さわやかな空気に包まれていた。
0807069 山腹を白い煙を吐きながら小さな蒸気機関車がトロッコ列車を押して、フウフウいいながら登ってきたので、ワンショット。まさにスイスの風景だ。こんな列車が日に何本かあるのなら、時間をずらしてでも乗ってみたいものだと思った。この調子では時間は相当かかるのだろうが…。
0807073 カルトバード駅前で昼食をとり、今度はロープウエイを使って湖畔のヴェッギスまで急降下。ここもルツェルン湖観光の基地になっている。最後は遊覧船に乗ってフィッツナウまで。湖畔を渡る風は心地よく、船から眺めるビューホテルは夕日に映えて美しかった。変化に富んだ一日の終りだ。
写真をクリックすると拡大。(つづく)。

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2008年9月18日 (木)

リギの山アルプス写す鏡かな

仏領アルザスからスイスの村々(21)

0807065 いよいよ今日はリギ山登山だ。お天気は最高。ビューホテルから湖畔を眺めながら徒歩で10分、リギ鉄道のフィッツナウ駅に着く。ヨーロッパ初の登山鉄道で1871年開業だそうだ。並んでルツェルン湖遊覧船の波止場もある。
0807066 まわりの風景を楽しむ間もなく、一気に終着駅・リギクルムに登りつめたような気がした。駅から急な坂道を這い上がって標高1800mのリギ山頂上に達した。そこには360度のパノラマが展開していた。感激しながら飽きることなく、その絶景を眺めたものだ。
0807067 やはり南の方向に連なるスイスアルプスが圧巻であった。視界の中心部分にユングフラウ三山がある。ベルンのホテルからの眺望とは、また違った角度からで、こちらのほうが迫力があるように感じた。こんな景色を見せつけられると「スイスに来たなあ・・・」と実感した。写真下の案内板参照。クリックすると拡大。(つづく)。

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2008年9月17日 (水)

この旅の目玉の一つフィッツナウ

仏領アルザスからスイスの村々(20)

0807062 古くから王侯貴族や芸術家たちから愛されてきた、スイスを代表する景勝地フィアヴァルト・シュテッテ湖(ルツェルン湖)。その湖畔に佇む、お城のようなホテル「パークホテル・フイッツナウ」。1903年開業という長い歴史を誇り、ベルエボック様式の美しい建物。(サンモリッツの「スヴェレッタ・ハウス」を手がけた同じ建築家の作という)。
0807063 正面ホールを抜けて湖に面した中庭に出ると、広いテラスになっており、そこでウエルカムドリンクを頂きながら、近くでその全貌をつくづくと見上げたものである(写真上)。お天気の様子を気にしながらも・・・。

0807064_2 眺望のいい部屋は、多少チャカチャカ感はあるが、まずは高級ないい環境である。ベランダから「かなり雲がかかっているが、天気はもちそうだな」などと思いながら、しばし空と、対岸の山と、湖を眺めた。湖面に連絡船が見られるように、ここフィッツナウはルツェルン湖のクルーズ、登山鉄道を使ってのリギ山観光などの拠点であると聞いた。(つづく)。
写真をクリックすると拡大

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2008年9月16日 (火)

今もなお運河倉庫は賑わえり

寺社集印=北海道・小樽市

0808_052 折角の小樽訪問なので、昼食を兼ねて港に降りた。懐かしの埠頭から運河にかけて散策したのだが、相変わらず大変な観光客だった。しかも東洋系の客が目立った。写真上、中がかの有名なレンガ倉庫群、変わりなく運河の畔に佇んでいた。

0808_055 遅い昼食を済ませて、港から奥沢十字路を真っ直ぐ抜けて北海道36不動尊霊場第30番札所無漏山・不動院を参拝。町中とあってのモダンな山門から本堂まで、全てが完全耐火構造である(写真下)。明治15年「無漏一道師」の開基。ご本尊は四国八十八ヶ所79番高照院所蔵の不動明王。

0808_046 港の方に引き返し南小樽駅の近く、住之江に北海道36不動尊霊場第31番札所成田山・新興寺がある。山田秀誓師が大本山成田山・新勝寺の不動明王をここ小樽市に持参、会所を設けたのが開基。以来「住之江のお不動さん」と親しまれ、新勝寺の直末となっている。次に紹介する石狩市・文教寺の住職が兼務しているようだ。
今日はこれまでとして、小樽で泊まることになる。本日の走行距離98㎞、累計574㎞であった。
写真をクリックすると拡大。

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2008年9月15日 (月)

ご朱印帖(北国)北海道

北海道33観音霊場(5~8)

05 第五番 遍照山 本弘寺
(へんじょうざん・ほんこうじ)
・大日如来
・千手観世音菩薩
岩内郡岩内町東山11-3
参拝08年8月20日
記事9月11日参照

06 第六番 北明山 仁玄寺
(ほくめいざん・じんげんじ)
・大日如来
・千手千眼観世音菩薩
余市郡仁木町西町7-1
参拝08年8月21日
記事9月13日参照

07 第七番 小樽高野山 日光院
(おたるこうやさん・にっこういん)
・聖観世音菩薩
・如意輪観世音菩薩
小樽市富岡2-22-22
参拝08年8月8月21日
記事9月14日参照

08 第八番 大網山 精周寺
(だいもうざん・せいしゅうじ)
・大日如来
・聖観世音菩薩
小樽市最上2-15-33
参拝08年8月21日
記事9月14日参照 

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2008年9月14日 (日)

山の手の寺から一望小樽湾

寺社集印=北海道・小樽市

0808_049 「坂の町小樽」で、まず山の手に当たる高級住宅地の富岡にある北海道33観音霊場第七番札所小樽高野山・日光院を訪ねる。ここからは小樽湾が見事に一望できる。明治19年信者が建立した大師堂が始まり。修験僧として名高い和歌山の鷹尾了範が小樽の赤岩山を修行道場にして布教に努めたという。ご本尊は聖観音菩薩、霊場本尊は如意輪観世音菩薩。0808_047

山手を南に大きく迂回して、山の中腹に広がる住宅地「最上」の中ほどにある北海道33観音霊場第八番札所大網山・精周寺。周囲は樹木で覆われ、参道も整備された静かな寺域を形成している。ここからも木々の合間から小樽湾が望まれた。ご本尊は大日如来、霊場本尊は聖観世音菩薩。明治15年に大網精周が建立したとされる。
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2008年9月13日 (土)

片仮名の地名で残るオタモイよ

寺社集印=北海道・仁木町、小樽市

0808_038 一夜明けても、羊蹄山は雲の中。涙を呑んで倶知安経由、国道5号線を余市に向けて出発した。余市の手前にある仁木町は、なだらかな丘陵地帯にあり、果物の生産が盛んなところ。国道沿いに多くの販売所が並ぶ。
明治22年徳島出身者によって建立されたお寺が北海道33観音霊場第六番札所北明山・仁玄寺。ご本尊は大日如来、霊場本尊は千手千顔観世音菩薩。広い境内に北国には珍しい欅の大木があった。
0808_041 小樽市に入ってすぐに、珍しいカタカナの町名「オタモイ」というところがあり、国道から左手の小高い丘の上に北海道36不動尊霊場第29番札所寶珠山・龍照寺がある。昭和14年祈祷師として龍照師が大師教会を設立したのが始まりで、昭和50年現在地に本堂を建立して不動明王を安置したといわれる。
0808_043 住職に絶景の場所があると教えられ、オタモイ海岸を望む高台に登って見た。西に窓岩、立岩など見事な岩場が、日本海に向って突き出ていた。(写真下)
写真をクリックすると拡大。

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2008年9月12日 (金)

ご朱印帖(北国)北海道

北海道33観音霊場(1~4)

01 第一番 北南山 高野寺
(ほくなんざん・こうやじ)
・金剛界大日如来
・如意輪観音菩薩
函館市住吉町12-23
参拝08年8月18日
記事8月27日参照

02 第二番 明光山 神山教会
(めいこうざん・かみやまきょうかい)
・弘法大師
・十一面観世音菩薩
函館市陣川町86
参拝08年8月19日
記事8月28日参照

03 第三番 菩提院 奥の院
(ばだいいん・おくのいん)
・不動明王
・千手千眼観世音菩薩
寿都郡寿都町字新栄町236
参拝08年8月20日
記事8月8月29日参照

04 第四番 覚王山 金剛寺
(かくおうざん・こんごうじ)
・大日如来
・千手千眼観世音菩薩
虻田郡倶知安町北6条東3
参拝08年8月20日
記事9月11日参照

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2008年9月11日 (木)

羊蹄山われを嫌って雲の中

寺社集印=北海道・岩内町、倶知安町

0808_032 寿都町で昼食後、国道229号線(通称:ソーランライン)を日本海海岸に沿って北東に進み岩内町に入る。このラインはニシン漁の本場とされ、雷電海岸から積丹半島までは北海道を代表する景勝地。岩内町東山には北海道33観音霊場第五番札所遍照山・本弘寺がある。ご本尊は大日如来、霊場本尊は千手観世音菩薩。
0808_033 明治33年肥田盛道が布教所として建立した。彼は山本ラクさんの霊場開創発願の理事長も引き受けており、よき相談相手であつたようだ。寺内は広く、大師堂内で88ヶ所のお砂踏みもできるという。

0808_036 お天気ならば羊蹄山が綺麗であろう山麓。倶知安町の広々と、かつ整然とした町並みの一角に北海道33観音霊場第四番札所覚王山・金剛寺がある。ご本尊は大日如来、霊場本尊は千手千眼観世音菩薩。明治35年尾道市の石井理源によって開創されたという。
今日はこれまでとして、ニセコ高原の「ニセコ・スコット」に泊まる。部屋の窓からも、大浴場からも羊蹄山は厚い雲に覆われ、全く姿を見せず、極めて残念であった。本日の走行距離は211㎞、累計476㎞であった。写真をクリックすると拡大。

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2008年9月10日 (水)

隆盛を極めた商都偲ばるる

My Picture

081412 新作発表

★制作番号 081412
★画 題 ハンザの商都
     ストラールズンド
★サイズ 38㎝×28㎝
★仕 様 マーメイド紙
     ホルベイン水彩
  水性アルキッド樹脂

 >>>  <<<

2007年シルバー・シャドー号のバルト海クルーズ第一の寄港地、ドイツ・ロストックの港から約一時間で、世界遺産になっているシュトラールズンドを訪ねた。この絵は旧市街の入口にあり、現在市庁舎となっている建物の吹き抜け部分。かってハンザ同盟の旗手として隆盛を極めた商都の中心部分だったろう。13世紀のシュトラールズンドで最初に建てられた石材建築といわれ、重厚な造りは当時の繁栄を彷彿させる。絵をクリックすると拡大

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2008年9月 8日 (月)

この村がハイジの生まれし故郷なり

仏領アルザスからスイスの村々(19)

0807059 再度スイス領を南下、「素朴な村」マインフェルトを訪ねる。女流作家ヨハンナ・シュピーリがこの地を舞台に書き上げた児童文学の名作「ハイディ(ハイジ)」で世界的に有名になった村。「アルプスの少女ハイジ」に登場するブランディス城、村役場、山へと続く小道、水のみ場などの風景が展開している。
0807060マインフェルトはスイス東部グラウビュンデン州にあり、標高635mの高地、面積11平方㎞、人口わずか750人という村であるが、再現された記念館「ハイジハウス」(写真中)があり、観光客や、子供ずれの家族など多くが訪れている。お天気が回復したのが何よりだった。

0807061   >>>  <<<
マインフェルトで昼食後、踝を西にむけ、ルツェルン方面へ進む。目標は今回の旅の目玉であるフイッツナウ・パークホテル。
途中ヴァーレン湖にて一服、明日訪れるはずのリギ山も、ばっちり姿を見せていた。夕刻の17時前に到着。フィーアヴァルト・シュテッテー湖畔に立つこのホテルはひと際目立っていた。ここで三泊、充分な静養をさせてもらう。写真をクリックすると拡大。(つづく)。

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2008年9月 7日 (日)

豊なる立憲君主の非武装国

仏領アルザスからスイスの村々(18)

0807056_2 今でも青空会議が開かれているというアッペンツェルを後にして、南下を続け、今度はごく小さな独立国・リヒテンシュタイン候国の首都ファドゥーツを訪問。
スイスとオーストリアに囲まれたこの国の面積は南北25㎞、東西6㎞という狭さ(小豆島とほぼ同じ)、人口は3万人、国土はアルプスの延長線上にあるため山国である。スイスと結びつきが強く、非武装永世中立国。パスポート・コントロールなし。
0807057 1719年神聖ローマ皇帝がリヒテンシュタイン候領と認めたことが、この国の始まり。1806年神聖ローマ帝国が崩壊、翌年ライン同盟に参加、初めて他国から独立国(候国)として承認され、1990年には国連に加盟している。
立憲君主制の国で、リヒテンシュタイン家の当主(男子世襲制)が元首、元首は強大な政治的権限を有している。議会は一院制、行政府の長は首相、議会第一党党首が候によって任命され、副首相は第二党党首が任命される。
0807058 主要産業は精密機械、畜産、医療のほか観光、国際金融、また切手の発行はよく知られている。タックスヘイブンとしても有名で、税金免除を目的とした外国企業のペーパーカンパニーも集中、これら法人税が国税収の40%に及び、そのため一般国民には直接税が無い。
町の中は、観光客も多く、活気にあふれているような感じ。写真上は元首の城、中は「おとぎの国」を思わせる観光用列車、下は町中やたらに多い近代的なモニュメント。クリックすると拡大。資料は「ウィキペディア」から。(つづく)。

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2008年9月 6日 (土)

今もって青空集会開くかな

仏領アルザスからスイスの村々(17)

0807053 今日はザンクトガレンから国境沿いに約一時間半ほど南下して、スイス東部にある村、アッペンツェルをまず訪問。
ここは60%近い村民が農業(畜産・酪農を含む)に従事しており、保守的な生活を貫いているといわれる。因みに全体で見ると農業従事者は40%。スイスの「古きよき村」である。
0807054 更にアッペンツェルは保守的な村といわれる行事が今一つ継承されている。ランツゲマインデとよばれる、有権者全員の集まる青空会議。毎年4月の最終日曜日に開かれ、当日は有権者が正装して出席する。(女性に参政権が認められたのは1991年から)。
議長が演壇に立って議題を提出、広場に集まった有権者たちは挙手をもって賛否を投じるというスタイル。
0807055_2 アッペンツェルではこのほか伝統的な民族衣装を着て、女性が行進するお祭り、子供たちも参加するお祭りなど重要イベントが多いという。
村にはこれらの民族衣装を作る工房が何軒かあり、いまでも手作りの装飾品を製造販売しているという。またアッペンツェルは「アッペンツェラー・チーズ」としてチーズが有名である。写真上は町並み、中、下は青空集会の開かれる広場。写真をクリックすると拡大。(つづく)。

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2008年9月 5日 (金)

花々が咲き乱れけりマイナウ島

仏領アルザスからスイスの小さな村々(16)

0807050 昼食後ドイツ領のマイナウ島に向う。ボーデン湖に浮かぶこの島には徒歩で長い橋を渡ることになる。左右の水辺では、いろんな鳥たちが迎えてくれる。「花の島」と呼ばれるこの島の大きさは45ha、島全体が「一つの庭園」になっており、夏には花々が咲き乱れ、秋には樹木の紅葉が見事だという。
0807051子供の園(写真上)=花や木で造型された動物たちが点在し、子供の遊び場もあり、ポニーやヤギなども飼育されている。
熱帯植物園=6mものバナナの木をはじめ、オリーブ、青ゴムの木、コーヒーの木など熱帯植物が豊に茂る。冬場には温室のように全体を覆うというから驚く。
バラ園=白い彫刻や噴水の点在する園内には400品種、9000本のバラが植えられている。また亜熱帯、熱帯植物の鉢植えも豪華に配置されている。
0807052 中の写真は「イタリア式階段、花の滝」。そのほかシャクナゲの庭園(約3000㎡の斜面に280種)ダリヤ園、メタセコイヤの大樹の繁る森など一日かけても見切れないほど大規模のもの。
最後は「マイナウの城」(写真下)。この島の持ち主レナート・ベルナドッテ伯爵の館。1階の一部が展示室になっている。右手前には18世紀に作られたという、バロック様式の小さな教会まで備わっていた。
駆け足で島中を廻って、シャトルバスで、島の外へ。それからボーデン湖を左に見ながらザンクトガレンに引揚げる。(つづく)・写真をクリックすると拡大

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2008年9月 4日 (木)

シュタインは壁画に出窓に絵看板

仏領アルザスからスイスの村々(15)

0807047 迫力満点のライン滝からものの15分ほどでシュタイン・アム・ラインの駐車場に着く。「ライン河畔の宝石」という名のこの町は、まさにライン河畔に寄り添うように扇状にかたまった古い小さな町である。駐車場のある町の西側からウンター門を抜けて、正面左手にある市庁舎にいたるメインストリート(ハウプトシュトラッセ)約150mの両側に、ギッシリと古色蒼然とした建物が並び、その全ての建物に壁画が描かれているから驚く。
0807048 中世期そのままの面影をとどめた、まるで「おとぎの国」に迷い込んだような気がするほど、華麗な装飾で彩られた家々である。17~18世紀に創られたという壁画が、これほどの密度で見られるのは珍しいとされ、町全体が美術館といった感じである。
0807049_2 壁画の中身といえばモザイクで描かれた紋章の数々、宗教画、それにここの町に伝わる物語など色々あり、 木組みの造り、優雅な出窓、張り出した絵看板とあいまって、人々を飽きさせない魅力的な町であった。
今年3月にタスマニヤを訪ねた際にもシェフィールドという壁画の町(08年3月24日号参照)があった。そこは新しいペイント画でそれなりに面白かったが、ここシュタイン・アム・ラインの壁画はまるで異質のもので感銘をうけた。次回はドイツ領マイナウ島に一寸足を踏み入れる。写真をクリックすると拡大。

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2008年9月 3日 (水)

津波かと思わせるなりライン滝

仏領アルザスからスイスの村々(14)

0807046 今日からザンクトガレンを基点にいよいよ小さな町の訪問を始める。あいにくの雨であるが、ボーデン湖を右に見て西北西に、車で一時間でシャフハウゼン、そこから30分ほどでイノハウゼンに到着。ここにラインファル(ラインの滝)がある。スイスアルプスからドイツに流れていくライン川の源流であって、この地域はホッホライン(高地ライン)と呼ばれているそうだ。
0807045 駐車場からだらだら坂を下りていくと小さなバルト城越しに滝が見えてくる(写真上)。水量の多さはヨーロッパ最大と言われるだけあって、ものすごい勢いで流れてくる。落差は余り無いが幅が広いので、津波が襲いかかって来るような錯覚をおぼえる。データによると・横幅150m・高低差23m・平均水量(夏季)毎秒700立方メートルとあった。
0807044 ボートで中心部にある岩場まで接近し、飛沫をあびながら辿り着き、登って行くのだが、私は雨の中でもあり、リスクを避けて同じボートで引き返した。迫力満点だった。

次は、ここからごく近くにある「壁絵の町」シュタイン・アム・ラインを訪ねる。
写真をクリックすると拡大

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2008年9月 2日 (火)

旧市街まづ花園から迎え入れ

My Pictures

081411 新作発表

★制作番号 081411
★画 題 ヴィスビー②
     (ゴッドランド島)
★サイズ 38㎝×28㎝
★仕 様 マーメイド紙
     ホルベイン水彩
   水性アルキッド樹脂   

      >>>     <<<
08年8月24日号に引き続きのペアー作品。2007年シルバー・シャドー号によるバルト海クルーズ第三の寄港地はスエーデン領・ゴッドランド島。世界遺産に登録されている旧市街に入る手前に、名前は忘れたが大学があり、キャンバスの一部が公園(アルメダール公園)になっていた。コンクリート塀の向こうが旧市街。期待感を持って描いたものだ。(記事07年8月30~31日参照)
写真をクリックすると拡大。Pictureに関する問い合わせはコメント欄で。

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2008年9月 1日 (月)

ハスの種子見事に育ってここにあり

上野散歩

0808_005 今日から九月、長月が始まる。一日は「防災の日」。心して「備えねば・・・」とは思うが、ここ十日ほど続いた集中ゲリラ豪雨をみて、無力を感じるのは私だけか??確かに地球は急変したようだ。被災された方々にはお見舞い申上げるのみ。

0808_006 ところで8月1日に取り上げた上野・両大師の「古代ハス」、しばらくの間、人の背丈以上に繁茂していたが、さすがにボツボツ葉や茎が枯れ始めた。また花びらを落とした後には「如雨露」のような形をしているものがツンツン残っている。

0808_007 さらに早咲きのものは、メロンパンのようにふっくらして、黒い種子がびっちり育っていた。この種子こそ、2千年もの歳月を引き継ぎ、環境に対応してきた原点であろうとつくづく思ったものである。
写真をクリックすると拡大。

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