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2008年6月29日 (日)

ご朱印帖(北国)山形県

最上33観音 第一番~第四番

331 第一番 若松(わかまつ)
鈴立山若松寺・天台宗
天童市山元2205-1
<TEL023-653-4138>
参拝08年5月21日
記事6月26日参照

332 第二番 山寺(やまでら)
宝珠山千手院・天台宗
山形市山寺4753
<TEL023-695-2735>
参拝08年5月21日
記事6月27日参照

333 第三番 千手堂(せんじゅどう)
守国山吉祥院・天台宗
山形市千手堂509
<TEL023-684-8026>
参拝08年5月21日
記事6月28日参照

334 第四番 円応寺(えんおうじ)
唐松山円応寺・真言宗
山形市宮町4-16-33
<TEL023-622-3937>
参拝08年5月21日
記事6月28日参照

ご朱印をクリックすると拡大。

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2008年6月28日 (土)

花を見て いまや手折らん 千手堂

寺社集印=山形市

0805_139 最上33観音霊場第三番札所千手堂(せんじゅどう)守国山・吉祥院は山寺から約13㎞、山形市の北の郊外に位置する。聖武天皇の天平年間、出羽の国に悪い病が流行して、この退散祈願のために行基菩薩が派遣された。これが開基とされる. 天台宗のお寺で、ご本尊の千手観世音は175㎝一木造りの立像で平安時代初期の作とみられ、柔和で高貴な容姿を今に伝えている。またこの辺一帯は古墳地帯で知られ、石棺、土器など多く出土しているという。

市内中心部のやや北側の宮町に最上33観音霊場第四番札所=大慈山・円応寺(えんのうじ)がある。室町時代の延文元年(1356年)山形城主・斯波兼頼公が城の北東方に位置した現在地に守護仏として観音を奉安したのが始まりという。
0805_140_2 真言宗のお寺で、ご本尊は聖観世音黄金佛、弘法大師の作と伝えられ、兼頼公自身の兜の前立てに付けていたそうである。火災で建物・宝物すべて失ったが、尊像だけは焼失をまぬがれたという。
註;タイトルは吉祥院のご詠歌から引用。写真をクリックすると拡大。

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2008年6月27日 (金)

閑さや 岩にしみ入る 蝉の声

寺社集印=山形市

0805_135 今日のタイトルにも使わしてもらった芭蕉の句で有名な山寺。まずは立石寺・根本中堂だけお参りして、そこから東方約1km先の山寺・観音堂=宝珠山・千手院(せんじゅいん)最上33観音霊場第二番札所にむかう。
ご本尊は慈覚大師の作とされる千手観音。天長七年慈覚大師円仁が東北を巡り山寺まで来られ、余りにも荘厳・雄大な景観に心を惹かれ、この地に天台宗東北の霊場づくりを決意されたのが始まりと縁起にある。
0805_136 当千手院の裏山にある垂水岩に千手観音を祀り、その東に大日如来、西に本院域を創り薬師如来、阿弥陀如来を祀って山寺・立石寺の草創期とし、さらに整備を続けられた。
この寺は古来「出羽の山寺」としてその名を知られ、景勝は「東北の耶馬溪」とうたわれ、参拝登山者ひきを切らず、法燈の輝くこと千百三十余年、県内きっての霊刹である。
写真下は境内から仙山線のレールを見る。写真をクリックすると拡大

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2008年6月26日 (木)

わかまつや おいにもたのめ とこゑひとこゑ

寺社集印=山形・天童市

今年は子年、「12年に一度の合同ご開帳」が最上33観音霊場で行われると聞いて当観音霊場めぐりを思い立つ。
0805_121 JR天童駅から東へ5㎞、鈴立山の中腹に、「花笠音頭」にも唄われている「若松様」若松寺(わかまつじ)最上33観音霊場第一番札所・通称=若松観音がある。
行基菩薩によって和銅元年(708年)に開山、ご本尊の等身大の聖観世音は行基菩薩が自ら刻んだものとされ、永久秘仏。平安時代には弘法大師空海、慈覚大師円仁らの登山により一大仏教霊地に発展した。
0805_124 室町期の香ただよう重厚な観音堂は撫材を基調とした五間五面・単層入母屋造で、東北地方の数少ない密教本堂の遺跡例であり、昭和38年に重文に指定されている。その他数々の堂宇が点在する境内は神秘的な雰囲気におおわれ、一番札所に相応しい霊場だった。
註;①タイトルは若松寺のご詠歌から引用。②写真をクリックすると拡大。

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2008年6月25日 (水)

小銭無く 一人佇む 湖畔かな

My Piture

96_217 想い出の一枚

★制作番号 96ー217
★画 題 湖のほとり
       N/Z
★サイズ 44㎝×36㎝
★仕 様 ワトソンボード
     ホルベイン水彩 
 

6月18日と同じニュージランド南島を訪ねたときの作品。名前は定かでないが、湖に映る影の美しさに見とれたものである。対岸の建物の地下が水族館になっており、旅も終わりに近づきNZ㌦の持ち合わせの無かった私は借りるのも嫌で中に入らず、連れの出てくるまでかなりの時間、一人で佇んでいた想い出がある。、

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2008年6月24日 (火)

ご朱印帖・東北36不動尊霊場

第一番~六番(山形県)

361 第一番 本山・慈恩寺
(ほんざん・じおんじ)
山形県寒河江市慈恩寺地籍31
<TEL023-787-3993>
参拝08年5月19日
 記事6月12日参照

362 第二番 湯殿山・大日坊
(ゆどのさん・だいにちぼう)
鶴岡市大網字入道11
<TEL023-554-6301>
参拝08年5月19日
 記事6月13日参照

363 第三番 高瀧山・光明院
(こうりゅうざん・こうみょういん)
天童市大字山口3143-1
<TEL023-656-2183>
参拝08年5月21日
 記事6月23日参照

364 第四番 上埜山・大樹院
(じょうやざん・だいじゅいん)
山形市大字青野640
<TEL023-631-5497>
参拝08年5月22日
 記事6月23日参照

365 第五番 新山・龍覚寺
(しんざん・りゅうかくいん)
鶴岡市泉町1-3
<TEL023-524-2033>
参拝08年5月20日
 記事6月15日参照

366 第六番 羽黒山・荒沢寺・正善院
(はぐろさん・こうたくじ・しょうぜんいん)
鶴岡市羽黒町手向232
<TEL023-562-2380>
参拝08年5月19日
 記事6月14日参照

ご朱印をクリックすると拡大。次回から最上33観音札所めぐりが始まる。

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2008年6月23日 (月)

大師さん 恵雨を乞われた 雷不動

寺社集印=山形・天童市

0805_078 庄内を去って月山峠(がっさんとうげ)を越えて最上に引きかえす。途中右手に見える月山にはまだ残雪が多く見られた。「温泉と将棋の駒」で有名な天童市、その上山口村に高瀧山・光明院(こうりゅうざん・こうみょういん)東北36不動霊場第三番札所がある。天台法流のお寺で、ご本尊は大聖不動明王、通称:高瀧山不動尊には「行基菩薩が開眼した景勝無双の霊地」と縁起にあり、滝の魔崖佛に土地の信仰を集めている。

0805_126 山形盆地の東端に位置する青野郷は農業地域、丘陵には果樹園が広がる。上埜山・大樹院(じょうやざん・だいじゅいん)東北36不動霊場第四番札所がある。天台宗のお寺で、ご本尊は不動明王。
0805_129 通称:雷不動明王にはまたの名を「請雨瀧不動尊」とも呼ばれ、次の話が伝わっている。弘法大師は湯殿山を開基、下山すると大旱魃に見舞われ雨を乞う民衆を目にする。そこで辰巳の方、この地に山篭りされ雨を乞われたところ、雷不動尊が現れ恵雨を得たとある。

これで山形県内の東北36不動霊場第一から第六番札所を巡ったので、次にご朱印を紹介する。

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2008年6月22日 (日)

ご朱印帖(北国)山形県

鶴岡市の寺院

1_2 湯殿山・注連寺
(ゆどのさん・ちゅうれんじ)
山形県鶴岡市大網字中台92
<TEL023-554-6536>
参拝08年5月19日
 記事6月13日参照

2_2南岳寺
(なんがくじ)
鶴岡市砂田町
<TEL不詳>
参拝08年5月20日
 記事6月16日参照

3_2 洞曹宗・善寶寺
(そうとうしゅう・ぜんぽうじ)
鶴岡市下川関根
<TEL不詳>
参拝08年5月20日
 記事6月16日参照

4 高寺山・照光寺
(こうじさん・しょうこうじ)
鶴岡市羽黒町高寺
<TEL023-562-3154>
参拝08年5月20日
 記事6月17日参照

5 吉祥天・永福寺
(きっしょうてん・えいふくじ)
鶴岡市羽黒町川行
<TEL023-562-3522>
参拝08年5月20日
 記事6月17日参照

ご朱印をクリックすると拡大

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2008年6月21日 (土)

ご朱印帖(北国)山形県

今回からカテゴリイ「06ご朱印帖・北国」をはじめます。

山形県鶴岡市の神社

1 出羽神社・三神合祭殿
(いではじんじゃ・さんしんごうさいでん)
山形県鶴岡市羽黒町手向字羽黒山
<TEL023-562-2355>
参拝08年5月19日
 記事6月14日参照

2 荘内神社
(しょうないじんじゃ)
鶴岡市馬場町4-1
<TEL023-522-8100>
参拝08年5月20日
 記事6月15日参照

3 鶴岡天満宮
(つるおかてんまんぐう)
所在地;鶴岡市神明町3-40
<TEL023-522-3952>
参拝08年6月20日
 記事6月17日参照

ご朱印をクリックすると拡大。

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2008年6月20日 (金)

杉木立 なかにドッカリ 五重塔

寺社集印=山形・鶴岡市

0805_108_2 鶴岡を去るにあたって何とも気にかかるので、雨の中、出羽神社(いではじんじゃ)表参道から国宝・五重塔まで歩くこととした。
0805_109 羽黒山北西麓の手向から参道を歩く。鳥居をくぐると随神門(ずいじんもん)その右手前に「天拝石」という大きな岩がある。門を入ると下りの階段・継子板の道、右に左に多くの境内社が祀られている。だらだら坂なので余り気にならず進む。
0805_114 祓川(はらいがわ)にかかる神橋を渡ると右手に須賀瀧があり、左に曲るとひと際大きな翁杉が見えてくる。この杉は天然記念物に指定されている。
0805_115 この奥、木立の中に国宝・羽黒山五重塔が建っている。永平年間(1377年)の建立とある。明治41年特別保存建造物、昭和4年国宝建造物、昭和25年重要文化財、昭和41年国宝にそれぞれ指定され、どっしり重量感をもつ。素木造・柿葺、法三間、五層、高さ八丈(24㍍)東北地方「最古・最優秀の塔」と説明されていた。 ここからが2446段、一の坂、二の坂、三の坂と続くのだそうである。ここまでで終わりとする。
明日は月山峠を帰り、天童に向う。写真をクリックすると拡大

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2008年6月18日 (水)

姉妹して 駒をあやつる 湖畔かな

My Picture

96_218 想い出の一枚

★制作番号 960628
★画 題 馬に乗る姉妹
    N/Zテ・アナウ湖畔
★サイズ 44㎝×36cm
★仕 様 ワトソン・ボード
      ホルベイン水彩

1996年ニュージーランドを訪ねた際、たしか南島の南部にあったテ・アナウ湖畔を散歩していた。折りしも姉妹らしき少女二人が馬に乗って颯爽と現れた。あの頃は恐れを知らず何でも描いた時代だったように思う。作品の出来はどうあれ、懐かしい「想い出の一枚」ではある。
註; ①絵に関する問い合わせはコメント欄で②絵をクリックすると拡大。

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2008年6月17日 (火)

法の光をしるべにて帰り来ませよ荒川の里

寺社集印=山形・鶴岡市

0805_104 立て看板が目につき市内神明町にあった鶴岡天満宮に寄る。一寸、大通りから入ったところだが静かな所。0805_105 天神さんだけあって境内には梅林が広がっている。ここは「化物祭」が有名だそうだ。手拭で覆面し編み笠をかぶって赤い襦袢に黒の股引といったスタイル。社殿を三回廻って、その後知人宅などの家々を廻り、持参した瓢箪の酒を声を出さずに振舞う。この日だけは化物は天下御免で何処の家にも無断で上り込めるという。ご朱印だけ頂く。

羽黒町のガイドマップを参考にして最初に訪ねたのが「高寺」にある高寺山・照光寺(しょうこうじ)庄内観音札所第30番とある。ご本尊は千手観世音である。0805_106

次に羽黒町「川行」の永福寺(えいふくじ)出羽七福神八霊場・吉祥天にあたる。ここに来て雨に風まで加わってきた。

0805_107 今日はこれまでかと思いながら、車を「荒川」に走らせていると「庄内おばこ観音堂」の看板を見つけて立ち寄る。金沢山・荒川寺(きんたくさん・こうせんじ)。
庄内おばこ」とは林守八兵衛の長女で美しい娘。父とともに「おばこ茶屋」を営み、出羽三山詣での客で大いに繁盛した。父を亡くした彼女47歳の安政四年(1857年)両親の供養のため西国巡礼に出かけ、琵琶湖まで来たところで、湖上で嵐にあい、船の同乗者たちの身代りとなって入水自殺したという物語。残念ながらご朱印は無かった。
註; ①タイトルは庄内おばこ観世音ご詠歌。②写真をクリックすると拡大。

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2008年6月16日 (月)

代々の 海難守護ぞ 善寶寺

寺社集印=山形・鶴岡市

0805_091 雨の中、砂田町で二階建の寺院を発見、雨宿りを兼ねて立ち寄った。南岳寺(なんがくじ)お参りして、ご朱印を頂いたが、住職が留守で、由緒など不明。外観だけの写真をかろうじて撮って退散。
0805_096 小雨になったところで市内下川の龍澤山・善寶寺(りゅうたくざん・ぜんぽうじ)に着く。大きな駐車場があり、境内も広い。立派な山門をくぐると左手に五重寶塔がある。この塔は「魚を採り、これを商い、食物とする」魚から授かっている恩恵に感謝して魚の供養のために建立されたものという。長い石段を登って本堂。脇を通ってその上が龍王殿にいたる。
0805_098 権現造り亀甲葺きの龍王殿は、看板によると天保四年(1833年)に再建されたとある。見事な社殿で龍道大龍王戒道大龍女をお祀りしている。何でも海難守護か、漁業のお寺のようである。
0805_101_2 ご朱印を頂き、由緒書が無いまま、その昔、日本海を行き来した松前舟や漁業関係者の魚類の供養と海上安全を祈った様子などを思い浮かべながら退散する。
まだ、時間があるので、昼食後、鶴岡市内を廻ることにする。

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2008年6月15日 (日)

空飛ぶや ここ鶴岡の 龍覚寺

寺社集印=山形・鶴岡市

0805_085_2 予報どおり今日は朝から雨。山坂のない市街地を巡ることにする。市の中心部、泉町の龍覚寺(りゅうかくじ)東北36不動霊場第五番札所。通称「厄除け不動」真言宗豊山派のお寺。ご本尊は大聖不動明王。
0805_086 一千年も前の羽黒山は険しい山であって、老幼婦女の登山は無理であったので、仁安年中(1166年)鶴岡城下の一隅、三ツ曲輪南側の登山口に遥拝所として一宇を建立されたのが龍覚寺であった。
元和八年(1612年)酒井忠勝公が入国、当寺が城の鬼門にあたり、祈願所として指定されて以来、三百年にわたり酒井藩筆頭の地位を占めてきたという。

0805_088 お堀に囲まれた鶴ケ岡城址の本丸跡に荘内神社(しょうないじんじゃ)が鎮座する。前出の酒井忠勝公が庄内就封ののち、二百五十年にわたり善政を施された。
0805_090 庄内一円(現在の二市三町)の人々は藩主酒井家を敬い慕ってきた思いで、明治十年に出羽の国「庄内の産土神」として当社が創建された。ご祭神は酒井家初代忠次(ただつぐ)公、二代家次(いえつぐ)公、三代忠勝(ただかつ)公で、それに九代忠徳(ただあり)公は従三位を贈位されたことを記念して大正十三年に合祀されたという。
写真右下は境内に咲く大輪の白いシャクナゲ。クリックすると拡大。なおタイトルは龍覚寺の御詠歌を引用

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2008年6月14日 (土)

照らすらし 法の切火の 絶えることなく

寺社集印=山形・鶴岡市

0805_081 月山峠を越えて鶴岡市の羽黒山山麓にいたる。出羽神社(いではじんじゃ)の表参道を横目に見て、宿坊の並び立つ一帯を抜けたところに羽黒山・荒沢寺・正善院(はぐろさん・こうたくじ・しょうぜんいん)東北36不動霊場第六番札所がある。
0805_083 通称荒沢不動で知られ、ご本尊は不動明王、また黄金堂(国の重文)には聖観音を祀る。聖徳太子の従兄、蜂子皇子の草創(587年)と伝えられる。皇子は能除照見大菩薩と称され、法名を弘海と号した。諸国修行の途にあって怪鳥に導かれて羽黒山に登り、出羽三山を開いたという。

0805_062 夕方になり出羽神社・三神合祭殿(いではじんじゃ・さんじんごうさいでん)の表参道は1.7km、2446段の難所と聞き、南東を迂回、裏参道からエクスキュウズして参拝。本来は出羽神社のみが鎮座していたが、現在の本殿は月山神社(中央)出羽神社(右)湯殿山神社(左)の三神合祭殿となっている。
0805_071 全国200社ほどある出羽神社の本源社。「修験の山」として広く信仰され、修験者によって全国に祀られたもの。神社の境内には多くの社殿・「ほこら」が点在し、三山あわせて108社の摂末社があるという。また表参道には江戸時代に植えられたという杉の大木は500余本を数えるという。
明日は鶴岡市内を巡る。天気予報は雨とある。
タイトルは正善院・荒沢不動のご詠歌から引用。

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2008年6月13日 (金)

みちのくの 湯殿の山の お不動さん 

寺社集印=山形・鶴岡市

0805_055 今日は寒河江の北西、西川町を経由して月山の峠まで登る。鶴岡市大網に東北36不動霊場第二番札所湯殿山・大日坊(ゆどのさん・だいにちぼう)がある。遥かに月山を望む湯殿山は出羽三山の奥ノ院、弘法大師の開山とある。
0805_057 その昔、湯殿山は山岳信仰の道場で女人禁制の札を守る東北屈指の霊山であったが、大日坊は女人の湯殿詣での悲願を叶えるために開山され、大日如来を安置して遥拝所としたもの。
ご本尊は金胎両部大日如来、不動尊通称は御瀧大聖不動明王、真言宗・豊山派のお寺で、「木食行者・真如海上人即身仏」が安置されいるので有名になったそうである。写真右はすぐ傍を走る高速道の鉄橋。

0805_058 山腹を迂回して、同じく弘法大師が祈祷所として建立したとされる湯殿山・注連寺(ゆどのさん・ちゅうれんじ)を訪ねる。
胎蔵界曼陀羅大日如来を刻んで本尊とし、諸人に祈祷を施して「お注連」(おしめ)をいただけるようにしたのが、数多い密教寺のなかでも注連寺信仰が興隆した特長だそうである。
弘法大師がその下で修行したといわれる双樹「七五三掛桜」は今でも咲き誇り、「鉄門海上人」の即身仏も安置されている。
クリックすると拡大。なお、タイトルは大日坊のご詠歌から引用。明日は峠を越えて鶴岡市羽黒へ。

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2008年6月12日 (木)

出羽路なる大慈大悲の不動尊

寺社集印=山形・寒河江市

今日から西国に対して東北・北海道を括るカテゴリー「15寺社集印・北国」が始まる。東北六県に跨る(一県に六寺づつ)霊場として東北36不動霊場を選んだ。山形県からはじめる。

0805_052 例の如く、山形新幹線で天童駅まで行き、そこでレンタカーを借りるという寸法。むかうは寒河江市(さがえし)、東北36不動霊場第一番札所本山・慈恩寺(ほんざん・じおんじ)通称「犬突き不動」である。
寒河江市は「将棋の駒」で有名な天童市の西、最上川支流の寒河江川に挟まれた農作地帯で慈恩寺の文化を中心に発展したとされる地域。
0805_053 草創は神亀元年(724年)行基菩薩が奏上、天平18年(746年)インド波羅門僧正が勅宣によって開山し、勅願寺と定められたのが始まりと伝えられている。ご本尊は弥靭菩薩と倶利釈迦不動明王で、天台宗と真言宗の二宗兼学によって守られてきたが、のちに山内を統一、一山組織を形成して独立した「慈恩宗」のお寺である。
写真左は古めかしい山門、右は茅葺屋根の重厚な本堂。クリックすると拡大。タイトルは慈恩寺のご詠歌を引用。明日は月山峠(がっさんとうげ)に登る。

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2008年6月10日 (火)

常夏の やしの葉陰で 昼寝せん

My Picture

081405 新作発表
★制作番号 081405
★画 題 ハレイワ海岸
     ハワイ:オアフ島
★サイズ 37㎝×28㎝
★仕 様 マーメイド紙
   ホルベイン水彩絵具
   アキーラ・アルキッド

ハワイ四島制作シリーズ第一弾はオアフ島。昨年四島クルーズに参加(07年1月24日号)一島・一作づつ、印象的なものを作品にすることにした。空港から国道99号線を北西に横断、丁度ワイキキの反対側のハレイワ海岸。海の向こうは日本である。
★個展準備;11月16日からを予定。お問い合わせはコメント欄で。作品をクリックすると拡大。

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2008年6月 9日 (月)

厄除けの 双璧のたるや 西新井

寺社集印=東京・足立区

0805_207 今日は足立区皿沼から南下して環状七号線を東へ向かい西新井にいたる。西新井大師は弘法大師自ら開創した関東随一の霊場=関東88霊場特別札所=である。真言宗豊山派のお寺で五智山・遍照院・総持寺が正式名称。関東36不動霊場第26番札所でもある。
0805_209 天長三年(826年)弘法大師が関東を巡ったとき当地に立寄り、十一面観世音菩薩のお告げを受けてこれを刻みご本尊として祀る一宇を建立したのが西新井大師の始まりという。
0805_213 中世期には数度にわたり兵火に巻き込まれて建物も度々焼失したが、その都度ご本尊は火厄の難をまぬがれて無事であり、旧に倍する伽藍の復興を続けてきた。
0805_214 これを世人は畏敬して「火伏せの大師」「厄除け火防の大師」と呼ぶようになる。こうして西新井大師は厄除け大師信仰の一大霊場として著名になり、川崎大師(08年5月8日号で紹介)と並んで双璧とされている。
現在、本堂は大改装中で写真は遠望となった。右は不動堂、下は塩地蔵と門前町。
次回からいよいよ東北地方の寺社紹介が入る予定。
写真をクリックすると拡大。

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2008年6月 8日 (日)

皿沼も 念仏講から 成田講

寺社集印=東京・足立区

0805_200 荒川土手から北上、ほぼ埼玉県・川口市に接する皿沼に向う。この辺も工場地帯と云っていいだろう。関東36不動霊場第25番札所皿沼山・永昌院皿沼不動尊である。当初は阿弥陀如来を安置する小さな庵であったそうだ。徳川幕府が開かれ、このあたりは直轄の舎人領とされたが、火災で一帯は焼け野原と化し当院草堂も焼失した。だが、ご本尊は焼け残り仮堂に祀られていた。
0805_203 寛永二年(1625年)上野の東叡山・寛永寺が創建されると、幕府は寺領として皿沼一帯を寄進した。これを機にご本尊の阿弥陀仏を拝する念仏講が結成され、その活動を中心に寺盛を発展させた。その後江戸を中心に成田不動への信仰が盛んになるとこの講社を組んで大挙詣でるようになり、ついには御前立不動明王のご本尊を拝領して現在に至っている。
天台宗・寺門系のお寺。写真上はシャレた二階建ての本堂、下は御前立不動明王・立像。天台宗関東総本山・寛永寺の神領代務であったため、関係者が毎朝礼拝に訪れ、「立ち寄り不動」と親しまれるようになった。明日は第26番・西新井大師。

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2008年6月 7日 (土)

木余りの 弥陀の浄土へ 繁る菩提樹

寺社集印=東京・足立区

0805_193 今年2月12日号で訪ねた調布の常楽院(第五番)で聞いた江戸六阿弥陀のうち、足立区の二寺を廻る。日暮里から尾久橋通りを北上、扇大橋を渡って初めの信号を左折、殆ど荒川沿いの工場の建ち並ぶ一角に「木余り」性翁寺がある。静かな佇まいである。
0805_194 ここに行基菩薩が六体の阿弥陀像を刻んだ後、余った木で彫ったといわれる阿弥陀仏が安置されている。高さ四・二㍍の金色の美しい坐像(都重文)だそうだ。足立姫伝説の姫(法名・蓮相浄池大姉)の墓もここにある。入水自殺した足立姫の遺体は見つからず、愛用の数珠を埋めたところ、一夜にして菩提樹がおいしげったという伝えがある。今でも「一夜菩提樹」として姫の墓標になっているという。浄土宗のお寺。

0805_196 荒川土手に出て上流にのぼり江北橋北詰を、右に一寸入ったところに第二番・恵明寺(けいみょうじ)はある。この辺もまわりに工場が多い。正式名称は宮城山・円明院・恵明寺なのだそうだ。足立姫伝説による二番寺は延命寺となっているが、明治初期に荒川放水路改修のおり当寺に合併され、阿弥陀如来(行基菩薩の作)も転座されたという。
0805_197 先代住職は毎夜のように「阿弥陀様が暑いといわれ、汗をかかれる夢」を見たので大谷石で藏を作り阿弥陀様とお不動さんをお移ししたところ、その直後に空襲で寺は全焼、御本体は昔のままの姿で残ったのだそうだ。綺麗な庭のある真言宗系単立寺院。

明日は足立区の二つの不動尊。タイトルは性翁寺のご詠歌からの引用。写真をクリックすると拡大。

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2008年6月 6日 (金)

ご朱印帖(西国)滋賀県

滋賀県の寺院ご朱印

07 比叡山・延暦寺・東塔
(えんりゃくじ・とうとう)
大津市比叡山
<TEL077-578-0521>
参拝08年4月16日 
記事5月27日参照

08
延暦寺・西塔・釈迦堂
(しゃかどう)
大津市比叡山
<TEL不詳>
参拝08年4月16日
 記事5月27日参照

09 延暦寺・横川中堂
(よこかわちゅうどう)
大津市比叡山
<TEL不詳>
参拝08年4月16日 
記事5月27日参照

10
延暦寺・四季講堂
(しきこうどう)
大津市比叡山
<TEL不詳>
参拝08年4月16日
 記事5月27日参照

11 総本山園城寺・三井寺
(おんじょうじ・みいでら)
大津市円城寺町246
<TEL077-522-2238>
参拝08年4月17日 
記事6月4日参照

12
三井寺・釈迦堂
(みいでら・しゃかどう)
同上
<TEL不詳>
参拝08年4月17日
 記事6月4日参照

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2008年6月 5日 (木)

ご朱印帖・西国33観音霊場

西国33観音第10番~14番、番外02,05

3310 第10番明星山・三室戸寺
(みょうじょうざん・みむろとじ)
京都府宇治市免道滋賀谷21
<TEL077-421-2067>
参拝08年4月14日
 記事5月4日参照
3311
第11番深雪山・上醍醐寺
(みゆきやま・かみだいごじ)
京都市伏見区醍醐山1
<TEL075-571-0029>
参拝08年4月15日 
記事5月14日参照

3312 第12番岩間山・正法寺
(いわまさん・しょうほうじ=岩間寺
滋賀県大津市石山内畑町82
<TEL077-534-2412>
参拝08年4月17日
 記事5月30日参照

3313
第13番石山寺
いしやまでら)
大津市石山寺1-1-1
<TEL075-537-0013>
参拝08年4月17日 
記事5月29日参照

3314 第14番長等山・円城寺
(ながらさん・おんじょうじ=三井寺
大津市円城寺町246
<TEL077-522-2238>
参拝08年4月17日 
記事5月30日参照

02_3
番外02華頂山・元慶寺
(かちょうざん・がんけいじ)
京都市山科区北花山河原町
<TEL075-581-0183>
参拝08年4月15日
 記事5月24日参照

05_4  番外05比叡山延暦寺・根本中堂
(ひえいざんえんりゃくじ・こんぽんちゅうどう)
大津市坂本本町4220
<TEL077-578-0521>
参拝08年4月16日
 記事5月26日参照

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2008年6月 4日 (水)

雨の中 広い三井寺 傘さして

200804_145 寺社集印=滋賀・大津市

円満院門跡に車を置いたまま隣の長等山・園城寺(ながらさん・おんじょうじ=三井寺)を訪ねる。西国33観音第14番札所。天台寺門宗の総本山である。
200804_149 弘文天皇の勅願により皇子・大友多王により建立された。俗に「三井寺」と呼ばれるのは天智・天武・持統天皇が産湯に用いられた霊泉「御井(みい)」から由来するという。
200804_151_2 長い歴史の中で再三の兵火に遭ってきたが、豊臣、徳川の尽力で再興され、国宝、重文、さらに名園など貴重な寺宝を数多く伝えているという。
200804_153 雨の中傘をさしての広大な境内の寺院参拝であったが、金堂、釈迦堂、観音堂のご朱印を頂き、ここで「西国の旅」をいつたん休憩とする。
「寺社集印・西国の旅」は10月以降を予定。
写真をクリックすると拡大。

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2008年6月 2日 (月)

派手派手な 船体に見る ハワイ風

My Picture 

新作発表

081404★制作番号 081404
★画 題 プライド号
★サイズ 37㎝×28㎝
★仕 様 マーメイド紙
    ホルベイン水彩絵具
    アキーラ・アルキッド

昨年正月ハワイを訪れた。クルーズ船「プライド オブ ハワイ」に乗るため。(乗船日記は2007年1月24日~3月7日に本ブログに掲載)。ハワイ島コナ港沖に投錨、テンダーボートで上陸の際、下から見上げたドデカさと、その派手さにUSAを痛感したものだ。因みに総排水量9万3千㌧、全長294㍍、全幅32㍍、乗客定員2384名であった。

註; ①絵をクリックすると拡大。②問い合わせはコメント欄で。

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2008年6月 1日 (日)

サツキ展 小雨の中に 冴えにけり

0806_008 上野散歩

0806_010 久しぶりの青空を見る感じだ。今日から六月・・・水無月?、これから梅雨本番と云うのに如何にも皮肉を感じる。というのも今年の五月は雨が異常に多かったようだ。

先月末で終わった「さつきフェスティバル」を紹介しよう。毎年この時期になると上野不忍池の畔で開かれていたが、今年は噴水広場で開かれた。第何回かの記念展だったせいか?

0806_011 いずれにしろ去り行く春の名残りとして、受賞した三点ほどを写真紹介。いずれも古木の盆栽で、歳月と手塩にかけた見事なものばかり。
0806_012 野に咲くサツキは燃えるような勢いがあるが、こうして限られた空間に、人工的に作られたサツキは芸術品の感が深い。
主催は(社)日本皐月協会TEL03-3821-8430

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