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2008年5月31日 (土)

ご朱印帖(西国)近畿36不動霊場

近畿36不動尊 第22番~27番

3622 第22番不動院
(ふどういん)
京都市伏見区竹田浄菩薩院町
<TEL075-601-4588>
参拝08年4月15日
 記事5月12日参照

3623
第23番上醍醐寺・五大堂
(かみだいごじ・ごだいどう)
伏見区醍醐山1
<TEL075-571-0029>
参拝08年4月15日 
記事5月14日参照

3624 第24番岩屋寺
(いわやじ)
山科区西野山桜の馬場町96
<TEL075-581-4052>
参拝08年4月15日
 記事5月24日参照

3625
第25番円満院門跡
(えんまんいんもんぜき)
滋賀県大津市円城寺町33
<TEL077-522-3690>
参拝08年4月17日
 記事5月30日参照

3627 第27番葛川息障明王院
(かつらかわそくしょうみょうおういん)
大津市葛川坊村町155
<TEL077-599-2372>
参拝08年4月16日
 記事5月29日参照

註;近畿不動第34、35,36番のご朱印は07年12月19日号に掲載。「バックナンバー07年12月」から参照してください。

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2008年5月30日 (金)

古池や 蛙とび込む 水の音

寺社集印=滋賀・大津市

200804_140_2 山を迂回して岩間山・正法寺(いわまさん・しょうほうじ)西国33観音12番札所に登る。あいにくの雨で見えないが県境を隔てて難所「上醍醐寺」第11番のある深雪山があるはずである。
境内は山の中腹が切通し状になつており、伽藍が並列している。ご本尊は15㎝ほどの千手観世音菩薩(秘仏)で、「雷除観音」「汗かき観音」「厄除け観音」「ボケ封じ観音」などいろいろ呼ばれ方をしている。 参拝した4月17日は偶然にも雷神祭(雷除法要)に当たり参詣者多数見受けられた。
芭蕉池は松尾芭蕉が当寺に数日間参籠し、霊験を得て、その蕉風を確立したと伝えられている。タイトルに使った句の古池はこの池か。また日本一の桂大樹群がある。

200804_144 山を下って三井寺の隣、円満院門跡(えんまんいんもんぜき)近畿36不動霊場第25番札所を訪ねる。入るとすぐ右手、鉄筋コンクリート造のまさに近代的なお堂が不動堂。ご本尊は木造の不動明王立像(秘仏)1月28日の初不動の前後3日間と節分だけ拝めるようだ。階段左右の幟がすさまじい。

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2008年5月29日 (木)

石山は 文化の花咲く 舞台かな

200804_125 寺社集印=滋賀・大津市

奥比叡ドライブウエイを下りて、大津市の外れとおぼしき葛川に向う。葛川寺・明王院(かつらがわじ・みょうおういん)近畿36不動霊場27番札所、別の名を「比叡山無動寺の奥の院」。本堂は改修中でご朱印だけ頂く。比叡山無動寺(26番札所)には時間が無く寄れなかった。

200804_135琵琶湖マラソンでしばしば耳にする瀬田の唐橋のやや上流地域にある 東寺真言宗大本山・石山寺(いしやまでら)を訪ねる。あいにくの雨である。
200804_138 聖武天皇の勅願により天平勝宝元年、良弁僧正によって開基された由緒ある寺院である。西国33観音第13番札所。本堂(国宝)は県下最古の木造建築、内陣は平安中期、外陣は淀君の修補になるものといわれる。堂内「源氏の間」は紫式部が「源氏物語」を書いたところと伝えられている。
200804_139_2 写真左の多宝塔は美しい均斉美をもった鎌倉期の建築とされ、境内の奇岩はいわゆる石山の名の由来する硅灰石からなり、天然記念物に指定されている。

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2008年5月28日 (水)

ご朱印帖(西国)滋賀県

滋賀県の寺院ご朱印

01_2比叡山・延暦寺根本中堂
(えんりゃくじ・こんぽんちゅうどう)
滋賀県大津市坂本本町4220
<TEL077-578-0521>
参拝08年4月16日 
記事5月26日参照

02_2 延暦寺・大講堂
(だいこうどう)
大津市比叡山
<TEL不詳>
参拝08年4月16日
 記事5月26日参照

03_3 延暦寺・万拝堂
(まんぱいどう)
大津市比叡山
<TEL不詳>
参拝08年4月16日 
記事5月26日参照

04_2 延暦寺・大黒堂
(だいこくどう)
大津市比叡山
<TEL不詳>
参拝08年4月16日
 記事5月26日参照

05_3
延暦寺・文殊楼
(もんじゅろう)
大津市比叡山
<TEL不詳>
参拝08年4月16日
 記事5月26日参照

06  延暦寺・阿弥陀堂
(あみだどう)
大津市比叡山
<TEL不詳>
参拝08年4月16日
 記事5月27日参照

ご朱印をクリックすると拡大

*****  *****
      速 報
昨5月27日、足立区西新井大師・総持寺・不動堂のご朱印を頂いたところで、寺社の集印数が丁度500を数えました。ありがとう御座いました。

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2008年5月27日 (火)

横川よ 学究気風に 満ち溢れ

寺社集印=滋賀・大津市

200804_115 比叡山・東塔地区の北西、小高いところに阿弥陀堂、地区シンボルの東塔のご朱印を頂き、車を出して奥比叡ドライブウエイを少し下って西塔地区へ。
200804_118_2
美しい杉木立と静寂な空気に包まれた比叡山・西塔地区は最も古いお堂とされる釈迦堂、伝教大師御廟=浄土院、法然上人の清龍寺、など心の安らぎと神秘の世界に導かれる。

200804_121 比叡山のいちばん北に位置し、ひとしお霊峰の感のする比叡山・横川地区。この地を開いた慈覚大師・円仁は日本人初の旅行記「入唐求法巡礼行記」を著すなど学究質の気風が満ちた修行場となっている。
200804_123 朱の色も鮮やかな舞台づくりの横川中堂(写真左)や四季に法華経を論議することから名付けられた四季講堂(元三大師堂・右)など比叡の面影を色濃く今に残している。

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2008年5月26日 (月)

比叡山 日本仏教の メッカたり

寺社集印=滋賀・大津市

200804_107_2 京都・山科から滋賀県に移動し、大津市に入る。まずは比叡山ドライブウエイに乗って比叡山・延暦寺(えんりゃくじ)をめざす。
200804_104 大駐車場から入山料を支払い、さわやかな風に吹かれながら、最初の建造物が大講堂、それから根本中堂にいたる。ご本尊(秘仏)薬師如来を祀り、1200年もの「不滅の法灯」を輝かせている。西国33観音霊場番外札所に当たる。比叡山は多くの名僧を輩出した日本仏教の母山200804_110_2、まさにメッカである。
200804_112 写真左上は根本中堂、右上は大講堂=それぞれの一宗を開いた祖師像が安置されている。特に鎌倉時代に比叡山で修行をされた法然、栄西、親鸞、道元、日蓮などが挙げられる。そのほか万拝堂、写真左下が大黒堂 、右下が文殊楼、など重要伽藍が、ここ東塔地域に集中している。。

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2008年5月25日 (日)

ご朱印帖(西国)京都府

京都府の神社ご朱印

01 宇治上神社
(うじかみじんじゃ)
宇治市宇治山田59
<TEL077-421-4634>
参拝08年4月14日
 記事5月5日参照02


伏見稲荷大社
(ふしみいなりたいしゃ)
京都市伏見区深草藪之内町68
<TEL075-641-7331>
参拝08年4月15日
 記事5月11日参照

03 城南宮
(じょうなんぐう)
伏見区中島鳥羽離宮町7
<TEL075-611-0785>
参拝08年4月15日
 記事5月11日参照04

藤森神社
(ふじのもりじんじゃ)
伏見区深草鳥居崎町609
<TEL075-641-1045>
参拝08年4月15日
 記事5月12日参照

05 大石神社
(おおいしじんじゃ)
京都市山科区西野山桜ノ馬場町116
<TEL075-581-5645>
参拝08年4月15日
 記事5月25日参照

ご朱印をクリックすると拡大

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2008年5月24日 (土)

あちこちと 尋ねて廻る 山科路

200804_096 寺社集印=京都・山科区

醍醐寺を降りて、山科区に入ったが今度は道が狭く、うろうろと尋ね廻っているうちに大石神社の駐車場にはいった。折角なのでお参りする。赤穂義士・大石良雄公がご祭神と知る。

200804_100 山沿いの隣と聞かされて訪ねたのが神遊山金地院・岩屋寺(しんゆうざんこんちいん・いわやじ)近畿36不動尊霊場第24番札所、唯一の尼寺だそうである。
200804_098ご本尊は木像立像で秘仏とされるが、前出の大石良雄の念持仏だったそうだ。ここには47士の位牌も祀られている。
討入りに江戸へ旅立つ1年4ヶ月間、大石良雄がこの近くに住んでいたそうで、山科隠棲の地といえる。

更に細い道を行ったり来たりして、時間ぎりぎりに辿りついたのが華頂山・元慶寺(がんけいじ)。巡礼中興聖蹟とされ、西国33観音霊場札所・番外2に指定されている。天台宗のお寺で、ご本尊は薬師如来。写真も撮らずに退散。

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2008年5月23日 (金)

視界から ほんの一部を 切り取れり

97_332 My Pictures

想い出の一枚

★制作番号;0397332
★画 題; グランド
        ・キャニオン
★サイズ; F80号
★仕 様; 綿キャンバス
       アクリル絵具

***  ** ***
1997年夏、アメリカ取材でグランド・キャニオンを訪ねた。(ブログ06年12月8日号参照)視界360度の展望に圧倒されながら、ほんの一部を切り取って夢中で作画したことを、懐かしく想い出される。もう10年も昔の仙台時代の話ではあるが、仙台に本社のある河北新報社主催の河北展に出品、入選した作品でもある。

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2008年5月22日 (木)

ご朱印帖・関東36不動霊場

第19番~24番のご朱印

Photo_14 第19番牛宝山・最勝寺
(目黄不動)
東京都江戸川区平井1-25-32
TEL03-3681-7857
参拝08年1月2日
 記事1月3日参照Photo_15


第20番成田山・深川不動堂
(深川不動)
江東区富岡1-17-13
TEL03-3641-8288
参拝08年1月5日 
記事1月22日参照

Photo_16 第21番薬研堀・薬研堀不動院
(やげんぼり・ふどう)
中央区東日本橋2-6-8
TEL03-3866-6220
参拝07年8月25日
 記事8月27日参照


Photo_4 第22番阿遮山・寿不動院
(浅草寿不動)
台東区寿2-5-2
TEL03-3842-7800
参拝07年6月30日
 記事7月4日参照

Photo_18 第23番砂尾山・不動院
(橋場不動)
台東区橋場2-14-19
TEL03-3872-5532
参拝07年5月26日
 記事6月2日参照

Photo_19
第24番龍光山・正宝院
(飛不動)
台東区竜泉3-11-11
TEL03-3872-3311
参拝07年6月3日
 記事6月5日参照

註; ①07年7月以前の参拝・記事については「カテゴリー09寺社集印・都内」から、または「バック・ナンバー」からの検索をしてください。②ご朱印をクリックすると拡大。

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2008年5月21日 (水)

ご朱印帖・関東36不動霊場

第13番~18番のご朱印

Photo_7 第13番大聖山・南谷寺
(目赤不動)
東京都文京区本駒込1-20-20
TEL03-3942-0706
参拝07年8月31日
 記事9月3日参照


Photo 第14番神霊山・金乗寺
(目白不動)
豊島区高田2-12-39
TEL03-3971-1654
参拝07年9月9日 
記事9月12日参照

Photo_10 第15番明王山・宝仙寺
(中野不動)
中野区中央2-33-3
TEL03-3371-7101
参拝07年10月13日 
記事11月4日参照


Photo_2 第16番竹園山・教学院
(目青不動)
世田谷区太子堂4-15-1
TEL03-3419-0108
参拝07年12月2日 
記事12月26日参照

Photo_12 第17番瀧轟山・満願寺別院
(等々力不動)
世田谷区等々力1-22-47
TEL03-3701-5405
参拝07年12月2日
 記事12月26日参照

Photo_3 第18番泰叡山・瀧泉寺
(目黒不動)
目黒区下目黒3-20-26
TEL03-3712-7549
参拝07年12月21日
 記事12月29日参照

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2008年5月20日 (火)

ご朱印帖・関東36不動霊場

第7番~12番のご朱印

07_2 第7番金剛山・平間寺
(川崎大師不動堂)
川崎市川崎区大師町4-48
TEL044-266-3420
参拝08年4月23日
 記事5月8日参照

08 第8番高尾山・薬王院
(飯縄大権現)
東京都八王子市高尾町2177
TEL042-661-1115
参拝08年5月8日
 記事5月18日参照

Photo_2
第9番高幡山・金剛寺
(高幡不動)
東京都日野市高幡733
TEL042-591-0032
参拝08年1月29日 
記事2月17日参照

Photo_3 第10番田無山・総持寺
(田無不動)
東京都西東京市田無町3-8-12
TEL042-461-0044
参拝07年11月23日
 記事12月15日参照

Photo_4
第11番亀頂山・三寶寺
(石神井不動)
練馬区石神井台1-15-6
TEL03-3996-0063
参拝07年11月23日
 記事12月8日参照

Photo_5 第12番宝勝山・南藏院
(志村不動)
板橋区蓮沼町48-8
TEL03-3967-7611
参拝08年5月8日 
記事5月19日参照

註; ご朱印をクリックすると拡大。

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2008年5月19日 (月)

最高の 立地を誇る 寺二つ

0805_035_2 寺社集印=東京・八王子市
        (板橋区)

高尾山を下りて八王子市内の慈高山・金剛院を訪ねる。関東88霊場第63番にあたり、弘法大師の法灯を継ぐ古義真言宗のお寺。天正四年(1576年)僧真清によって開山、明王院と号し、本尊として不動尊像を安置していた。その後に高野山内にあった慈眼院(現高崎観音・慈眼院)の末寺となり、現在は別格本山と成っている。また、八王子七福神の福禄寿、寿老人を祀っている。真っ直ぐ八王子インターに出る。

0805_037 早目に都内に帰り、もう一つ板橋区の宝勝山・南藏院を訪ねる。ご本尊は十一面観音(秘仏)真言宗・智山派のお寺。国道17号線(中仙道)に面した最高の立地である。
0805_039当院の不動堂が 関東36不動霊場・第12番札所。この不動尊は当院の末寺にあたる命王山・金剛院のもので、蓮沼・志村一帯を代表する不動尊であったことから「志村不動」として広く知られていた。昭和二年、当院が金剛院を合併した際、そのご本尊と本堂をそっくりここの境内に移築したものが写真右の不動堂(ご本尊は不動明王)であるという。

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2008年5月18日 (日)

久々の 高尾登山で 冷や汗を

0805_024 寺社集印=東京・八王子市

大型連休明けで道路も空いた時期を見計らって、何十年振りかで高尾山に登った。車でどこまで登れるか不安だったが、途中、「許可証が要る」の、またお寺では「事故を起こせば事故証明が出ないので保険は下りない」とか、さんざん脅かされながら、何とか上まで登り、また早々に無事に下山できた。合掌。
0805_029 天平16年(744年)聖武天皇の勅願により、行基菩薩は自ら薬師如来像を刻んで、高尾山に安置して東国鎮護の霊場として開山し、高尾山・薬王院・有喜寺と名付けた。関東36不動霊場・第八番札所である奥の院不動堂は江戸初期の建築といわれ(都重文)飯縄大権現(不動明王の化身)を祀る。真言宗・智山派のお寺。右上の写真は本堂脇の二天狗青銅像。
0805_032道路と車の事で、 気をもみながらも勧められるまま、脇のシヤクナゲ園を覗いてみた。今まさに満開のシャクナゲが山の斜面に咲き誇っていた。
写真をクリックすると拡大

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2008年5月17日 (土)

悠久の ときを粛々と 内参道

081403_4 MY Picture

新作発表
★制作番号 081403
★画 題  宮(内宮参道)
★サイズ  F10号 タテ
       36㎝×42㎝
★仕様 マーメイド紙
     ホルベイン水彩絵具
     及びアルキッド絵具

昨年秋にお伊勢参りに出かけ皇大神宮内・外宮などを巡った。「宮」を描くとなれば、やはり内宮参道ということになった。玉石を踏みしめて神殿に向う粛々とした過程が、想いだされてくる。どこでも宮参りはいいものである。
詳細はブログ2007年10月13日号(バックナンバー2007年10月をクリック)をご参照下さい。

註;①作品のお問い合わせはコメント欄で。 ②写真をクリックすると拡大。

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2008年5月15日 (木)

ご朱印帖(西国)京都府

京都府の寺院01

佛徳山・興聖寺
(こうしょうじ)
曹洞宗
京都府宇治市宇治山田27-1
<TEL077-421-2040>
参拝08年4月14日
 記事5月5日参照

02 平等院・鳳凰堂
(びょうどういん・ほうおうどう)
宇治市宇治蓮華116
<TEL077-421-2861>
参拝08年4月14日
 記事5月6日参照


03平等院
(びょうどういん)
同上
参拝08年4月14日
 記事5月6日参照

04醍醐寺・三宝院
(だいごじ・さんぽういん)
京都市伏見区醍醐東大路町22
<TEL075-571-0002>
参拝08年4月15日
 記事5月13日参照


05_3 醍醐寺・金堂
(だいごじ・こんどう)
同上
参拝08年4月15日
 記事5月13日参照

       ★役行者霊蹟札所(4)
04_2 醍醐寺・三宝院(だいごじ・さんぽういん)
京都市伏見区醍醐東大路町22<TEL075-571-0002>
参拝08年4月15日 記事5月13日参照

ご朱印をクリックすると拡大。 

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2008年5月14日 (水)

上醍醐 西国一の 難所かな

200804_089 寺社集印=京都・伏見区

醍醐寺・三宝院から西大門(改創中)を抜け右手に五重塔、左手に金堂、不動堂を通って女人堂から上醍醐寺への苦戦が始まる。一時間と聞かされたが一時間半はかかった。
200804_091 だらだら坂と石段の急勾配が約3km、途中に滝があって、それからまた3kmの登りで西国33観音霊場第11番札所深雪山・上醍醐寺(みゆきやま・かみだいごじ)に辿りつく。ご本尊はジュンテイ観世音菩薩(秘佛)。
200804_093 さらに山腹を迂回して五大力尊を祀る近畿36不動霊場第23番札所五大堂(上醍醐寺)に達することができる。とにかくクタビレタ。西国一の難所とおもわれた。
200804_094_3 平安末期の醍醐寺は政治の中心人物との交渉が深く、その関係者が座主(ざす)として何代にも及んだ。座主・勝覚の時代に山上・山下ともに伽藍整備を行い三宝院の建立で、基礎が確立したといわれる。

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2008年5月13日 (火)

醍醐寺を 再建させた 花見かな

200804_082 寺社集印=京都・伏見区

真言宗醍醐派の総本山=醍醐寺(だいごじ)にいたる。弘法大師の孫弟子・理源大師・聖宝が貞観16年(874年)に創建した。山岳信仰の霊山であった笠取山(醍醐山)に登り、地主神・横尾明神よりこの山を譲り受け准テイ、如意輪の両観音を刻み、山上に祀ったのが始まりとある。
200804_083 開創後、醍醐・朱雀・村上の三代の天皇の深い帰依により、山上に薬師堂、五大堂、山下に釈迦堂、法華三昧堂、五重塔など次々に建立され、大伽藍が完成、真言密教の中心的寺院となる。
200804_084 しかし長い歴史の中で、醍醐寺は何度も火災にあい、「文明・応仁の乱」では五重塔を残して、全て焼失。上醍醐寺も荒廃した。慶長三年(1598年)豊臣秀吉が開いた「醍醐の花見」を契機に秀吉、秀頼によって、金堂、三宝院が、山上でも開山堂、如意輪堂などが再建された。
200804_087三宝院は建築物の大半が重文、中でも庭園全体を見渡せる表書院は寝殿造りの様式を伝える桃山時代を代表する建造物で国宝に指定されている。また国の特別史跡・特別名勝となっている三宝院庭園は 秀吉自ら基本設計したと伝えられる。なお、醍醐寺は役行者霊蹟札所にあたっている。
次に上醍醐寺への苦戦が始まる。

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2008年5月12日 (月)

はるばると 慕い来たれり 北向山

200804_076 寺社集印=京都・伏見区

城南宮を出て、新しい広い通りに面して細い入口があったので、境内に車を乗り入れた。草取りをしていた植木屋さんに断り、近畿36不動霊場第22番札所北向山・不動院をお参りした。
200804_078 どうも、かっては細い道の住宅街の中にあったようで、こじんまりした町内のお寺という感じ。それでも大治五年(1130年)北の皇居を守護するため、鳥羽天皇の勅願で、興教大師によって創建されたという古刹である。地元の人々が「北向きのお不動さん」と呼んで親しんできたので「北向山」と称したのか?
不動尊は秘佛で重文。年に一度1月16日の護摩のときのみ開扉されるそうだ。天台宗系の単立寺院。

200804_079洛南深草の里、藤森神社(ふじのもりじんじゃ)を参拝。ご祭神はスサノウノミコト、平安遷都以前から祀られている古社。本殿は正徳二年(1712年)中御門天皇より、宮中賢所であった建物を賜ったものといわれる。切妻造り檜皮葺きの立派なもので、現存する賢所としては最古、その原型をよくとどめている。
200804_080_2菖蒲の節句は当社の藤森祭りから発祥したとされ、武者人形には藤森の神が宿ると伝えられている。菖蒲は尚武に通じ、尚武は勝負に通じるといわれ、「勝運」を呼ぶ神として信仰されている。
東殿に祀られる舎人親王は日本書紀の編者で学問の祖。したがって学問の神と崇敬されている。
さらに藤森祭の駆馬神事から馬の神様として親しまれ、競馬の馬主、騎手、ファンにいたるまで、神社と馬との係わりは深いという。   

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2008年5月11日 (日)

城南は 時代変化の 発信地

200804_070 寺社集印=京都・伏見区

いよいよ京都市内に入る。伏見区と云えばやはり伏見稲荷大社からだろう。
200804_071 奈良時代の和銅四年(711年)稲荷大神が稲荷山の三ケ峯にお鎮りになったことに始まったという。
200804_073_2商売繁盛・家内安全の守護神として広く信仰されている稲荷大神とは宇迦之御魂大神(うかのみたまのおおかみ)・佐田彦大神(さたひこのおおかみ)・大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ)・田中大神(たなかのおおかみ)・四大神(しのおおかみ)の五柱を総称したご神名なのだそうである。とにかく写真のように全国区の稲荷神社の総元締めとして豪華な佇まいであった。

200804_075 平安遷都の際、都の南に国の守護神として創建されたのが城南宮。「京都五社めぐり」の一つ。国土守護の国常立尊(くにのところたちのみこと)武勇に秀でた八千矛神(やちほこのかみ・大国主命)安産・育児の神様・息長帯比売命(おさながたらしひめのみこと・神功皇后)をお祀りしているという。
平安末期に白河上皇が壮大な離宮(城南離宮鳥羽離宮)を造営して院政をとり、王朝文化が華麗に花開いた。しかし承久三年の「承久の乱」、慶応四年の「鳥羽・伏見の戦」など、平安貴族の世から武士の世へ、徳川時代から明治維新へと、ここ城南の地は新しい時代の幕開けの舞台となってきた。

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2008年5月10日 (土)

風景を 初めて描いた 正方形

001 My Picture

想い出の一枚
★制作番号 990522
★画 題  マリーン湖
★サイズ  S50号
    115cm×115㎝
★仕 様 綿キャンバス
      アクリル絵具

風景画はヨコ位置の長方形が無難とされ、この絵もはじめF6号で一枚描いた(ブログ07年1月13日号で紹介。カテゴリーMy Picturesをクリックして年月日を追ってください)。
その結果、行けそうだと思ってS判(正方形)で、初めてトライしたものだ。結果はどうあれ、自分なりには成功の部類に入る作品ではないかと思っている。如何でしょうか?
註;①作品に関するお問い合わせはコメント欄で ②写真をクリックすると拡大。

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2008年5月 8日 (木)

初詣 常に上位の 大師さん

200804_203 寺社集院=神奈川・川崎市

JR川崎駅前を通り過ぎ、わが国初詣の2~3位を競う川崎大師に向う。金剛山・金乗院・平間寺である。ご本尊は厄除け弘法大師。関東88霊場特別札所。
200804_204 平安時代後期、平間兼乗という武士が、無実の罪で尾張を追われ、川崎の地で漁猟を生業として暮らしていた。深く仏法に帰依し、特に弘法大師を崇信していた。ある夜夢枕に一人の高僧が立ち「我むかし唐にありしころ、我が像をつくり海上に放ち、未だ有縁の人を得ず。汝速やかに網し、これを供養し、高徳を諸人に及ぼせ」と告げられた。兼乗は海に出て、光り輝く場所に網を投じ、一体の仏像を引き揚げた。これが弘法大師のお像であった。200804_207高野山の尊賢上人と兼乗は力をあわせ一寺を建立したのが、当寺の縁起とされる。
不動堂は明治23年、第39世隆健僧正が成田山・新勝寺不動明王の御分体を勧請して創建されたもの。関東36不動霊場第七番札所である。
200804_208 第二次世界大戦で戦禍に遭って焼失した大本堂と不動堂は、昭和39年に再建され、4月28日に落慶したもの。
一昨年に立てられたという経堂には金色に輝く釈迦如来像とともに多くの経文が展示されていた。
訪ねたのはウイークデイであったが、広い門前町はそれなりに賑わっていた。

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2008年5月 6日 (火)

鳳凰堂 極楽浄土の モデルとか

200804_060 寺社集印=京都・宇治市

宇治川の左岸に展開する平等院(びょうどういん)。永承七年(1052年)関白藤原頼通によつて開創され、鳳凰堂は翌年天喜元年(1053年)阿弥陀如来(国宝)を安置する阿弥陀堂(国宝)として建立されたものという。
200804_063_2 鳳凰堂を中心に庭園は浄土式の借景庭園として史跡名勝庭園に指定されている。
200804_067極楽浄土の宮殿をモデルにしたという 鳳凰堂は、中堂・左右の翼廊・尾廊からなる、ほかに例を見ない建物。堂内には平安時代を代表する仏師・定朝の作とされる本尊・阿弥陀如来坐像をはじめ、雲中供養菩薩像など国宝に指定された浄土教美術の頂点が集約されている。
200804_069 鳳凰館、浄土院、不動堂、観音堂と迂回してホッとした。観音堂の前に大きな藤棚があり、その中に見事な年期の入った藤の根というか幹が並び、その枝振りをしばし眺めたものである。(写真左下)クリックすると拡大。

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2008年5月 5日 (月)

琴坂の 紅葉ふみ行く 老の杖

200804_054 寺社集印=京都・宇治市

宇治川沿いの高台に世界文化遺産=宇治上神社(うじかみじんじゃ)がある。御際神は応神天皇と二子。
200804_057 内殿三社を覆う覆屋(おおいや)=桁行五間、梁行三間、檜皮葺=は神社建築として最古の遺構とされ、建築年代は1060年と判定され国宝。写真左の拝殿=桁行六間、梁行三間、単層切妻造、檜皮葺=建築年代は1215年と判定され、これも国宝。ほかにも重文多数あり、素人目にも苔むした檜皮の屋根は見事なものであった。

200804_058 宇治川に架かる宇治橋のやや上流、川沿いに800mほど上ると石造の総門、200mの参道(琴坂)を登と竜宮造りの山門にいたる。曹洞宗の宗租・道元禅師(1200~1252年)が初の道場として開創された佛徳山・興聖宝林禅寺(こうしょうほうりんぜんじ)である。
200804_059  さすがに禅寺に相応しく、山門から薬医門があり正面に法堂(本堂)、左に僧堂(座禅道場)右に庫裡と見事な整然たる構えと見受けた。
因みに道元禅師は内大臣久我通親を父に、太政大臣藤原基房の子女を母として誕生、若くして両親を失い、13歳で比叡山に登り、14歳で出家、京都東山建仁寺・栄西禅師の会下に投じて参禅されたという。写真左下は法堂に架かる四条天皇の勅額

註;①タイトルは虚子の作。②写真をクリックすると拡大。

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2008年5月 4日 (日)

山吹や 宇治の焙炉の にほうとき

200804_046 寺社集印=京都・宇治市

西国の「寺社集印の旅」は奈良県から今度は京都府へ。京都駅新幹線口からレンタカーを借りて、まず宇治市を目指す。
200804_047 最初のお寺は西国33観音霊場第10番札所明星山・三室戸寺(みょうじょうざん・みむろとじ)。門を入るとまず五千坪といわれる大庭園に驚かされる。ツツジ2万株、アジサイ1万株が山の起伏に沿って植えられ、ハスに紅葉と、四季を通じて美しい花模様を楽しめるという。今は名残のシダレ桜が散見された。
200804_049 約1200年前(宝亀元年)光仁天皇の勅願により創建され、以来天皇家、貴族の崇敬を集め、堂塔・伽藍が整備され、それに伴い庶民の参詣で賑わった。
200804_052_3 本山修験宗の格本山、ご本尊は千手観世音菩薩。現在の本堂は約180年前(文化2年)に建てられた重層入母屋造りである。また宝蔵庫には平安の昔を偲ぶ重文多数が安置されているという。
写真左下は「勝運の牛」。口の中に玉を含んでおり、手を差し伸べて口の中で廻すと願事が叶うといわれる。

注;①タイトルは芭蕉の作。②写真をクリックすると拡大。

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2008年5月 2日 (金)

のったりと 川辺に佇む 伽藍かな

My Picture

081402 新作発表
★制作番号 081402
★画題 寺(奈良・薬師寺)
★寸法 F10号 
     42㎝×36㎝
★仕様 マーメイド紙
     ホルベイン水彩絵具

今年3月に「寺社集印の旅」で奈良を訪れた際に、車で通りかかった風景。ちょっと遠景過ぎるかとも思ったが、見事な風景に見とれて、作品にしてみた。ブログの記事は4月3日号参照。
★写真をクリックすると拡大

 

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2008年5月 1日 (木)

パンダの死 はやばや伝える 動物園

200805_002 上野散歩

今日から五月、皐月(さつき)である。世はまさにゴールデンウイークの真っ只中だが、こちらにとっては今年も四分の一が過ぎ去ったなという実感。早いものである。

200805_004_2 昨日朝散歩で上野動物園前を通ったが、そのときパンダが30日早朝に死んだ旨の掲示が出たところだった。ご苦労さん。せめて公園内で撮ったツツジの写真でも手向けよう。

200805_005 上野の山は桜のあとので、今やツツジが満開である。ツツジといっても種類が多く、また垣根に植えられたもの、綺麗に剪定されたもの、自然に生えたものなど、カメラで狙ってみるとイロイロあるものだ。

200805_007 写真右上は寛永寺駐車場にこの春植えられたばかりの垣根。花芽の付いていたものだろう、ハチキレルばかりの満開だ。左上は奏楽堂の生垣。日陰のせいか弱々しいが、清楚だ。右下は東照寺境内のもの。おっとりしている。左下は精養軒前の野地植えのもの。野性的だ。表情まで違って見えるのも面白い。

写真をクリックすると拡大

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