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2007年12月31日 (月)

ご朱印帖・江戸33観音

第三十一番~三十三番ほか

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第三十一番 海照山・普門院・品川寺(ほんせんじ)真言宗醍醐派
品川区南品川3-5-17<Tel  03-3474-3495>
参拝07年12月21日 記事07年12月25日参照。

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第三十二番 世田谷山・観音寺(かんのんじ)単立
世田谷区下馬4-9-4<Tel 03-3410-8811>
参拝07年12月2日 記事07年12月28日参照。

Photo_9 第三十三番 目黒不動尊別当・泰叡山・龍泉寺(りゅうせんじ)天台宗
目黒区下目黒3-20-26<Tel 03-3712-7549>
参拝07年12月21日結願成就 記事07年12月29日参照。

Photo_10 番外 龍吟山千体荒神殿・海雲寺(かいうんじ)曹洞宗
品川区南品川3-5-21<Tel 03-3471-0418>
参拝07年12月12月21日 記事07年12月25日参照。

お世話になりました。来年もよろしくお願いします。

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2007年12月30日 (日)

不動瀧めぐろの杜におわす観音

6_026 寺社集印=東京・目黒区

JR目黒駅から約20分は歩いたか、この辺もすっかり変わっていた。江戸33観音第33番札所である目黒不動尊別当・泰叡山・瀧泉寺(りゅうせんじ)に辿りついた。これで江戸33観音霊場巡り「結願成就」と相成った。
6_027 ご本尊は不動明王(関東36不動霊場第18番札所・目黒不動)札所本尊は聖観世音菩薩。天台宗のお寺である。写真右上はミズカケ不動、左が本堂、石段を降りた左に寺務所、その隣に薬師堂と観音堂が並んでいる。

6_028 坂道を下ると天恩山・五百羅漢寺(ごひゃくらかんじ)があるので、年納めにお参りした。ご本尊は釈迦牟尼仏。合掌。
6_029 「目黒のらかんさん」で親しまれている羅漢像は元禄時代に松雲元慶禅師が、江戸の町を托鉢して集めた浄財を元に、十数年の歳月をかけて作りあげたものだという。五百体以上の群像が300年の星霜を重ね、現在は305体、都の重文に指定されている。もともと本所五つ目に創建され[本所のらかんさん」として人気があったが、維新で没落、明治41年に目黒に移ったものの衰退し、昭和54年になって、日高宗敏貫主により、甦ったという。表に出て境内の身の丈3.5mの真っ白な「再起地蔵尊像」は美しかった。(写真左下、右下は本堂)
註; ①クリックすると拡大。②タイトルは瀧泉寺のご詠歌から引用。

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2007年12月29日 (土)

ご朱印帖・江戸33観音

Photo_3 第二十六番~三十番


第二十六番 周光山・長寿院・済海寺(さいかいじ)浄土宗
港区三田4-16-23<Tel 03-3451ー1082>
参拝07年10月17日 記事07年11月18日参照。

Photo_2 第二十七番 来迎山・道往寺(どうおうじ)浄土宗
港区高輪2-16-13<Tel 03-3442-5495>
参拝07年10月1日 記事07年10月21日参照。

Photo_3
第二十八番 勝林山・金地院(こんちいん)臨済宗南禅寺派
港区芝公園3-5-4<Tel 03-3431-1026>
参拝07年11月12日 記事07年12月2日参照。

Photo_5 第二十九番 高野山東京別院(こうやさん・とうきょうべついん)高野山真言宗
港区高輪3-15-18<Tel 03-3441-3338>
参拝07年10月1日 記事07年10月20日参照。

Photo_6
第三十番 豊盛山・延命院・一心寺(いっしんじ)真言宗
品川区北品川2-4-18<Tel 03-3471-3911>
参拝07年12月21日 記事07年12月25日参照。

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2007年12月28日 (金)

今まさに赤く染まれり豪徳寺

6_010 寺社集印=東京・世田谷区

前回の世田谷八幡宮と松陰神社の中間に位置する豪徳寺(ごうとくじ)彦根藩主・井伊家の墓所。都内における近世大名墓所の中で占有面積、墓石数ともに最大を誇り、威厳と風格を備えている。
井伊家は遠江国井伊谷(浜松市引佐町・いなさ)を中心に勢力をもつ武家で、今川氏の配下にあったが、24世とされる直政は家康に仕え、関が原合戦で活躍、近江国(滋賀県)を与えられ初代彦根藩主となり、のちに徳川四天王の一人とうたわれた。二代直孝も大阪の陣の功績で近江国のほか下野国佐野領、武蔵国世田谷領を授かり30万石の大名となった。また井伊家は徳川幕府譜代大名の中で筆頭格にあり、歴代藩主のうち五人は大老職にあったという。写真右は最近落慶したという三重宝塔と紅葉。

6_011 とりあえず世田谷の最後は下馬の通称世田谷観音、世田谷山・観音寺(かんのんじ)江戸33観音第32番札所。ご本尊は聖観世音菩薩。境内には特攻観音(若き命を国のために捧げた特攻隊員4615柱の安息所)、不動明王、阿弥陀如来、仁王尊など祀るお堂が建並んでいる単立のお寺。

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2007年12月27日 (木)

世田谷の鎮守の森は八幡様

6_007 寺社集印=東京・世田谷区

東急世田谷線・宮ノ坂駅の近くに世田谷八幡宮がある。ご祭神は応神天皇(おうじんてんのう)仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)神功皇后(じんぐうこうごう)とされている。源義家は1091年[後三年の役」に勝利し、帰途中に、ここ世田谷の里で豪雨にあい、天候回復を待って10日ほど滞在した。その折、今度の戦勝は日頃信仰する八幡大神のご加護と感謝し、豊前国(大分県)の宇佐八幡宮の御分霊をこの地にお招きすることになったといわれる。現在の社殿は昭和39年に改築されたもので、世田谷の鎮守の神様として親しまれている。

6_008 小田急線・豪徳寺駅の近く、国士舘大学に並んで松陰神社がある。いうまでもなく、幕末の志士の多くを育てた吉田松陰を祀る神社。
6_009 境内に山口県萩市から移設したものか?松下村塾(しょうかそんじゅく)が建っており、看板には志士の写真と業績の説明がされている。

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2007年12月26日 (水)

もろびとを助けたまえる目青不動

6_004 寺社集印=東京・世田谷区

等々力渓谷が境内を流れる等々力不動。紀州の根来寺(12月16 日記事掲載)を開いた興教大師(こうぎょうだいし)が日頃信心する役行者(えんのぎょうじゃ)の作られた不動明王から「武蔵野国に霊地がある」と夢に告げられ、たずねて等々力の地に霊地を発見。奉持した不動尊を安置したものといわれる。
6_005 瀧轟山 明王院・満願寺別院(りゅうごうざん・みょうおういん・まんがんじ・べついん)関東36不動霊場第17番札所。ご本尊は大聖不動明王。
五千坪の境内には都内唯一の渓谷を擁し、五百本を超える桜、樹齢数百年の大銀杏、秋には五色に紅葉する楓などの木々、野鳥も多く遊ぶ。

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東急世田谷線・三軒茶屋駅のすぐ前に目青不動尊、「縁結びの不動」として崇高を集めているのが竹園山・最勝寺・教学院(きょうがくいん)ご本尊は阿弥陀如来。不動堂には目青不動尊をお祀りしている。関東36不動霊場第16番札所
王城鎮護の四神に習い、江戸城の四方に配置したのが目黒・目白・目赤・目青の四不動で、のちに将軍家光がこれに目黄不動尊を加えて「五目不動」「江戸五色不動」としたとされる。

註; ①タイトルは教学院のご詠歌から引用。②写真をクリックすると拡大

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2007年12月25日 (火)

東海の街道沿いに七福神

6_022 寺社集印=東京・品川区

JR品川から京浜急行線に乗換え青物横丁駅下車。南に行くと旧東海道、それを右折すると街道に面して海照山・普門院・品川寺(ほんせんじ)がある。江戸33観音第31番札所。また江戸六地藏の第一番。そういえば門前に大きなお地蔵さんが立っている。本堂は土藏造り、ご本尊は水月観世音菩薩(寺宝)と聖観世音菩薩。合掌。真言宗醍醐派のお寺。旧東海道の街道沿いに東海七福神があり、当寺は毘沙門天。

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西に2-3軒並び隣に龍吟山・千体荒神殿・海雲寺(かいうんじ)がある。初めは庵瑞林といい臨済宗のお寺であったが、曹洞宗に改め海雲寺となった。
6_024 写真右の奥に輝いているのが観音堂(十一面観世音菩薩がご本尊)、左の大きなお堂は千体荒神殿。江戸33観音番外札所

6_025 街道を東に移動すること約15分、成田不動だと思い込み行過ぎた。豊盛山・延命院・一心寺(いっしんじ)真言宗のお寺である。江戸33観音第30番札所となつて居る。札所ご本尊は聖観世音菩薩。和尚さんは成田からいらして、品川・成田山不動尊でもある。東海七福神・寿老人。ここまで来ると京浜急行・新馬場駅が近い。

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2007年12月24日 (月)

ご朱印帖・和歌山県

Photo 熊野三山と神社のご朱印


旧官幣大社・熊野速玉神社(くまのはやたまじんじゃ)
新宮市新宮1<Tel 073-552-2533>
参拝07年11月13日 記事12月4日参照。

2 熊野三山元宮・神倉神社(かみくらじんじゃ)
新宮市神倉山<Tel 不詳>
参拝エクスキューズ 記事12月4日参照。

3
旧官幣中社・熊野那智大社(くまのなちたいしゃ)
和歌山県東牟婁郡那智勝浦町<Tel 073-555-0321>
参拝07年11月13日 記事12月5日参照。

4 那智御瀧宮(なちおんたきぐう)
和歌山県東牟婁郡那智勝浦町<Tel 不詳>
参拝07年11月13日 記事12月5日参照。

5
旧官幣大社・熊野本宮大社(くまのほんぐうたいしゃ)
田辺市本宮町本宮<Tel 不詳>
参拝07年11月14日 記事12月6日参照。

03 旧官幣大社・丹生都比売神社(にうつひめじんじゃ)
和歌山県伊都郡かつらぎ町上天野230<Tel 073-626-0102>
参拝07年11月16日 記事12月18日参照。

04
旧官幣大社・竈山神社(かまやまじんじゃ)
和歌山市和田438<Tel 不詳>
参拝07年11月17日 記事12月20日参照。

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2007年12月23日 (日)

大師さん橋杭だけで何思う

35 寺社集印=和歌山県

熊野三山と高野山などなど和歌山県と大阪の一部を駆け足で廻った。ろくすっぽ風景の紹介が出来なかったので、一寸拝見。右は青岸渡寺から阿弥陀寺にいたるスカイラインの途中に展望台があったのでワンショット。那智勝浦の港であろう。

36 那智勝浦から田辺へ向う国道42号線沿線に、海岸線と平行に一列に並んだ岩場があった。左は駐車場にある、その説明掲示板(写真をクリック、拡大してご覧あれ)。
37 弘法大師さんも天邪鬼にだまされて、さぞや腹立たしかったでしょう。それとも橋杭だけを見て、大笑いされたかもしれない。いずれにしろ見事に侵食された岩の隊列であった。それぞれの岩に名前が付いているのも面白い。

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2007年12月22日 (土)

ひばり鳴く武蔵野恋しや多聞の寺

072 寺社集印=東京・北多摩地区

更に西の東久留米市へ。武蔵野33観音霊場第五番 寶塔山・多聞寺(たもんじ)。元仁年間(鎌倉時代)の草創、天満宮を安置して梅本坊と号していた。100年後祐観上人によって毘沙門天を本尊としたが、今なお学問の神様としての参詣者も多いという。札所本尊は十一面観音、真言宗智山派のお寺。

074_2 清瀬市の武蔵野33観音霊場第六番 安松山・全龍寺(ぜんりゅうじ)。開山は慶長元年といわれるが、二度の火災により記録、什物の類は殆ど焼失、詳細は不明。
ご本尊は釈迦如来、札所本尊は一葉観音。曹洞宗のお寺。

東村山市の武蔵野33観音霊場第七番 福寿山・徳藏寺(とくぞうじ)。臨済宗大徳寺派に属し、ご本尊は白衣観世音菩薩(白は清浄菩提心を表し、白衣で石上に座すといわれる)合掌。

076 東大和市の武蔵野33観音霊場第八番 愛宕山・円乗院(えんじょういん)。村山貯水池(多摩湖)のほとり、武蔵野台地に静に佇む。
紀州根来寺からキリモミ不動尊を写して本尊とした。札所本尊は如意輪観音。合掌。真言宗智山派のお寺。

註;①タイトルは多聞寺のご詠歌を引用。②写真をクリックすると拡大

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2007年12月21日 (金)

ご朱印帖・西国33観音霊場

3300 第一番~五番ほか

3301
第一番 那智山・青岸渡寺(なちざん・せいがんとじ)天台宗
和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山8番地<Tel 073-555-0404>
参拝07年11月13日 記事12月12日参照。

3302 第二番 紀三井山・金剛宝寺(きみいさん・こんごうほうじ・紀三井寺)救世観音宗
和歌山市紀三井寺1201<Tel 073-444-1002>
参拝07年11月17日 記事12月20日参照。

3303
第三番 風猛山・粉河寺(ふうもうさん・こかわでら)粉河観音宗
和歌山県那賀郡粉河町粉河2787<Tel 073-673-4830>
参拝07年11月16日 記事12月18日参照。

3304 第四番 槇尾山・施福寺(まきのおさん・ふせじ・槇尾寺)天台宗
大阪府和泉市槇尾山町136<Tel 072-592-2332>
参拝07年11月15日 記事12月13日参照。

3305
第五番 紫雲山・葛井寺(しうんざん・ふじいでら)真言宗御室派
大阪市藤井寺市藤井寺1-16-21<Tel 072ー954ー1111>
参拝07年11月15日 記事12月13日参照。

3303_2 番外4番 高野山総本山・奥の院(こうやさんそうほんざん・おくのいん)
和歌山県伊都郡高野町高野山<Tel 073-656-2002>
参拝07年11月16日 記事12月17日参照。

3304_2
番外5番 妙法山・阿弥陀寺(みょうほうざん・あみだじ)
和歌山県東牟婁郡那智勝浦町那智山<Tel 不詳>
参拝07年11月13日 記事12月12日参照。

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2007年12月20日 (木)

ここにまた日本一の大観音

31 寺社集印=和歌山市

和歌山市の南部、和歌山湾を見下ろす丘の上に紀三井山・金剛寶寺(きみいさん・こんごうほうじ・紀三井寺)がある。西国33観音第二番札所。宝亀元年(770年)唐僧・為光上人の開基によるという。
32 100段近い石段を登った境内には本堂を初め楼門、多宝塔、鐘楼といった室町・桃山時代に建立された重文が並び、早咲きの桜の名所ともなっている。
33 また、寺名のとおり紀州の三霊井のあるお寺。今も尽きることなく清浄水、楊柳水、吉祥水の三井水が湧き出している。(日本名水百選)
写真右はほぼ完成した大観音像仏殿。まだ足場が組まれているが、日本一と称され、現代人の「心の灯台」となる日も近い。

34 和歌山を去る最後に訪ねたのが旧官幣大社・竈山神社(かまやまじんじゃ)。神武天皇の兄君・彦五瀬命(ひこいっせのみこと)をお祭りしてあり、皇室御崇敬の大社という。命は大和平定の途中戦傷、この地の葬られた。
寛政六年の冬、本居宣長はこの社に詣で「をたけびの かみよのみこへ おもほえて あらしはげしき かまやまのまつ」と詠まれたそうである。

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2007年12月19日 (水)

ご朱印帖(西国)和歌山・大阪

近畿36不動・役行者霊蹟・ほか

3634 近畿36不動ー34番
根来寺・観音堂(ねごろじ・かんのんどう)身代不動尊
和歌山県岩出市根来2286<Tel 073-662-1144>
参拝07年11月15日 記事12月16日参照。

3635
近畿36不動ー35番
高野山別格本山・明王院(こうやさんべっかくほんざん・めいおういん)赤不動尊
和歌山県伊都郡高野町高野山<Tel 073-658-2108>
参拝07年11月16日 記事12月17日参照。

3636 近畿36不動-36番
高野山別格本山・南院(こうやさんべっかくほんざん・なんいん)波切不動尊
和歌山県伊都郡高野町高野山<Tel 073-656-2584>
参拝07年11月16日 記事12月17日参照。

01
役行者霊蹟(1)
泉州・松尾寺(せんしゅう・まつおでら)
大阪府和泉市北松尾寺2168<Tel 072-554-0914>
参拝07年11月15日 記事12月13日参照。

02 役行者霊蹟(2)
巴稜院(はりょういん)
和歌山県伊都郡高野町高野山702<Tel 073-656-2702>
参拝07年11月16日 記事12月17日参照。

01_2
一乗山・根来寺(いちじょうざん・ねごろじ)
和歌山県岩出市根来2286<Tel 073-662-1144>
参拝07年11月15日 記事12月16日参照。

02_2 高野山総本山・金剛峯寺・奥の院(こんごうほうじ・おくのいん)
和歌山県伊都郡高野町高野山<Tel 073-656-2002>
参拝07年11月16日 記事12月17日参照。

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2007年12月18日 (火)

根来寺とともに焼かれた粉河寺

27 寺社集印=和歌山県

高野山から少し降りた天野盆地(標高450m)に紀伊国一之宮・丹生都比売神社(にうつひめじんじゃ・旧官幣大社)がある。まづ赤い太鼓橋(写真右)が現れる。
28 主祭神は「にうつひめ大神」、天照大御神の御妹神で紀州・大和を巡られ、農耕を広められ、この天野の地に鎮座されたとある。高野御子大神、大食都比売(おおげつひめ)大神、市杵島比売(いちきしまひめ)大神を、それぞれ祀る四殿が並列、それに若宮(行勝上人)と、朱塗りの壮麗なものであった(写真左)。

29 風猛山・粉河寺(ふうもうざん・こかわでら)西国33観音第三番札所。和歌山県の北部を流れる紀ノ川沿い、和歌山市と高野山のほぼ中間に位置する。3万5千坪の広大な境内、大小20余の宝塔伽藍と庭園(枯山水)の織り成す佇まいは、壮観である。
30 天正13年(1585年)秀吉の紀州攻めで、10㎞西にある根来寺(12月19日号参照)を中心に一帯は火の海と化し、当寺も全山焼失した。現在の諸堂は江戸時代に再建され、重文指定のものも多くある。
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2007年12月17日 (月)

高野山大師はいまだおわします

寺社集印=和歌山県

高野山は1200年前、弘法大師によって開かれた真言密教の修行道場で、全国に広がる高野山真言宗の総本山。標高900mの山上盆地に壇上伽藍と称する聖地がある。

22 ケーブル高野山駅から「一心口」にある巴陵院(はりょういん).。写真右の山門は鎌倉時代のものといわれる。役行者(えんのぎょうじゃ)霊蹟36札所の一つ。

23 金剛峯寺・奥の院(こんごうほうじ・おくのいん)。弘法大師の御廟があり、大師信仰の中心霊域。写真左は水向地蔵。
24_2 うっそうと老杉の茂る奥の院には秀吉から太平洋戦争の英霊まで、あらゆる時代の、あらゆる階層の人々のお墓が20万基を超えるという。

25 高野山別格本山・南院(なんいん)。近畿36不動第36番札所。全国にある波切不動尊の総本家が、ここ南院の波切不動明尊ということに成る。

26 高野山別格本山・明王院(みょうおういん)。近畿36不動第35番札所。日本三不動の赤不動明王画像(秘仏)は弘法大師の甥・高僧円珍和尚の作といわれ、修行中に感得した不動明王のお姿を、岩絵具と自分の頭の血で書いたものされる。

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2007年12月16日 (日)

何もかも大きいですよ「ねごろでら」

19 寺社集印=和歌山県

葛城連峰の山腹に36万坪の壮大な境内が広がる。一乗山大伝法院・根来寺(いちじょうざん・だいでんぽういん・ねごろじ)である。開創は興教大師によって大治元年(1126年)といわれる。のちの天正13年(1585年)に秀吉の根来攻めにあい、ほとんど焼失。現在の建物は全て江戸時代に復興したもの。
20 数ある寺院群のうち、写真左は光明真言殿で開山興教大師ご尊像を安置してある。右上の奥に見えるのが国宝大塔。真言密教の教義を形の上で示したものといわれ、わが国最大の木造多宝塔。大日如来像をはじめ仏像も建物も、なにもかも大きいのが根来寺。

21 駐車場の右手を上がったところに「身代り不動」と呼ばれる根来寺・不動堂近畿36不動第34番札所)がある。興教大師が難に遭われたとき、身代りとなって大師を守られたので、その名で呼ばれるという。三国一の「キリモミ不動尊」がご本尊。このお堂・八角円堂は県指定文化財。
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2007年12月15日 (土)

光明の保谷のみほとけ如意輪寺

068 寺社集印=東京・西東京市

西に向って北多摩の西東京市・二寺を訪ねる。
武蔵野33観音札所・第四番 光明山・如意輪寺。総本山は京都東山七条の智積院。当寺の草創は寛永16年・1639年、慶安5年・1651年と、諸説があるが、いずれにしても古い。
ご本尊はかつて不動明王であったが、本堂焼失後、新本堂建立と共に大日如来を本尊として安置、観音堂は難をまぬがれ、大正2年現在地に移築され、如意輪観世音をお祀りしてある。「保谷の観音さん」として皆に親しまれている。真言宗豊山派のお寺。

070 西武新宿線・田無駅から一寸入ったところに関東36不動霊場第10番札所の田無山・総持寺(そうじじ)。開創は古く元和年間(1615~23年)といわれるが、様々な変遷をへて、明治8年(1875年)恵亮和尚によって寺号を田無山・総持寺と改め中興一世となった。
ご本尊は大聖不動明王。田無不動と呼ばれる真言宗智山派のお寺。

註; タイトルは如意輪寺のご詠歌から引用。

お知らせ; 本号にて発刊300号になりました。
        皆さん、ありがとう!

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2007年12月14日 (金)

失敗の積み重ねなり絵画道

950130MY Picture

額縁の整理をしていると懐かしい絵が出てきた。15年も前のもの。1994年第二次スイス取材の際、ミューレンに泊まり、宿から見た朝焼けに感激して描いたもの。20号変形(72cm×42㎝)の大きさで気負って始めた水彩画だが、半分に近い前の岩山が邪魔をして、結局いい絵にはならなかった。表現は未熟で、あれもこれもと、欲張った失敗の例として紹介する。
註;①絵に関する問い合わせは、コメント欄で。②写真をクリックすると拡大。

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2007年12月13日 (木)

右左だらだら登る施福寺

14 寺社集印=大阪府

田辺から高速で大阪・河内の藤井寺まで足を伸ばす。西国33観音第五番札所の紫雲山・葛井寺(ふじいでら)。聖武天皇の勅願(1510年)によって2㎞四方の七堂伽藍(金堂・講堂・東西両塔をそなえた薬師寺式の伽藍配置という)が建てられ、落慶法要には天皇自ら行幸されたと伝えている。ご本尊は十一面千手観世音菩薩。合掌。町中にある親しみやすいお寺であった。

15 今度はガラっと変わった槇尾山・施福寺(せふくじ)西国33観音第四番札所。
16_2 山門(写真左)を過ぎて写真右のだらだら坂を30分ほど、景色はいいと聞いたが、右へ、左へ、この登りには参った。一番の難所ではなかろうか。
17 ご本尊は十一面千手千眼観世音菩薩。合掌。茶屋のキツネうどんと甘酒が何とも旨かった。

18 平地に戻り、阿弥陀山・松尾寺(まつおでら)。白鳳元年(672年)役行者(えんのぎょうじゃ)の開基。ご本尊は如意輪観世音菩薩。合掌。
役行者霊蹟36札所の一つ。ここも信長の焼き討ちにあい、豊臣秀頼によって、四天王寺の阿弥陀堂を移築したものだそうだ。大阪府の文化財に指定されている。

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2007年12月12日 (水)

補陀洛や那智のお山にひびく滝つ瀬

11 寺社集印=和歌山県

12月5日に紹介の熊野三山の一つ、熊野那智大社の隣にある那智山・青岸渡寺(せいがんとじ)西国33観音霊場第一番札所である。もともと「那智の滝」を中心にした神仏習合の一大修験道場だったが、明治初期に分離したのだという。
12 平安朝中期から鎌倉時代には、「蟻の熊野詣」といわれ、三山信仰が盛んになり、第65代花山法皇が那智山を一番にして近畿各地の33観音様を巡拝されたので、第一番になった。
ご本尊は如意輪観世音。合唱。現在の本堂は信長の兵火にかかり天正18年(1590年)秀吉によって再建された桃山建築で、南紀唯一の重文。この堂の高さは18mで、大滝の落ち口の高さと同じだそうだ。

13
折角ここまで入ってきたので、那智山スカイラインのくねくね道を4㌔程入った妙法山・阿弥陀寺(あみだじ・西国番外)を訪ねた。世俗に「亡者の熊野詣」と伝えられ、人が亡くなると幽魂は必ず妙法山に参り、鐘を一つ突くといわれるそうだ。現世の安穏と先祖の菩提のために、生前、一度は突いておくことを習わしとしているそうだ。

註;①タイトルは青岸渡寺のご詠歌から引用。②写真をクリックすると拡大

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2007年12月10日 (月)

大仏さん昼と夜とで向きをかえ

6_001 寺社集印=東京・世田谷区

首都高用賀インターを降り、右折して環八に入り、世田谷通りを砧方面に進むと左手に「おおくら大仏」が高台に見える。動く大仏といわれ台座から一回転できるのだという。朝9時から夕方5時までは本堂の方を、夕方5時から翌朝9時まで世田谷通りを向いて居られるそうだ。訪ねたときは早朝につき、まだ世田谷通り向きだった。東光山・妙法寺(みょうほうじ)日蓮宗のお寺。境内には沢山の木が植えられた立派な庭園となっている。今はモミジが美しかった(写真右上)。

6_002 玉川大師・玉眞院(ぎょくしんいん)。このお寺は何といっても地下霊場・遍照金剛殿。この仏殿は本堂の直下より境内の地下一円におよび、深さ5m、参道約100mの鉄筋コンクリート造の隧道?。その中に四国88ヶ所・西国33両霊場の大師様、観音様を悉くお迎えしてあるという。(一寸足を踏み入れたが気分が悪くなり撤退)。

6_003九品仏」(くほんぶつ)の名で親しまれているお寺(浄土宗)。九品山唯在念仏院・浄眞寺(くほんざん・ゆうざいねんぶついん・じょうしんじ)。境内三万六千坪、カヤ・トチ・高野マキ・菩提樹・イチョウなどの大木が多く、往古の面影を残している。本堂にはご本尊の釈迦牟尼如来が安置されている。また九品仏とは「九体の阿弥陀如来」であり、三体づつ上品堂、中品堂、下品堂の三つのお堂に安置されていて、この三仏堂も見事な紅葉に包まれていた。(京都府下の浄瑠璃寺とで、東西の九品仏の双璧とされている)。

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2007年12月 9日 (日)

訪ねればついの住みかは西とこそ聞け

071307 My Picture

新作発表
{制作番号;071307}
「西明寺の境内」
大きさ;43cm×38㎝
仕様; マーメイド紙にホルベイン水彩絵具

坂東33観音霊場巡りで、07年4月18日に栃木県益子町にある独鈷山・西明寺を訪ねた。高館山の中腹にあり、広葉樹林に囲まれた石段を登り詰めたところに山門、奥にこじんまり??とした境内、正面が本堂であった。お参りして振り返るとこの風景。なにか強い印象を受けたので、寺社・集印の第一号作品にした。記事4月20日参照。
註;①作品への問い合わせはコメント欄にて。②タイトルは西明寺のご詠歌から引用。③写真をクリックすると拡大

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2007年12月 8日 (土)

はるばると高野の仏移しけり

062 寺社集印=東京・練馬区

練馬区で友人の葬儀があり、これを機に武蔵野33観音霊場巡りに足を踏み入れる。
まずは第三番札所 亀頂山・三寶寺(さんぽうじ・関東36不動の11番、ご府内88ケ所霊場札所)。ご本尊は不動明王、札所本尊は如意輪観音。合掌。通称石神井不動、真言宗智山派のお寺。
応永元年、豊島一族の祈願寺としたのが始まりだそうだ。山門は三代将軍家光がお成りになったときのもので、これを残して二度の火災で焼失し、再建されたもの。

064 総欅材といわれる三重塔に誘われるように、隣にある武蔵野33観音・第二番札所 豊島山・道場寺(どうじょうじ)へ。因みに塔内には金銅薬師如来坐像とスリランカ国から拝受した仏舎利が奉安されている。ご本尊は釈迦如来、札所本尊は聖観音。合掌。曹洞宗のお寺。
開創は天平元年(729年)と伝えられ、現在の堂宇は天平の往時を偲び、唐招提寺金堂を模したものといれれる。

066_2武蔵野33観音・ 第一番札所 東高野山・長命寺(ちょうめいじ・ご府内88ヶ所霊場札所17)。高野山奥の院を模して寺域が造られ、江戸時代中期から「東の高野」として市民の信仰を集めたという。ご本尊は十一面観音。合掌。真言宗豊山派のお寺。
境内には多くの供養塔、石仏群が整然と配置され、この一帯は残された自然と共に深い静寂を漂わせている。

註;①タイトルは長命寺のご詠歌を引用。②写真をクリックすると拡大

 

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2007年12月 6日 (木)

本宮は天下一鳥居とヤタガラス

08 熊野三山その三(和歌山県)

田辺に移動して熊野本宮大社(くまのほんぐうたいしゃ・旧官幣大社)に登る。ご祭神は前々項で紹介した家津美御子ケツミミコ大神。ここでは何といってもヤタガラス(サッカー日本代表チームのシンボル)が有名。写真右は境内にある石碑。
09 熊野大神のお使いである三本足のヤタガラスは、神武天皇が熊野山中で道に迷われたとき、大和の国に入る道先案内を務めたとされる。
このヤタガラスを絵文字化した神札「熊野牛王宝印(くまのごおうほういん)」は千年札・「おからすさま」とも称され、災いを防ぎ、病を平癒する護符として全国で崇められてきた。
10 写真左は天下一の大鳥居。因みにその大きさとは幅42m、高さ34m、総重量172㌧である。現在の境内からは2~300m離れたところにあり、離れて見ても、近づいて見ても、云われるとおりさすがに天下一だった。マークは勿論ヤタガラス。
写真をクリックすると拡大

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2007年12月 5日 (水)

全国に三千数百の分社あり

04 熊野三山その二(和歌山県)

紀伊勝浦から熊野那智大社(くまのなちたいしゃ・旧官幣中社)へ登る。那智山の8~9合目になろうか、かなりカーブの多い道。ご祭神は前号紹介の熊野夫須美フスミ大神。また千手観音(権現)として、広く信仰を集めている。05
熊野三山を源とする熊野神社は全国三千数百社におよび、全国に浸透した背景に熊野修験・熊野比丘尼ビクニの働きが大きかったようだ。彼らは「熊野勧心十界曼荼羅」や「熊野牛王符ゴオウフ」を携えて津々浦々まで御神徳を説き語ったとされる。
06 隣接する青岸渡寺(別項で紹介)の境内から遥かに那智大瀧が望まれる。(写真右下)
07 一寸下ったところに、那智の瀧入口があり、車を置いて、だらだら坂を下りると展望台風の広場があり、鳥居があって那智御瀧宮として参拝できる。ここまで来ると瀧を見上げる格好になる。(夕日に映えて瀧そのものは白く飛んでしまった。写真左下)
写真をクリックすると拡大

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2007年12月 4日 (火)

ゴトビキ岩自然崇拝の原点や

02 熊野三山その一(和歌山県)

名古屋からJR新宮線・新宮駅で下車、レンタカーで熊野三山の一つ、熊野速玉大社(くまのはやたまたいしゃ・旧官幣大社)に向う。神倉山の霊石ゴトビキ岩(天ノ磐盾・あまのいわたて)をご神体とする自然崇拝を源として、降臨された熊野三神(速玉ハヤタマ大神、夫須美フスミ大神、家津美御子ケツミミコ大神)を景行天皇五十八年(128年)に神殿を建ててお迎えしたのが始まりとされている。
01 この熊野三山と、それを巡る古道を含めて世界遺産に登録され、今まさにブームとなっているが、そもそも熊野権現信仰は奈良時代に起こり、神仏習合の流布に伴いハヤタマ大神は薬師如来、フスミ大神は千手観音、ケツミミコ大神は阿弥陀如来と仏にお姿をかえて現れる(権現)と説かれている。
03 ご朱印を頂いたとき、前出の「ゴトビキ岩」そのものを祀った熊野三山元宮・神倉神社が近くの神倉山の麓にあると聞いたが、ご朱印だけ頂き、急な538段もの石段に恐れをなし、エクスキューズして次に向う。

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2007年12月 3日 (月)

潮風に立ち向かうかな夫婦岩

071306 My Picture

新作発表
制作番号{071307}
大きさ 43cm×38㎝
仕様 マーメイド紙にホルベイン水彩絵具

今年9月、お伊勢参りの最後の日、二見町の二見興玉神社を参拝。そこにある夫婦岩を制作した。曇り空、やや風が強かったので、明るさは表現できなかったが、反面「強さ」を感じた夫婦岩であった。

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2007年12月 2日 (日)

ありました江戸の「お伊勢さん」芝明神

056 寺社集印=東京・港区

JR浜松町駅から増上寺へ向い、国道15号線赤門の一つ手前を右に入ったところに芝大神宮(しばだいじんぐう・東京十社)がある。何回も通っている道だが一本はいっているので気づかなかった。
主祭神は天照大神(内宮)豊受大神(外宮)の二柱、平安時代・一条天皇の御代に創建、関東の[お伊勢さま」(芝明神)として、崇敬されてきたという。

060 次は東京タワーの真正面、勝林山・金地院(こんちいん)江戸33観音第二十八番札所。ご本尊は聖観世音菩薩、臨済宗南禅寺派のお寺。
まわりは場違いな雰囲気だが、なるほど昭和20年3月10日の東京大空襲ですべて焼失し、昭和31年に再建された鉄筋防火構造のモダンなもの。本堂には新刻の伽羅一本造の聖観世音菩薩立像が祀られている。

058_2 先に神主さん不在でご朱印を頂けなかった(増上寺の西隣)芝東照宮によって見ると、芝大神宮で頂けるとの事。
帰り道なので、三度目の正直でやっと頂くことが出来た。

写真をクリックすると拡大

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2007年12月 1日 (土)

ばたばたと西に東に師走かな

0132 上野散歩

いよいよ今年も残すところ一ヶ月、今日から12月、師走に入る。上野の山もだいぶ冬の気配が漂うようになった。木々は色着き、ぱらぱらと葉を落し始めている。はじめは銀杏の黄葉からだが、まだ半分ほど。楓はまだまだ、青々している。
0133 振り返ると今年は坂東33観音、地元七福神、江戸33観音、関東36不動、9月にお伊勢参り、10月に出雲国20霊場巡り、11月に熊野三社、高野山、西国33観音へと「寺社集印」に飛び廻った一年だった。
来年は寒い時期に関東周辺の手がけた霊場参りを一つづつ固めないといけなし、作画の方がだいぶ疎かになったと反省しきりである。
写真は上野寛永寺の色づいた銀杏。

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