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2007年9月30日 (日)

根津権現千駄木からのお引越し

096 寺社集印=東京・文京区

上野池之端通りを西へ、この通りから左に一寸入ったところに根津大権現・根津神社がある。今から千九百余年の昔、日本武尊が千駄木の地に創祀したと伝えられる古社。文明年間には太田道灌が、社殿を奉建した。さらに江戸時代、五代将軍綱吉は世継ぎが定まった際に、現在の社殿を奉建、千駄木から根津に遷座された。東京十社の一つ。

098 写真右上は権現造の社殿、左は楼門、共に国の重要文化財に指定されている。一方、六代将軍家宣は当社の祭礼を定め、江戸全町から山車を出し、俗にいう天下祭なる壮大な祭礼を執行した。現存する江戸三大祭(9月27日号の神田祭、それに山王祭)である。

099 写真右は裏手にある乙女稲荷神社。七千坪に及ぶ広大な境内に数十種、三千株のツツジが植えられた名勝である。
097 写真左は「お宮参り」に来ていたハピーなファミリー。
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ご挨拶 この九月でBLOG開設一周年になります。投稿数228になりました。ひとえに愛読者各位の応援・支持の賜物と、厚く御礼申上げます。

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2007年9月29日 (土)

「なで石」に願をかけなば叶うらん

092 寺社集印=東京・文京区

東京ドームの裏側(北側)の小高い岡の上に牛天神で知られる北野神社がある。願いが叶う「なで岩」発祥の神社。鎌倉時代、奥州へ討伐に向かう源頼朝公が当地にあった岩に腰掛け、休息した時、夢に牛に乗った菅原道真公が現れ、「二つの喜びがある」と告げられた。討伐は成功、翌年頼朝はこの岩を奉り牛天神を創立。以来、境内にある「牛の形をした岩」を撫でると願いが叶うと言い伝えられた。

093 写真左の牛石は伯牛と呼ばれ、牛を大変可愛がられた天神様をお祀りしているすべての神社にあるそうだ。

094 また、牛天神の境内にある太田神社は天細女命(あまのうすめのみこと)を祀り、芸能上達、開運招福のご利益があるとされている。京都では八坂神社、関東ではここ牛天神のご末社として祀られ、ここにお参りすると、ついている貧乏神を追い払い、福の神を招き入れることが出来るそうだ。

写真右は板を牛の形に切り抜いた「おみくじ結び」。面白いのでワンショット。
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2007年9月28日 (金)

ハーバーで目刺しを想う旅路かな

My Picture

030913

{制作番号=041024}サイズ F80号
仕様; リキテックス・綿キャンバス

モナコのハーバー
この作品は2002年帆船ロイヤル・クリッパー号で地中海クルーズに出た際(小品は6月18日付にて紹介)モナコ港に停泊、岡にあがってヨット・ハーバーを見下ろしたもの。「目刺し干」のようにボートが整然と繋がれた様子が面白いと思って、2004年に作品として発表したもの。写真をクリックすると拡大
 

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2007年9月27日 (木)

大江戸で一番古い氏神さま

087 寺社集印=東京・千代田区

千代田区と文京区との接点にある江戸総鎮守・神田明神。正式には神田神社。ご祭神は大己貴命(だいこく様)、少彦名命(えびす様)、平将門命(まさかど様)。拝礼。東京十社の一つ。

090 そういえば(写真左)境内に石像では最大を誇るといわれる大黒様がいらっしゃる。
088 神田、日本橋、秋葉原、大手町、丸の内、旧神田市場、築地魚市場など108ヶ町会の総氏神

社伝によると天平二年(730)の創建とあり、東京でも最古の神社であるという。写真右上は随神門、総ヒノキ・入母屋造で昭和51年の建立。写真右下は権現造・鉄筋鉄骨コンクリート・総漆朱塗りの本殿。昭和九年の完成というから、東京大空襲にも耐えたことになる(国の指定文化財)。

089

ここのお祭りは天下祭と呼ばれ、日本三大祭、江戸三大祭に一つで、徳川将軍の上覧にあずかった由緒ある祭礼とされている。現在でも祭礼行列が、広大な氏子108ヶ町を巡行する神幸祭と、町神輿200基が練り歩き、迫力ある宮入と、二年に一度賑やかに行われている。
写真左下は、たまたま出会った結婚式に向かう行列。写真をクリックすると拡大

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2007年9月26日 (水)

人の列とげぬき地蔵に流れ行く

082 寺社集印=東京・豊島区

JR巣鴨駅を出ると大半の人の流れが右の方向に向いている。てっきり、かの有名な「とげぬき地蔵」と、これから訪ねる真性寺と同じお寺と思い込んでいた。それは参道の取っ掛かり左側にあった。正しくは医王山・東光院・真性寺。山門をくぐると境内左手に高さ2m68㎝のお地蔵さんが鎮座まします(写真右上)。江戸六地藏尊の第三番にあたる。右奥が本堂。ご本尊は薬師如来。合掌。

083_2 写真は「とげぬき地蔵」参道のにぎわい。「老人(9割はご婦人?)の原宿」といわれる所以がよくわかった。
084 正式には満頂山・高岩寺、ご本尊は延命地蔵菩薩。合掌。
写真左下は山門から境内に向けての混雑。警察官085_2 が警備に当たるほど。こちらはサッサ、全体はぞろぞろ、スピード差が余りにも大きく、合間を縫って写真右のご朱印を頂いて早々に退散した。

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2007年9月25日 (火)

百基もの神輿で賑わう祭りかな

078 寺社集印=東京・豊島区

JR大塚駅を南に出ると、あちこちに祭りのぼりが立っている。これからお参りするのは駅の近くにある天祖神社(てんそじんじゃ)。

天祖神社は、昔の巣鴨村(今の豊島区のほぼ東半分=池袋サンシャインビルから巣鴨駅までぐらいか?)の鎮守さま。鎌倉時代末の元亨(げんこう)年間(1321-4)に領主の豊島氏が伊勢の皇大神宮の神様をお迎えしてお祀りしたのが、始まりとされている。

079写真左は準備中の可愛い子供神輿。
080 例大祭は毎年9月17日で、その前後の土・日曜日には近在から百基近くもの、お神輿が繰り出され、とても盛大なお祭りになるのだそうである。
写真右は境内でセット・アップされている本神輿。

(豊島区つづく)写真をクリックすると拡大

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2007年9月24日 (月)

驚いた潮がここまで上がるとは

073 寺社集印=東京・新宿区

JR四谷駅を出て四谷見附交差点を西へ、新宿方面に向かう。四谷一丁目を過ぎて二丁目に入って左に真っ直ぐ見通せる通りがあり(西念寺横丁と云うのだそうだが)その突き当たりに大きな墓地がある。塀に写真右上のカンバンがある。これに従い右折してしばらく行くと、こんどは左に下りる急な坂道がある。(長さ四十六間、幅二間の観音坂とある)。

074 これを降りて、坂の下から左に坂に沿って鉄筋鉄骨コンクリート8階建ての堂宇(四谷霊廟を併設・写真左)。これが金鶏山・真成院(きんけいざん・しんじょういん)高野山・真言宗のお寺。昭和47年に再建。
075 坂の中頃、三階部分に写真右の玄関があり、奥が本堂になっている。ご本尊は潮干(しおひ)十一面観世音菩薩。合掌。
江戸誌によると、驚くことに、昔はこの辺が海岸であり、潮の干満によって「観音像の台座がしっとりと濡れた」としている。
076 江戸33観音第18番札所。また、御府内八十八ヶ所第39番札所、関東九十一お薬師霊場第13番札所と聞いて、右のご朱印も頂く。
現在では癌など難病の駆け込み寺として有名であるという。
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2007年9月23日 (日)

市ヶ谷のビルの谷間を宮参り

068 寺社集印=東京・新宿区

JR市ヶ谷駅のホームから見たお堀の向こう側(写真右)。とてもお宮がある雰囲気ではないが、地図を頼りに八幡町にむかう。
069  赤いカンバンと青いカンバンの乗ったビルの間に10mもあろうか路地があり、その奥に急勾配の石段、左に赤いノボリがはためいていた(写真左)。
石段を登り中間に左に入口があり、そこは本殿ではなく茶ノ木稲荷神社。まず参拝、さらに石段を登るとかなり広い境内に辿りつく。

070 境内の右側に金毘羅宮も祀られ(写真左)、正面に亀岡八幡宮の本殿が建つ。
071 城西鎮護の意味を持つ由緒ある八幡宮で町名にまで残っている。江戸八所八幡にも数えられている。静かな佇まいが保たれてはいたが、土地柄からビルに囲まれるのも已むを得ないのだろう。

(新宿区つづく)。写真をクリックすると拡大

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2007年9月21日 (金)

さようなら楽しかりけりSS号

Silver056 シルバー・シャドー号
バルト海クルーズ(13)

お世話になったクルーのみんなに別れを告げ、9時に下船。スウェーデンの首都・ストックホルムに降り立った。

Silver057 写真右上はノーベル賞・受賞パーティーの行われる市庁舎。左は日本に子供の頃住んでいたという、日本語ぺラぺラのガイド・シャステンさん。ホール吹き抜けの下で、スウェーデン民謡を美声で披露してくれた。

Silver058 写真右はガムラスタン(旧市街)の王宮前での衛兵交代式。ブルーの制服は鮮やかなもので、時代を感じさせるものであった。

Silver059 旧市街をぶらぶらしていると急に人垣が出来たので近づくと、なんと、30頭ほどの騎馬隊だ(写真左中)。5列縦隊で颯爽と石畳を進む姿は大迫力であった。これも衛兵の交代のセレモニーであろう。偶然いいものを見せてもらった。

Silver060 とある教会の中庭に高さ50㎝ほどの小さなブロンズ像「月を眺める坊や」が置かれていた。シンプルなフォルムでいい作品にみえた。ボケ防止のご利益があるとかで、頭を撫ぜられ光っていた。

Silver061 写真はノーベル賞・授賞式(?)の行われるミュージック・ホールとその前のマーケット。

久しぶりに陸に上がって一夜をストックホルムで泊まり、翌朝コペンハーゲンに飛び、スカンジナビヤ航空SK983便に乗り継いで帰国した。 (完) 写真をクリックすると拡大。 

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2007年9月20日 (木)

島々をぬって進むぞゴールまで

Silver052 シルバー・シャドー号
バルト海クルーズ(12)

下船準備は前夜のうちに終わらせているので、明け方を待ちきれず、例の10階に登る。本船は朝靄の中、島々を縫って静に進んでいる。なんでもストックホルムに至る海域に2万を超える島々があると聞いた。写真右上は本船の右舷を追い越した定期フェリーのようだ。

Silver053 いよいよストックホルム港の岸壁が近づいた。さすがに風格のある港である。Silver054
昨夜の航海は20海里(約37㎞)。7時の入港なのでかなりジグザグのコースを取ってきた形跡がうかがえた。

Silver055_2 結局、今回のバルト海クルーズで訪れた国は、デンマーク、ドイツ、ポーランド、ラトヴィア、フィンランド、スエーデンの六ヵ国、訪れた町はコペンハーゲン、ロストク、グダニスク、グダニヤ、ゴットランド島・ヴィスビー、リガ、オーランド諸島・マリエハムン、ストックホルムの八ヵ所になる。航行距離の合計は1,075海里(約2,000㎞)であった。ご苦労サンでした。
(つづく) 写真をクリックすると拡大。

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2007年9月18日 (火)

聖天と身をあらわして福聚海

064 寺社集印=東京・新宿区

JR飯田橋駅から神楽坂を登りきった神楽坂上の交差点右向かいに安養寺(あんようじ)。慈覚大師(天台宗第四世)の創建、はじめは江戸城内にあったが、家康公の入城に際して平河口から当地に移されたという。
ご本尊の薬師如来は丈六(約2㍍)の坐像(写真右)。別棟二階の聖天堂に奉安されている。本堂には十一面観世音菩薩。合掌。江戸33観音第十六番札所

066 降り出した雨の中、駅の方に一寸帰った右手に赤い門と目立つ本堂のある神楽坂・善国寺(ぜんこくじ)。日蓮宗のお寺で、新宿七福神の毘沙門天を祀ってある。
雨はドシャ降りになり傘など用を足さない状態になったので、本堂で一時間ほど雨宿りした。
写真左はひどい雨にさらされた赤い門と神楽坂の通り、雨宿り中の本堂から。

註; ①タイトルは安養寺のご詠歌から引用。②写真をクリックすると拡大

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2007年9月17日 (月)

ご朱印帖・江戸33観音

033 第十一番~第十五番のご朱印


第十一番 南縁山・円乗寺(えんじょうじ)天台宗・文京区白山1-34-6<TEL 03-3812-7865>参拝07年8月31日、記事9月5日参照。

040
第十二番 無量山・伝通院壽経寺(でんづういん)浄土宗・文京区小石川3-14-6<TEL 03-3814-3701>参拝07年9月9日、記事9月10日参照。

058
第十三番 神齢山・護国寺(ごこくじ)真言宗豊山派・文京区大塚5-40-1<tel 03-3941-0764>参拝07年9月9日、記事9月16日参照。

051
第十四番 神霊山・金乗院(こんじょういん)真言宗豊山派・豊島区高田2-12-39<tel 03-3971-1654>参拝07年9月9日、記事9月12日参照。

045
第十五番 光松山・放生寺(ほうしょうじ)高野山真言宗・新宿区西早稲田2-1-14<tel 03-3202-5667>参拝07年9月9日、記事9月11日参照。

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2007年9月16日 (日)

もろもろの苦悩を救う観世音

059 寺社集印=東京・文京区(豊島区)

東京環状のほぼ中央に位置する神齢山・護国寺(ごこくじ)。ご本尊は如意輪観世音菩薩。合掌。真言宗豊山派のお寺。

061 創建は天和元年(1681)五代将軍綱吉公が生母・桂昌院の発願により、上野国(群馬県)碓氷八幡宮の別当・大聖護国寺の亮賢僧正を招き開山したと伝えられる。
060_2 元禄十年(1697)の大造営で現在の観音堂(本堂・国の指定重文)が完成し、その雄大さは都下随一のものと称されている。江戸33観音第十三番札所。写真右上は大門、右下は境内で開かれている骨董市。

062 西巣鴨に入り、狭い道をくねくねと、エンマ様に面会?善養寺(ぜんようじ)。天台宗のお寺。江戸三大閻魔はここと杉並の華徳院、新宿の太宗寺であると聞いた。

註;①タイトルは護国寺のご詠歌から引用。②写真をクリックすると拡大

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2007年9月14日 (金)

クルーズの一番北よオークランド

Silver046 シルバーシャドー号
バルト海クルーズ(11)

リトアニヤ・リガを昨夕18時に出港した本船は18時間247海里(約460㎞)の航海を続けて、フィンランド領・オークランド諸島に近ずく。

Silver047 小さな島々が連なる多島海を経て、正午にマリエハムン港に接岸(写真右上と左)。第五の寄港地である。今回のバルト海クルーズで一番北に位置するところ。港の岩山に多くのトーチカらしい横穴が見られた。

一応、街を散策してみたが、見るべきものはなく、小雨が降り出したので、Silver048_4 港の近くに帆船が係留されて居るのを見て立ち寄る。海洋博物館と聞いて早速なかに入ってみた。
Silver049_2 本館にはかっての大航海時代のデータ、道具類、荷姿、船室、などなどが陳列されていた。外に出て坂を下ると係留された帆船の実物だ(写真右中と左中)。

Silver050写真右下は甲板に置かれた操舵品。帆は張ってないが、ロープが張り巡らされて雰囲気は出ていた。傘をさしての帆船見学であったが、2002年10月の ロイヤル・クリッパー号の地中海クルーズを思い出した。カテゴリイ My Pictures 6/4,11,18号参照。早々に本船に帰る。

Silver051 本船は18時にマリエハムン港を出て最終地のスエーデン・ストックホルムに向かう。
その頃になると幸に天気も回復し、夕日を撮ろうと身構えたが、水平線上の雲は結局とれず、「バルト海の夕日」はボケた写真になってしまった。

(つづく) 写真をクリックすると拡大。

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2007年9月12日 (水)

まことの道しるしまみえん宿坂の里

053 寺社集印=東京・豊島区

新目白通をバックして明治通りを左折てしすぐ、右に入ったところに神霊山金乗院・慈眼寺(じがんじ)がある。ここは昔の高田宿坂下といわれ、本尊の聖観世音菩薩を勧請して観音堂を建立したのが創草とされる。合掌。江戸33観音第十四番札所(写真右)。

054 また小石川関口駒井町の東豊山浄竜院・新長谷寺が戦災にあったため昭和25年にこちらに合併、目白不動明王を安置した。目白不動尊である。江戸五色不動関東36不動第十四番札所である(写真左)。

056 明治通りを北へ、雑司ヶ谷の鬼子母神に詣でる。威光山・法明寺。長い参道の奥に厳然と立つ(写真右2枚)。

057 江戸三大鬼子母神(入谷・真源寺、千葉市川・法華経寺)の一つとして余りにも有名である。

註;①タイトルは慈眼寺のご詠歌から引用。②写真をクリックすると拡大

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2007年9月11日 (火)

いちのみや昔も今も栄えぬるかな

046 寺社集印=東京・新宿区

ルートの関係で新宿区の西早稲田と下落合に入る。光松山・放生寺(ほうじょうじ)高野山真言宗。当寺は寛永十八年、次にお参りする穴八幡の造営に尽力した良昌上人の開創とされる。ご本尊は聖観世音菩薩。合掌。江戸33観音第十五番札所

048 馬場下町交差点に接した小高い丘の上に穴八幡宮がある。東北鎮護の社として祀られてきた。宮守の庵を造るため南側の山裾を切り開いたところ「神穴」が出現し、このときから穴八幡宮と称された。また維新後、天皇家親王誕生の折り、御虫封じを謹修し、お守札を献上する関係にあるという。

050 ちょっと足を伸ばし下落合に入ったが道路が狭く、ぐるぐる探してやっと裏口に辿りついた。東長谷寺・薬王院。真言宗豊山派に属し、ご本尊は薬師瑠璃光如来。合掌。東国花の寺に指定され、牡丹が広い境内に約40種、千株植えられていると言う。五月には見事になるだろう。
註;①タイトルは放生寺のご詠歌から引用。②写真をクリックすると拡大

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2007年9月10日 (月)

ありがたやまことの道をふむ人は

039 寺社集印=東京・文京区

台風一過、晴天に恵まれ、都内は空いているだろうと車で出かける。言問通りを文京区に入り根津を抜けてそのまま直進、本郷通り、白山通りを横切って三叉路突き当りが「こんにゃく閻魔」の源覚寺。また「身代わりエンマ」とも呼ばれ、閻魔王木造坐像は鎌倉期の作と云われ、文京区が文化財に指定している。

041 写真左は無量山伝通院寿経寺の本堂。昭和63年に再建された堂々たる構えで、徳川家康公の生母・於大の方(法名傳通院殿)の菩提寺としても知られている浄土宗のお寺。

042 写真右は観音堂に安置されている観音像。合掌。江戸33観音第12番札所

043 写真左は付属幼稚園にあると聞いて訪ねた福聚寺のスタンプ(不在)。大黒天をお祭りしている。幼稚園の庭にも大黒像がおかれていた(写真左下)044

註;①写真をクリックすると拡大。②タイトルは寿経寺のご詠歌を引用。

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2007年9月 9日 (日)

ご朱印帖・江戸33観音

012 第七番~第十番のご朱印


第七番 柳井堂・心城院(しんじょういん)天台宗・文京区湯島3-32-4<TEL03-3831-1350>参拝07年8月28日、記事9月2日参照。

025
第八番 東梅山花陽院・清林寺(せいりんじ)浄土宗・文京区向丘2-35-3<TEL03-3821-2581>参拝07年8月31日、記事9月4日参照。

023
第九番 東光山・定泉寺(じょうせんじ)浄土宗・文京区本駒込1-7-12<TEL03-3941-7063>参拝07年8月31日、記事9月4日参照。

027
第十番 常光院・浄心寺(じょうしんじ)浄土宗・文京区向丘2-17-4<TEL03-3821-0951>参拝8月31日、記事9月4日参照。

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2007年9月 7日 (金)

古都リガは「バルトのパリ」にふさわしや

Silver040_2 シルバー・シャドー号
バルト海クルーズ(10)

Silver041 世界遺産の古都「リガ」の新市街に入る。立ち並ぶユーゲントシュティル(アールヌーボー)様式の建築群を見て廻った。見事の一語に尽きる。

ついで旧市街に入ったが、旧市街地も新市街地も、ともにバランスがよく取れていて、違和感は全く感じなかった。まさに「バルトのパリ」の名に恥じないものだった。

Silver042 背の高い聖ペテロ教会のタワーにエレベーターで昇り、360度の展望を楽しんだ(写真左中)。

Silver044そのほか 旧市街では市庁舎、大聖堂、リガ城の城壁(写真左下)、三兄弟の家、スエーデンの門、猫の家など、いろいろ案内されて見て廻ったが、久しぶりの大都市という感じで、いささか疲れた。

Silver045 三時間もびっしり歩き、また旅も一週間ともなると疲れが出るもので、船に帰り休むことにした。

本船は18時、第五の寄港地、フィンランドの自治領・オーランド諸島のマリエハイムにむけ出港した。

(つづく) 写真をクリックすると拡大

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2007年9月 6日 (木)

リガみなと「おしゃれな古都」の玄関口

Silver036シルバー・シャドー号
バルト海クルーズ(9)

ゴットランド島ヴィスビーで「夕日が綺麗で雄大だ」と聞かされたので、夕食前に船内をぶらつき「時」を待ったが、天気が怪しくなり、風も冷たく「夕日」どころではなくなった(写真右上は本船左舷後方)。

Silver037 一夜明けるとお天気だ。バルト海を横断してリガ湾に入り、早くもバルト三国の一つ、ラトビアのリガ港に入港する(写真左)。

Silver038 さすがにラトビアの首都リガだ(写真右)。見事な風景が広がる。「バルトのパリ」といわれるのも納得できた。

Silver039 橋といい、教会のタワーといい、ヨット・ハーバーといい、おしゃれな雰囲気が漂っている(写真左)。しばし港の風景に見とれていた。下船観光の街も美しいのだろう。

昨夜からの航行距離は227海里(約420km)と聞かされた。夕方の天気からすると静かな航海であった。

(つづく) 写真をクリックすると拡大

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2007年9月 5日 (水)

まどかれと教えのままに導かれ

031 寺社集印=東京・文京区

本郷通り西側に都立向丘高校があるが、その背中合わせに金龍山・大円寺。曹洞宗・江戸33観音第二十三番札所。ご本尊は聖観世音菩薩。合掌。七観音でも知られている。

032 境内に写真左の石碑が立ち、曰く「花の匂いは母のにおいよ、甘えたし」。面白いので撮ってきた。

034 西に白山に抜けると江戸33観音第十一番札所の南縁山・円乗寺。天台宗のお寺でご本尊は聖観世音菩薩と釈迦牟尼如来。合掌。

035 左右に民家が迫り奥まったところだが、表に八百屋お七の地蔵尊、また境内にそのお墓がある(写真左)。

037 都営三田線白山駅の近くに白山神社があり参拝。東京十社の一つで、准勅祭神社に数えられる。どっしりした雰囲気がただよう。

註; タイトルは円乗寺のご詠歌から引用。写真をクリックすると拡大

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2007年9月 4日 (火)

観音に十声となうればかないぬる

024寺社集印=東京・文京区

本郷通りを南へ。これまた道路に面して東光山・定泉寺(じょうせんじ)。ご本尊は阿弥陀如来、そのほか十一面観世音菩薩も奉安。合掌。江戸33観音第九番札所

026 向丘2丁目の交差点を東に150mほど行った所に江戸33観音第八番札所、東梅山花陽院・清林寺(せいりんじ)浄土宗のお寺がある。
ご本尊は聖観世音菩薩。合掌。

028 先の交差点にもどり、本郷通りを南に行くと、道路に面して大きな布袋尊像が立っており、その先が正面になっている常光院・浄心寺(じょうしんじ)浄土宗(子育・桜観音とも呼ばれている)。江戸33観音第十番札所。ご本尊は阿弥陀如来と、十一面観世音菩薩。合掌。

029 写真は目印になる布袋尊像。左にもお寺があるので、どちらに属するものか聞かなかったが、いずれにしても大きなものであった。

(文京区つづく)写真をクリックすると拡大
タイトルは清林寺のご詠歌から引用。

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2007年9月 3日 (月)

「せんだん」は双葉のときより「かんばしき」

016 寺社集印=東京・文京

飯田橋で所用を済ませ、東京メトロ・南北線に始めて乗って、寺町の本駒込・向丘に向かう。本駒込駅をおり昼食をとろうと、ぶらぶら歩いているとデッカイお寺があり、山門(写真右)に栴檀林(せんだんりん)の額が掛かっている。本堂が霞んで見えるぐらい、500mはあろうか。予定にはないが、飛び込んでみた。諏訪山・吉祥寺

017 由緒によると「明暦の大火」によって、神田駿河台にあったものが焼失、この地に移された。栴檀林とは宗門の禅学を修得する道場として江戸期の学林として威容を誇った古刹である。駒澤大学の前身とある。
ちなみに武蔵野市吉祥寺は往年当寺の開墾地であったために、その名称が残ったという。写真左は山門を入り中間あたりで本堂を望む。

019 本郷通りの反対側に、これまた曹洞宗のお寺があったので訪ねた。禅寺らしい引き締まった雰囲気が漂っていた。繁栄山・養昌寺(写真右)。

021本郷通りの並びを 南に進むと道路に面して江戸五色不動(写真左)の赤不動尊、大聖山・南谷寺があった。。関東36不動の13番札所に当たる。

022 ここもこじんまりと、しかも整然とした、ただずまいであった。
軒並みと言えばオーバーだが、お寺の多い地域ではある。

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2007年9月 2日 (日)

文京は湯島天神手始めに

010_2 寺社集印=東京・文京

まず最寄のJR山手線・御徒町駅下車、上野松坂屋の本館と南館の間を抜けて、西に真っ直ぐ歩くこと約10分、湯島天満宮の男坂石段に突き当たる。文京区の寺社集印の始まりである。

011 ここは学問の神様として余りにも有名。受験生の居る家庭では、シーズンは大変だ。また「うめ」の名所でもある。
御祭神は天之手力雄命(あまのたちからをのみこと)と菅原道真(すがわらみちざね)公であると略記にある。拝礼。
現在の社殿は平成七年に,聡ヒノキで造営され,同時に春日通に面した切通口に登竜門も造られたという。境内を巡ると摂社は戸隠神社、末社に稲荷神社がある。また梅の名木がいたるところに配置されている。

013 登った男坂石段を降りた左手に天台宗のお寺、柳井堂・心城院(湯島聖天・ゆしましょうてん)がある。江戸33観音第七番に当たる。
ご本尊は大聖歓喜天、さらに十一面観音、宝珠弁天、出世大黒天などをお祭りしているという。合掌。

014_2 写真左は江戸の名水の一つ「柳の井」。ここから柳井堂と称されている。曰く「この井は名水にして女の髪を洗えば、はらはらとほぐれ、気晴れて、風・新柳の髪をけずる」そうである。

(文京区つづく)写真をクリックすると拡大

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