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2007年8月31日 (金)

お天気は世界遺産にバラをそえ

Silver030 シルバー・シャドー号
バルト海クルーズ(8)

ヴィスビーの観光はまず美しいアルメダール公園から(写真右上)城壁をぬけて旧市街に入る。

Silver031_2 写真左はその城門と奥にある頭の尖った火薬塔。こんな小さな島でも戦いの備えがあったのだ。町並みを抜けて広大な植物園で一服。

Silver032 写真右中は池のほとりで寛いでいる親子。静かな時間が流れていた。バラ園も見事なものだった。

Silver033 いったん城外に出て再び北東門から城内に入り、聖マリア教会に立ち寄る(写真左中)。ツインタワーは象徴的で港からも見えていた。

Silver034 写真右は廃墟となったサンタ・カテリーナ教会。街の中には数多くの破壊された教会があるという。ここカテリーナ教会も皮肉にもバラの棚に囲まれている。まさに「バラと廃墟の町」というキャッチフレーズに相応しい風景といえようか。

Silver035 最後に街の郊外にある白亜の断崖に寄った。島全体がこの断崖に囲まれているように感じた。海に向かって絶壁になっている。

今日は完璧な晴天に恵まれた。

本船は早めの15時に第四の寄港地バルト三国の一つ、ラトビアに向け出港した。バルト海をほぼ東に横断する。
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2007年8月30日 (木)

バルト海甘く見るなと牙をむき

Silver026 シルバー・シャドー号
バルト海クルーズ(7)

本船は18時にポーランドのグディニア港を出港、第三の寄港地スエーデン領・ゴットランド島に向かう。ゴットランド島を地図で見ると、先端を北に向けた菱形をしており、これは来るときの飛行機からも確認している。
朝6時に例の10階デッキに登ってみると、右舷に陸地が見えている。穏やかに晴れている(写真上)。ところが、ここ数日午後の雨に悩まされてきた。昨夜も「なめるな」と云わんばかりに、かなり揉まれながらバルト海を北上したことになる。

Silver027 島の北西部にあるヴィスビー港に入る(写真左)。おだやかな入港だ。防波堤が長く伸びている。昨夜の航行距離は205海里(約380km)であった。

Silver028 写真右はお馴染みの接岸風景。岸壁が長いので比較的スムーズに進んだ。8時に接岸完了。

Silver029 周囲を見渡しても高い山はなく、のっぺりした島のようである。
今日は世界遺産に登録されているヴィスビーの街を訪ねる。

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2007年8月29日 (水)

ご朱印帖・江戸33観音

0004 第一番~第六番のご朱印


第一番 金龍山・浅草寺(きんりゅうさん・せんそうじ)聖観音宗・台東区浅草2-3-1<TEL03-3842-0181>
参拝07年5月1日、記事1月5日、5月5日参照。

178
第二番 江北山・清水寺(こうほくさん・せいすいじ)天台宗・台東区松が谷2-25-10<TEL03-3844-7672>
参拝07年6月30日、記事7月5日参照。

147
第三番 人形町・大観音(にんぎょうちょう・おおかんのん)聖観音宗・中央区日本橋人形町1-18-9<TEL03-3667-7989>
参拝07年6月16日、記事6月24日参照。

156
第四番 諸宗山無縁寺・回向院(しょしゅうざんむえんじ・えこういん)浄土宗・墨田区両国2-8-10<TEL03-3634-7776>
参拝07年6月23日、記事6月28日参照。

006
第五番 新高野山・大安楽寺(しんこうやさん・だいあんらくじ)高野山真言宗・中央区日本橋小伝馬町3-5
<TEL03-3661-4642>
参拝07年8月25日、記事8月27日参照。

0012
第六番 東叡山・清水観音堂(とうえいざん・きよみずかんのんどう)天台宗・台東区上野公園1-29<TEL03-3821-4749>
参拝07年5月2日、記事5月6日参照。

註; 写真をクリックすると拡大

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2007年8月28日 (火)

ご朱印帖・東京(中央区)

136 日本橋七福神のご朱印


小網神社(こあみじんじゃ・福禄寿)中央区日本橋小網町16-23<TEL 03-3668-1080>参拝07年6月16日、記事6月23日参照。

139
水天宮(すいてんぐう・弁財天)中央区日本橋蛎殻町2-4-1<TEL 03-3666-7195>参拝07年6月16日、記事6月23日参照。

137
茶の木神社(ちゃのきじんじゃ・布袋尊)中央区日本橋人形町1-12-10<TEL なし>参拝07年6月16日、記事6月23日参照。

141
松島神社(まつしまじんじゃ・大国神)中央区日本橋人形町2-15-2<TEL 03-3669-0479>参拝07年6月16日、記事6月24日参照。

143
笠間稲荷神社(かさまいなり・じんじゃ・寿老人)中央区日本橋浜町2-11-6<TEL 03-3666-7498>参拝07年6月16日、記事6月24日参照。

145


末廣神社(すえひろじんじゃ・毘沙門天)中央区日本橋人形町2-25-20<TEL 03-3667-4250>参拝07年6月16日、記事6月24日参照。

004
椙森神社(すぎのもりじんじゃ・恵比寿神)中央区日本橋堀留町1-10-2<TEL 03-3661-5462>参拝07年8月25日、記事8月27日参照。

040 寶田恵比寿神社(たからだえびすじんじゃ・恵比寿神)中央区日本橋本町3-10<TEL なし>参拝07年8月25日、記事8月27日参照。

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2007年8月27日 (月)

寺社集印猛暑に負けて二ヶ月振り

002 寺社集印=東京・中央区

全国的に猛暑に見舞われていて、都内の「集印」もしばらく休んでいたが、待ちきれずに日本橋に車で出かけた。

003 両国橋のたもとにある薬研堀不動院(やげんぼりふどういん)、川崎大師東京別院・関東36不動尊・第21番に赴いたが、カーナビの案内は写真左の矢ノ庫稲荷に着いて、びっくりした。背中合わせに本院があった(写真右上)。道路からストレートに石段がある。ご本尊は不動明王尊像。合掌。目黒、目白と並んで江戸三大不動としても古くから知られているという。

005 つぎに椙森神社(すぎのもりじんじゃ・写真右)日本橋七福神・恵比寿。都心の神社として完全耐火造の本殿、神楽殿が印象的だった。

007 ここも耐火造の大安楽寺(だいあんらくじ・写真左下)江戸33観音第五番にあたる。また新高野山・準別格本山の格式がある。

008 昭和通り近くの宝田恵比寿(写真右)日本橋七福神・恵比寿。両サイドが駐車場に囲まれた小さな社。正月だけ七福神の札所としてお付き合いしている感じ。勿論、不在でご朱印はなし。

ご朱印が溜まってきたので、江戸33観音、関東36不動尊を計画的に訪ねたいと思っている。写真をクリックすると拡大

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2007年8月24日 (金)

復興のエネルギーをば眼の当り

Silver022_2 シルバー・シャドー号
バルト海クルーズ(6)

早速ポーランドの古都グダニスクに向かう。ここは第二次世界大戦で大被害を蒙り、街の90%を焼失したという。戦後、殆ど同じように復興したというから、ものすごいエネルギーを感じる。写真右はモルトヴァ運河の河口を見る。ほぼ中心にジュラフ(鶴)という名の木造クレーン。左岸が旧市街

Silver023 橋を渡り、写真左は「緑の門」。これをくぐるとロイヤル・ロード(写真右下)がある。夏休みのせいか、ものすごい人出。左右は綺麗な町並み、それに教会の塔などが続く。突き当りが「金の門」。

Silver024_2 手前を左、左と道をとり、聖マリヤ教会による。

Silver025 写真左は教会内にあった古い時計。いろいろな暦も組み込まれている。実際に今でも時を刻んでいるという。「マリヤ教会の小路」、左右にある屋台の琥珀を売る店など冷やかしながらバスに戻る。途端に土砂降りの雨に見舞われ、早々に港に向かったが、大変な渋滞(道路工事を各所でやっている)だった。

本船は18時、第三の寄港地スエーデンのゴットランド島へ向け出港。バルト海を真北に縦断するかたち。
(つづく)
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2007年8月23日 (木)

夜半から天候回復波静か

Silver018 シルバー・シャドー号
バルト海クルーズ(5)

天候がおもわしくないが、本船は第二の寄港地ポーランド・グディニア港にむかった。地図の上では最も長い航海のはず。出港後予想通り相当の揺さぶりにあったが、夜半過ぎてからおだやかになった。写真右上はデッキ5のレセプション・デスクのお嬢さんたち。24時間、関所のように目を光らせているが、にこやかであった。

Silver019 バルト海を東に午前中も航行を続け、ポーランド・ロゼビル岬の先端と思われるあたりを右に旋回したところで陸地が見えてきた。

Silver020 グディニア港は海軍の基地でもあるようで、港の入口付近で軍艦らしきものが見えた(写真左)。写真右は本船の接岸が近づき慌ただしくなった埠頭周辺。

Silver021 昼過ぎ(13時)じっくりと着岸風景を眺めた(写真左)。真ん中の青いジャンバーがキャピテン。デリケートな舵さばきで船を岸に寄せている。一番緊張する時だろう。みんな集中していた。

昨夜からの航行距離は285海里(約530㎞)と聞かされた。午後ここグディニア港からグダニスクの下船観光にでかける。
(つづく)
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2007年8月22日 (水)

ご朱印帖・山梨県

079 山梨・甲府市のご朱印


武田神社(たけだじんじゃ)山梨県甲府市古府中2611<TEL055-252-2609>参拝07年7月20日、記事8月19日参照。

081
積翠寺(せきすいじ)山梨県甲府市上積翠寺町984<TEL055-252-6158>参拝07年7月20日、記事8月19日参照。

084_2
甲斐・善光寺(かい・ぜんこうじ)山梨県甲府市善光寺3-36-1<TEL055-233-7570>参拝07年7月20日、記事8月19日参照。

086
瑞巌山・円光院(ずいがんざん・えんこういん)山梨県甲府市岩窪町500-1<TEL055-253-8144>参拝07年7月20日、記事8月20日参照。

089
定林山・能成寺(じょうりんざん・のうじょうじ)山梨県甲府市東光寺町2153<TEL055-233-9396>参拝07年7月20日、記事8月20日参照。

091
法蓋山・東光寺(ほうがいざん・とうこうじ)山梨県甲府市東光寺3-7-37<TEL055-233-9070>参拝07年7月20日、記事8月21日参照。

093
金剛山・法泉禅寺(こんごうさん・ほうせんぜんじ)山梨県甲府市和田町2595<TEL055-252-6128>参拝07年7月20日、記事8月21日参照。

註;①長禅寺(ちょうぜんじ)山梨県甲府市愛宕町208。07年7月20日参拝したが、不在で、ご朱印取り付け不能。②写真をクリックすると拡大。

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2007年8月21日 (火)

栄枯盛衰これ世のならわしや

092 寺社集印=山梨・甲府市(3-3)

武田信玄公が定めた五つの寺院「甲府五山」のつづき。

その四、法蓋山・東光寺(ほうがいざん・とうこうじ)。ご本尊は釈迦如来。合掌。名僧蘭渓道隆=大覚禅師が再興し、信玄公が厚く保護したお寺という。

信玄の長男・義信は父と対立、当寺に幽閉され、自害。名門・諏訪家の当主・諏訪頼重は信玄の諏訪攻めの時、捕らえられ当寺に幽閉され、切腹。この二人の墓があるという。血生臭い話とは別に、見事な庭園(県文)、室町時代の仏殿(薬師堂)=重文、などがある。

094 その五、金剛山・法泉禅寺(こんごうさん・ほうせんぜんじ)。ご本尊は弥勒(みろく)菩薩。合掌。武田家中興の祖といわれる武田信武公が開いた寺といわれ、その墓所がある。

また織田信長に滅ぼされた武田勝頼の首級は京都六条河原にさらされた。当山の快岳禅師は妙心寺の南化和尚の力を借り、勝頼公の首級を貰いうけ、この法泉寺に手厚く葬ったという。(完)

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2007年8月20日 (月)

信玄の定めた寺院「五山」かな

087_2 寺社集印=山梨・甲府市(2-3)

宿で聞いた「甲府五山」へむかう。五山とは武田信玄が武田家ゆかりの深い五つの寺院を定めたものという。

その一(写真右)瑞巌山・円光院(えんこういん)。甲府市の北東部、花と展望のよい「つつじが崎」にあり、信玄公の正室・三条夫人の菩提寺である。

088 その二(写真左=JRのガードをくぐって突き当たりにある門)長禅寺(ちょうぜんじ)五山の筆頭にあげられる名刹。住職・岐秀元伯は信玄の学問・政道の師といわれてる。不在のためご朱印取り付け不調、残念であった。

090 その三(写真右)定林山・能成寺(のうじょうじ)信玄公の父・信虎の曽祖父、武田信守の菩提寺。境内には芭蕉の句碑、赤穂藩家老・大野九郎兵衛の墓などがある。
(つづく)写真をクリックすると拡大。

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2007年8月19日 (日)

領民に深く根ずくは信玄公

080 寺社集印=山梨・甲府市(1-3)

信濃路から甲斐路にはいる。まずは戦国時代きっての名将・武田信玄公を祀る武田神社。甲斐の守護神であるばかりでなく、「勝運」のご利益があるという。今盛んな風林火山のお膝元。JR甲府駅から市街を抜けて、ほぼ真北にある。

082 前の道をそのまま山にしばらく登ると信玄公が生誕の地といわれる万松山・積翠寺。ご本尊は釈迦如来。合掌。臨済宗のお寺(写真左)。
083 写真右は信玄公が産湯を使ったという古井戸。

085 「甲府五山」を訪ねる途中に甲斐・善光寺があつたのでお参りする。(写真左)信玄公が川中島合戦の折、信州善光寺の焼失を懸念し、元禄元年(1558年)善光寺如来像をはじめ、諸仏・寺宝をここに奉遷したのが、始まりという。武田氏滅亡により、慶長三年(1598年)信濃に帰座、新たにご本尊は前立仏を定めたという。合掌。因みに重文5、県文4、市文8など文化財の宝庫であるという。
(つづく)写真をクリックすると拡大。

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2007年8月17日 (金)

吹き降りでストラルズンド街寒し

Silver014 シルバー・シャドー号
バルト海クルーズ(4)

ロストックのバルネミュンデ港からバスで約一時間、世界遺産になっているシュトラールズンドへ。かつてハンザ同盟の旗手として隆盛を極めた商都といわれる。写真右上はバスを降りて正面に立つマリエン教会。

Silver015_3 旧市街に歩いて入る。オッセンレイヤー通りの突き当りが市庁舎。ストラールズンドで、最初の石材建築の一つで、13世紀に完成した。写真左は内部の吹きぬけ。漆黒の柱による重厚な作りは当時の繁栄を伺わせる。
Silver016 写真右中はその外観。北ドイツ特有の尖塔と美しいファサードが極めて印象的な外観である。

広場の片隅にメタルで造られた旧市街のミニチュアがあった。1m50cm四方ぐらいか(写真右下)。つまんで取り上げたい気持ちにさせられる。一応誰もがつまむのだろう、Silver013頭が光っている。このミニチュア左側中央に立つツイン・タワー(左の頭が低い)が見えるが、これが聖ニコライ教会だ。

Silver017 市街を抜けて港に出る。旧ドイツ海軍の帆船が係留されていた(写真左下)。

この辺から天気が怪しくなり、昼食後は、大変な吹き降りとなった。旧市街の端から端まで急いでバスに戻ったが、濡れて寒い。この時期、暖房を入れて貰って、大急ぎで船まで戻った。ロストック市内の訪問は中止とした。

本船は19時、第二の寄港地ポーランド・グダニスクに向けて出港。
(つづく)
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2007年8月16日 (木)

バルト海波穏やかでまずはよし

Silver008 シルバー・シャドー号
バルト海クルーズ(3)

本船は18時コペンハーゲンを出港、第一の寄港地ドイツ・ロストックにむかう。写真右上は出港準備のシルバー・シャドー号。

Silver009 さて、キャビンで早朝に目覚め、海路図のヴィデオを見るのもクルーズの楽しみ。本船は出港後エレソン海峡を抜けてバルト海に入り、右舷の小島群に沿って南下して、いまメクレンブルガ湾に至つている。明るくなるのを待って、最上階の10階デッキにあがり、まず港の入り口を一枚(写真左上)。

Silver010 本来は最上階は操舵室で一般の立ち入り禁止だが、この船は9階にそれがあり、最上10階を乗客のために朝6時から開放している。非常にありがたい。前方180°の視界が広がる。しかもコーヒー、紅茶、ジュースなど、また菓子パンも置いてあり最高の場所。モーニング・コーヒーを啜りながらの入港となる。写真右下以降は港左右の風景。

Silver011 お天気がよく、港も活気づいてきた。本船は午前8時ロストックのパルネミュンデ港に着岸。ここを始発とする鉄道もあるようだ。

Silver012_2 昨夜の航行距離は88海里(約165㎞)と聞かされた。何はともあれ第一夜は穏やかな航海だった。今日の下船観光は世界遺産のシュトラールズンドである。(つづく)
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2007年8月15日 (水)

ご朱印帖・長野県

長野・上田市のご朱印063


北向観音堂(きたむきかんのんどう)。上田市別所温泉1666<TEL不明>参拝07年7月19日、記事7月26日、8月12日参照。

065
安楽寺(あんらくじ)。上田市別所温泉2361<TEL不明>参拝07年7月19日、記事8月12日参照。

067
常楽寺(じょうらくじ)天台宗別格本山。上田市別所温泉2347<TEL不明>参拝07年7月19日、記事8月12日参照。

070
生島足島神社(いくしまたるしまじんじゃ)国幣中社。上田市下之郷中池701<TEL026-838-2755>参拝07年7月19日、記事8月13日参照。

074_2
長福寺(ちょうふくじ)信濃の国札所一番。上田市下之郷541<TEL026-838-3029>参拝07年7月19日、記事8月13日参照。

077
八日堂・信濃国分寺(ようかどう・しなのこくぶんじ)天台宗。上田市国分1049<TEL026-824-1388>参拝07年7月19日、記事8月14日参照。

072_2
真田神社(さなだじんじゃ)。上田市二の丸<TEL不明>参拝07年7月19日、記事8月14日参照。

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2007年8月14日 (火)

由緒ある真田の霊地上田城

078 寺社集印=長野・上田市(3-3)

塩田平を後に山手に当たる国分に向かう。八日堂・信濃国分寺(天台宗)。「国泰(やす)らかに人楽しみ、災いを除き福至る」を祈念された聖武天皇の勅願により、国ごとに国分寺が建立され、信濃国分寺は庶民の心のよりどころとして1250年の法灯を伝えているという。ご本尊は薬師如来。合掌。写真右は本堂裏の広大な蓮田。いろんな品種の蓮が長期にわたり見られるという。

073 戦国時代の智将真田昌幸公が築いた天下の名城「上田城」の中にある真田神社。古代からこの地には,天地四方を祭る「六所明神」が鎮座せられ、国のまほろばとして尊ばれており、昌幸公はこの「霊地」を適地として築城したといわれる。いまは風林火山で大賑わいである。(完)

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2007年8月13日 (月)

日本の真ん中にある宮と寺

071 寺社集印=長野・上田市(2-3)

上田市下之郷、田園地帯の一角にこんもりと茂った森、「日本の真ん中」という生島足島神社(国幣中社)がある。名前のとおり生島(いくしま)大神と足島(たるしま)大神をお祭りしている。国中を満ち足らす、日本国土の守護神とされている。かの武田信玄が川中島の決戦を前に家臣団に忠誠を誓わせたという「起請文」など、「生島足島文書」94通は国の重要文化財に指定されているという。

075 さて、敷地を同じくする長福寺。本堂に向かう道端に(写真左)可愛い「なかよし地蔵」が迎えてくれた。
076 この一帯は「信濃の国・塩田平」といい、上田駅から別所温泉にいたる上田電鉄の沿線に、四国霊場八十八体仏の勧請が許された札所巡りがあった。元禄六年(1693年)とのこと。その後、中断があり、忘れ去られていたが、土地の北条家の古文書により、長福寺を一番札所「遍路堂」とした計二十一ヵ所の地名と寺堂、仏像の名前まで判明したという。ここに来て、三百年目に復興されたのだという。こう聞くと札所巡りをしてみたい誘惑にかられる。
(つづく)
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2007年8月12日 (日)

温泉を囲む形で古名刹

064 寺社集印=長野・上田市(1-3)

7月26日号で触れた別所温泉に入る。古刹・名刹の多くあるここ別所温泉は「信州の鎌倉」といわれる。まずは北向観音堂。南向きの長野善光寺と向き合っているところから名付けられたという。写真右は不動堂。

066 道を隔てて右に入ると安楽寺。ここには全国唯一といわれる八角三重塔(国宝)。鎌倉時代に建てられたものと言う。

068_3 さらに右手に迂回したところに天台宗別格本山・常楽寺。林を背に茅葺屋根の凛とした雰囲気が境内に漂っていた(写真右下)。ここには全国でも珍しい石造多宝塔(重文)があるそうだが、見てこなかった。

069 山を下る途中に、一寸時期は過ぎたか?紅白の睡蓮が目を楽しませてくれる。このほか前山寺の三重塔(重文)、中禅寺の薬師堂(重文)また、めずらしい夫婦道祖神など多数あり、また訪れたい地域ではある。
(つづく)

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2007年8月10日 (金)

「グッディ」は港近くの人魚姫

Silver004 シルバー・シャドー号
バルト海クルーズ(2)

停泊中の本船で一夜を明かし、早々に市内見物に。最初の挨拶「こんにちは」は「グッディ」(デンマーク語)港近くの「人魚姫の像」から始まった。想像以上に小さかったが、やはり人気者。多くの観光客に取り囲まれていた。

Silver005これまた人形さんのようなアマリエンボルク城の衛兵。ちょうど交代時間だったのでソワソワした雰囲気であった。女王は不在のようである。

Silver006 運河の町ニューハウン地区に入る。(写真右)小雨に見舞われたが、両岸の色とりどりの家並みは美しかった。左岸にはレストランの野外テーブルがズラリと並んでいる。お天気ならばさぞ賑わうことだろう。

Silver007 最後はローゼンボー離宮。広々とした庭の中に立っている。デンマーク王家の財宝倉庫のようなもの。見事なものであった。また庭には木々が生茂り、バラ園も整備され、これからクルーズに出ることを忘れさせるほどの、のどかさを味わった。

船内の避難訓練、ウェルカム・レセプションがあり、そのあと夕食中に本船は第一の寄港地ドイツのロストックにむけ静に出港した。
(つづく)。

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2007年8月 9日 (木)

クルーズ船すがたかたちは見事なり

Silver001 シルバー・シャドー号
バルト海クルーズ(1)

SK984便で成田を立ちコペンハーゲンへ。16時着、空港から直接港へ向かいチェックイン。写真右上は停泊中のシルバー・シャドー号。

Silver002 まずはシルバー・シャドー号のシップ・データ=総トン数:28,000㌧、全長:182m、全幅:24.8m、デッキ数:7層、乗客定員:382名、スピード:21ノット、乗組員数:295名。

写真左は港の正面にある小島(どんな設備があるのかは不明)綺麗に整備され、輝いている。船の右舷には(写真右下)は火力・風力発電所か?風車が28基、港の出口まで延々と配置されていて、ゆっくり回っていた。

Silver003 クルーズ・プランは明日の夕刻デンマーク・コペンハーゲン出港、バルト海に接する第一の寄港地はドイツのロストック。第二はポーランドのグディニア。第三はスエーデンのゴットランド島。第四はリトアニアのリガ。第五はフィンランド自治州のオーランド諸島・マリエハムン。最後はスウェーデンのストックホルムで下船と、7ヵ国を巡るとなっている。明日は出港までコペンハーゲン市内の見物となる。

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2007年8月 7日 (火)

ご朱印帖・長野県

041_1 長野市のご朱印


善光寺・忠霊殿 長野市長野元善町491<TEL不明>参拝07年7月18日、記事8月2日参照。

042_1
善光寺・雲上殿 長野市<TEL不明>参拝07年7月18日、記事8月3日参照。

043_1
往生寺・刈萱地蔵 長野市往生地1334<TEL不明>参拝07年7月18日、記事8月3日参照。

044_1
刈萱山・西光寺 親子地蔵 長野市北石堂町1398<TEL026-226-8436>参拝07年7月18日、記事8月3日参照。

045_3
川中島古戦場・八幡神社 長野市小田島町字新田1362<TEL不明>参拝07年7月18日、記事8月4日参照。

046_1
知恵・学問の神 象山神社 長野市松代町松代1502<TEL026-278-2461>参拝07年7月18日、記事8月4日参照。

047_3
長国寺 長野市松代町松代1015<TEL026-278-2454>参拝07年7月18日、記事8月4日参照。

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2007年8月 6日 (月)

ご朱印帖・長野県

034_4 長野市善光寺のご朱印


善光寺・本堂 長野市長野元善町491<TEL026-234-3591>参拝07年7月18日、記事8月2日参照。

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善光寺・経蔵 長野市長野元善町491<TEL不明>参拝07年7月18日、記事8月2日参照。

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善光寺・大勧進不動尊 長野市長野元善町491<TEL不明>参拝07年7月18日、記事8月2日参照。


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善光寺・大勧進如来 長野市長野元善町491<TEL不明>参拝07年7月18日、記事8月2日参照。

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善光寺・大本願本師如来 長野市長野元善町500<TEL026-234-0188>参拝07年7月18日、記事8月2日参照。

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善光寺・大本願文殊菩薩 長野市長野元善町500<TEL026-234-0188>参拝07年7月18日、記事8月2日参照。


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世尊院・釈迦涅槃佛 長野市長野元善町495<TEL不明>参拝07年7月18日、記事8月2日参照。

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2007年8月 5日 (日)

シドニーの顔はやっぱりオペラハウス

041024 My pictures

二日かけてメルボルン。半日の下船観光はしたが、あわただしく、その夕方には出港。(作品なし)最終のクルーズはさらに二日でシドニーへ。

早朝、最後の寄港地シドニーに到着。夜明け前に一作。{制作番号041024}大きさ47cm×40㎝(写真右)

041025_1 世界三大美港といわれるシドニー港。さすがに美しい。その美しさに見とれる間もなく、世話になったクルー達と別れて下船だ。

市内の観光もやはりハーバー近くになり、写真左はマッコリー岬からのオペラハウス(夜景とは反対側)とハーバー・ブリッチがバックにはいった。{制作番号041025}大きさ6号、38㎝×28㎝。仕様は上の作品も同じ、マーメイド紙にホルベイン水彩絵具。

旅はシドニーのホテルで一泊、翌日成田で終わる。
註①作品の問い合わせはコメント欄で。②写真はクリックで拡大。

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2007年8月 4日 (土)

川中島古戦場から松代へ

058_2 寺社集印・長野市

松代町に向かう途中、いま話題の風林火山・川中島の古戦場に寄る。そこに八幡神社があった。写真右は境内にある銅像。

059_1 左は古戦場風景(多分千曲川の堤内の池と思われる)。この歴史的景勝地を八幡原と言うのだそうだ。

060_1 松代町に入り、まず幕末の大先駆者といわれる佐久間象山を祀る象山神社(ぞうざんじんじゃ)。彼は松代藩士佐久間一学の長男として1811年に生れ、1864年京都で公武合体開国を説いたが、尊譲派の凶刃に倒れた。四年後の明治維新で彼の尊皇開国論がそのまま具現した。大正二年象山殉難五十年祭を契機に神社建立の計画が進められ昭和十三年十一月三日、県社として創建されたという。

062_2 信州真田家の菩提寺・長国寺。1547年真田幸隆公が真田郷の松尾城内に真田山・長谷寺(しんでんざん・ちょうこくじ)として建立、本格的な禅刹だったが、1622年上田藩主真田信之公の松代移封にともない現在地に移転し、寺号も長国寺と改められたという。伝統的な曹洞宗学を教授する僧堂もあり、凛とした空気が漂っている。
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2007年8月 3日 (金)

かるかやで石童丸の「絵解き」聞く

054_1 寺社集印・長野市

車を出して善光寺裏山にある雲上殿に登る。(写真右)大峰山の中腹にあり、ここから善光寺平が一望できる。古くから伝えられる納骨・分骨の習慣を受け継ぐために建てられたのだそうだ。宗派を問わず利用されているという。

055_1 山腹を西に迂回して刈萱地蔵・往生寺(かるかやじぞう・おうじょうじ)を訪ねる。だらだら坂100mの掲示を見て登ったが、その倍ぐらいあったと思う。次に訪ねる西光寺と同じく、刈萱親子地蔵尊をお祀りしてある。合掌。写真左。

056_1 市内に入り「絵解きの寺」刈萱山・西光寺(かるかやさん・さいこうじ)に着く。長野市のど真ん中、中心街にある。その昔、善光寺南大門とも称され、善光寺参詣の人々が必ず立ち寄る寺として栄えたそうだ。また、絵解きの中の石童丸にちなんで、石堂町と呼ばれるほど、地元でも広く親しまれ、慕われて来たお寺といえる。写真右は刈萱上人と御子石童丸の像。ご本尊は勿論、刈萱親子地蔵尊。合掌。
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2007年8月 2日 (木)

遠くとも一度は詣れ善光寺

33152_1 寺社集印・長野

定額山・善光寺(写真右は本堂)

「牛に引かれて善光寺まいり」の信州善光寺。ご本尊は一光三尊阿弥陀如来。合掌。今年再建三百年で賑わうことだろう。

051_6 経藏=本堂左にある宝形造のお堂。内部中央に八角の輪蔵があり、「一切経」が収められている。 付属している腕木を押廻すと、一切経を全て読んだのと同じ功徳を得られるという。写真右は六地蔵。三門(現在改修工事中)を出て左側。我々衆生をお救いくださる菩薩さま。

048_1 左の写真が大勧進=住職は貫主とよばれ、代々比叡山延暦寺から推挙されるそうだ。善光寺如来と不動尊をお祀りしているという。天台宗。また、次の大本願の上人とともに善光寺の住職を務める。

仁王門の手前の左の宿坊群の中にある世尊院釈迦堂。わが国唯一の等身大(1.66m)の銅造の釈迦涅槃像、鎌倉時代の作といわれるが、お目にかかれず。

            仁王門の外、本堂に向かって左手(052_2 写真左)が浄土宗大本山・大本願。善光寺創建からの尼僧寺院。代々尼公上人を住職とし、皇室関係の方が入山されているとか。善光寺如来と文殊菩薩をお祀りしている。合掌。
053_2

本堂左奥に忠霊殿がある(写真右)。戊辰戦争から第二次世界大戦までの戦没者、240万余柱の英霊を祀つているという。わが国で唯一の仏式による霊廟である。合掌。

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