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2007年5月29日 (火)

両合の棚田は田植え終りしや

My Picture 新作発表

071703 「石橋と棚田」 {制作番号071303}大きさ F10号;53㎝×46㎝ 仕様;マーメイド紙にホルベイン水彩絵具

今年4月に棚田百選の旅=大分・福岡(5月2日、9日記事)で大分県院内町を訪ねた。その両合地区にある百選NO,1の「両合棚田」である。また石橋の町「院内町」にふさわしい「立派な石橋」があった。この双方を一枚の作品に入れるという、かなりの無理もあったが、何とか仕上げた。もう田植えも終わった頃かと想像している。

バック・ナンバー5月をクリックアップしてご覧ください。

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2007年5月28日 (月)

水沢に深き願いをうるぞうれしき

33074 坂東33観音(26)

第十六番 五徳山 水澤寺 (水沢観音)

33075 道路から正面に堂々たる仁王門(写真右)約百段の石段を登ると広い境内正面に本堂。元禄から天明(1688-1789)にかけ年々改築を加えたものという。朱塗りのお堂は見事なもの(写真左)ご本尊は千手観世音菩薩。合掌。

33076 右手に六地蔵尊をお祭りする六角堂(写真左下)それにつづいて十二支の守り本尊石像が並んでいる。33077_1

広い駐車場のほうへ進むと、新築平屋建ての釈迦堂(写真右)入り口から右奥正面に釈迦三尊像、裏手に坂東33観音木像、右手にいろいろな仏像、まさに大変な数の仏像と掛け軸などで、質・量ともに見事なものだ。

057 056 ご朱印は左が六地蔵尊と右が釈迦三尊で、ご本尊とは別々に頂いた。

タイトルはご詠歌から引用。

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2007年5月27日 (日)

白岩に祈る心は頼もしき

33071 坂東33観音(25)

第十五番 白岩山 長谷寺 (白岩観音)

33072 高崎から榛名湖へ向かう[高浜」の信号を右に入り山道を登ると、整備された駐車場が道の右側にある。

33073 道路に面して長方形に裏山を切り取った格好。仁王門からストレートに境内が本堂に通じる(写真右上)。左側に大きな不動明王像(写真右下)が輝いている。あまりオープンで山寺の風格は感じられない。また右側に二階建ての寺務所を新築中で、これまた境内の美観を損ないかねない??

本堂は武田信玄の息子・勝頼が天正八年(1580)に再建したものだそうで、唐破風の見事なもの。ご本尊は十一面観世音菩薩、美術史家が賞賛する名作という。合掌。

タイトルはご詠歌から引用。

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2007年5月26日 (土)

花の寺朝日に輝く五重塔

070 寺社集印の旅=群馬(2)

066 伊香保町から東国花の寺34番 船尾山・柳沢寺<北群馬郡榛東村>を訪ねる。榛名山の山懐に抱かれた静かなお寺。平成10年に完成の新しい五重塔が眩しいほどだ。反面、本堂はしっとりしている。ご本尊は千手観音。合掌。

067 062 上州七福神のうち毘沙門天もおまつりしている。

富岡市に移動。275段という大変な石段を登る妙義神社<富岡市妙義町>。上毛三山(赤城、榛名、妙義)の一つだけに山岳神社にふさわしい。黒塗りの社殿(重要文化財)も有名という。

068 次に上野国一の宮として崇高を集めている一之宮貫前神社(ぬきさき)<富岡市一之宮>を参拝。

058 こちらは総門(道路に面したレベル)から石段を降りて楼門、本殿に至るという、めずらしい形式のお宮であった。

059 次回から坂東33観音第十五番 白岩山・長谷寺、第十六番 五徳山・水澤寺へとつづく。

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2007年5月25日 (金)

榛名山百年杉を抱えこみ

063 寺社集印の旅=群馬(1)

早朝車で出発、関越道を高崎まで。まず坂東33観音第十五番長谷寺(別のカテゴリイで27日投稿予定)から榛名神社<高崎市榛名山町>へと走る。

054 ダラダラ坂を登ること20分、所々の説明板、等身大の七福神像を眺めながらである。杉の大木、大岩など、すばらしい景観とおいしい空気を満喫した。064 写真右上は本殿、下は双龍門、左は御朱印と坂の一番上にあった大黒さん。

榛名湖を左に見て30曲りの坂を下りて伊香保神社<渋川市伊香保町>へ。本来なら下の温泉街から500段の参道を登るのが名物だそうだが、横着をして山の上の裏側を教えられ、車を停めてサイドから本殿に回り込んで参拝。ご利益半減か?

065 社務所は不在、下の鳥居の脇の商店を訪ねたところ偶然にそのお店で預かっていた。

055 安堵して御朱印の紙を頂いてきた。写真右下。坂の町伊香保の温泉街を抜けて坂東33観音第十六番水澤寺に向かう。(別のカテゴリイに28日投稿予定)

(旅はつづく)

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2007年5月24日 (木)

足早に実りのときを迎えけり

My Picture  新作発表

071302_1 「実りのとき」 {制作番号071302}大きさ F10号;53㎝×46㎝ 仕様;マーメイド紙にホルベイン水彩絵具

久々の新作。06年9月に新潟県刈羽郡高柳町を棚田取材で訪ねた。ここは棚田百選019大開(おおびらき)、022花坂(はなさか)、027梨の木田(なしのきだ)と棚田のメッカ。取入はすでに進んでいた。そのとき「荻ノ島環状かやぶき集落」を耳にして早速取材したもの。名前の通り「田んぼ」を挟んでぐるりと茅葺民家が20数軒点在し、農業、民宿など生活の場としているところが嬉しい。

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2007年5月23日 (水)

下町の軒を抜けたり神輿かな

0011_8 谷中七福神・ご朱印帖

不忍池弁天堂弁財天)東京都台東区上野公園2-1<TEL03-3821-4638>記事07年5月5日参照→

040_1護国院(大黒天)東京都台東区上野公園10-18<TEL03-3821-3906>記事07年5月20日参照

042 天王寺(毘沙門天)東京都台東区谷中7-14-8<TEL03-3821-4474>記事07年5月20日参照→

044長安寺(寿老人)東京都台東区谷中5-2-22<TEL03-3828-1094>記事07年5月20日参照

046 修性院(布袋尊)東京都荒川区西日暮里3-7-12<TEL03-3823-0873>記事07年5月22日参照→

048青雲寺(恵比寿)東京都荒川区西日暮里3-6-4<TEL03-3821-4241>記事07年5月22日参照

050 東覚寺(福禄寿)東京都北区田端2-7-3<TEL03-3821-1031>記事07年5月22日参照→

註;日付の古いものは「寺社集印・都内」をクリックして月日を拾ってください。 

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2007年5月22日 (火)

集印で隣の町まで足のばす

045_2 寺社集印=東京(荒川・北)

JR日暮里駅から来た道をそのままダンダン坂を降りて「谷中ぎんざ」のカンバンを(写真右)右に行くと修性院谷中七福神⑤布袋尊)

047_2 写真左はこの地区が江戸の昔、次の青雲寺も含め「ひぐらしの里」と呼び、行楽地であった。またこの布袋サンは「日ぐらし布袋」と呼ばれ、大変親しまれたとある。(クリックしてご覧ください)。その先が青雲寺谷中七福神⑥恵比寿)

051_4 ここに来てJRの駅二つ分歩いたことになり、いささかクタビレタので次の田端駅まで電車に乗る。北区に入った。

052_1 北口から動坂の方向へ。この辺は高層ビルがあちこちに建ち随分変わった。北田端バス停を右に入ると東覚寺谷中七福神⑦福禄寿)写真右の赤紙仁王尊が真っ赤に染まっている。左の奥に本堂がある。

053_1 境を接して田端八幡宮があったので、石段を登り参拝。留守の奥さん?から御朱印(写真左)の紙を頂いた。

(明日は谷中七福神の御朱印を紹介予定) 

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2007年5月21日 (月)

埠頭にて客待ち馬車が順を待つ

02_833_1 My Pictures

2002年コスタ・ヴィクトリア号の地中海・大西洋クルーズも終盤に入り、ジブラルタル海峡を再度通過。地中海第五の寄港地はスペイン・マラガ。

02_824 写真右上=マラガ港への入港風景{制作番号070833}大きさ38㎝×28㎝

02_835 写真左上=上陸してマラガの古城を訪問{制作番号070824}大きさ38㎝×28㎝

写真右下=マラガ港の長い突堤。船からの下船客を待つ馬車{制作番号020835}大きさ38㎝×28㎝

02_826 上陸し足元危うし大僧院

02_827 コスタ・ヴィクトリア号はいよいよ母港ジエノヴァに帰ってきた。下船しミラノに向かう。途中昼食を取るためにパビアの町による。こじんまりとした静かな町で大きな僧院があった。左右がその作品{制作番号020826、020827}仕様はすべてマーメイド紙にホルベイン水彩絵具。

註;①作品の問い合わせはコメント欄で ②写真はクリックで拡大。

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2007年5月20日 (日)

時期はずれ七福神の谷中かな

039_1 寺社集印=東京・台東

038_5 JR鶯谷駅北口から階段を登ると、言問通り寛永寺橋、これを渡って台東区北西部の集印に向かう。上野桜木の信号の手前、右側に浄名院江戸六地蔵①写真右。お参りして、墓守の奥さんに御朱印(写真左)の紙をいただく。住職は殆ど留守で、月に2-3回京都(六角堂)からお出でかけになるとか。

上野公園に入り護国院谷中七福神②大黒天)「ここの大黒さんはお若いよ」といわれ、許可を貰って撮影041

したが、フラッシュを焚いても暗い。写真左、クリックしてご覧あれ。

043 谷中墓地に入り、交番、慶喜の墓を通りすぎ天王寺へ(谷中七福神③毘沙門天)御朱印を書いていただく間に毘沙門天の撮影。右上。なかなか壮観なもである。合掌。

ここから交番まで帰り、西へ。長安寺谷中七福神④寿老人)ここは檀家専門とかで、本堂には鍵がかかっていたが、時期はずれながら御朱印は頂いた。次は日暮里(荒川区)にはいる。(明後日につづく)。

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2007年5月19日 (土)

詣りきて仏のひかり山も輝く

33067_1 坂東33観音(24)

第二十一番 八溝山 日輪寺 (やみぞさん・にちりんじ)

八溝山の山頂にある八溝嶺神社から一寸下ったところに(写真右)日輪寺がある。「八溝知らずの偽坂東」といわれ、山に登らず下の遥拝所で済ませるという不届者がいるほど札所一番の難所といわれる。

33069_2 33070_1境内でひと際目に付くお地蔵さんがあるが(四国巡礼講の記念らしいが・・・)その裏側にご覧の小さなお地蔵さんの隊列が、しかも左右にあり、面白かった。

33068 写真左下は白馬像と弁天さんの石像。これも印象的だった。

これで茨城・栃木の予定は終わり、帰途は栃木側の太田原市に降りて、矢板ICから東北道を使った。

タイトルはご詠歌から引用。                                               

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2007年5月18日 (金)

袋田は今も変わらず落ち続け

022_2 茨城の坂東33観音・集印の旅

今回は常陸太田市から、「坂東33観音めぐり」のうち最北にある大子町・八溝山(やみぞさん)に向かう途中の道草。

写真左上=強風の中、まず「竜神大つり橋」に寄った。(4月末のこと)時期が遅れたが、竜神峡をはさんで「こいのぼり」を流す準備中。

023_1 写真右=袋田の滝。30年ぶりの訪問で、周囲の変化に驚いた。すっかり観光スポットに変身している。だが、滝は昔と変わらず、今も落ちていた。

024_1 写真左=頂上の案内板。お天気を気にしながら茨城・栃木・福島三県の境にある八溝山に登る。細く、カーブの多い道で、しかも上に行くと雪さえ積もっていた。

025_1 写真左下=頂上(1020m)にあるお城の天守閣もどきの展望台。風は冷たく展望どころか、ちよっと下にある目指す日輪寺に逃げ込んだ。建物の廻りには薄っすら雪がある。(明日につづく)。

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2007年5月17日 (木)

江戸のなか芝で名高き増上寺

0035_1 寺社集印=東京・港区

久しぶりに新橋のI歯科医院に出かけた。治療もそこそこ向かうは芝の増上寺、すなわち 浄土宗大本山 増上寺だ。

0034_1 日比谷通りを南に、御成門から芝公園。威風堂々たる大門ーー正式には「三解脱門」(さんげだつもん)--。三戸楼門、入母屋、朱漆塗り造。まさに当寺の顔である。

広い境内の正面に大殿(だいでん)ご本尊は阿弥陀如来。合掌。(写真右上が大殿の入り口)。お堂のなかは、さすが浄土宗大本山に相応しい根本道場である。昭和49年に伝統的寺院様式の、しかも現代建築の粋を結集した現在のものが再建されたという。

0037 0036 人も知る徳川家の菩提寺でもある。境内の南側外に東照宮があり、立ち寄ってみたが留守であった。

境内の右手の林の中にひっそりと建つのが増上寺・西向聖観音。合掌。(江戸33観音第二十一番札所となっている)

大殿右手にある安国殿(あんこくでん)にて2枚の御朱印をいただいて帰る。

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2007年5月16日 (水)

くにさきの中を巡って旅を終え

017_2 棚田百選の旅=大分・福岡(6-6)

豊後高田市を経由、県道34号線で一気に国東半島中央部に登る。018_1 九州でのラスト・ドライブとなる。まづは蓮華山・富貴寺=写真左と右。山門をくぐると正面に国宝・大堂(阿弥陀堂=左)合掌。

019_1 同じ34号線を南下して真木大堂=写真右。阿弥陀如来坐像、四天王立像、白牛に跨る大威徳明王像、それに不動明王と二童子像と九体の仏像群は、まさに圧巻であった。合掌。

020_1 021_1            さらに下って熊野磨崖仏。鬼が積んだという逸話のある石段には本当に参った。石段の中頃に石碑に刻まれた凡柳作の一句はホッと癒された感じ。曰くよう来たと汗をねぎらう磨崖仏

磨崖仏はフウフウいって登り切った左手にあった。写真左側が不動明王像、右側が大日如来像。それぞれに合掌。さすがに大きな石仏で、登ってきた甲斐があった。当日の走行距離82km、全行程660kmの変化に富んだ旅であった。(おわり)

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2007年5月15日 (火)

集印で向こう三軒ひとっとび

0028_1 寺社集印=東京・台東

5月13日に紹介した、拙宅の根岸の両隣に次いで、通り一つ(金杉通り)東側の下谷。この「向こう三軒」の寺社紹介。

0029_1 とつっきが「学芸の神」として信仰を集める小野照崎神社。拝礼。また、この境内にある「大きな?富士山」は国の文化財に指定され、江戸時代からの山岳信仰を彷彿させるもの。東京下町八社の①。

0031_1 その隣が日照山・法昌寺。法華宗の道場で、ご本尊は観世音菩薩。また日蓮大聖人の開基となる毘沙門天像をも奉安している(写真左)。合掌。下谷七福神②の「おたのみ下谷の毘沙門天」・・勇気授福の神・・である。

0030_1 南に行くと言問通に出る。これを隔てて正面に「おそれ入谷の鬼子母神」で有名な仏立山・真源寺がある。(写真右は通からの全景?)ご本尊は日蓮大聖人、それに鬼子母尊神(一寸八分の木像という)をお祭りしている。合掌。下谷七福神③福禄寿・・人望福徳の神・・もお祭りしている。

0032_1毎年7月6,7,8日、JR山手線・鶯谷駅南口から 鬼子母神の先、入谷交差点まで朝顔市が立つ。

0033_1 江戸の嘉永・安政時代に、下谷坂本村字入谷に住む植木師「成田屋・山崎留次郎」という朝顔作りの名人がいたという記録があるそうだ。下谷繁盛記(大正三年)によると、「朝顔を造る植木屋十数軒を数え、入谷の通は、毎朝往来止めとなる・・・」とある。今でも通りは広くなったが、この期間中の賑わいは大変なものだ。(現在は、生産者は他所から)

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2007年5月14日 (月)

マディラ島山の上からコスタ見て

02_834 My Pictures

コスタ・ビクトリア号のクルーズ第四の寄港地は大西洋上のマディラ諸島のファンシャル。

写真右上=山の中腹から停泊中のわが宿「コスタ・ビクトリア号」をみる{制作番号020834}大きさ38㎝×28㎝。

02_832 写真左=ファンシャル港入港の港の風景{制作番号020832}大きさ38㎝×28㎝。

02_820 写真右=ロボス・ワイン工場の訪問。手前に広ろがるのがブドウ畑{制作番号020820}大きさ38㎝×28㎝。

02_821 写真左=港内を走る観光船。コロンブス時代の帆船の複元船{制作番号020821}大きさ38㎝×28㎝。

仕様はすべてマーメイド紙にホルベイン水彩絵具。

註①作品の問い合わせはコメント欄でお願いします。②写真をクリックすると拡大になります。

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2007年5月13日 (日)

忘れるな氏神さまと両隣

0023_1 寺社集印=東京・台東

今日は遅まきながら、私の住まいの町内の氏神さまと、両隣にあるお寺のご紹介。

0024_1 JR山手線・鶯谷駅北口を出て、右手の小高いところに台東・中根岸の氏神さま。元三島神社。拝礼。

初詣にしかお参りしない不良な氏子だが、御朱印と御縁起をいただいた。それによると四国唯一の大社・大山祇神社がご本社。

0025_1 瀬戸内海に臨む愛媛県越智郡宮浦村にあり、ことに三島水軍の活躍した時代に、戦勝御礼で栄えたとある。下谷七福神①寿老神・・延命長寿の神もお祭りしてある。

0026_1 写真左は拙宅の右隣、真言宗の千手院。合掌。(ご朱印は右)根岸・第六番札所とある。門の前に大きな石碑が立っている。

0027_1 鶯谷駅南口、上野公園の反対側の階段を降りると、浅草から来る言問通り。ここまで来ると真正面に写真右の看板が目に入る。法住山・要伝寺。通りを渡り、右奥にある。合掌。(ご朱印は左)根岸・第七番札所とある。(拙宅の左隣にあたる)

双方とも本堂には鍵がかかり、ご朱印が台に置いてある。Freeに頂いてきた。

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2007年5月12日 (土)

乃木神社となりに建つは新美術

0021_2 寺社集印の旅=東京・六本木

国立新美術館(地下鉄日比谷線・六本木)で絵仲間と落ち合いK会展を見てお隣の乃木神社を参拝。

0020_1 明治天皇の崩御に殉じて乃木将軍ご夫妻が自刃された。ご夫妻の英霊を祀り、国民崇敬の場とするため、大正12年に鎮座された。都心のド真ん中にしては、緑に包まれた厳粛なところだ。

0022_1 帰途、日比谷線・築地で下車、築地本願寺にお参りする。正式には「浄土真宗本願寺派本願寺築地別院」と言うのだそうだ。京都の西本願寺の江戸の別院として1617年、横山町に建立されたが、振袖火事で消失した。旧地への再建が幕府から許されず、代替地として下付されたのが、八丁堀の海上。そこで「海を埋め立て土地を築いた」のが、「築地の地」で、「築地本願寺」の発祥だそうだ。関東大震災でも罹災し、1934年現在の古代インド様式の本堂が再建された=写真右。御朱印は宗義?で、頂けなかった。

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2007年5月11日 (金)

ひとふしに千代をこめたる佐竹寺

33062 坂東33観音(23)

第二十二番 妙福山 佐竹寺(北向観音)

お天気を気にしながら常陸太田市に向かう。天神林の台地にある佐竹寺門前につく。写真右。佐竹城の鬼門除けとして建立され「北向観音」とよばれる。

                   写真左の33063 本堂は単層「もこし付」寄棟造り、唐破風の見事な建物なんだそうだが、佐竹氏の秋田移封により、衰えは否めないか。建物の傷みがひどい。

ご本尊は十一面観世音菩薩。合掌。本堂正面の木柵の前、左右に分かれて、小さなお地蔵さん(身長20㎝ほどか?)が横一列に並んでいる。微笑ましく、可愛らしいかった。33065タイトルは御詠歌から引用。 33064                                    

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2007年5月10日 (木)

天神さん藤の祭りと葛餅と

0017_2寺社集印の旅=東京・江東

0018_3 今日はこどもの日。隅田川を渡って江東区の亀戸天神社へ。ここは藤の名所で、ちょうど[藤まつり」が開かれている。境内にはズラリと屋台が並び、喧騒のなかに下町らしさが漂っている。今年は時期的に一寸早いせいか、房も小さく、色も今一である。東京十社①。

0016_2 早々に太鼓橋を渡って本殿に。拝礼。

御朱印をいただき、すいている東参道から退散。しかし、ここへ来ると葛餅が買いたくなる。名物だから・・。連休はどこに行っても人々だ。

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2007年5月 9日 (水)

石橋を七十数える印内町

013_1 棚田百選の旅=大分・福岡(5-6)

百選001両合棚田を訪ねた後、「印内町は石橋が75個もある町だ」と聞いた。そこで町に沿って流れる恵良川に架かる代表的なもの四つを下流から紹介。写真右上=分寺橋(BUNJIーBASHI)戦争最中の昭和20年に架設されたという。三連アーチ橋。戦時中によくも均整のとれた石橋を造ったものだと感心した。

014_1 写真左=大正14年に造られた富士見橋(FUJIMIーBASHI)橋の上から豊後富士(由布山)が見えたところから名付けられたという。名棟梁・松田新之助が私財を投じて完成させたという逸話があるそうだ。

015_1 写真右=荒瀬橋(ARASEーBASHI)町内の二連アーチのなかで最も美しく、かつ一番高さがあるといわれる「めがね橋」。大正2年に造られた。

016_2 写真左下=御沓橋(MIKUTUーBASHI)これも大正14年に造られたというが、なかなかのモダン・センスである。町内最長60mを誇る三連アーチの大石橋である。

以上、いずれ劣らぬ見事なものばかりで、その上「数で来い」というのだから参った。写真をクリックして、拡大してご覧あれ。今夜は宇佐市に泊る。走行距離(前回を含め)120㎞。(つづく)

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2007年5月 8日 (火)

連休だ代々木の森から九段まで

0019_1 寺社集印の旅=東京(代々木・九段)

上野の山は一段落として、連休なら空いているだろうと今日は都心部へ。

0014_1 地下鉄銀座線・表参道で降り、JR原宿駅経由でブラブラ歩くつもりがどうだ。新しい商業地域が出来たこともあって、大変な人出だ。「原宿族」をかきわけて、やっと明治神宮に辿りつく。ここも大祭で混んでいたが、さすが「初詣日本一」厳粛な雰囲気。拝礼。御朱印をいただき今年が皇記2667年であることを、つくづくと実感した。

0015_2つぎに参ったのが、九段の靖国神社。対中韓の問題で時々話題になるが、日本人(戦中派)の心は変わらないと思う。ただ「英霊に感謝」である。拝礼。外の大鳥居の袂には戦争を知らない、右翼のオニイチャン達が多くの車を着けて、休んでいた。(思えば今日は憲法記念日であった。)

写真は明治神宮の発行したものを引用。

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2007年5月 7日 (月)

大西洋カナリヤ諸島にちょいと寄り

02_815 My Pictures

二週間ぶりの登場。2002年のコスタ・ヴィクトリア号のクルーズ、第三の寄港地、カナリア諸島(スペイン領)のサンタクルス・デ・テネリファ港から。写真右上=日本の富士山を思わせるMT,ティデ{制作番号020815}大きさ38㎝×28㎝。

02_819 写真左=海の突出した湾、カボ・ギラオ{制作番号020819}大きさ38㎝×28㎝。

02_816 写真右=サンタクルス・デ・デフェリファ出港の風景{制作番号020816}大きさ38㎝×28㎝。

02_836 写真左=港に繋いだクルーザー{製作番号020836}大きさ28㎝×38㎝。

仕様は四点ともマーメイド紙にホルベイン水彩絵具。(註;①作品の問い合わせはコメント欄で・・・②写真をクリックすると拡大。)

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2007年5月 6日 (日)

カメラもち納経帖と旅立たん

0003_1寺社集印の旅=東京・上野

昨日に続いて上野の集印に出かける(旅立ちといえるかどうか?)。写真右は年明けに屋根工事が完成した弁天さん。綺麗なエメラルド・グリーンに輝いている。

0009_1 0010_1 左の御朱印は動物園の左隣にある上野・東照宮。寛永4年(1627年)に造営されたが、家光公は満足せず、慶安4年、江戸の象徴・金色殿として改築したという。徳川家康、吉宗、それに慶喜公が祭られている。東照宮の南、上野精養軒の隣が、五条天神社(主神に二柱の薬祖神と相殿に菅原道真公とをお祭りしているという。)と花園稲荷神社(忍岡稲荷が正しい名称らしく、石窟の上にあったことから穴稲荷ともいわれている)。合掌。同じ境内にあるので一頁に並べて御朱印をいただいた。

0012_2右の御朱印は石段を舞台にまで登りきって東叡山・清水堂江戸33観音第六番札所。「京都の清水寺の江戸支店」といったら失礼か?人形さん供養で有名だとか。

0013_1 左の写真は清水堂の正面欄間に掛かっている東郷平八郎の直筆の書といわれる(許可を得て撮影。クリック拡大してご覧ください)。

0011_7 位置がおかしくなつたが、左の御朱印は山を下って不忍池・弁天堂谷中七福神①。トップの写真のように池に囲まれた、これも上野公園の象徴といえないか?夏か秋か、周りは蓮の花一杯になる。

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2007年5月 5日 (土)

初夏の風寺社集印を思い立ち

0001_1 寺社集印の旅=東京(浅草・上野)

坂東33観音を週一回連載して、早いもので22回を数え、取材日程の見通しが立ってきて、「次は」と考えた。西国33観音のデータを探しているうちに「寺社仏閣 御朱印の旅」http://voyage-mylife.net/syuinを発見。「これだ」と思った。遅まきながら「御朱印は神社でも頂ける」ことを知らされ、早速、浅草寺で納経帖(白紙のもの)を求め、手始めに浅草・上野散歩と相成つた。旅ではないか?。

0005_30004_3右の御朱印は金龍山・浅草寺(坂東33観音第13番札所で1月5日に紹介、また江戸33観音第1番札所)と、同じ境内にある浅草神社。三社祭りはここが基点のなる、通称「三社さま」合掌。

0006_2 0007_1 上野公園に帰り、左の御朱印は東叡山・寛永寺上野輪王寺門跡・両大師。元三慈恵大師(げんざんじえいだいし)と慈眼大師(じげんだいし・天海さま)をおまつりしてあるという。合掌。トップの写真はご存知の浅草・雷門。

では又、明日。(註;写真、御朱印をクリックすると拡大になります)

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2007年5月 4日 (金)

佐白山たえなる法やひびく松風

33059 坂東33観音(22)

第二十三番 佐白山 観世音寺(さはくかんのん)

笠間市に戻り笠間城址(現・つつじ公園)内に「佐白観音堂」の石柱が目に入る(写真左上)。ツツジには一寸時期が早かったようだ。33060_1

ご本尊は、鎌倉時代初期の秀作といわれる十一面千手観世音菩薩。また両脇の不動・毘沙門の侍尊は室町時代初期の作といわれる(写真右が本堂)。合掌。33061境内の左手に(写真左下)法師像に並んで大きな馬頭尊が目立った。

静かなひとときを過ごした。因みに観世音寺の入り口に並んで「そば屋さん」その先に日動美術館があった。美術鑑賞などいかが・・・。タイトルはご詠歌から引用。

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2007年5月 2日 (水)

有難う羽高の江島爺おせったい

010_1 棚田百選の旅=大分・福岡(4-6)

日田から国道212号を国東方面へ。中津市の山国支所で道を尋ね、[道の駅]の先の橋を渡り田野尻川の右岸を北上する。百選096羽高棚田(はたかたなだ)。5ha約70枚の規模で、ここも石積みで、ギッシリ決まっている。写真右。江島博爺さんがカメラ・アングルやら位置など教えてくれた上に、コーヒーまでご馳走になった。合掌。

011_1 国道212号で耶馬渓町を過ぎ、国道500号、県道27号と乗り継いで、この旅最後の院内町に入る。道を間違え左手前に入り「余の滝」に出会ったので一服(写真左)。

012_1 百選001両合棚田(りょうあいたなだ)。7ha150枚の規模。(写真右)石造りの両合川橋を挟んで展開している。NO.1指定だけに貫禄十分と言ったところか?

石橋といえば、院内町は「日本一の石橋の町」だそうだ。次回に紹介。

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2007年5月 1日 (火)

さつき咲き初夏の息吹を感じおり

0121 0120 上野散歩

今日から皐月、五月に入った。一年カレンダーを見ると今年も三分の一が終わった。月日の経つのが早い。まさに「光陰矢のごとし」だ。

さて、桜は青森にいるとか。上野の山はすでに初夏の息吹を感じる今日この頃である。いな、昨日などは関東各地は初夏を通り越して夏日だった。写真上は東照宮境内と精養軒前の土手のつつじ。0122_2 0123_1

精養軒といえばここの駐車場の日除け棚の藤もボツボツ咲き始めている。(写真右)弱々しい感じではあるが、広がるのは早いのでは・・・

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