« 2006年11月 | トップページ | 2007年1月 »

2006年12月29日 (金)

人よ来ませ慈顔たたえて今日もまた

33009 坂東33観音 (4)

第四番 海光山 長谷寺 (ハセデラ・長谷観音)

今回は鎌倉観光の三大スポット、すなわち八幡宮、長谷大仏、それに長谷観音。門前もこれにふさわしいただずまい。(写真右)

33010 山門をくぐり、緩やかな石段を左右に折れながら参道をのぼる。手入れが行き届いた、眺望絶景ながら、霊場の感はあまりなかった。

左の写真が本堂正面。ところが中に入って驚いた。本尊の十一面観世音菩薩像のデカイこと。身の丈10M余の全身が金箔で覆われ、華麗の一言。合掌。

訪れた先月21日は大天気。展望台から「由比の白波」を撮りたいと思ったが、トップライトの逆光でギンギラギンとあって断念。

さて、本稿は年内終わりとし、新年五日にお目見えの予定。原則金曜日に連載したいと思います。よろしく。よいお歳を。(サブタイトルは山田順子さんの「私たちの観音様」から引用しました)

| | コメント (0)

2006年12月27日 (水)

雨風が列島沿岸大掃除

0098 上野散歩

今年もいよいよ押詰り余すところ四日になった。年末の嵐が過ぎて、きょうはよい天気にめぐまれた。気温も18度まで上がるという。久しぶりに不忍池まで降りてみた。想像どおり蓮はすっかり枯れている。写真右。

0099 0100 そのなかに水鳥が気ぜわしく泳いだり餌をとりにクビを水中につつ込んだり、いつもの風景だ。残念なのは弁天さんの本堂が工事のためか、覆われていた。

0101 0102 右下の写真は先週撮影した名残の紅である。場所は伊豆栄・梅川亭の前にある小振りのモミジ。比較的遅くまで目を楽しませてくれたが、昨夜の雨もあつてすっかり落ちてしまった。ここで一句

 年の瀬や落ち葉さけつつ寺社もうで

| | コメント (0)

2006年12月25日 (月)

巨大岩どっかり座る砂のはら

97_417 作品紹介

今日はクリスマス。ここのところ晴天、暖かい日がつづき、実感はないが、アメリカの南西部では時ならぬ大雪で空港は何日もクローズされて大騒ぎとニユースが伝えていた。

きょうの作品はそのユタ州・アーチズ国立公園。

97_412 97_415          ”この辺も一面雪だろ”と想いを馳せているが、1997年に訪れたのは勿論真夏。写真右上はパーク・アベニュー{制作番号97-417}ボードに水彩、大きさヨコ36㎝×26㎝。

左はスペクタクルス{制作番号97-412}とデリケート・アーチ{制作番号97-415}ともにボードに水彩、ヨコ36㎝×26㎝。暑いホコリッポイところであったと思う。いろんな巨岩が立ち並び、これにシャレた名前がついていた。トラックの移動も大変だった。

さて、今年もわずかになり、来年はこの”作品紹介”は ”My Pictures” として、できるだけ毎週月曜日に連載の予定。よろしく。

| | コメント (0)

2006年12月22日 (金)

枯木にも花咲く誓い田代寺

33007 坂東33観音

11月21日のつづき。9時30分逗子から鎌倉に戻り、街道沿いに石垣を築き、数百株ものツツジの植え込みを配したお寺が安養院。

第3番 祇園山 安養院 田代寺(田代観音)

ここは花に風情あふれる霊場とあるが、時期が悪かった。春のつつじの頃は「花の寺」にふさわしいところだろう。

33008 写真上は本堂。昭和3年に建立の新しいもので、庭はきれいに掃き清められていた。境内の樹齢7百年という槇の巨木は見事。本尊は千手観世音菩薩。馬頭観音、聖観音ほか(あと不明)五観音が祀られているとのこと。合掌。

右手に写真の宝けふ印塔。北条政子との深いかかわりがあり、変遷のつど護られてきたお寺だそうだ。(3-33)

| | コメント (0)

2006年12月20日 (水)

荒々しい岩山つづくザイオンや

97_303 97_316 作品紹介

前回のグランド・キャニオンのあるアリゾナ州から北上、ユタ州南部に入ると国立公園のメッカか?

97_317 まづ国立ではないが西部劇映画の舞台となったモニュメント・ヴァレー。トップの写真は朝焼けした宿の裏山。{制作番号97-303}ボードに水彩、大きさ36㎝×26㎝。ここは評判がよく売却済み、手持ちはこれ一枚。

つづいてレーク・パウエル写真右上と中。巨大なダムに仕切られた人工湖。右上は満々と蓄えられた湖面に浮かぶ小島と向こう岸{制作番号97-316}ボードに水彩、大きさ36㎝×26㎝。左中は湖の奥にある岩のアーチ。{制作番号97-317}ボードに水彩、大きさ36㎝×26㎝、レインボー・ブリッジといわれ、どこかにあったな?という強い印象が残っている。

97_32197_324 左は荒々しい山々の点在するザイオン国立公園。「司教の宮殿」とか「天使の舞い降りる場所」とかいろいろ名前がついていたがゴッチャになった。{制作番号97-321}と{制作番号97-324}とが手許にあり、 いずれもボードに水彩、大きさは36㎝×26㎝の小品。

| | コメント (0)

2006年12月18日 (月)

いざ行かんアメリカ大陸ロッキーへ

97_313 作品紹介

1997年第三次海外取材をアメリカ大陸とした。ロッキー山脈沿いに南から北へ、国立公園を訪ねるものだ。

まず初めはグランド・キャニオン。何といっても、そのスケールの大きさに圧倒される。トップライト、夕時、日の出と夢中であった。

左は{制作番号97-313}ボードに水彩、大きさヨコ33㎝×42㎝

下左は{制作番号97-311}ボードに水彩、大きさヨコ36㎝×26㎝ 。

下右は{制作番号97-307}ボードに水彩、大きさヨコ36㎝×26㎝。97_311_1 97_307_2

この三点はいずれも展望台から。

註1:蛇足ながら写真をクリックすると拡大になります。

註2:作品についてのお問い合わせはBLOGコメントにてお願いします。      

| | コメント (0)

2006年12月17日 (日)

歳の市善男善女で賑わえり

0093 0094 下町散歩

今日から19日まで3日間、浅草・浅草寺で羽子板市が立つというので出かけてみた。予想通り日曜日の初日とあって、写真のような大賑わいだった。

昔は物品の売買交換の場として定期的に市が立ち、なかでも12月の市が最も栄え、これを「浅草観音の歳の市」と称したのだそうだ。正月の飾りものなどを買い求めたのであろう。

0095 0096_1 羽根つきは室町時代から行われた遊びで、江戸時代にその羽子板に押絵細工を施すようになり、さらに江戸末期には流行の歌舞伎役者の図柄など華麗になり、浅草観音にずらりと並べて「羽子板市」になつたとのこと。

羽根は「生まれた子が邪気をはねのけ、すこやかに育つこと」に通じ、子供の成長を願って羽子板を贈り、羽根つきをして、新春を寿ぐのである。この羽子板市には3日間で30万人もの人出があるそうだ。

| | コメント (0)

2006年12月15日 (金)

たちよりて天の岩戸をおし開かん

33004 33005 坂東33観音

11月21日鎌倉から逗子へ。静かな住宅地の細い道を縫うようにカーナビに誘導されて山門に辿り着く。

第二番・海雲山・岩殿寺(がんでんじ・岩殿観音)写真トップは入り口。一寸山門にいると眼前に百段ではきかないだろう急な石段が現れる。一段一段踏みしめて登った。日頃から鍛えているつもりでもこの石段には参った。

写真右が江戸期に再建されたという観音堂、ご本尊は十一面観世音菩薩。本堂裏の石窟に十一面観音石像を安置したのが開創と寺伝にある。まづは参拝。

33006 源氏再興への大きな霊験であり、頼朝が生涯守り本尊としていたという。裏山を登ると「瑞光亭」というところがあり、そこからの眺望がすばらしいとのことだが、今日の石段にまいり、勘弁してもらうことにする。

写真左は境内からみた逗子の海。(註;サブタイトルはご詠歌から引用したもの。合掌。2-33)

| | コメント (0)

2006年12月12日 (火)

小雨などふっ飛ぶ熱気三の酉

0087 0088 下町散歩

今日は朝から冷たい小雨。当日も同じようだった。

今年は鷲(おおとり)神社の「酉の市」が三回、11月28日がその「三の酉」にあたった。昼から雨も小降りになったので何年ぶりだか、市を訪ねた。相変わらず人出と熱気だ。お参りをすませて、ざっと市を回ったが人、人で中は身動き出来ないほどだった。

0089 世の中好景気といわれるなか、はたしてそうなのか?こちらは早々に引揚げるのみ。

写真上左は神社前の飾りつけ、右はお買上の手拍子、下は大事に縁起物を捧げてご帰還の若旦那。

| | コメント (0)

2006年12月11日 (月)

口コミに乗って出かけたN・Z

96_202_1 96_201_1 作品紹介

1996年秋、友人の口コミに乗ってニュージーランドへと第二次海外取材に出かけた。

オークランドからウエリントンと北島を移動して、フェリーでクック海峡を渡って南島へ。

写真トップはフェリータラップ上の観光客の一群。十人十色というが、まさに全員のそれぞれの目線が全く違うところを見ていたのが何とも面白かった。「クルーズ・メイト」大きさ72㎝×54㎝ボードに水彩。右は南島の玄関口ピクトン港の有様。静かな印象だった。「ピクトン入港」大きさ36㎝×26㎝ボードに水彩。

96_208 96_209 写真左はバスで移動中の車窓風景。人口より羊が多いといわれるN.Zでは風景に羊を入れれば「それらしくなる」??大きさ36㎝×26㎝ボードに水彩。

写真右はクライストチヤーチの大聖堂。あまりの大きさで頭を切ってしまった。大変に失礼。大きさ36㎝×26㎝ボードに水彩。

| | コメント (0)

2006年12月 8日 (金)

発願だ一気に向かう杉本寺

33001 33002 観音さん(1-33)

さきの私の個展(11月5日付)会場で、友人のM氏から「坂東33観音巡り」の話を聞き、自分自身の修行と関東一円の風景取材を兼ねて実行しようと思い立つ。またBLOGの上で逐次紹介することにする。

11月21日(火)今日は天気だ。風もない。朝6:30マイカーを駆ってカーナビまかせ、一気に鎌倉・杉本寺へ。道がすいていて8:00前に到着。

33003_1 坂東第一番札所・大蔵山の杉本観音。写真トップは道路から見た入山口。石段をすこし上がると茅葺の山門、それから苔むした石段は通行止めのためサブウエイで迂回して本堂へ。

写真上右は茅葺の五間四方の観音堂、鎌倉古寺にふさわしい枯れたただずまいが、心の安らぎを与える。ご本尊・十一面観世音菩薩を参拝する。

写真下は本堂の右手にかたまってある、斯波(しば)一族の供養五輪塔群、わびしげに、互いに寄り添って建つ。合掌。

| | コメント (0)

2006年12月 6日 (水)

松山から の・ボール戦に上京す

0079 0080 上野散歩

0081 公園内に野球場があり、その改修工事がこのほど終わり、写真トップの石碑が出来た。それで初めてこの球場が正岡子規に因んだものと知った。

さて野球と子規の関係は明治5年頃にベースボールが日本に渡来し、17年を経て、子規によってこれが出身地である松山に伝えられたとか。

0082 0083 11月26日松山市から「の・ボール」野球チームが台東区との親善試合のため、上京されたと聞き、早速観戦へ。

ルール、用具は当時のモノを再現したそうだ。松山「白」台東区「紅」で試合前の挨拶(写真上右)。写真下左キャッチャーは剣道の面のようなプロテクターをつけ、バッターからかなり離れて投球を待つ。なぜなら打球はすべてワンバウンド・キャッチでアウト(これは野手すべて同じ)。バッターは打席に立ち、まず審判(羽織袴のオッツアン)に自分好みのストライクゾーン(上・中・下)を申告、審判はホームベースをはさんでバッターの正面に立ち、それをピッチヤーにつげてプレイボール。ピッチャーは写真右下の四角い枠のなかからバッターに正対して下手投げで投球するというアンバイ。以上「の・ボール」野球の解説終わり。

| | コメント (0)

2006年12月 4日 (月)

職をやめ最初の取材スイスから

94_028_4 95_106_4 作品紹介

1994年6月会社をやめ、さて海外旅行だと思い立つたところが定番のスイス。そこで絵描き仲間とスイスへ取材と相成った。

写真トップはツェルマツトの町から登山電車で終着駅がスネガ駅だったと記憶する。ズバリ・マッターホルンが見えたのが極めて印象的だった。{制作番号94-028}ボードに水彩、大きさヨコ36㎝×タテ26㎝

写真右はミューレンの奥だったと記憶する。シルトホルン展望{制作番号95-106}ボードに水彩、大きさヨコ36㎝×タテ26㎝

95_115_2 写真下はインターラーケンで泊まり、一夜明けると雨だった懐かしい一作。道の突き当りがたしか鉄道のインターラーケン駅だと思う。{制作番号95-115}ボードに水彩、大きさヨコ36㎝×タテ26㎝

因みに翌95年の秋、第一回個展を銀座一丁目のギャラリーK1で開催、以後毎年秋には個展を開くこととなった。今年で12回目(11月5日投稿)である。

| | コメント (0)

2006年12月 1日 (金)

野も山も落ち葉サラサラ師走かな

0085_1 0084_1 0086

0060_1 0062

上野散歩

今日から師走。季節は遅ればせながら着実に進んでいる。道端には落葉が満ち、風もないのにサラサラと舞っている。東照宮の写真つい一週間前には、桜の葉がかくも赤く映えていたのに今日は半分ぐらい葉をおとした。対照的なのが隣にある夏みかん。(写真右)黄色がだんだん増している。

写真下は寛永寺輪王殿の東側の塀の奥に花梨の木があるが、これまた黄色い玉が日々大きくなっているようだ。落葉と黄色い果実の競演といったところか。

| | コメント (0)

« 2006年11月 | トップページ | 2007年1月 »