南国にヌット建ちたる高層ビル
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津軽33観音のご朱印 1~4番
第1番 護国山・久渡寺(ごこくさん・くどじ)
聖観世音菩薩・真言宗
弘前市坂元山元1
TEL 017-288-1555
参拝 2009年6月8日
記事 2009年7月6日参照
第2番 清水観音堂(きよみずかんのんどう)
千手観世音(多賀神社)
弘前市桜庭清水流104
TEL 017-286-2952
参拝 2009年6月9日
記事 2009年7月7日参照
第3番 岩木山・求聞寺(いわきさん・ぐもんじ)
十一面観世音菩薩
弘前市百沢字寺沢29
TEL 017-283-2373
参拝 2009年6月9日
記事 2009年7月8日参照
第4番 紫雲山・南貞院(しうんざん・なんていいん)
聖観世音菩薩
弘前市高杉山下208
TEL 不詳
参拝 2009年6月9日
記事 2009年7月9日参照
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寺社集印=青森・弘前市
青森・弘前の集印の旅もほぼ中間点にさしかかり、弘前市を離れるにあたって、桜の名所(時期ではないが)弘前城を訪ねた。西濠から一陽橋を渡って内堀沿いに歩いたのだが、さすがに樹木が繁茂し緑の風を満喫できた。一方、蓮池からそそり立つ本丸・天守閣は綺麗なものであった。しかし思ったより小さく感じもした。
ほぼ一周した北の角にやはり思惑通り?青森県護国神社があったので、早速参拝、ご朱印も頂く。戊辰戦争から第二次世界大戦に至る、青森県出身の戦没者=2万9千余柱が祀られている。静かな佇まいであった。.
余談であるが、城の北東側に「津軽藩・ねぷた村」なる”弘前ねぷたの館”があったので、一通り回って、津軽三味線の実演も聞いてきた。
写真をクリックすると拡大。
(青森・津軽の旅―7)
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寺社集印=青森・弘前市
国道30号線を岩木山に向うと道の両側はリンゴ畑が続く、まさにアプル街道である。今まさに剪定の時期のようであった。岩木高原の取っ付きに岩木山神社があり、駐車して先にその隣にある岩木山・求聞寺(いわきさん・ぐもんじ)津軽33観音第3番を訪ねる。ここも神社に近い造リであるが、聖観世音菩薩を祀った真言宗智山派のお寺のようだった。不在で、ご朱印不調。
岩木山神社(いわきさんじんじゃ)は「お岩木さま」「お山」と親しんで呼ばれ、陸奥津軽の「開拓の神」「農海産物の守護神」として崇められてきた。神山、霊山である岩木山は津軽全土から仰望され、郷土の生活と心のよりどころである。また日本の北門鎮護の名社として旧国幣社でもある。
写真をクリックすると拡大。
(青森・津軽の旅―5)
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寺社集印=青森・弘前市
弘前城の裏手(北西)にある太平山・長勝寺(たいへいざん・ちょうしょうじ)を訪ねる。写真の三門からその先の参道両脇に曹洞宗の33ケ寺が軒を連ね、壮観である。大永6年(1526年)父光信の菩提のため大浦盛信が種里に建立、慶長15年に津軽藩の菩提寺としてこの地に移した。その時、津軽城万一の危機に際しては第二の城郭となるという説もある。寺構えからもそれは十分窺える。
県道27号線を岩城山に向かい清水観音堂(きよみずかんのんどう)津軽33観音第2番=多賀神社を訪ねる。ご本尊は千手観世音菩薩とされるが外見はまさに神社。高い石段が続いていたので遥拝で済ませた。
かって仏教伝来の頃、「光明遍照の仏と天照大神は同体である」と説いて、江戸時代まで神仏同化の道を歩んだものの名残といえる。
(青森・津軽の旅ー4)
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寺社集印=青森・弘前市
みちのくの果て津軽に観世音菩薩が紹介されたのは天平年間(739~49年)と伝説は言う。また延暦年間(728~807年)行基菩薩によってもたらされたとも言い、大同年間(807~10年)坂上田村麻呂によってもたらされたともいう。
まずは護国山・久渡寺(ごこくざん・くどじ)津軽33観音第一番を訪ねる。弘前市内とはいっても坂元・山元の久渡山山麓、鬱蒼と茂る森の中に一筋の石段が見える。その数227段。最初にこのハードな洗礼を受けた。ご本尊は聖観世音菩薩、真言宗のお寺。
いわゆる市内に帰って金剛山・最勝院(こんごうさん・さいしょういん)東北36不動尊霊場第15番を訪ねる。通称:猫突不動、東北地方で「五重塔のある名刹」として知られる。常陸国桜川の弘信法印が天文元年(1532年)に開基したといわれる。
ご本尊は不動明王、真言宗智山派のお寺。
タイトルは最勝院のご詠歌から引用。
(青森・津軽の旅ー3)
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寺社集印=青森・南津軽
弘前市の南東の平川市、碇ヶ関ICの近くに古懸山・国上寺(こがけさん・こくじょうじ)東北36不動尊霊場第13番を訪ねる。通称:まねり不動。推古天皇御宇18年(610年)北門鎮護のため、聖徳太子の命を受け泰川勝公の開基といわれる古刹。天正16年(1588年)津軽家領域安泰のため、仏殿、山門、護摩堂、大師堂などを造営し、祈願所とした。現在の本堂は昭和54年建立されたもので、ご本尊は不動明王、真言宗智山派のお寺。
大鰐温泉郷の入口に神岡山・大圓寺(かみおかさん・だいえんじ)東北36不動霊場第14番はある。通称:厄除不動尊。聖武天皇の国分寺建立に始るという。ご本尊の大日如来座像は大正9年に国宝の指定を受け、昭和27年に国定重要文化財になった。霊場本尊は不動明王、高野山真言宗のお寺。
タイトルは国上寺のご詠歌から引用。写真をクリックすると拡大。(青森・津軽の旅ー2)
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寺社集印=青森・十和田
片道 750㎞の長距離トライブの始まりである。目ざすは青森県。もちろん高速料金が安く、しかも混雑が避けられる日曜日を選んでの出発である。片道380㎞の仙台までは、かつては通い慣れた道であったが、十数年後の今日、その倍近くの行程とあれば、緊張した。それでも早朝5時に出発し、休憩を取りながら午後2時には安代Jctを過ぎ花輪SAに辿り着いた。地元の人の話では往復2時間はかからずに十和田湖まで行けると聞いて十和田湖に寄り道することにした。
上の写真は小坂ICから十和田に向かう途中に見た孫左衛門の七滝。湖畔は霧に覆われキョロキョロしていると「休屋」というところに入り込んだ。みやげもの屋で車を置かしてもらって一服。偶然そこが十和田神社(とわだじんじゃ)の入り口。早速参拝、御朱印第一号を頂く。
御祭神は日本武尊。社伝によれば、大同2年(807年)征夷大将軍坂上田村麿がこの地に一社を建て、武神の祖としての日本武尊を祀ったとされる。また青龍権現で知られ、東北三大霊場として、山伏の修験道場であったという。はからずも、いい所に立ち寄れた。しかも大樹に囲まれた境内の延長に「乙女??の像」もあった。そこからガスと小雨の中、弘前の宿までひた走ることになる。
(青森・津軽の旅ー1)写真をクリックすると拡大。
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